仮面男の武器は、己の身体と固く握った拳だった。魔法を行使するためのデバイスとして鉄色のカード型――おそらくストレージデバイスを手に、を肉薄する。襲い掛かる拳撃は、まるでヴィータのハンマーにこれでもかと言わんばかりに殴られたほどの威力を誇り、繰り出された拳を受け止めたアストライアの柄がみしりと小さな音を立てた。 「……んぎっ」 その恐ろしいまでの衝撃に歯を立てただが、鍛えられているとはいえ大人と子供。身体のつくりからして違うわけで、しかも空中。握られた拳を包んだ魔力が唸りを上げて渦を巻き、まるで熱いものに触れて脳からの命令を待つ前に手を離す脊髄反射のように、いとも容易く吹き飛ばされた。 背後をちらりと見やれば、叩きつけられても大丈夫そうな砂丘。しかし、叩きつけられる気なんか毛頭ない。再び男へと視線を向けると、自身を追いかけながらカードを構える彼の姿が。カードは青い光を帯びていた。 ……なにかの魔法を行使することは明白。身動きの取れない状況に、軽く顔が引きつった。 同時に彼の周囲に具現する青い輪。それは。 「バインド……? ちっ」 どうしたものかと一瞬一瞬に思考をめぐらせ、しかしその輪がの身体を拘束するまでに時間はかからなかった。 何重にも巻きつき、アストライアごとからめとる輪は、そのものの動きを完全に奪い去っていた。 しかし。 「ふんぬが―――っ!!」 数秒で、バインドそのものを完全に弾き飛ばしていた。 魔法の行使が苦手なのかあるいはよくわからないが、その数秒が命取りになっていたりする。 「……おとなしく、眠っているがいい」 バインドから開放されるのと同時に、すでにの目の前まで飛来。繰り出される拳は空気を切り裂き、の胴部へ吸い込まれるように完全に激突していた。 湧き上がる痛み。こみ上げる嘔吐感。一瞬どこかへ飛んでいく意識。目から星が飛ぶようだ、というたとえも、あながち間違いじゃないなとか、状況に似合わず思ったりして。 とにかく、殴りつけられたその拳を伴って、は思い切り砂丘のど真ん中に叩きつけられていた。 「がふ……っ」 肺から強制的に吐き出される二酸化炭素。身体を強烈に圧迫される。 巻き上がる暴風と同時に、巻き上がる砂塵。そこでようやく、他で交戦していたフェイトは彼の存在にようやく気付くことになる。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #31 「……?」 「余所見とは余裕だな、テスタロッサ!!」 もちろん、そんなフェイトの隙をシグナムが見逃すはずもない。 レヴァンティンを振り構え、肉薄する赤の閃光。その刀身は炎を纏い、残像を残してフェイトに迫る。 気付いたときには、すでに遅い。バルディッシュを防御に回すこともできず、薄い防御壁のみで守りきらねばならなくなってしまった。 もちろん、そんな薄い障壁の前に屈するシグナムではない。 力任せに障壁ごと、フェイトを吹き飛ばしていた。 しかし、吹き飛ばされたフェイトは身体に走った痛みに表情をゆがめながらも、鎌を展開させたバルディッシュの先をシグナムへ向けていた。 先の金の水晶球に光がともる。 (は、なんでこんなところに……?) 『Plasma Lancer』 放たれた金色の魔力弾は1発。複数発射を前提としたこの魔法を、威力と速度を重視して単発発射したのだ。攻撃後でのフォローで隙ができていたシグナムにとっては、まさに驚き。目を見開きながらも、とっさに持っていた鞘ごと突き出した左手の先に楯を展開した。 耳を貫く轟音。肥大する爆煙。フェイトは身体を捻って何事もなかったかのように着地すると、バルディッシュの刃をかき消した。 (だっては、エイミィの連絡にも応じてくれなくて……) そんな考え事をしていながらも、警戒を解くことなく目の前で吹き上がる砂塵を眺める。シグナムが落下した先だ。着地の瞬間にここまでの間合いを詰めてくるかもしれないと、吹き上がった砂煙の先だけを見つめている。 しかし、シグナムは着地の状態でしゃがみこんだまま。視線だけをフェイトに定めて、微動だにしていなかった。右手にレヴァンティン、左手に鞘――片方に殺傷能力はないものの、ある意味二刀流ともいえるそのたたずまいを、彼女は無言で変える。 刀身を鞘に収めて、同時に吐き出される1発の薬莢。 (とりあえず、のことは後で聞いてみよう。シグナムは…………) フェイトはふるふると顔を振って考えていたことを吹き飛ばすと、少し離れた先で愛剣から白煙を噴出させたシグナムを見据える。 (決めに来る……?) そんな結論に至り、ならばいわんばかりにと何も持たない左手の平を天に向けて、顔の真横へ。シグナムに背を見せるように腰を捻った。 相手がその気なら、こちらも応じてやろうじゃないか……そんな気概のある、真っ向からの撃ち合いだ。 展開する魔法円。左手を巻く小さな環状魔法陣。やがて、天に向けた手のひらの先に野球ボールほどの大きさの魔力球と、眼前に左手のそれとは大きさの違う二重の環状魔法陣が、雷よろしく爆ぜながらも具現する。 それは、一気に自分を窮地へ追い込もうとするシグナムに対抗する、1つの手段だ。 「プラズマ……」 小さくつぶやく。 彼女に打ち勝つには、彼女よりも強い力をもって圧倒しなければならない。そしてそれなりに時間もある今の状況でなら、ミッドチルダ式の魔法体系の骨頂である砲撃が、なのはのような大出力とまではいかないもののまさに有効打となるだろう。 同様にシグナムは鞘ごとレヴァンティンを大上段に構えをとった。足元に展開するは逆三角の魔法陣。さらにその頂点を囲うように魔力が吹き荒れ、彼女の長い髪を大きく揺らしていた。 「飛龍……」 鞘から引き抜くと同時に、一振りの剣の形態を保っていたレヴァンティンは連結剣へと早変わり。魔力を内包した一つ一つの刃はまさに、必殺の威力を誇るだろう。 そんなシグナムとは対照的に、フェイトは特大の力を内包した左手を魔力球ごとその手のひらを突き出していた。同時に展開するはシグナムに向けられた円形魔法陣。それは彼女が放つ砲撃魔法の、発射台というわけだ。 「スマッシャー!!」 「一閃――!!」 金色の砲撃と連結剣から離れた紫の魔力波が、2人の声と同時に衝突。渦を巻きながら天へと向かい、結局は相殺、特大の爆発を引き起こした。 それをすでに理解しているのか、2人は煙が晴れるよりも先に頭上へと飛翔する。 シグナムが上から、フェイトが下から。互いのカートリッジロードの白煙を噴出させて、その手の武器を合わせたのだった。 … 「ちょ、ちょっとちょっと! なんでくんの反応があっちにあるのよ!?」 エイミィは驚きと共にとにかく焦っていた。 いくら連絡しても応答のない彼が、なぜか『向こう』にいるという事実に。最高責任者であるリンディもいなければ、執務官なクロノもいない。そんな状況での予想外な展開に、エイミィはとにかく驚くしかない。それと同時に、いくつもの疑問が浮かび上がる。そして、疑惑も。 浮かび上がったそれらをとりあえず今は頭の片隅に残して、エイミィはコンソールを叩く。 戦況を横目に今の状況に陥った、経緯や原因もろもろなど。調べねばならないことがはたくさん出てきてしまった。 「くん、くん! 聞こえる!?」 とりあえず今は、彼とコンタクトを取らねばなるまい。 … その頃リンディは1人、本局はグレアムのもとを尋ねていた。 上官であること以前に今現在関わっている闇の書の一件について、彼も過去の当事者の1人だったから。 アースラの整備もすでに終わりを見て、新しい武装も搭載した。 周辺被害がひどいが管理局きっての大出力と殲滅力を誇る魔導砲『アルカンシェル』。撃ち出される弾そのものに攻撃力はなく、しかし着弾後一定時間が経過することで着弾点を中心に半径百数十キロの空間を歪曲、反応消滅によって標的を殲滅するほどの出力を誇り、過去の闇の書事件でも幾度となくその威力を発揮した魔導砲である。 たった一冊の書のためだけにそんな大掛かりな魔導砲を持ち出すくらいだ。管理局の上層部も、今回の一件についてを重く見ている証拠といえるだろう。 「闇の書の事件……進展はどうだい?」 「なかなか難しいですが、うまくやります」 実際、すんなりとアルカンシェルをアースラに搭載することができたし、整備そのものも滞りなく終わった。今に捜査本部をアースラに移すこともできるだろう。 「君は優秀だ。私のときのような失態はをしないと信じているよ」 そんなグレアムの一言に、リンディは持っていたカップを置き、彼を真っ直ぐ見据える。 表情はおだやかに、 「……夫の葬儀のときにも申し上げましたが、あれは提督の失態ではありません」 リンディの夫……クロノの父クライド・ハラオウンは、11年前にこの世を去った。 当時艦船の1つを任されていた彼は、封印された闇の書の輸送という任務を負って次元空間を航行していたのだが、その途中で闇の書が暴走、艦の制御を奪われ、同行していたグレアムの艦によってやむなくその艦船『エスティア』と運命を共にし沈められた。 それも、今現在アースラに搭載されている魔導砲アルカンシェルによって。 「あんな事態を予測できる指揮官なんて、いませんから」 そんな彼女の言葉に、グレアムはただ黙っていることしかできないままだった。 11年前、グレアムと共にいた彼の使い魔の双子も、過去の闇の書事件の当事者である。 リーゼロッテと、リーゼアリア。近接戦闘に優れ格闘戦に秀でているリーゼロッテと、魔法戦に秀でているリーゼアリア。彼女たちは2人で1人な猫の使い魔で、共にグレアムを補佐する役目を担っている。 そんな彼女たちは今、弟子であるクロノの頼みで無限書庫での作業を手伝っている。この任務の主役であるユーノは種族柄、探索などの能力に優れていることから、無限書庫で闇の書についての情報を探し出すこともできるだろうと踏んで、探索の任務を頼んだのだ。そして、それを手伝っているのが先でも記したように、リーゼロッテとリーゼアリアの2人なのである。 「へぇ、そんなんで本の中身がわかるんだ?」 「ええ、その……まぁ……」 山のような本を何食わぬ顔で持って来るリーゼロッテだったが、彼女が苦手なのかユーノはどこか引きつったような表情を見せる。 彼を中心に十冊ほどの本が円を作り、彼の眼下には緑色の円形魔法陣が具現している。彼の持つ検索・読書魔法だ。それを行使することで本能情報を読み取ることができる彼を含んだスクライアの一族の能力の高さが、それだけでも窺えた。 「ホントかなぁ……?」 しかし、リーゼロッテはそれがどうにも信じられないようで、どこか納得のいかないような表情を見せている。 双子であるリーゼアリアと比べて違うのは、素行の悪さだ。もちろんリーゼアリアと比べて、なので問題になるような悪さではないのだが、そんな彼女だからこそ。 「……む!」 1つ、ちょっとしたイタズラを思いつく。 闇の書に関する本を探すフリをして、一冊だけジャンルの違う本を混ぜて渡してみる。 ユーノは何も知らず、渡された本を並べて検索魔法をかけるが。 「あれ?」 ぴくりと眉が小さく動き、小さくため息。 浮かべていたうちの1冊を手にとって、リーゼロッテのもとへ。 「なぁに?」 「あの、本の中にマンガを混ぜるのやめません?」 「おお! ホントにわかってるんだ!」 すっげーっ! リーゼロッテは、両手を振り上げつつ歓声を上げていた。 一方、リーゼアリアはクロノと共にいた。 封印手段の決定と手続き、後処理までをリーゼアリアを伴って行ってきたのだ。 リンディと試験航行を行なった後のことで、彼女はグレアムの元へ。あとの処理がすべてクロノにまかされて、それが今しがた尾終わったところだった。 「結局、封印手段はやっぱり、アルカンシェルになっちゃったな」 「他にないもんね、あんな大出力が出せる武装」 先に説明したとおり、アルカンシェルは周囲百数十キロを空間歪曲させ、反応消滅させる。 もし地表でこれを放てばもちろん、周辺への被害は計り知れない。 撃たずに済めばいいんだが、というクロノの一言も、まさに真に迫っているだろう。 「主が見つかるといいんだけどね……まぁ、たとえ主を抑えたところで、闇の書には転生機能があるから新しい主が当たるまで……ほんの数年ばかり問題を先送りにできるだけだけど」 周囲への大規模な被害と、問題の先送り。 2つの選択肢で、どちらを選ぶべきかと問われれば、誰でもこう答えるだろう。 その場で大規模な被害を出すよりは、問題を先送りにして対策を考えた方がずっといい、と。 ● さて、視点はへと戻る。 仮面男に地面に叩きつけられた身体は、背中がむしろ柔らかい砂だったためか致命傷には至らなかった。しかし、それでも痛いものは痛い。 (くん、くん! 聞こえる!?) 頭に響くエイミィの声のおかげで、意識を飛ばさずにすんでいたのかもしれない。 男はから離れて、様子を窺っている。しかしその窺い方はどこか、心ここに在らずといった様子で、むしろ意識は少し離れた向こう側……フェイトたちの方へ向かっているといってもいいかもしれない。 身体中……特に腹部が軋みを上げるが、それを気にせず身体を起こす。 「聞こえてるよ、エイミィ」 しきりに声をかけてくるエイミィに返事をしながら、両脚をしっかりと踏みしめて立ち上がる。 しかしてなお、力はあまり入らない。たった一撃、受けたダメージがあまりにも大きすぎた。立ち上がった瞬間に一瞬、意識が薄れてくらりとよろめくが改めて足を踏みしめなおす。 「ごめん、いまは話してる暇ないんだ」 (え!? なんでさ!?) 「なんでって……サーチできてるだろ、そっちで」 (ちょ、まって! まってくん!) エイミィの声を無視するとアストライアを砂に突き立てて真っ直ぐ、男を見据える。 その瞳は小さな輝きを帯び、まだ眠るつもりはないとしきりに訴えているようで、男は軽く戸惑いを覚えた。 目の前の少年の底力を、そしてその瞳に戦慄を覚える。 ……ちょうどいい。お前の正体、暴かせてもらうよ! 「アストライア!!」 『Blade form set』 槍が、一振りの剣へと変わる。 それはスピードを重視した小ぶりの剣。大きな魔法を使うには、相手が悪すぎるのだ。だから魔法の行使は最低限、あとは己を武器にする。 戦いはまだ―― 「行くぞ……!」 「っ!?」 終わっていないのだ。 目にも留まらぬ速度でたった一歩を踏み込んで、は男に迫る。軽いフェイントから背後に回りこんでの強襲だったが、しかし容易く受け止められる。そんな行動だけでも、目の前の得体の知れない男の力の強さがわかるというもの。しかしそれを考える暇もなく、間髪入れずに次の行動へと移す。 それぞれの片腕が封じられ、それひるむことなく繰り出された拳と拳はまるで申し合わせたかのようにぶつかり合う。 互いに魔力を帯びて、強化された一撃は空気をも爆発させる。 「アストライア、D.D.Sいけるね!?」 『了解。Dual Drive System,起動……』 カートリッジを2発吐き出し、の足元に浮かぶ逆三角の魔法陣。そしてさらに剣の鍔あたりに具現する球形魔法陣。これに驚いたのは仮面男の方だった。の用いているデュアルデバイスは、まだ公にされていない魔法技術。メンテスタッフから直接でも聞いていない限りは、知っているわけもない。新しく現れた魔法陣も、そのシステムにおいても情報はまったくゼロ。 突然現れた複数の魔力スフィアに防御行動を取ろうにも両手をによってふさがれているため、それもできないまま。 『Alleseindringen』 結局、デュアルドライヴシステムによって具現したのベルカ式魔法が男の背中に炸裂、爆発を引き起こした。 着弾の瞬間に彼から距離をとったは立ち上る黒煙を真っ直ぐ見据え、突然の事態にも対応できるよう神経を研ぎ澄ませる。 黒煙がゆっくりと晴れて、視界がクリアになると。 「……え゛」 男は忽然と消え去っていた。 まったく情報がない状態で戦闘を継続するのは、ある意味自殺行為ともいえるだろう。だからこそ、男はその場を離れるという判断を下したのだ。 都合のいいことに黒煙がの視界をふさいでいる今ならと。 「あぁっ!!」 見つけた先で男はすでに、フェイトの背後に迫っていた。彼女が気付く様子は見られない。完全に気配を殺しきっているのだろう。 彼の目的は…… 「リンカーコアか!? フェイト―――!!」 …… しかし。 「う……あぁっ!!」 間に合わなかった。 背中から手を突き入れて、彼女の身体を貫通して拳が飛び出す。血は出ていないが、その表情は苦しげで。 そんな光景に、攻撃しようと動いていたシグナムも動きを止めていた。 「ああああっ!!」 青い光が溢れ、同時に聞こえてくるフェイトの悲鳴。 男が拳を開くと、そこには。 「っ!!」 彼女のリンカーコアが、爛々と輝いていた。 魔力光と同じ、黄金の光。彼女の扱う魔法の源。 高い魔力を内包している彼女のコアを奪う、絶好のチャンスだった。彼女のコアがあれば、闇の書のページを大きく埋めることができるだろう。 「さあ……奪え」 それほどに、今のシグナムにとってこの提案は魅力的過ぎた。 |
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