「くそっ・・・どうなってるんだっ!?」

 アッシュは焦っていた。

 自分の相棒であると疑わなかった少女が目の前にいるのに、いくら声をかけても反応が無い。
 彼の必死の呼びかけもむなしく、少女はぴくりとも動くことはなかった。

「あれ・・・メリルだよね?」
「服装も背格好も同じっぽいから、たぶん本人だと思うけど・・・」

 メリルであろう少女を指差し、ユエルが尋ねれば、目の前の現実に戸惑っていたは曖昧な答えを返していた。

「リィンバウムっていう世界は俺の経験上、なんでもありの世界なんだと思ってるから、もしかしたら偽者っていう可能性もあると思うけど・・・」
「偽者じゃあ、ありませんよ。さん」

 私は本物ですよ。

 メリルは瞳を動かし、とユエルを視界に入れると、言い放った。

「アッシュさん、今までありがとうございました。私、無事に記憶が戻りましたよ」

 忘れかけていたが、彼女は記憶を失っていたことを改めて思い出す。
 今いるメンバーでも、知らないのはバルレル、シュラ、ファミィの3人くらいだろう。
 報告を済ませたメリルはにっこりと微笑みんでいた。

「私の本当の名前は、メリル・ヒルベルト。ここにいるフォルネシア・ヒルベルトの妹です」

 改めて自分の名前を名乗り、自らのサモナイト石へと手を伸ばした。





    
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜

    第57話  裏切りと加勢





「い、もうと・・・?」

 震えたアッシュの声が全員の耳へと届く。
 よほど、ショックだったのだ。向こう側に居るということは、ずっと一緒にいた自分に牙を剥くという意味合いもかねているから。
 サモナイト石を取り出してしまったのも、その要因であると言えるだろう。

「やっぱりな・・・そうかよ。これだから、ニンゲンってのはっ!!」
「知ってたの・・・っていうか、バルはそんな大事なことなんで黙ってたんだよーっ!!」

 人間の醜い部分を垣間見ているバルレルが確信めいたように言葉を吐き出すと、クルセルドに小脇に抱えられたままのイリスが声を上げる。
 そんな彼女にバルレルは「バルってナンだ、バルって!?」と意味のない言い合いを始めてしまっていた。

「おい、お前たち・・・こんな所で喧嘩なぞするでない。・・・どういうことだ、バルレル?」
「あのオンナの魔力はな、隣のオンナと波長がよく似てンだよ」

 俺はサプレスでも高位の悪魔なんだぜ。ソレくらいわかって当然だろが。

 付け足すように言うと、バルレルは前方をにらみつけ、

「アレはもう、俺たちと一緒にいたアイツじゃねェ・・・ただの敵だぜ」

 そう言って槍を構えた。

「割り切るしかない、ということですね。申し訳ありませんが金の派閥の議長として、ここで成敗させていただきます」

 クルセルドから開放されたファミィは普段のおっとりさを内に押し込み、「かつての仲間を傷つけるのは気が引けますけど」と苦笑いを浮かべる。
 短期間だったとはいえ、一緒に旅をした仲なのだ。気が引けてしまうのも仕方がない。

「・・・オレもやる。そのためにここまできたんだ」

 今まで引きずっていた金棒の柄を両手で持ち、シュラは前方をにらみつけた。
 無言ではあるものの、ソウシも腰に手をかけて刀を抜いている。



「まさか、こんなことになるなんてなぁ」
・・・もう、どうにもならないのかなぁ?」

 そうかもしれないな、とユエルの問いに内心でつぶやく。
 は、ゆっくりと瞬きをして刀を抜いた。

















「そうですね・・・みなさん、私はこれから術式を組みます。彼らから妨害されると思いますので、少しの間、私から遠ざけてください」

 フォルネシアはその場で言い渡すと、周囲の男女が武器を手に構えを取った。
 張り詰めた雰囲気に、冷や汗が流れ落ちる。
 メリルもサモナイト石を手に乗せて、召喚術の詠唱を始めていた。

「やめろ、メリルっ!!」
「ごめんなさい、アッシュさん。私は姉さまについていきますので・・・ここでお別れです」

 アッシュの呼びかけもむなしく、メリルの持つサモナイト石は強い光を帯びる。
 記憶が戻るとココまで違うのか、とは内心で感じていた。


「切り裂け、闇傑の剣っ!!」


 メリルの声が部屋に響き渡り、5本の剣が虚空に具現した。その刃のすべてが、ゆっくりと向きを変える。
 彼女がこんな召喚術、誓約してたかとか、召喚術の名称はなんだったかなとか、そんな考えが頭をよぎり、消える。
 最終的にもともと魔力の少ないの頭は『アレをどうやって回避するか』で一杯になっていた。

「くそぉっ!!」

 空中に目をやりながら、目に涙を浮かべつつアッシュはナックルをはめた。





「いけっ!!」

 5つの刃が襲い掛かる。
 は刀に黒い光を纏わせて、

「ファブニールっ!!」
『我が守りの力、活目せよ・・・』

 刀に宿る召喚獣を喚びだした。
 黒い光がはじけ、大質量がを中心に具現する。5本の剣は具現した召喚獣によって阻まれ消えていく。

「みなさん!」

 声を張り上げたのはファミィだった。シュラは初めて目の当たりにした召喚獣にあたふたしながら、他はゆっくりと首を動かして彼女を見る。

「彼女は、きっとあの剣を使うつもりです。私たちはそれをなんとしても阻止しなければならなくなりました!!」
「つまりあそこにいる全員を蹴散らして、あの女から聖剣を奪い取ればいいのだなッ!?」

 ソウシの声にファミィは大きくうなずいた。
 前方では爆音が連続して続いており、ファブニールを戻せばあっという間に全滅してしまうだろう。


「行くぞォッ!!」
「ケケケッ、面白くなってきやがったぜ!!」
「ボクがんばるっ・・・」

 シュラ、バルレル、イリスの順で召喚術の連発されているであろう前方を見やる。

 イリスはサモナイト石を手に持って、魔力を注ぎ始めた。


「1・2の3でファブニールを刀に戻す。召喚術が来るだろうから、喰らわないように気をつけて」
「そんなっ・・・はどうするの!?」

 心配するのも無理はない。は元々極端に魔力が低いから、召喚術を受ければ致命傷に近い傷を負ってしまう。以前もそのようなことがあったのを思い出し、ユエルが声を上げたのだった。
 そんな彼女をを見て苦笑しつつ、は彼女の頭に手を置いた。

「・・・なんとか、なるって。大丈夫」
「そんなむちゃくちゃな・・・」


 いくぞ、とは境界線より得た魔力を弱めていく。次第に、ファブニールの姿が薄れてきていた。

「1・・・」

 前方は煙で覆われているため、どこに誰がいるのかはまったくわからない。

「2の・・・」

 ファブニールの守りは相当なもののようで、半分以上姿が薄れていてもまだ背後を守ってくれている。
 初めて見る刀の力に、ファミィは驚きを露わにしていた。

「後方ヨリ、熱量感知」
「・・・ッ!!」

 クルセルドの声が響く。
 3、と言う寸前で止められてしまったためか、ファブニールはいかにも中途半端な存在の仕方のままになっていた。
 全員が自分たちが侵入してきた扉を見やる。

 そのときだった。











「ハァァァッ!!!」


 背後から、気合の入った声が聞こえる。
 破砕音とともに地面の砂が舞い上がり、視界を覆っていく。


「あたしも、加勢させてもらうよ」


 砂煙の舞う中聞こえた声は、がつい先日刃を合わせたばかりの女性のもので。
 その女性は緑の髪をなびかせて、ソウシの隣に立っていた。


「・・・カリン!?」


 満身創痍、と言わんばかりに身体中に包帯をぐるぐる巻きにした元漆黒の派閥の幹部である女性を見やり、隣のソウシが思わず声を上げていた。








第57話です。
気になるあの方、再登場しました。
登場の仕方は強引でしたけど(笑)。





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