闇の書捜索隊の本拠地が、アースラへと移っていた。
 メンテナンスが終わり、一連の事件を終息させる最終手段として採用された大砲はまさに一撃必殺、最上級の武装。
 あとは主の居場所を掴んで闇の書を封印する。口にするだけならそれはもう簡単なことなのだが、それこそが今回の一件で一番難しいことなのだ。
 相手は幾度となく、多くの人間の人生を狂わせてきた闇の書だ。一筋縄でいくわけもない。

「フェイトさんは、リンカーコアにひどいダメージを負っているけど……命の危険はないそうよ」

 長机の先端に艦長のリンディ、リーゼロッテ、なのは、リーゼアリア、クロノ、アルフ、アレックス。そして。アースラ内会議室で一同が顔を合わせて、とにかく話し合う必要があった。
 まずはフェイトのこと。彼女は先の一件でリンカーコアを蒐集されたのだ。リンディとしても、彼女が心配なことに変わりはなかったのだから、まずはみんなを安心させようと、フェイトの安否から口にした。
 そして、次に話題となったのが今後の捜査方針や砂丘での一連の流れのおさらい。リンディとクロノというアースラスタッフの中でも高い位の人間が軒並み不在だった今回、代理で指揮を執るはずだったエイミィが、まったく仕事ができない状態に陥っていた。
 2人……なのはとフェイトが出て行ってからしばらくして突然、駐屯所の管制システムが端からダウンして、復旧させてアースラに緊急連絡をし終えたたときにはすでに遅く、フェイトは仮面男によってリンカーコアを無理やり引きずり出されて、蒐集された。原因は外部からのクラッキングによる攻撃だったようで、しかし妙なのは外部からの攻撃を守る防壁や警報をあっさり素通りしてシステムをダウンさせたという。
 その中でも、仮面男の映像を残せたことは不幸中の幸いといえるだろう。今まで彼の姿がおぼろげだった分、たった少しだけど前に進めた。
 システムを攻撃してきたのは、敵の中に技術力の高い人間がいるのか、あるいは。

「組織だってやってるのかもしれないね」

 リーゼロッテが言うように、彼女たち以外に複数で組織だって動いているのかもしれない。
 ただでさえ守護騎士たちだけでいっぱいいっぱいなのに、あの仮面の男は突然現れては内包する高い能力を生かしてその場を引っ掻き回していく。しかも更に高い技術力を持つ人間がいるとすれば、なんとも面倒で厄介なことこの上ない。

「君の方から聴いた話も状況や関係が良くわからないな」
「ああ……」

 ザフィーラとの交戦が終息したアルフがフェイトを迎えに行ったところ、仮面の男はその場を離れた後で、シグナムがフェイトを申し訳なさそうな表情で抱きかかえていたという。

「言い訳はできないが、すまない、と伝えてくれ」

 そんな彼女の言葉がまるで男の所業に責任を感じているようで、しかし彼女もそれを知らなかったような一言だった。
 ともあれコレで、本格的に闇の書の捜索を行うことも可能である。

「アレックス、アースラの航行に問題はないわね?」
「ありません」
「結構。予定より少し早いですがこれより、司令部をアースラへと戻します。各員、所定の位置に」

 リンディの一言をもって、司令部はアースラへと移ったのだった。

くん、ちょっといいかしら?」

 会議が終わり、終始無言だったに放たれるリンディの一言。
 呼び止められたその内容は、先の一件での彼の行動によるものだった。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #32



「助けてもらった、ってことでいいのよね?」
「ああ……少なくとも、ヤツが闇の書の完成を望んでいるのは確かだ」
「完成した闇の書を利用しようと考えているのかもしれんな」
「ありえねーっ! だって、完成した闇の書を奪ったって、マスター以外には使えないじゃん!」

 八神家リビング。闇の書の守護騎士たちが一堂に会して、蒐集のためにとかけることなくどこか沈痛な面持ちでソファに床に座り込んでいた。
 話題は言うまでもなく、得体の知れない仮面の男のこと。彼が何を考えて行動しているのかがまったくわからないまま、今に至っている。
 何を考えているかすらわからないままの今の状況に、不安感は募る。
 完成した闇の書を持つマスターは大いなる力を得る。魔法による脅迫は洗脳といった行為を行うことは逆に自殺行為。利用しようなどと考えるのは、よほど無知な人間だけだろう。

「まあ、家の周りには厳重なセキュリティを張ってるし、万が一にもはやてちゃんに被害が及ぶことはないと思うけど……」

 まるで粗雑な網の目のように張り巡らされた紐状の警報装置だ。科学を用いた装置でもなく、一般人に見破られることはないし、魔導師がかかっても突破することはまずできないはずなのだ。

「念のためだ。シャマルはなるべく、主のそばを離れんほうがいいな」
「うん……」

 ザフィーラの提案に、シャマルもシグナムもヴィータも反対意見を述べることはなかった。

「なあ、闇の書を完成させてさ。はやてが本当のマスターになってさ、それではやては幸せになれるんだよね?」

 立ち上がり、そんな言葉を口にしたヴィータに、シグナムとシャマルは軽く驚いたような表情をしていた。
 今まで蒐集してきた中で、彼女が特に息巻いて蒐集に励んでいたというのに。その彼女が、フェイトのリンカーコアを蒐集したことで完成がより目前に見えてきた今になって、そんなことを言うなんて、と。

「なんだいきなり?」
「闇の書の主は大いなる力を得る。守護者である私たちは、それを誰よりも知っているはずでしょ?」

 そんな2人の言に間違いはない。ヴィータもそれそのものは信じている。
 しかし……何かを忘れている。彼女たちにとって、とてもとても大事なことを。なのにそれが思い出せず、おぼろげなまま。
 ヴィータはどこか煮え切らない表情で、小さくうなずいただけだった。

 ……と、その次の瞬間。

 がしゃん……っ!

『っ!?』

 隣室から聞こえた金属音。それがはやての車椅子が倒れた音だと気付くのに、時間はかからなかった。


 ●


 は1人、アースラは艦長室でリンディと向かい合っていた。

「それで、くん。私が何を尋ねたいのか、わかってるわよね?」
「……」

 は終始無言のまま、リンディの目を真っ直ぐ見つめていた。
 その視線は熱いとか鋭いとかそういった類のものではなく、一回り以上も年上なリンディでも図りきれない、よくわからないもの。彼女はが何を考えているのか、正直図りかねていた。
 もともと彼は、行動に一貫性というものがほとんどなかった。団体行動を極力避けて、複数でチームを組んで任務に当たっても、仲間のメンバーにも考え付かないような行動を取っていることが多い。しかもそれがほとんど成功につながるのだから誰にも責めることはできず、信頼だけはされている。立場的にも命令には逆らえない状況で、もって生まれた性格が性格だったからか孤立することはなかったが。
 そんな彼は数刻の後、小さく息を吸い込んで口を開く。

「すいません。今は……言えません」
「なぜ?」

 まるで言葉を選ぶようにゆっくりと、一言一言考えて、言葉を紡ぐ。

「言えば俺は……嘘吐きになるから。それに……」

 少しばかり、彼女たちに確認しておきたいこともある。
 協力すると約束した。自分の行いが彼女の幸せに……そして、事件の早期終結につながるなら。彼はそれを信じて、今までずっと動いてきたつもりだった。
 だからこそここにきて本当に書を完成させてもいいものか、迷っていた。どうするべきか、彼も図りかねているのだ。
 過去の闇の書の事件ではただ破壊のみに使われたことしかないという事例。そして、その大きな破壊の力がはやての侵食を本当に止める手立てとなるのかどうか。
 破壊のみに使われた力ではやての身体の麻痺が治るなんて、到底思えない。むしろ、内側からはやてを食い破ってしまうんじゃないかと思えてならない。
 だからこそ動いて、聞いて、自分がどうしたいのかを決めねばならない。
 それこそが彼女たちに関わった自分の責任だと思うから。

「いや、ただの自己満足か」
「え……?」

 首を傾げるリンディだったが、それを気にせず自身に向けて喝を入れる。
 ぱん、と景気よく鳴り響いたの両頬は、手が離れると真っ赤に変色していた。

「俺、ちょっと行かなきゃならない場所ができました。ほら、提督もフェイトのところ、行ってあげなって」

 リンディを立たせて艦長室を出ると、背中を押す。
 彼女はフェイトを養子に迎えようと色々と手続きをしているのは、前にエイミィから聞いていた。だからこそ、こういうときにこそそばにいてあげた方がいい。小さな頃から両親のいないだからこそわかる、フェイトの心情。
 なにか尋ねようにも、背中を押して笑っている彼の空気がそれを許さない。

「ふぅ、仕方ないわね」

 リンディは小さくため息をつくと、自分の意思で歩き始めた。

「フェイトに、背中……守ってやれなくてごめんって、伝えておいてください」

 は小さく挨拶すると、彼女のそばを離れる。
 行かねばならないところができたから。聞かねばならないことがあるから。そして、管理局のそれとは違う自分自身のためだけの行動方針を、自分自身で決めねばならない。守護騎士たちのためではない。はやてのためでもない。ただ、自分だけのために。

 たとえ全員を敵に回そうとも、それが自分で決めた道ならば……


「後悔なんてしないさ……絶対に」


 ……


 フェイトの元へ向かう道中、リンディは頭の片隅で考えていた。先ほどの彼の言動がどうしても、頭をちらつくのだ。
 だからこそ考える。今しがたのがあんな言動を起こした理由を。そして、今の彼の立ち位置を。
 嘘吐きになるから、という彼の発言は、一体誰に対してのものだったろう。それに、彼がつぶやいた『自己満足』という言葉。PT事件の時にも彼は同じことを言っていた。この言葉の意味の指すところは? そして、『行かなければいけない場所』とは?
 リンディは聡明な女性だ。の境遇も、その性格まで知っている上で1つの答えにたどり着く。

 約束の相手は、そして彼が向かった先には……




「もしかして……」




 闇の書の主がいる?







リンディ気付きました。
しかしながら、咎めるつもりはさらさらないようです。
部下やチームのメンバーのことを良く知っていなければ、指揮官なんて務まらないんでしょうから、
少しばかり事を真実に近づけ始めてみました。


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