『ここは、どこだ?』

 皆が唖然としている中で、黒い翼を背負った天使は1人、そんな言葉を発していた。

 黒い翼に、バルレルと同様の紅い瞳。
 黒く太い包帯を巻きつけたような衣装を身に纏い、その上からさらに鎖を全身に巻きつけている。
 全身の凹凸から、女性であることだけは理解できていた。

 彼女は周囲を見渡して、ここがリィンバウムであることを確認すると、1人の少女を視界に入れる。そして、

『お前が、私の主か?』

 そう問うた。

「あ、はい。貴女を喚んだのは私ですけど」

 戦闘中であるにもかかわらず、意味もなくおずおずと手を上げたのはメリルである。
 名前もわからぬ黒き天使は彼女をじっと凝視すると、

『そうか。では主よ、命令を』
「え・・・」

 笑みを浮かべた彼女は、気付いたかのようにポンと手を打つと、

『あ、自己紹介が遅れてしまったな。私の名はトレイター』

 神に背いたサプレスの堕天使だ。

 反逆者の名を冠するかの天使は、それだけ口にすると会釈の代わりに目を閉じたのだった。





    
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜

    第76話  反逆者





「トレイター、だと?」

 同じサプレス出身のバルレルは、メリルの前に立つ黒羽の天使を見て、まるで知っているかのようにそう口にした。

「知ってるのかい?・・・っ!!」

 好機と言わんばかりに攻撃を繰り出す触手に、カウンターの要領で魔力を纏わせた拳を叩きつけながら、アッシュは彼に問う。
 しかし、バルレルはアッシュの方へと顔を向けると、首を横に振った。

「さぁ、知らねェよ。堕天使って言うくらいだ。元は天使なんだろうがな」

 悪魔の俺に天使のコト聞かれたってわかる訳ねェだろ。

 と、紅い目を見開き、両手の槍を振り回して周囲の触手を斬り伏せながら、さも当然のように答えていた。










「あれは、なんだ?」

 自問自答してみるが、もちろん答えが出るわけもない。
 ただ、現れた彼女が大きな力を所持しているだろうということは理解できる。
 そして、自分がそんなサモナイト石を持っていたのかと考えたりなどしていた。

 は首をぶんぶんと振ると、

「そんなこと考えてる場合じゃなかったな。敵じゃないみたいだし、問題ないだろ」

 そう口にして刀を振るい、襲いかかる敵を斬り倒したのだった。









「とれいたー、さん?」

 復唱するように呟くメリルを見て、トレイターは『うん』と首を縦に振る。

『さぁ、命令を。主よ』

 一言口にして、再びだんまりを決め込む。
 寡黙な性格らしい。

「え、と。・・・ひゃあっ!?」

 トレイターは急にメリルを抱きかかえ、飛び上がった。
 同時にメリルのいた場所を一条の光が通り抜ける。
 急な状況の変化にとまどい、わたわたと暴れるが、トレイターにがっちりと抱えられているため落ちることはなく。
 紫の光はそのまま他の触手を巻き込んで、彼方へと消えた。

「あ・・・」

 暴れるのをやめると消えた光の方角を見つめ、トレイターへと視線を移す。

『戦闘中なのだろう。周囲をもっと警戒しておかないから、こういうことになる』
「ご、ごめんなさい・・・」

 ばつが悪そうに、メリルはうなだれた。
 ふわりと地上へ下り立つと、地面に彼女を降ろし抱えていた手を離す。
 一瞬ふらついたが、しっかりと地を踏みしめた。

『さて、そろそろ命令をくれないか。どうしていいのかわからないのでな』
「じゃあ・・・」

 目を閉じ、数秒。

「・・・私たちを、助けてください」

 お願いしますと、一言。
 深々と頭を下げた主を見て、トレイターはこれが命令ではなく【依頼】だということに目を丸め、驚きの表情を作るが、

『了解した』

 嬉しそうに笑むと、黒い翼をはためかせて宙へと舞い上がったのだった。













「見たことのない召喚獣ですね・・・」
「あれ、文献とかにも出てなかったよね?」

 イリスの問いにファミィはうなずくことで答えを返す。
 まわりでクルセルドが自らの主を守るために走り回っているというのに、召喚術によるサポートもせずにおしゃべりに興じていた。

 報われない召喚獣である。
















『降り注げ、無限の光』

 ぶつぶつと口ずさみながら右腕を横へ振る。
 開いた手のひらに青い光が収束し、球体へと変化していく。

『我が敵を、薙ぎ払え』

 くるくると踊るように回転しながら、青い光が残像を纏う。
 目を見開き、紅い瞳を光らせると、






『ゆけ』






 声と同時に青い光の球が無数の光の矢となり、地上へと降り注ぐ。
 しかし、その光は黒い触手のみを対象としているらしく、必死に戦っている味方を避けて着弾していた。

 はもちろん、バルレルもアッシュも。戦っていた全員が目を閉じる。
 目の前の敵がどこからか攻撃されたのだ。いつ自分に飛んでくるかわかったものではない。

「あっ、あぶねえ!?」

 シュラと触手がぶつかる寸前。青い光の矢が降り、触手のみを貫いた。
 本当に目の前であったため、巻き添えを喰うところだったのだ。

 シュラは慌てて周囲を見回すが、光の矢の発生源がわかるわけでもなく。
 ため息をはきながら浮き出た冷や汗を拭ったのだった。














 トレイターは口をぱくぱくと開け閉めするメリルの前に下り立つと、

『いまいましい黒いヤツを全部、壊したぞ。コレで戦いやすくなるだろう』

 最後までいられないのが残念だ、と言葉を漏らした。

『残念だが、時間切れのようだ。主、私はそなたの魔力を消費してここに在る。私が消えるということは、そなたの魔力が切れるということだ。私が消えたら、強い脱力感が襲うだろう。覚えておくといい』
「は、はぁ・・・」

 状況の把握が追いつかず、どっちつかずな返事をした。
 そんな彼女を見て、トレイターは楽しそうに笑うと、

『私は、そなたが気に入った。必要なら、いつでもどんなときでも呼ぶがいい』

 彼女はそう言葉を残し、消えていったのだった。

「っ・・・」
「メリルっ!!」

 とさ、と。
 メリルはその場に倒れこむ。
 魔力切れだろうということは、先ほどのトレイターのセリフで明らかだった。
 アッシュが駆け寄り、抱き起こした。













「っ・・・ザコは消えた。全員で総攻撃をかけるぞっ!」

 攻撃の要をなくし、ラグナスはここぞとばかりその大きな口を開く。
 すると、次第に黒い光が収束を始めていた。

「口だ、口に召喚術をぶち込め!!」

 叫んだのは
 黒く輝く光を指差しながら、そう叫んでいた。

 イリスとファミィはうなずくと、サモナイト石へと意識を向ける。

 先ほどの黒い光線が先か、2人の召喚術が先か。

 スピードが物を言う局面となった。
 は2人に駆け寄り、ラグナスへと向き直る。

「最後の大仕事だ・・・よろしく頼む」

 刃を向け正眼に構えると、目を閉じる。
 すると、次第に刀は黒い光を帯び、螺旋を描くように刀の周囲を回り始めていた。

 ゆっくりと開いた彼の瞳は、鋼の黒。

【■■■■■■っーーーーー!!】
「「出でよっ!!」」

 発射と呪文の完成は同時。
 ヴァルハラとレヴァティーンがそれぞれ具現し、攻撃を放とうとエネルギーを溜め込む。

「ファブニール!!」

 黒い光線から2人を守るため、は召喚獣の名を叫んだのだった。







第76話でございます。
オリキャラの出番は終了です。
イリスとファミィさん、どういう魔力してんでしょうね?




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