これは、闘技大会で大盛り上がりのヴァンドールで起こったお話。
「みんな!・・・あの2人、また来てるぜ!」
「え〜・・・?」
まだ幼い少年が指を差す。
その先を眺めて、一緒にいた数人の少年少女は眉をひそめた。
冷たい視線を浴びる2人の兄妹は、地肌に服・・・すでにぼろ布に近い状態のそれをまとい、じっと前方を眺めつづけていた。
「なんど言えばわかるんだよっ!!前にもここにはもうくるなって言っておいたのに・・・」
少年少女のうちの1人が2人へ近づいて叫ぶ。
ここはヴァンドールの中心に位置する商店街である。行き交う人々は多く、子連れの夫婦も少なくはない。
そーだそーだ、と声を上げる子供たちと兄妹を、通り抜ける人間たちは目にも留めず自らの目的を達成せんと雑踏へ消えていく。目を向ける者がいたとしても、それは少年たちをなだめようとはせずに対象である2人へ嫌悪の視線を向けていた。
「お前たちはいるだけでまわりに迷惑なんだよっ!」
「な〜に、その服?きたないったらないわ」
「あー、くさいくさい。寄るな寄るな!」
口々に罵声を浴びせると、子供たちは逃れるようにその場を去っていった。
その場に立ち尽くしている2人を、大人たちは見えなかったかのように蹴り倒す。
よろけて倒れるのを見ると、汚いものでも見るかのように顔をゆがめ、触れた部分をぱっぱと払った。
立ち上がると、雑踏を抜けて建物の隙間へと入っていく。
奥へ充分に入り込んだところで、腰をおろした。
「ねぇ・・・おにいちゃん・・・」
「・・・・・・」
狭いそこにすわり、互いに顔を見合わす。
尋ねられた妹の言葉に、兄である少年は返事をせずにうつむいた。
「あたしたち、なんでこんなトコにいるのかな・・・?」
返事を待たずに妹は涙を流す。
「なにか、わるいこと・・・した?」
「・・・・・・」
少年は、消え入るような妹の問いに答えずに膝の間に顔をうずめた。
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜
幕間 〜 I n V a n d o r 〜
気が付いたら、ココにいた。
どうやってココまで来たのか。それ以前に、自分たちを育てるはずの親がいたかどうかすら、2人だけになってしまった彼らは全く知らない。
今のように、建物の隙間に入って風を、どこからか持ってきた板で雨をしのいできた。
いつ、こわい大人たちに見つかってしまうかもわからない。
毎日、夜になっては隙間から見える大きな月を見上げて、おびえながら眠りについていた。
夜が明ければ、食べ物を求めて街を歩き、周りから嫌悪の視線を浴びつづける。
自分たちは何も悪いことはしていないはずなのに。
ただただ、街の人間から忌み嫌われていた。
差し込む朝日で少年は身体を起こす。
隙間から照りつける太陽の光に目を細めた。
―――今日も夜が明けた。
街を食べ物を探しに行かなきゃ。
・・・大丈夫。
周りの視線にはもう慣れた。
浴びせられる罵声も気にしない。
それに・・・
ぼくには、だいじな、妹がいる。
だから・・・大丈夫―――
「ほら、起きて」
「・・・おはよぉ、おにいちゃん」
隣で眠る妹を起こし、兄妹は街へと繰り出す。
朝方で人が少ないとはいえ、見る人の目は冷たい。
それでも、自分たちが生きていくために。
いつか楽しいことが起きるように。
それだけを願って、冷たい視線に耐え忍んだ。
嫌悪の混じった視線に耐えつつ、街を歩く。
今日ももう昼時を過ぎ、商店街には人が溢れている。その中には日頃ストレスをためつづけている人間も若干ながらいるわけで。
たまたま兄妹はそのため続けたストレスの発散先に選ばれ、1人の男に路地裏へと連れて行かれた。
その後は殴る、蹴る、叩きつけるといった暴行の嵐。
「おい、何やってんだよっ、こんな子供にっ!?」
「「?」」
かけられた声で、暴行は止んだ。路地裏の入り口に立っているのは兄妹の倍ほどはある身長で、腰に刀を帯びた青年。
彼は眉を吊り上げて兄妹に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「「・・・・・・」」
2人は答えない。
街の人間たちが今まで自分たちに行ってきたことを考えれば、答えないのも当然といえば当然だった。
それにも構わず、青年はゆっくりと立ち上がると、
「ったく、小さな子供をこんなところに連れ込んでるから、何かと思って来てみれば・・・」
「・・・てめェには関係ねェだろうがっ!?」
すごむ男にひるみもせず冷めた表情のまま、青年は男を見つめた。
「大の男が子供を苛めて、恥ずかしいとは思わないのか?」
関係ない、と言った男の言葉を無視し、淡々とした口調でしゃべる。
兄妹は、口を開けたまま呆然とそれを見つめていた。
「そいつらはなぁ・・・」
「経緯なんか関係ない。俺は1人の人間としてお前に聞いているんだっ!!」
青年は、ここではじめて男を睨みつけた。
男の顔がだんだんと青ざめていく。しまいには小刻みに震えだし、腰を抜かしてしりもちをついた。
「人間としてクズのヤツに、前を向いて生きてるこの子たちをどうこうする権利はない!!」
消えろっ!!
男はおびえた目をして、路地裏を去っていった。
青年はふう、と息を大きく吐くと兄妹に身体を向け、2人に視線を合わせるようにしゃがむ。
「大丈夫か、怖かったろ?」
「「・・・(ふるふる)」」
2人ともに首を横に振ったのを見て、青年は微笑んだ。
このヒトも自分たちにヒドイことをしようと思っているのだろうか?
兄の頭にそんな考えがよぎった。
「・・ほら、これ」
迷惑だったならゴメンな、と言って青年は兄の手を開いて数枚の硬貨を置いた。
さらに置いたところで手をギュッと握らせて、その手を両手で包み込む。
「いいかい?・・・こんなこと続けてたら、いつまでたっても前には進めないぞ」
言葉をいったん切り、青年は微笑むと、
「今回は俺がいたからよかったみたいだけど・・・次も今回みたいにはいかない。だから、この子を守ることができるくらいでいいから・・・強くなれ」
青年は妹を見て、言い聞かせるように兄に言った。
頑張れよ、と頭を撫でて視線を路地裏の出口に向ける。
立ち上がり、出口へ向けて歩き始めた。
「・・・ま、待って・・・」
妹が彼に手を出して小さく声を上げる。しかし、街の喧騒のせいか彼の耳には入らない。すたすたと出口へ向かっていく。
追いかけるが、身体の小さい自分たちが追いつけるはずもなく。
青年は喧騒へと消えていった。
「強くなれ・・・」
兄は、青年が言った言葉をただ復唱していた。
「もうっ。、どこ行ってたの?」
「いやいや、ちょっとな・・・ゴメンな、ユエル」
青年は仲間と共に街の雑踏へと飲まれていった。
青年と出会ってから数日。
兄妹は変わらず食料を求めてさまよっていた。
「うわぁっ!?」
「「っ!?!?」」
2人の目の前で1人の男性が倒れこむ。
彼は顔を上げて、自分たちを睨みつけると、
「このやろう、汚いナリして私を転ばせるとは・・・いい度胸だ・・・!」
「おい、なにやってンだよ」
「貴様は黙っていろ」
男性はゆっくりと立ち上がり、羽の生えた少年を睨む。
少年がそっぽを向くと、眉をひそめて再び自分たちへ視線を向けた。
「ふんっ、あやつのおかげでさんざんだ・・・早く消えろ、目ざわりだ・・・おいっ、待て、バルレルっ!!」
男性は少年を追って人ごみの中に消えていった。
それからさらに数日が経過した。
「おにいちゃん。これ、キレイ・・・なんだろぉ?」
妹が拾ったのは赤色に光る石。それは妹の手のひらの上で淡い光を放っていた。
「・・・ぼくにも見せて」
「うん」
妹から石を受け取った瞬間だった。石は光を強め、周囲に風をおこす。
風のあまりの強さに、石を持たない腕で顔を覆い隠した。
「わぁっ!?」
「・・・おにいちゃん!!」
妹と手をつなぐ。何が起ころうとも離れなくなるくらいにぎゅっ、と互いの手を握り締めた。
石は未だ光を放ち、さらに強めている。
周囲からは悲鳴や叫び声がこだまし、兄妹たちの耳に入った。
頭上で声に似つかぬ声を聞き、見上げる。
虚空から1体の龍が姿をあらわし、大きく開いた口から光線を吐き出す。その光線は子供が組みあがった積み木を壊すように、ことごとく街を破壊し、人間を飲み込んでいった。
「・・・やめてーっ!!」
妹の声が、破壊されていく街の中に轟いた。
「・・・っ」
龍は消え、晴れわたった空から照らされる光がまぶしい。
兄はむっくりと上体を起こした。右手には赤い石がしっかと握られて、空気に晒されていた。
隣では妹が涙を目じりに溜めて眠っている。
街は破壊された。
瓦礫が地面いっぱいに広がり、その下からは赤いものが見え隠れしている。
この下にはヒトだったものがいるんだ、と自分の真下を見た。朝いつものように妹を起こすと、2人を影が包み込んだ。
「お前たちだな。この街を破壊したのは・・・」
「「!?」」
太陽光の影になって、顔は見えない。
兄は以前の青年の話を思い出し、妹を自分の後ろに隠してにらみつけた。
「妹を守っているつもりか・・・名前は?」
「・・・マグナ」
「トリス・・・」
「そうか・・・お前たちはこれから蒼の派閥へ来てもらう。拒否権はないものと思え」
2人を掴み上げ、影の主は反転した。
その後、2人は蒼の派閥で召喚師として生きていくことを余儀なくされることとなる。
2人の兄妹の始まりを告げる物語―――