えっちらおっちら、やってきたのはアースラの通信室だった。 次元空間を越えて通信をする場合は特殊な機材が必要になるため、専用の通信室がついているわけだ。 中空に浮かんでいたのは今、本局は無限書庫で調べものをしているというユーノの姿だった。 もともと遭遇する機会がなかったから、あまり気にも止めていなかったというのもあり、なんか久々に見たな、などと思ってみたりしたのだが。 「ああ、。ちょうど良かった」 「は?」 艦長との話は終わったのか、との姿にいち早く気付いたクロノが尋ねてきていた。珍しいな、とか思いつつも表情から察するに真剣な話であることは間違いないだろう。 …………や、空気読めない人じゃないですよ? 目下の話はもっぱらが闇の書関連の話になっている。相手が厄介な、第一級捜索指定遺失物だからこそ、綿密な話し合いが必要なのだ。ともあれ、今は無限書庫で調べものをしていたユーノの、定期報告会みたいなものを開いていた。今回の事件を、収束へと導くために。 闇の書について詳しく知るにはいい機会だと言わんばかりに、むしろクロノのほかにエイミィとリーゼロッテの3人に合流する。 「リーゼロッテ、おひさし」 「おひさし。ってか、相変わらずマイペースなんだねこのガキンチョは」 ……しかし。 「あんな退屈そうなところに、よくもまぁずっといられるもんだね。ユーノは」 彼の口から出た言葉にリーゼロッテは改めて変わってないなとか思ったりして、苦笑してみせた。 そんなわけで始まった、ユーノによるいわゆる『闇の書に関する定期報告会』。アシスタントとして控えているリーゼアリアやユーノの周りに浮かぶ無数の本の群れ。まるで風にでも吹かれているかのようにページがめくれ、のそれよりも少し薄めな緑の魔力光が飛び交っている。 きっとあれは、本の中身。ないようそのものがぎっしり詰まった、情報の塊だろう。それらが彼の中に入っては出てきてを繰り返している。 通信室のスピーカーから聞こえてくる彼の声は、いわゆる念話という魔法。頭から直接話しかけるからか、彼の目と口は閉ざされたままだった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #33 『まず、闇の書ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は夜天の魔導書。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために創られた……主と共に旅する魔導書』 そんな一言から始まった彼の報告は、この短期間で無限書庫の資料から検索してきたとは思えないほどに濃いものだった。 技術を集める健全な資料書だった闇の書が破壊の力を振るうようになったのは、歴代の主のうちの誰かが、悪意を持ってプログラム……書の機能に改変を加えたためだと彼は言った。 ロストロギアの持つ大きな力を手に入れたいと考えて行動してしまう人間は今も、そして昔にも存在した。そんな人間が主となってしまうのだから、ある意味じゃ闇の書も不憫なものである。 『その改変のせいで、旅をする機能と壊れたデータを自動修復する機能が暴走してるんだ』 「転生と無限再生は、それが原因か」 11年前も、闇の書の暴走で沈んだクロノの父クライドの艦船エスティア。アルカンシェルによって消滅させられても、転生と無限再生の機能が大きく働いて、結局次の主の元にもたらされたということになるだろうか。 転生と無限再生の暴走……無限転生、とでも言うのだろうか。どれだけ攻撃されても、どれだけ力を使い尽くそうと、完全に再生して新たな旅に出る。 ……これを止める手段なんて、あるのだろうか? 「古代魔法なら、それくらいはアリかもね」 『一番ひどいのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集がないと、持ち主の魔力や資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる…………無差別破壊のために』 「!?」 ここで浮かんだのは、はやての下半身の麻痺だった。 彼女が物心ついた頃から共にあり、それでいて開かれることのなかった闇の書。一定期間というのがどのくらいかはさておいて、長く離れることのなかったはやてと書が共に在れば在るほど、彼女の身体は彼女自身の制御を受け付けなくなる。 それがいわゆる、『魔力や資質を侵食』している証拠なのだろうか。 「停止や、封印方法についての資料は?」 『それは今調べてる。だけども、完成前の停止は多分難しい』 闇の書が真の主と認めた人間にしか、書そのものを扱うことができない。書の機能を停止や改変ができるのは、真の主だけだとユーノは付け加えて口にした。 さしずめ、闇の書の主とは闇の書の『管理者』。 さらに付け加えたのは、闇の書を止めるという行動を完全に封じる事実。 『強制的に外部から書に侵入しようとすると、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』 それが、闇の書の永久封印が不可能である理由だ、とリーゼアリアが付け加えて、報告会はお開きになった。 報告会が終わった途端、彼女はユーノの捜索能力を褒めちぎっていたのだが。 「なぁ、ユーノ」 『なに?』 目を閉じたまま、の言葉に耳を傾けるユーノ。それでも手は動き、それに伴うように本の群れが移動する。彼が返事をしてから十数秒の間沈黙が流れ、 「そのソースは、信用できるもの?」 『……そうだね。確かな情報だと考えてくれていいと思うよ。なんたって、世界の書籍やデータがすべて納められた超巨大データベース―――世界の記憶を納めた場所だからね』 以前リーゼ姉妹が口にしていた無限書庫の仮称を口にして、ユーノは軽く笑って見せた。 …… そんなわけで、無限書庫からの通信は途切れた。続いてクロノがエイミィに指示したのは仮面の男の映像だった。フェイトの胸元を背中から貫いているかのように腕が伸び、その先には金色の輝きが称えられている。 蒐集された、フェイトのリンカーコア。あんな形で蒐集されたせいか、彼女は今も医務室で眠っているのだろう。 早く目を覚まして欲しい、と思うのはだけではなかった。 「この人の能力もすごいというか……結構ありえない気がするんだよね」 先の一件の舞台となった世界……フェイトとがいた砂漠の世界と、なのはとヴィータが交戦したという森が広がる世界。この時間、システムがちょうど丸ごとダウンしてしまったからか詳しいサーチができなかったことが悔やまれるが、辛うじてコンタクトの取れたもなにやら忙しそうにしていたとエイミィは追って口にした。 「この2つの世界、最速で転移しても20分くらいかかりそうな距離なんだけど……なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて、それからわずか9分後にはフェイトちゃんに気付かれずに後ろから忍び寄って一撃」 「かなりの使い手ってことになるね」 「そうだな……僕でもムリだ」 エイミィの話を聞いて、あの男は自分と会う前にそんな事してたのか、とか思わず感心してみる。 交戦してわかった、男が根っからのパワーファイターだという感想が、バスターの防御と長距離バインドのおかげであっさり崩れ落ちてしまった。 そして妙なのは、なのはにバインドを決めてからフェイトを倒すまでの時間がたったの9分という事実。体感時間だからあまり確証はないが、きつめに見ても十数分はかかっているんじゃないかとか思ったりするが……これは一体どういうことだろうか? 「!」 「ふぇっ!? な、なにかな?」 「なにってお前……はぁ」 クロノはやれやれといわんばかりにため息。 「長距離バインドとか……いや、お前にはムリか。それより、あのときなにをしていたんだ?」 「システムがダウンしてて、コンタクト取るのがやっとだったんだよね」 ばつが悪そうに頭を掻いたエイミィだったが、そんな事態になっているとは露知らず「わかってるんだろ」という発言をしてしまったことを今になって後悔。テンパっていたから仕方ないのかもしれないが、おざなりな態度を取ってしまったことを反省した。 「俺あの時、ちょうど男と戦ってたんだよ」 「なんだって!? お前、そのことを何で今まで黙ってた!?」 「だって、聞かれなかったし」 声を荒げたのはもちろんクロノだった。ただでさえ情報が不足している今、男との交戦経験はかなり貴重。直後には詰め寄られ、日が暮れるまで話に付き合わされた。 もともと海鳴に行くつもりでいたから面倒この上なかったのだが、結局放してくれず行けずじまい。 あまり時間はないのだろうが、まあいいかと日を改めることに。 「曲がりなりにも管理局員なんだから、報告くらいしようよ……」 そんなエイミィの一言は、聞こえなかったふり。 …… 気付けば、まず見えたのは1人の女性の穏やかな顔だった。 緑の艶やかな髪に、見る人を安心させてしまうような見惚れんばかりの綺麗な笑み。自分の目覚めをまるで我が事のように嬉しそうに微笑んでいる姿は、まるでいつかの母のようだった。 「目、覚めた?」 「リンディ、提督……」 記憶が、意識がおぼろげだ。 ここがどこで、自分が今まで何をしていたのかがすっぽりと抜け落ちている。 補助してもらいながら上半身を起こしきょろきょろとあたりを見回してみると、目の前に飛び込んできたのは明るいオレンジの髪。 「アルフ……」 「アルフも昨夜から、ずっとあなたのそばについてたから」 アルフが、気持ちよさそうに眠っていた。 ……そうだ、だんだんと記憶がはっきりとしてきた。 どれだけの時間が経っているのかはわからない。でも、自分が彼女に負けたのだということは間違いないことだった。 「ここはアースラの艦内。あなたは砂漠での戦闘中に背後から襲われて、気を失っていたの」 「私、やられちゃったんですね……」 気付きもしなかった。意識が飛ぶ前に目に焼きついた、青い髪とシャープなつくりの仮面。自分はまだまだ、背中が甘いんだなとつくづく思う。 あの仮面の男は彼女たちの仲間なのか、何を考えて行動しているのか……こうしてやられてみたところでしかし、未だに見当もつかない。1つだけわかっていることは、今の自分は魔力の源リンカーコアを蒐集され、魔法が使えない……つまり、みんなの役に立てないということだけだった。 そんな現実に、気分が落ち込む。 「管理局のサーチャーでも確認できなかった不意打ちよ。仕方ないわ」 そんな自分を励ますように、言い聞かせるように、リンディは優しい言葉をかけてくれた。 同時に感じる、温かな右手。 自身の小さな手を包み込むように、彼女の手が握られていて。 「あ……」 「あっ、ごめんなさい。イヤだった?」 「いえ、別にイヤとかでは……その」 どことなく、落ち込んだ気持ちが浮上したような気がした。 リンディいわく、自分は軽くうなされていたらしい。それを心配して、ずっと手を握ってくれていたのだと思うと、それがさらに嬉しいとも思う。 「学校にはお家の用事でお休みって連絡してあるから、もう少し休んでるといいわ」 「はい……」 返事を聞くと、リンディはにっこりと笑って立ち上がると、出口へ歩いていく。 振り返っておなか減ってるでしょ、と聞かれれば、そういえば寝てる間ずっと何も食べていなかったということに気付く。 きゅる、と小さく虫が鳴いて、リンディが小さく笑う。 ……恥ずかしい。 「何か軽い食事と飲み物を持ってくるわね。何がいいかしら?」 「あ、えっと……お任せします」 リンディは笑ってうなずくと、出入り口の扉が音を立てて開いた。 そこから足を一歩出したところで、再び立ち止まる。 「そういえば、君から伝言よ」 「え?」 「『背中、守ってやれなくてごめん』ですって」 そんな言葉を最後に、青い髪は扉の奥へと消えた。 残ったのは脇で眠るアルフの寝息と、右手に残った温かな感触。そして、背中が甘いと思った先からまるで申し合わせたかのように伝言を残した1人の少年の言葉。 天涯孤独である自分は1人じゃないんだ、と改めて実感できたし、何よりこうして心配してもらえることがとても嬉しい。 フェイトは1人、寝息を立てて起きる気配のないアルフを視界に納め、感じていた温かな気持ちを忘れないようにと、その手を胸に抱きしめたのだった。 |
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