「いい、ところだね。ここは・・・」

 縁側で湯のみを傾けながら、緑髪の女性は言葉を漏らした。
 緑茶を飲みながらひなたぼっこをしていたのだった。

「まぁ、あっちよりは平和だろうな」

 天気は快晴。
 着物を纏った男性は、居間から縁側の女性の背中へと答えを述べた。
 ずずず、と緑茶を傾け、口へと運ぶ。
 ほのかな苦味が、口内を包み込んだ。

「あたしは、今まで・・・こんなに平和な時間を過ごしたことなんて、なかった」

 今はもういないこの世界の元住人で、自分が所属していた組織のトップに君臨していた男性の姿が、女性の脳裏をよぎる。

「両親の顔なんて知らない。組織に拾われる前は、聖王都での食べ物泥棒は日常茶飯事だった」

 物心ついたときには、自分はもう1人。
 どこで生まれて、捨てられたのかすら、彼女は知らなかった。

 生きていくためなら、なんでもやった。
 スリ、泥棒。
 ときには自分よりひとまわりもふたまわりも大きい大人を相手に、大喧嘩をやらかしたことだってあった。
 もちろん、負けたけど。

 そこまで話したところで、女性 ――― カリンは、昨日今日会ったばかりの人間に何を話しているんだろう、と思いたって口をつぐんだ。





    
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜

    第67話  少女と少年





「ヘンな話、しちゃったね。忘れて」
「そんなことねえよ。俺でよければ、話してみろよ」

 背後の男性 ――― リクトの言葉を聞いて、再び緑茶を口に含み、晴れ渡った空を見上げた。
 なぜ、いきなりこんな話をしてしまったのだろう。
 初めての平穏のせいで、おかしくなってしまったのだろうか?

「気にすんなって。どうせ、後2日で向こうへ戻るんだ。今まで溜め込んできたモンを、今のうちに吐き出したほうがいいんじゃねえのか?」

 まるで自分の心を見透かされているようで、ブルリと身体を震わす。
 も、歳を取ったらこんな人間になってしまうのだろうか?

 意味もなく、そんなことを考えてしまっていた。

「1人だったあたしにも、仲間ができた」

 満足な生活すらできていない自分にできた、たった一人の友達。




”俺たちは、ずっと一緒だからな!”




 彼の言葉がよみがえり、頭の中に響く。
 それは、初めてできた”友人”の言葉だった ―――





 初めて出会ったとき、彼には名前というものがなかった。
 薄布一枚を身体に纏い、生きるために街を練り歩いていたのだと、彼女は聞いていた。



 自分と同じだと思った。
 味方だと思った。
 仲間だと思った。
 ずっと、一緒だと思った。



 1人の子供の、小さな願い。

 叶ったのだと、そう思った。


 だから、彼の名前を考えた。

 一緒に盗みを働いて、逃げていたときも。
 身を寄せ合って、眠っているときも。

 知識の乏しい子供は、このとき、心の底から悩んでいた。



 そんなある日のこと。

 いつものように、食料を調達して一目散に逃げ出したときのことだった。

 君のために考えた名前を、伝えよう。

 そんな決意を胸に両手いっぱいに食べ物を抱え、走る。
 何年もやってきたことだ。逃げるのは得意。
 走りながら、顔を見合わせた・・・そのとき。







  パァンッ!!








 銃声。

 次の瞬間、彼は地面へぱたりと倒れていた。
 彼の両手から盗んだ食べ物が散乱し、地面に転がる。

 走るスピードを緩めて振り返ると、頭から血を流す彼の姿を見て、慌てて駆け寄った。

 盗んだ店の大人が、銃で彼を撃ったのだ。してやったり、といった感じの笑みを貼り付けて、大人はゆっくりと自分たちに近づいてきている。
 今いる場所は、街の裏通り。人目につきにくいからこそ、大人は銃を撃ったのだ。
 次第に大きくなってくる大人の姿を見て、彼の身体をゆすった。

 彼は弱々しく顔をあげると、一言。

「おまえは、生きろ」

 そう言って、彼は動かなくなってしまった。



 起きて。

 起きてよ。


 あたし、今日は君に伝えたいことがあったんだよ。
 いつまでも「君」じゃヤだから、名前を考えたんだよ。



 涙を流し、身体をゆすりつづける。



 ずっと一緒にいたかったから・・・

 ずっと一緒にいて、いつか自分たちに希望という光が注げいいな。
 そう思ったから、だから・・・



 迫り来る大人から、逃げた。
 あそこにいたら、彼を裏切ることになる。

 だから、横たわる彼を置いて泣き叫びながら、その場から逃げ出した。

 もう、この街にはいられない。
 いたら、すぐにでも自分は殺される・・・彼のように。

 涙を流しながら、全速力で街を出た。
 出てからも、しばらく走りつづけた。

 もう、大丈夫。
 こんなところまで、追いかけてこないだろう。


 長い時間走ったせいか、おなかの虫が大合唱を始めていた。
 しかし、手元に食べ物の”た”の字すらない。

 木の根元に座り込み、背中を木に預けると、空を見上げた。
 今は夜で、星がたくさん見えている。

 ふと、地面に横たわる彼の姿が脳裏をよぎる。
 側頭部に風穴を空け、血が地面を侵食していく様を思い出し、枯れ果ててしまったと思っていた涙が、再び流れ始めた。


「ガキがこんなところでナニやってんだよ・・・」

 聞こえた声に顔を上げる。
 暗闇で見えないが、そこには、1人の人間が立っていた。
 声の低さからして、男性であることがわかる。

 数時間前の悲劇を思い出し、自然と身体が小刻みに震え始めた。

「ンだよ、俺が怖えのか。・・・なにもしねえよ。あいにく、ガキには興味ないんでな」

 足音が遠ざかっていく。
 ほとんど入らない力を込めて、立ち上がった。

 彼に頼んで、一緒にいさせてもらえば、生きていられる。
 死んでしまった彼のぶんまで、どんなことをしてでも生き抜いてやる。

 恐怖を振り払い、声を発した。


「・・・待って!」
「あぁ・・・?」


 恐怖がなんだ。
 彼は、あそこにいる大人とはきっと違う。
 あたしは、絶対に生き抜くんだ!!


「あたしも・・・連れて行って!」
「はぁ、何ほざいて・・・」
「なんでもする。どんなことでもするから、お願い・・・しますっ!!」

 涙で顔を濡らしながら、頭を下げる。

「・・・言ってくれるじゃねえか。なんでもするんだな、俺のために」

 こくこく。

「ヒトをコワすことも、できるか?」

 こくこくこく。

「それなら、ついて来い。ヒトのコワし方を、教えてやる」

 顔を上げ、彼の後ろについた。

 嬉しかった。
 こんな自分を必要としてくれた。

 それからは、戦いの訓練に3年。
 初めてヒトを殺したのはそれから半年あとのことだった。













「あたしは生まれてから、平和っていうものを知らなかった」

 冷めてしまった緑茶を最後まで口に含み、飲み込む。

「今までは、そんな言葉とは無縁の場所にいたから。たくさんの人を殺した自分にはそれを感じる資格もないと思ってた」
「・・・・・・・」

 リクトはだまったまま、空の湯飲みに緑茶を注ぐ。
 自分が今まで生きてこれたのはあの人のおかげなんだ、と彼女は言った。
 あの人、というのが誰なのか、彼は知らない。
 彼にわかることは、彼女が『あの人』に多大なる感謝をしているということだけだった。

「なら、ソイツを殺したやほかの連中と、なぜ一緒にいる?」
「あの人を失って、唯一の拠り所をなくしたあたしは、に言われたの。『居場所は人に与えてもらうものじゃない』って」

 その言葉を聞いて、リクトは小さく笑って見せた。
 まだまだガキのくせに、と彼を罵りながらも、嬉しそうに笑っている。

「嬉しそうね」
「当たり前だろ。自分の息子の成長を、喜ばねえ親なんていねえだろ」

 親というものを知らないカリンは、自分のことを喜んでくれるを羨ましく思った。
 そして当の本人は、体力温存などと言って部屋で眠りこけていると、アッシュに聞いたのを思い出し、顔を引きつらせた。

の言うとおりだと思った。だから、居場所を探すことにしたの」
「だから、アイツらと一緒にいるってことか」
「一緒にいれば、道が見つかると・・・思ったから」

 リクトは笑みを消し、カリンの背中を見つめると、

「アイツも、いろいろあったからな。あんな性格だし、何するかわかったもんじゃねえ。・・・不躾だとは思うが、一緒にいる間は、アイツを見張っていてやってくれ」

 つぶやくように、カリンへと言葉を紡いだ。

「ええ」

 空になっていた湯飲みを縁側に置くと、庭へと足を踏み入れる。
 暖かな日差しを浴びて、身体を伸ばした。




 大丈夫。
 あたしは、まだ生きてるよ。
 君のぶんまで、せいいっぱい生き抜いてみせるから。






 だから・・・






 見ていてね・・・








第67話でした。
主人公が名前しか出ない話でした。
そして、過去話です。
波乱万丈の人生、送ってますね〜・・・

また、少年の名前はご想像にお任せします。




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