「ウゥゥゥゥ・・・だぁっ!!」
「・・・っ!?」


 眉を吊り上げ、怒りの表情を露わにしたユエルは、自分を騙しつづけた目の前の男性に向けて一心不乱に両腕を振るっていた。
 垂れ流し状態になっているユエルの淡い緑色の魔力は煙のように虚空へと立ち上っている。


「オイ、魔力が流れてるぞ!」

 そのままにしてたらすぐに倒れちまうぞ!と今まで呆然としていたバルレルが声を荒げた。
 しかし、その声は彼女には届いてはいないらしく、むしろ目の前の敵しか見えていないのだろう。

 グレンと名乗った敵の男は大剣を巧みに動かし、ユエルの攻撃を裁いている。
 彼の表情は歪み、額には汗をにじませていた。

 汗を流しているのはユエルも同様で。疲れが溜まってはいるものの、彼女は攻撃の手を止めることはなかった。





    
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜

    第53話  怒りの少女





「・・・っ」

 予想外であった目の前の少女から繰り出される攻撃に、グレンは表情を歪めた。
 目の前の少女の攻撃は疾い。大剣を扱う人間としては、このような敵は苦手としていた。

 しかも彼女は怒っている。

 攻撃が単調になってはいるものの、右から左から攻撃が飛んでくる。
 大剣は速度よりも破壊力が重視されているため、受け止めるか、受け流すかする以外に行動が許されることはなかった。










「アアァァゥゥッ!!」
「ぐ、ぁっ!?」

 3つに突き出た爪が、グレンの胸元を襲う。
 3本の斬り傷ができ、血が服ににじんでいく。
 ユエルはグレンと距離をとり、両手を膝に当てて乱れた息を整えた。


「おい、テメェ。怒りを納めろよ」
「!?・・・だってっ」
「テメェの都合なんか知らねェけどな・・・勝手に倒れられでもしたら、俺が困るんだよっ!」
「う・・・っ!?」


 ユエルの脳天に向けてバルレルは拳を振り下ろした。ゴチン、と音が鳴り、痛みにユエルは頭を抑えた。
 腕組みをしてユエルを一瞥したバルレルは槍を肩にかけて、ため息を吐いた。

「テメェはもうここを動くんじゃねェぞ」
「でも・・・った!?」

 大きな目に涙を溜めながら、ユエルは抗議の声をあげる。
 バルレルは空いた手で見上げたユエルの額に向けてチョップを繰り出した。
 ビシィッ、と乾いた音が響く。

「ギャアギャアうるせェよ。どうせほとんど魔力なくて動けねェだろうが」

 ユエルは今度は額に両手を当てて、潤んでいた目をさらに潤ませた。












「はぁ・・・はぁ・・・」

 グレンは胸元に手を当てて、流れる血液を止めようと息を整える。
 少し距離をおいて、召喚獣の少年と少女がなにやら言い合っているが、こちらとしてはちょうどいい。

 無色のサモナイト石を手に、グレンは立ち上がった。
 元々、魔力自体は人並みにあるので、召喚術の1回や2回くらい使ってもなんら問題はなかった。

 ぶつぶつと術の詠唱を始めると、石が光を帯び始めた。












「・・・召喚術だとっ!?」

 攻撃をしてくることはなかった男の手には、無色のサモナイト石。
 それはすでに光を帯びており、阻止は不可能。

「ちっ・・・」

 敵を放っておいたのはマズかった。
 敵へと向き直り、槍を構える。ユエルは立ち上がり、バルレルの隣でグレンをにらみつけた。

 サモナイト石が強い光を放ち、具現したのは一振りの短剣。
 サク、と地面に突き刺さった短剣を拾い上げ、左右に振ってから左手に逆手で握った。

「・・・これほどとは、思わなかったぞ」

 左手に持つ短剣を前面に突き出し、右手の大剣を肩口にかけて腰をかがめた。

「だが・・・死ぬのはお前たちだ・・・」

 先ほどとは段違いの速度で、グレンは突進を敢行。肩口の大剣を勢いよく振り下ろした。

「・・・っ!!」
「うわぁっ!?」

 振り下ろされた刃をバルレルは紅い瞳を光らせて槍で受け止める。重たい衝撃に歯を食いしばりつつも、押されまいと腕を伸ばす。
 火花が散り、にらみをきかすと、

「うおぉっ!?」

 短剣がバルレルの鼻先をかすめた。

「このぉっ!」

 ユエルが懐へもぐりこみ爪を振るおうとふりかぶると、グレンは受け止められていた大剣を力任せに振り下ろした。
 大剣の刃は地面すれすれで止まると勢いの影響で地面が裂け、轟音を上げてへこみ、小さなクレーターを作った。

「げほっ、げほっ・・・」
「おいっ、平気か!?」

 衝撃に巻き込まれたユエルはへこんだ地面に膝をつき、咳き込む。
 グレンはさらに大剣を振りかぶり、視線でユエルを捉えていた。

「そこを早く離れろォッ!!」

 ユエルは自分の頭上を見上げ、顔を歪める。
 両手足に力を込め、飛びのく。

「おぉっ!!」

 大剣が振り下ろされ、背後へと飛びのいたユエルはその衝撃で吹き飛ばされ、木に激突。重力にしたがって地面へと落下し、動かなくなった。顔は伏せられ、表情が見えない。死んではいないだろうが、重症であることは確かであることは遠目からでも理解ができた。
 歯を噛み、バルレルは大剣を持ち上げるグレンをにらみつけた。

「ちっ・・・テメェ、なぜ俺たちを狙う!?」
「・・・初めに言ったはずだ。私はヒルベルトに同調し、協力する者」

 持ち上げた大剣を再び肩にかけ、

「我らの願い・・・邪魔する者あらば、殺すのみ・・・っ!」

 言い終わると同時に、大剣を振り上げ突進。
 バルレルは槍を構え、身構えた。

 振り上げられた大剣を見て、思案する。

 先ほどのように受け止めれば、背後で気を失っているユエルと同じ道を歩むことになる。
 背後に回避すれば、衝撃で吹き飛んで同様になる。


 ならば、どうすればいい?


 今自分の周りには、大嫌いなニンゲンとはいえ、いつのまにか背中を任せていた仲間はいない。
 相手は自分よりも大きく屈強な身体の持ち主。力を解放すれば倒すのはたやすいが、あいにくここは結界の中だ。なにが起こるかわかったものじゃない。


「!!」

 大剣が振り下ろされる。腕の力に加え重力がプラスされているため、振り下ろされる速度は速い。

「・・・のやろォーッ!!」

 目を見開き、小さい身体を活かして反射的にグレンの懐へと身体をねじ込む。
 槍という武器は密着した状態だと圧倒的に不利なのだが、今の状況では仕方がない。
 柄の先を両手で持ち、グレンの胴へと槍を薙ぐ。目の前に短剣が迫ってはいるものの、持つ手には動きはない。
 薙いだ槍は、グレンの脇腹へ炸裂した。

「ぐぁっ・・・!?」

 大剣を手放し、たたらを踏む。とどめを刺そうと、一歩を踏み出したときだった。背後の気配に気付き、振り向く。

「・・・・・・・」
「お、おい・・・」

 ユエルがゆらゆらと身体を揺らしながら、立っていたのだった。
 振り向いたバルレルも、思わず動きを止める。

「ガアアァァァッ!!!」

 ユエルの雄叫びに周囲の木々がざわめき、ビリビリと衝撃が耳を穿つ。
 周囲に響き渡った雄叫びが消えると、ユエルは飛び上がる。空中で静止したところで、両手を広げる。
 落下し、グレンの真上にたどり着くと同時に、広げた両手をクロスするように振るった。

「く、ぁっ・・・」

 斬りつけた後で爪は腕からはずれ落ち、両手に拳を握りこんでいるのがバルレルには見て取れた。
 倒れたグレンにまたがり、両拳を交互に顔面に叩きつけ始めた。




「おいっ、もうよせって!!」

 我に返るのに十数秒を要し、ひたすらにグレンを殴りつけるユエルへと駆け寄った。
 馬乗りになった彼女を引き剥がそうと奮闘するがなかなか離れてくれず、声をかけても返事はない。

「・・・っ」

 正面に回ってみるとグレンはすでに気絶しており、当のユエルは白目をむいたままで。
 彼女は今、意識自体はないことが理解できた。

「チッ・・・世話かけやがって・・・」
「ガ・・・ッ」

 バルレルが腹部へ拳を突きこむと、ユエルは前方へとうつぶせに倒れた。
 抱き起こし、グレンから引き剥がすと、木の根元へ座らせた。











「あ・・・あれ?」
「気付くのが遅ェんだよ」
「え・・・あ、ゴメン」

 意識を取り戻したユエルは、なぜグレンが倒れているのかすら覚えていなかった。
 オルフルという種族の本能なのか、騙されたことへの怒りゆえか、それとも別の要因か。
 サプレスの悪魔であるバルレルにはまったく理解することができなかった。

「オラ、気付いたなら行くぞ。こっちだ」
「うぅ、〜〜〜・・・」

 さっきのアレは何だったのだろうか、と彼女の前方を歩くバルレルはため息を吐いた。







第53話でした。
暴走ユエルちゃんでしたね。
グレンさんは、召喚師ではありません。ゲームでも良くある
宝箱のヤツだと思ってやってください。




←Back   Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送