身をかがめ、木刀を身体の左側に回すと、正面から突進した。
向かいに立つ父親は、木刀を正眼に構えたまま、動かない。
約3メートルの距離を一歩で詰めると、は右足を踏み込んで己の右上へと木刀を振るった。
「っ!?」
しかし、攻撃が命中した手ごたえはなく、空を切る音のみが道場に響いていた。
小さくしたうちをして、無防備な今の状態を直して周囲を見やる。
「・・・遅いな」
「・・・っ」
聞こえたのは背後。
振り返れば、そこには父親の姿があった。
打ち込めばそれで終わりのはずなのだが、右手の木刀が振られることは無い。
慌てて距離を取り、再び構えを正眼にとった。
「初動は見事。だが・・・まだまだだな」
本当に本気を出してんのか?
彼は悪げもなく、そんなことを口にしていた。
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜
第69話 親と子と
「むぅ・・・」
「の攻撃を、軽々と避けるなんて・・・」
「何年もこの世界にいながら、今のくんと同じかそれ以上の力を持っていたのですね・・・」
道場の隅から現在の光景を眺めていたメンバーが、驚きの表情と共に小さく声をあげた。
信じられない、と呟いたのはアッシュだった。
彼は元々、との戦闘経験がある。あのときはユエルも一緒だったのだが、居合斬りの一撃であっけなく負けてしまったのを、彼は思い出していた。
とても強く、まっすぐな力だというのが感じられますね、と呟きながらファミィは真剣なまなざしで2人を眺めていた。
「どうした、来ねえのか?」
いい歳の大人のくせに、子供のような笑みを浮かべたリクトは、目の前で木刀を構えるに彼を見下したように言い放つ。
「そんな挑発、乗らないよ」
「なんだ、わかってたのかよ」
は一瞬、唇を吊り上げて歯を見せながら笑うと、再び表情を引き締め木刀を握りなおした。
2人の視界には、すでに互いの姿しか映っていない。
周囲に何があるかなど、今はどうでもいいのだ。
「それじゃ、こっちから行かせてもらうぜ」
リクトはそう口にすると、目を見開く。
「っ!?」
身体が凍るような、ぞくりとした感覚が背中を走る。
押されまいとは歯を食いしばるが、その恐怖に似た感覚が消えることはなかった。
次の瞬間。
「・・・っ!!」
「!?」
間を一瞬で詰めたリクトが、木刀を前へと突き出す。
突進力を込めた突きだ。
木刀は空気を切り裂き、の喉を捉えるが、はこれを身体を傾け、喉の位置が移動することで回避。
「はぁっ!」
野球のバットでボールを打つように、は右から左へ一閃。
こちらもリクトの胴を捉えたが、突きの突進力だけにものを言わせて、の身体を吹き飛ばした。
「ぐぅぁっ!?」
数メートル吹き飛んだは、背中から地面に着地。
追い討ちを回避せんと両手に力を込め、身体をばねのように跳ね起こし態勢を整えた。
反撃の意図を感じ、リクトは追い討ちをかけようと攻める身体にブレーキをかけ、止まった。
両者、互いに視線を混じり合わせること、数秒。
不意に、リクトが言葉を発した。
「なんだ、お前の力はこんなモンなのか?」
「・・・・・・」
は言葉を返さない。
それにかまわず、リクトは続けて言葉を紡いだ。
「殺すつもりでこい、って言ったハズだがな。お前、どっかで遠慮してるだろ」
「・・・っ」
はぎりり、と歯をかみ締めた。
彼の言うとおり、は目の前の人間を殺すつもりで戦うことに躊躇しているのだ。
目の前の彼は、自分の父親。
母親が死んだときも、自分も悲しいはずなのに、泣き叫ぶ自分を慰めてくれた人なのだ。
自分に剣術を教えてくれたのも彼だった。
「俺はな、俺の知らないお前が得た力を、この目で確かめたいだけなんだよ」
わかるか?
彼はそう言葉を付け加えると、間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「今、俺が戦っているのは、リィンバウムという世界を歩いて、見て、感じて。そうしてお前が手に入れた力を見極めることだ。そのためには、いつもの稽古みたいな生易しいモンじゃダメだろうが」
を見つめたまま、リクトは言い放つ。
今、ここで行っているのは、稽古じゃない。
目が、そう自分に訴えかけているようで、は軽く目を細めた。
「・・・仕方ねえな」
ふう、とため息をつくと、リクトは木刀を下ろす。
眉を吊り上げて、をにらみつけると大きく息を吸い込んで、
「お前は今、何のために戦ってんだ!!」
『!?!?』
怒鳴った。
衝撃で道場の窓はガタガタと震え、地震でも起きているかのように地面がゆれる。
もちろん、その場にいるリクトとを除いた全員はあまりの大きさに耳をふさいでいた。
声はきっと少し離れた街まで聞こえてるんだろうな、とは内心で愚痴りつつ、
「・・・・・・」
沈黙を保ったっまま、考えていた。
今、自分は何のために戦っているのだろう?
何のために剣を手にしているのだろう?
なぜ、俺はここにいるんだろう?
一筋の汗が頬を伝い、木造の床へポタリと落ちる。
気が付けば、の身体は小刻みに震えていた。
「お前と打ち合ってみてわかったのは、俺とお前は腕力や身体能力だけで言うならほぼ互角ということだけだ」
「・・・・・・」
「なら、なぜお前はこうも簡単に俺に吹き飛ばされる?なぜ、お前は俺に恐怖を感じている?」
「・・・・・・」
子供の説得をするかのように、リクトは延々と言葉を紡いでいく。
が答えないのをいいことに、言葉で攻めているわけではない。
「今の俺と、お前。どこに違いがあるか、わかるか?」
「俺と、父さんの・・・違い?」
口に出してみる。
自分と彼では姿かたちからして明らかに違うのだから、そのような答えを望んでいるわけではないのはわかりきっていた。
思案する。
なにか精神的なものだろうか?
そんな考えを巡らせ、気付いたときには頬を何かが掠めていた。
「これで、お前は1回死んだ」
頬を掠めたのはリクトの持つ木刀だった。
今は仕合いの最中だというのに、思考を巡らせていたため、不意打ちというよりはの自業自得だ。
の目の前に立ったリクトは、木刀を連続して振るいつづける。
その速度は速く、目で剣筋を追いかけて受け止めるのがの精一杯だった。
「ぐ・・・っ」
ずしり、ずしりと受け止める木刀に強い負荷が掛かる。
木刀のはずなのに、木刀ではない大きくて重いもので攻撃されているのではないかと錯覚してしまうほど、重たい攻撃だった。
「今お前が感じている重みが、俺とお前の違いだ」
冷や汗を流し、繰り出される刃を必死で受け止める。
は、すでに膝をつきかけている状態だった。
「ねぇ、おにいちゃんが大変だよ。これって、稽古なんでしょ!?」
「ソレハ・・・」
イリスの声に、クルセルドは答えようとした声が止まる。
手を振って止めたのは、2人の立会いを眺めていたソウシだった。
寄りかかっていた壁から背を離すと、
「イリス。先ほども言ったが、この手合いには、他人である私たちが介入してはならないんだ」
これは、リクト殿との問題だ。
「でも・・・」
それだけ言うと、納得のいかぬ表情のままソウシへと詰め寄るが、彼は「大丈夫だから」と肩に手を置いた。
「俺がここに召喚されるまで、何のために戦っていたのか。召喚されてからでも、日々の鍛錬を怠らなかったのはなぜだかわかるか?」
「・・・っ!?」
連続して木刀を振るいながら、尋ねるようにリクトは言う。
それを受け止めながら、は歯をかみ締めた。
「それはな・・・愛する者たちをを守るためだ」
リクトの内で、リィンバウムに残した妻と子供の顔や島の住人たちが出ては、消えていく。
頭上に木刀を掲げると、両手で柄を握りしめた。
「殺すつもりで、とは言ったがな・・・人のことを思いやれないようじゃあ、本当の強さが身につくことはないっ!!」
両手に力を込め、振り下ろした。
は受け止めようと木刀を押し出す。
両方の刃が触れると、リクトは受け止められた木刀を無視して力任せに振り下ろした。
「うわぁっ!?」
強い力にの木刀は弾かれ、宙を舞う。
振り下ろされたリクトのそれは、の肩口へ吸い込まれていった。
鈍い音が響き、周囲の人間・・・特にイリスとファミィの2人は、その音に目を閉じた。
「・・・っくそ」
は肩を抑えながら、ふらりと立ち上がる。
木刀を手に取ると、左手で握り締め、リクトへ向けた。
「もぉ、やめてよぉっ。おにいちゃん、死んじゃうよぉっ!!」
イリスの声が聞こえる。
涙にまみれた、悲痛な叫び声。
それを聞きながら、は何かを理解したかのように目を丸めると、肩の痛みを気にせずに笑みを浮かべて木刀を再度、強く握った。
「悪いな、イリス。ここでやめるわけにはいかないんだ。それに・・・」
顔だけをイリスに向ける。
「イリスのおかげで、何のために俺が戦っているのか、はっきりしたからな」
「え・・・?」
顔をリクトへと向けると、そこには満足そうな笑みを見せた彼の姿があった。
「いいぜ、それだ。テメェの魂は輝いてこそ、だ」
やっぱテメェは、こうじゃねェとな。
バルレルはただ1人、彼らしからぬ言動をしつつ、唇を吊り上げていた。
「いい面になったじゃねえか」
「まあね」
ゆっくりとリクトの前へと歩みよると、は左腕を振り上げた。
「俺の剣は・・・」
ぐ、と柄を握り締め、目を閉じる。
「俺を信じてくれる仲間たちのために!」
目を見開き、渾身の力を込めて振り下ろした。
先ほどとは逆に攻めるのは、受け止めるのはリクトである。
リクトは満足そうな笑みを見せると、木刀を受け止めるために自らのそれを押し出す。
しかし、それでもの勢いは止まらない。
いとも簡単に、彼の木刀をへし折ってしまっていた。
「う・・・うぅ・・・?」
「あ、起きたぞ」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
初めに視界に入ってきたのシュラとイリス。
その2人の声に反応してか、いくつかの声が、おり重なって聞こえていた。
むくり、と起き上がると、頭を掻きつつ周囲を見回す。
「よう・・・」
ひらひらと手を振るのはリクトだった。
彼はの前まで歩み、しゃがみこむと、
「最後の一撃、最高だったぜ。それでこそ、アイツと俺の息子だよ」
しっかり芯が通ってやがるからな。
ニカッ、と笑うと、の頭に手を乗せ、かき回す。
「起きたばっかで悪いがな、時間が無い。休んだら、すぐに稽古を始めるからな」
そう言って立ち上がると、背を向けた。
「・・・わかったよ。ありがとう、父さん」
背後から聞こえたセリフは、彼の耳にしっかりと残っていた。
第69話でした。
親父との一騎打ちイベントは2話構成にしてみました。
・・・強いですね、彼。
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