「…………」

 澄み渡った青空の下で、は1人うなだれまくっていた。
 頭上には雲ひとつ見当たらない空。足元には細かくて、掬い取ると重力に従いさらさらと落ちては光に反射して輝く砂。
 周囲には砂ばかりで建物はおろか人気すら見当たらず。
 しかし、人気はないがけして静寂にあるわけもない。

『■■■■■■■……っ!!!』

 彼の目の前では、巨大な蛇のような化け物が雄叫びを上げていた。
 巨体を包んだまるで鎧のような鱗に、その隙間から伸びる無数の触手がうねうねと気持ち悪い。

「なぁ……」

 ぜひとも問うてみたい。なんで自分が、こんな場所にいるのかということを。
 立場的に相当よろしくないことや、万が一見つかったら言い訳できない状況だったりすることも。
 さらに――

「俺、なぜにしてこんなところに連れてこられてんだよ?」
「お前は、我々に協力すると言ったな」
「うぐ……」

 その種をまいたのが自分だという事実に、がっくりと肩を落とす。
 できるならバレないように、ことは穏便にすませたいとは思うわけで。彼の問いに答えた人形態のザフィーラをじとりと見上げ、もはや何度目かもわからないため息をついた。
 事は1時間ほど前にさかのぼるが、はやてが病院に行くとかでシャマルは彼女に連れ添って出掛けてしまった。
 彼女がいなくなれば、守護騎士たる彼女たちのやることは1つだけ。

「見つかりかけたら、俺は逃げるからな」

 とりあえず保険にと言わんばかりに、不貞腐れつつそんなことを口にした。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #30



 無数の触手が変幻自在に動き回る。その先は鋭く尖り、己の敵を貫こうと絡まることなく動き回る。
 はアストライアを片手剣へと変形させ、襲い掛かる触手を弾き飛ばし、通り過ぎたそれを斬り払う。しかし斬った先から再生し、キリがない状況に眉を寄せた。
 行動を共にしていたシグナムも、レヴァンティンを手に触手を一振りで豪快に斬り飛ばしている。キリがない状況に焦りを懐いているのは彼女も同じらしい。

「おいシグナム! なんとかしてくれよ!!」

 たまらず声をかける。自分でやろうと思わないのがなんとも彼らしいが、シグナムはそれをわかった上でカートリッジをロード、剣を振り構える。

「紫電……」

 刀身が炎をまとう。が触手を斬り払い、気がつけば彼女を守るように立ち回っていた。
 その状況に愚痴る暇もなく、彼はアストライアを振り回して触手を弾き飛ばす。作り出されたその道を、シグナムがくぐり、化け物へ一直線。風を蹴るように疾駆し、目標に近づくにつれて炎が肥大していく。
 それはまさに、灼熱の猛火。

「一閃……!!」

 その一振りは持ち得る灼熱のすべてを叩きつけ、化け物を昏倒、巨大な全身に行き渡るほどの炎を迸らせた。
 耳を貫く苦しみを含んだ咆哮。それでいてなお、目の前の巨体は倒れない。動きだけを鈍らせることができ、弱らせるには至っていなかった。
 そして。

「ヴィータが梃子摺るわけだな………少々厄介な相手だ」
「くはぁ……っ、…………あ?」

 シグナムの一言もそこそこに、さく、と砂の上にアストライアを突き立てて、荒げた息を整える。流れる汗が滴り落ち、肌色一色の砂丘に黒い斑点を作り出した。
 袖先でとめどなく流れる汗を拭い、ようやくその首を上げたその視線の先に見つけたのは、管理局の監視魔法。魔導師にさえ気付かれないような微弱な、そして小さな光の球体。
 それを視界に収めた途端、顔色がさー、っと音を立てて変化していくことが自分でも理解できた。
 ……やばい。やばすぎる。

「シグナム!」
「なんだ?」

 もはや、返答を待っている暇もない。

「悪いけど、俺は逃げる――っ!!」
「……は?」

 管理局の監視に見つかった、とは言わない。
 慌ててアストライアを引き抜いて砂を蹴って、宙へと身を躍らす。風をまとって、一気に上空へと飛び上がる。
 その過程で、

「あとよろしくううぅぅぅぅっ!」
「お、おい……」

 なにがあったのかと聞き出す暇もなく、止めようと突き出した手をそのままにあっという間に見えなくなったに呆然。
 少しばかり静止していた後、まぁいいかと再び化け物へと向き直った。彼の行動にはきっと、何か意味があるのだと……いや、あの顔色からして彼にとって何か良くないものが起きたかあるいは、良くない誰かが来たのだと。
 そして、今の状況でその良くないものというものがなんであるか。それを推測することは、容易なことだった。
 彼女が向き直った先では、化け物が身体中から血を流しながらもその身体を起こし、咆哮をあげている。
 ……まだまだ、先は長そうだ。

「……行くぞ、レヴァンティン」
『Ja!!』

 レヴァンティンは衰えを知らない気合のこもった音声と共に、一発のカートリッジを吐き出した……そんなときだった。
 彼女の背後から突然、別の化け物……いや、血にまみれたその化け物の尾が現れたのは。
 突然の出来事に、シグナムは思わず目を見開いた。
 ……油断した。これだけの巨体なのだ。頭だけに気を取られてなぜ、尾の存在に気付かなかったのだろうと、眼前で襲い掛かってくる触手の躱そうと動くが。

「くっ……、しまった――!」

 全身に捲きつかれ、完全に動きを封じられていた。
 両の腕も両脚も、レヴァンティンごと拘束され、振りほどこうにも体勢が悪く力が入らない。

「ぐ、ぁっ」

 強く締め付けられぎしぎしと悲鳴を上げる身体。そして、化け物の鋭い尻尾が彼女を貫こうとした、その刹那。
 彼女を助けるかのように、向かってきていた尻尾を叩き落す黄金の光が降り注ぐ。
 それは、光の剣。爆ぜ返り、轟音を上げるは雷鳴。

『Thunder Blade』

 巨体に突き刺さる無数の剣は、

「ブレイク!!」

 円形の陣を足元に展開するフェイトの声に呼応し、一斉に起爆、硬い鱗に覆われた巨大な身体を、砂の地面へと沈ませていた。



 その突然の変化に気付いたのは、少しばかり離れた場所で浮かんでいたザフィーラだった。
 厚く覆われた曇天に、轟く雷鳴と光る稲妻。
 方角がシグナムとのいる方角であるため、どんな様子かと少しばかり気にしていた、そんなとき。

「ご主人サマが気になるかい?」
「……お前か」

 1つの影が、彼の姿を見据えていた。
 橙の長髪に同色の獣耳。凹凸の激しい女性の身体に宿るは、主を思う優しい心。そして、構えた細腕に在るのは、人知を超えた戦闘力。
 フェイトの使い魔、アルフ。
 主に従う立場である自分たちは常に主のサポートをする立場にいる。同時に同じ立場の存在として、話したいこともある。
 だからこそ彼女は、ザフィーラと対する必要があった。

「ご主人サマは一対一。こっちも同じだ」
「シグナムはわれらが将だ……主ではない」
「あんたの主は、闇の書の主ってゆーわけね」

 互いに拳を握り、構えを取った。
 お互いに格闘術を得意とするその構えは、卓越した戦士のそれ。雷鳴が轟く曇天の下で、2つの拳がぶつかり合う。



 巨体が沈み吹き上がる砂塵の中、ぶつかり合う赤と青の瞳はそれることはなく。

『フェイトちゃん、助けてどーすんの!? 捕まえるんだよ!』
「あ、ごめんなさい。つい……」

 エイミィからの通信にしまった、といわんばかりの表情で、フェイトは一瞬、引き締められた表情が崩れる。
 しかしそれもすぐに消え去り、視線は再びシグナムへと向かう。
 シグナムは眉をきりりと上げたまま、レヴァンティンに1発ずつカートリッジを装填していく。

「礼は言わんぞ、テスタロッサ」
「……お邪魔、でしたか?」

 あの状況で、シグナムは逃げ切ることができなかった。そんな彼女を助けたのはフェイトだ。
 しかしシグナムにとっては、蒐集しようと交戦していた相手を蒐集する前に潰されてしまったことはむしろ、今までの苦労を水泡に帰す行為。
 助かりはしたものの、本心は複雑そのもの。

「…………蒐集対象を潰されてしまった」

 少し間をおいて小さく息を吐き出し、つぶやくように口にした。

「まあ、悪い人の邪魔が私の仕事ですし」

 カートリッジの挿入口が閉じると同時に白煙が噴出す。
 自分たちは、悪いことをしているという事実を受け入れた上でこうして動いている。悪人と言われようがその立場のためにののしられようが、それは一向に構わない。

「そうか、悪人だったな……私は」

 なにもかもを受け入れて、騎士としての誇りを蔑ろにしてまでもこの道を選んだのだ。
 はやてと、仲間と、自分と。ただ一時でも静かに、平和な暮らしを手に入れるために。







 エマージェンシーが鳴り響く。
 浮かび上がった映像に写っているのは、真紅のゴシックな甲冑を纏った騎士。その手には鉄槌と、一冊の本――闇の書。
 シグナムのいる場所では、フェイトが倒さなくてもしばらくは蒐集ができない状態だったのだ。

「ったく、くんはどこをほっつき歩いてんのよまったくもー……なのはちゃん!」
「はいっ!」

 先に出て行ったフェイトとアルフを見送ったなのはとレイジングハートも、ヴィータを止めるために出撃することになる。
 執務間であるクロノも、提督であるリンディもいない状況で。







「ふいー……、なんとか逃げ切れたみたいだなぁ」

 シグナムと向かい合っているフェイトを遠目で眺め、自分の存在に気付いていないことに安堵する。
 遮蔽物もないからこそ、砂の山脈の影でうつぶせに寝転がり2人を見やっていただったが、果たしてこの後どうするかなとか考えてみるものの、今の状況では自分の出番はない。今度はさてどーやって帰ろうかなとか考えてみたのだが。

「……おろろ?」

 感じた気配に眉をひそめる。
 ひしひしと感じ取れるのは……あからさま過ぎるほどの敵意。

「アストライア!」
『Yes, Master. Lancer form set……Cartridge load!!』

 数度寝返りを打ちその場を離れると、のいた場所に轟音。砂が立ち上った。
 腕を突っ撥ねて立ち上がり、槍の形態を取ったアストライアを水平に構えると、足元に円形の魔法陣が広がる。

『Windigrand』

 直射型の魔力弾を数発連射した。
 威力こそ小さいものの、カートリッジによって引き上げられた魔力を媒介にして連射された魔力弾は、さながら散弾銃のように砂煙を突き抜けては着弾し小さな穴を作り出す。
 砂塵は吹き飛び、気配の主が次第に映し出されていく。

「あ、あんた……何者だ?」

 青い髪、背も高く引き締まった身体に、正体がばれないよう顔を隠す仮面。

「貴様にしゃしゃり出てもらっては困るのでな……」

 そして彼は、砂丘に大きなクレーターを作り上げるほどの力を持った相手。
 気配もなく敵に近寄り、その力をもって仕留める卓越した戦士。
 これまでにも何度かヴォルケンリッターたちを窮地から救った、得体の知れない人物だった。



「貴様に私怨はないが……ここで消えてもらおうか」






なぞの仮面と対決です。だんだんと立場が危うくなりつつある夢主ですが、
今しばらくはこのまま伸ばし伸ばし行く予定です。


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