「さて、と・・・」

 刀を腰に提げ、ゆっくりと立ち上がる。

 机の上に置かれている、物理法則を無視した置き方をされているノートの山。
 この部屋には不釣合いなほどに小さい窓。
 本棚に乱雑に放り込まれた雑誌や教科書の数々。

 周囲を見回せば、そういったものが視界に飛び込んできていた。

「この部屋とも、お別れか・・・」

 表情を崩して、小さく息を吐く。

 もう1度、ここに戻ってくることができるとは思っていなかったから。
 しっかりと目に焼き付けておこうと、再び首を回した。

 現在は、夜の10時55分。
 あと5分ほどでこの家を発つ。

 刀は提げた。
 手には新しいサラシも巻いた。
 空腹感もなく、眠気もない。
 戦闘準備もバッチリ。

 唯一の心配ごとは、昨日リクトとの戦いによってこしらえてしまった肩のアザと、その後の稽古による疲労感だけ。
 リクトから教わったのは、彼の知る剣技の中でも最高峰のもので、最後まで自分にはできなかったというものだったが、約1日の間ぶっ通しで稽古した結果、なんとか会得することができていた。
 制御できず、道場の屋根を突き破ってしまったのは、また別の話。



。そろそろ行くってよ・・・なにやってンだよ?」
「いや、なんでもないさ。意味もなく考え事、してただけだから」

 部屋の扉を開き、声をかけたバルレルに向けて、は振り向いて笑みを浮かべた。





    
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜

    第70話  別れと帰還





「あの街道までは、俺が先頭で行くから。みんなは俺の後を着いてきて」
「うん。頼んだよ、

 地図を広げ、彼らが目覚めた街道を指差す。
 その最短経路をたどりながら、はその道筋を頭に叩き込んでいた。
 道を間違えたり、寄り道などしてしまえば、それこそなにが起こるかわからない。
 だからこそ、彼は道筋を目に焼き付けていたのだった。

「ここいらは都会からも結構離れてるからな。この時間帯に人はまばらだと思うぜ」

 夜な夜などこかへ出かけていたと口にしたリクトは、得意げな表情で言った。
 フラフラと門を出て行く彼を見て、はなにがあったのかと思案していたものだが、目的はコレだったらしい。

「では、周囲にはあまり警戒しなくてもいいのだな?」
「いや、用心はしておいたほうがいいな。父さんの意見を否定するわけじゃないけど、例のマスコミが見張ってるかもしれないし」
「されでは、その方たちだけに注意を向けていればよろしいということになるのですね?」

 ファミィの問いに、は軽くうなずいた。
 2,3日前にもクルセルドやバルレルが言っていたように、この家を見張っている人間が何人かいるらしいから、これから行った先でなにか遭ってもおかしくはない。

「こないだも言ったけど、この世界の人間に戦闘経験なんか無い。軽く威嚇すれば、問題はないと思うから。そこのところよろしくな」
「・・・善処しよう」

 はちらりと視線をソウシに向けると、彼はばつが悪そうに肩をすくめていた。

「ココまできたら俺とバルレル、それにファミィとイリスは動けないから、周囲の警戒は残りのみんなに任せる」
「わかったよ」
「了解」
「あいわかった」
「任せときな!」

 とバルレルは今も残っているという空間の亀裂に魔力を注ぎ込む役目を、ファミィとイリスは広がった亀裂を安定化させるために周囲の警戒役からは除外されていた。
 ちなみに、後者の2人は空間の安定化などやったことがあるわけないので、自信がないと言っているが、ほかに方法はない。
 無理でもやってもらうしかなかったのだ。今いる中で、召喚師は2人だけなのだから。


 さて、とつぶやきつつが立ち上がると、周囲もそれにならい、立ち上がる。

「説明はこんな感じだ。質問は?」

 沈黙。
 は視線をリクトへと移動すると、

「父さんは、どうする?」
「あ?」

 問うた。
 彼は数秒目を閉じると、

「・・・行かねえよ」

 そう答えた。

「え、でもアンタ、リィンバウムの住人だったんだろ?」
「そうだな。でもな、今の俺はもうこっちの住人なんだよ」

 シュラの声にリクトは微笑を浮かべて言った。
 島のみんなには悪いけどな、と付け加えて。

「リクト殿・・・すまなかった」
「なんだよ、急に」
「貴方がリィンバウムの出身だと信じきれず、警戒していた」
「・・・なんだ、そんなことかよ。気にすんな。警戒しねえほうがおかしいんだからよ」

 警戒心バリバリだったもんな、とリクトはソウシの背中をバンバンと叩く。
 ソウシは頭を掻くと、同じように笑みを浮かべていた。

 アッシュ、カリン、シュラ、イリス、ファミィが口々にリクトに礼を述べ、庭へと出て行く。
 最後に残ったとリクトは、互いに向かい合って立ちつくしていた。

「それじゃ、俺も行くよ」
「あぁ。お前はお前の思う通りに事を成せばいい・・・しっかりな」

 もう再会することはないだろう親子の会話なのだが、とてもそのようには見えない。
 もともとリクトは放任主義であったから、仕方がないのかもしれないが。

「もう会えないだろうが、お前の人生だ。好きに生きろ」
「うん。あ、そうだ・・・」
「あ?」

 は思い出したようにリクトを見つけると、深々と頭を下げた。

「島でのこと。今回のことも含めてだけど・・・ありがとう」
「・・・頭、上げろよ。お前は俺の息子だ。礼なんかいらねえよ」
「うん・・・でも、それだけは言いたかったんだ」
「・・・ったく、妙に律儀なトコだけアイツに似やがって」

 照れくさいのか、そっぽを向いて頭を掻くと、リクトはそんなことを呟いていた。

「それじゃ」
「おう」

 はそう言って、リクトに背を向けたのだった。




「もういいの?」
「・・・あぁ」

 庭に出れば、全員がを待っていた。
 尋ねてくるカリンに笑みを向けながら、全員を見回す。

「それじゃあ、行こうか!!」
『おうっ!!』

 が音頭をとると、全員が声をあげた。
























 夜の住宅街を走りぬけるは数人の男女。
 夜道を歩くサラリーマンなどには目もくれず、ただまっすぐに目的地へと急いでいた。

「クルセルド。背後に誰か、いる?」
「イヤ。今ノトコロハ追跡シテキテイルにんげんハ確認サレテイナイ」

 道中で、クルセルドに幾度となく尋ねていたのは彼の肩に乗っているイリスだった。
 自分の身長よりも長い杖を肩にかけ、落ちないようにとクルセルドの頭にしがみついている。
 ちなみに、なんども確認するように頼んだのは、先頭を走るだった。

「もう少しだから、確認、続けてくれな」
「うんっ!」

 イリスの元気な返事を聞いて、は再び視線を前に戻したのだった。




















「着いた」

 自分たちが初めに目覚めた街道へとたどり着いた。
 今は夜中だ。周囲にいる人間はまばらで、車はほとんど見当たらない。

「みんな、今のうちだよ」

 カリンが言い放つ。
 一行は車道へ踊り出ると、

『!?』

 周囲が一気に明るくなった。
 手で光をさえぎり、見回すと、カメラを持った人間たちや、紺の服で統一された人間たちが集まっていた。

『君たちは包囲されている。おとなしく投降しなさい!!』

 声が聞こえた。
 低い男性の声が、あたりに響く。

 まるで犯罪者みたいだな、と呟きながら目の前の人間たちをにらみつけた。

、どうするのだ?」
「無駄だと思うけどとりあえず、威嚇、してみようか」

 武器を手に取り、構える。

たちは、早く扉開けるんだ!!」

 アッシュが叫ぶ。
 バルレル、ファミィ、イリス、の4人は、武器を納めて街道の中心へと向かった。








「バルレル、行くぞ」
「ったく・・・面倒くせぇが、しょうがねェな」

 次の瞬間、バルレルは子供の姿から大人のそれへと姿を変えた。
 感覚を確かめるように、両手を数回、握って開いてを繰り返す。

「いいぜ」



 、バルレルの両名は、魔力の放出を始めた。
 バルレルは気合を入れるような声と共に、は無言で刀を掲げて。
 ちなみに、このときの目は真紅に染まっていた。

「それでは、こっちも始めましょうか、イリスちゃん?」
「うんっ!」

 ファミィとイリスは目を閉じ、言葉を紡ぎ始めた。








「僕たちに構わないでくださいっ!!」

 アッシュが叫ぶが、大量の人間の前に1人の叫びなどほとんど意味を持つことはない。
 聞いていないのか、聞こえていないのか。
 どちらにしてもアッシュの声は届いておらず、表情をゆがめた。

「ダメだ、聞いてくれないよ!」
「あらば、致し方ない・・・」

 ソウシは刀を構える。

「ダメよ、が言ってたでしょ!」
「ぐっ・・・」

 カリンの声に、ソウシは眉間にしわを寄せた。
 実力行使はダメだ、とは言っていた。確かに、自分も無駄な殺生は好まないが、状況が状況だ。

「しかし・・・」
「ソウシ殿。威嚇ナラバ自分ガ。銃ニテ、威嚇シマス」

 クルセルドは一歩、前へ踊り出た。
 そして、片腕を前へと突き出す。
 そして・・・

「・・・っ!!」

 ダダダダダッ!!

 銃を乱射。

 銃弾はもちろん地面へと着弾し、糸のような細い煙を上げていた。




「おいっ、発砲してきたぞ!」
「迎撃だ!総員、撃ち方用意っ!!」

 カチャカチャと、機械をいじるような音が聞こえ、黒光りする鋼が光を反射している。
 紺の服で統一された人間たち・・・いわゆる警察の人間は、全員が銃を構えていたのだった。

「クルセルド・・・今のは、その・・・マズいよ、かなり」
「申シ訳ナイ。威嚇ノツモリダッタノダガ・・・逆上シテシマッタヨウダ」

 電子的なクルセルドの声を聞き、カリンはため息とともにうなだれた。






「ちっ・・・」

 共界線から供給された魔力を放出しながら、は軽く舌打ちをした。
 銃声がしたかと思えば、向こうはいっせいに銃を構え出したのだから。
 戦闘経験がほとんどないだろうと思っていたから、彼らの行動は予想外。
 表情を歪めたのだった。

「仕方ない・・・バルレル、悪いけどここ、頼む」
「すぐ戻ってこいよ。いっぱいいっぱいなんだからな」

 バルレルの声に軽くうなずくと、魔力供給を刀へと回し、目を閉じた。
 刀に魔力が収束し、赤く染まる。
 目を見開いて、刀を虚空へと掲げた。

「アマテラスっ!!」

 刀を掲げると同時に、赤い魔力が頭上へと迸る。
 上空を赤く染め上げ、鳥の姿を形作っていた。

『身体強化、始めますよ』

 赤い鳥は、の身体へと消えていく。
 内から湧き上がる力の奔流を受け、は再び閉じていた目を大きく開いた。

「行くぞ・・・っ!!」

 声とともに、その場にいる全員の視界からの姿が掻き消える。

 次の瞬間、多くの紺色の内、半分のそれが地面へと伏していた。
 もちろん、殺してなどいない。手刀で気絶させたのだ。
 次にが姿を現したのは、1台の車の上。

「う、撃てっ!!」

 いっせいにたくさんの銃声が響きわたる。
 目標はのいる車の上だったのだが、全員が引き金を引いた瞬間には、彼の姿はなくなっていた。

 さらに半分の人間が地面と仲良しになってしまう。

「そこで、じっとしていろ。彼らのようになりたくなければな・・・」
「こ、殺したのか・・・?」
「彼らには眠ってもらっているだけだ。死んでなどいない」

 がにらみつけると、司令官らしい警官は銃を取り落とし、身体を小刻みに震わせていた。
 残りの人間も銃を下ろし、視線も地面へと向いている。

 これで、大丈夫だな。

 はくるりと後ろを向くと、バルレルの元へ瞬時に移動する。
 そこで彼を包んでいた赤い光は掻き消えていた。

「ゴメン、大丈夫か?」
「問題ねえよ。テメェこそ、平気なのかよ?」
「・・・問題ない」

 は再び、開き始めていた黒い小さな穴に魔力を注ぎ始めた。

 穴は次第に大きくなり、1分ほどで大人1人分くらいが入れるようになっていた。

「今だっ!みんな、今のうちに入って!!」
「よし、行くよっ!!」

 威嚇組はカリンを先頭に、武器を納めると開いた穴へ次々と身体を入れていく。
 クルセルドが入るときに多少形がゆがんだが、なんとか入っていった。
 魔力を注ぎつづけるとバルレルに、ファミィは「先に行きますね」と伝えると、イリスとともに穴へと消えていった。

「よし、バルレル。先にいけ」
「魔力を止めれば、穴はどんどん小さくなっていくからな。俺が入ったらすぐに飛び込めよ」

 バルレルに顔を向けてうなずくと、子供の姿に戻った彼がするりと穴の中へ入っていった。
 供給されている魔力が減り、穴は次第に小さくなり始める。

「さて、そろそろ行くか」

 自分を取り囲む人間たちを見回すと「ごめんなさい」とつぶやく。
 目を閉じて魔力の供給を止めると、閉じていく穴へと走り、飛び込んだ。



























「そろそろ、行ったころだな」

 リィンバウムよりも小さな月を見上げて、男性は呟いた。
 時間はちょうど夜中の0時。
 月も中天に到達していた。

「時間は、移り往く。どんな世界でも、流れる時間だけは誰にでも平等だ」

 バシ、という音が聞こえ、強い風がふいた。
 その風は彼の髪を背後へとなびかせる。
 しかし、男はその場を動かず、笑みを浮かべていた。

「しっかりやってこい。お前は、俺たちの息子なんだからな」

 風はやみ、静寂が戻る。
 彼は視線を落とすと、ある方向に顔を向けた。

「アイツのこと、見守ってやってくれ・・・ソラ・・・」

 彼が見た方向とは、再びリィンバウムへ旅立った息子の母親が眠る場所に向いていたのだった。






ついに第70話を突破しました。
この話にて、だい3章は終了です。
第4部、つまり最終章へと突入です。
・・・たぶん、すぐ終わっちゃうかと。




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