ぞろぞろと荒野を集団で歩く。聞こえるのは足音と、吹き抜ける風の音。
空は晴れわたり、太陽光がさんさんと降り注ぐ。遮るものがないためか、地面には影さえ映らない。
目的地の山・・・それは目の前にそびえているのがはっきりと見えているものの、たどり着く気配すらない。
「もしかしたら一晩、野宿になっちゃうかなぁ」
つぶやいたのはイリスだった。彼女は今いるメンバーの中で一番楽をしている。
彼女だけ歩いていないのだ。
杖を背負い、護衛獣であるクルセルドの肩に乗りつつ足をぶらぶらしている。
彼女は青い空を見上げてつぶやいていた。
「う〜ん、意気込んで出てきたはいいけど、なんだかくじけちゃいそうだね」
距離がありすぎて。
山を眺めてアッシュがははは、と笑う。
彼は今、自らの武器であるナックルを腰に、指を顎になぞるように這わせると、仲間たちに振り向いた。
「変なことを言うでない・・・」
深い緑色の上着を着て、腰に刀を帯びたソウシがあきれるように首を振る。
彼の着ている上着は、瓦礫の中から見つけ出した唯一の品だった。彼の家にあった品はすべて瓦礫の下に押しつぶされてぐちゃぐちゃになってしまっている。
それを目の当たりにした彼が自分の家だった場所で膝をついて身体を震わせていたのはつい昨日のことだった。
今の彼は居場所を失った悲しみにもめげず、「怒りを奴らにぶつけてやるのだっ!!」と意気込んでいる。
「まだ、目的地にすら着いてないんですけど・・・」
「メリル。アッシュの言うこと間に受けちゃ、ダメだよ。冗談で言ってるだけだし」
おろおろするメリルの肩を、ユエルがぽんぽんたたく。
「ケッ、面倒くせェなぁ・・・」
「バルレルくん?」
おっとりした声に、頭の後ろで腕を組むバルレルが震え上がる。でろでろと冷や汗を流して、声の主を見ないようにと空を見上げた。
「なぁ、こんなんでいいのか?」
「・・・あぁ、いいんだよ。前もこんな感じだったし、いまさら変えようがないし」
気にすることはないよ。
不安そうに尋ねる鬼ッ子に、隣を歩くは、左手を刀の柄の先端に置いてにんまりと笑った。
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜
第43話 最初の邂逅
「・・・っ!!」
襲い掛かる召喚獣に、腰を深く沈め、右手に持つ刀を一閃させる。
悲鳴をあげて、はぐれ召喚獣が地面に倒れ伏す。は、刀を納めて息を吐く。
「なんで、あの山に近づくにつれてはぐれの数が増えてるんだろう?」
彼らがはぐれと出くわしてから、すでに数時間が経過している。晴れわたった空は、今では夕焼けに変わり、顔を照らす。
はじめは数体しかいなかったはぐれが、それぞれの武器で牽制しつつ山に近づくごとにその数は次第に増えており、ふもとが見え始めたときには、その数はゆうに100を超えていた。
最後のはぐれ召喚獣をが倒したことで、やっとこさ途切れたところだった。
がつぶやくのも無理はない。
「だいぶ近づいてはいるようだが・・・」
「さ、さすがに・・・ちょっとしんどいね・・・」
「ユエルも、もうダメ〜・・・」
ばたんきゅ〜・・・
へろへろとユエルは疲れて倒れこんでしまう。そのすぐ側には息を荒げて今にも倒れこみそうなシュラの姿。
シュラは、彼の身体より少し大きめの金棒(ソウシとアッシュでやっと持ち上がった代物)を両手でビュンビュン振り回し、数体の召喚獣たちをまとめて殴り飛ばしていた。攻撃のモーションが長いものの、命中すれば一撃必殺の威力を誇るだろう。野球選手がホームランを放つようにスカーンと飛んでいく様を見て、全員が目を丸めたのは言うまでもない。
「それでは、今日はここでおやすみしまようか」
「はぐれ召喚獣がまた、いつ来るかわかりませんけど・・・」
メリルのツッコミをさもなかったかのように手を合わせ、ファミィは微笑んだ。
「クルセルドはエネルギーとかって平気なのか?」
「自分ハ太陽光ヲ動力トシテイルノデ・・・問題ナイ」
「そ、そう・・・」
淡々と答えるクルセルドにソーラーシステムなんだ、とは1人で納得して見つめていた。
風が荒野を駆け抜ける。特に大掛かりな用意をしなかったからか、は吹き付ける風を冷たく感じた。
今は深夜。みなが寝静まり、聞こえるのは風と砂の音だけだった。
は地面から出っ張った岩に腰掛け、大きな月を見上げていた。
隣の同じような岩では、金の派閥の連中からかっぱらってきたという一升瓶の酒を飲むバルレルの姿があった。
「・・・っかー、うめえなぁっ!!」
瓶の先に口をつけ、中の酒を口に流し込んだバルレルは溜まった息を思い切り吐き出す。
「こんな夜中に酒飲むの、やめなって」
明日ひどいことになるぞ。
の忠告をバルレルはもちろん無視し、さらに酒を流し込む。
「大体、そんなに大きな瓶、どこにしまってあったんだよ?」
「ケッ、そんなモン、このバルレル様がホンキになりゃあ・・・ングッ」
・・・よくわからない。
顔をほのかに紅く染めたバルレルをじとりと見て、ため息を吐いた。
「なぁ」
「ん?」
「てめェら、あのオンナたちに本当に勝つつもりでいるのかよ?」
口から瓶を離し、紅い顔のままを見た。
彼がそう尋ねるのは当然。ヴァンドールでのことが尾を引いているらしい。
「そりゃあ、勝つつもりじゃないとこんなトコまで来るわけないと思うけど」
勝算はないかも、だけど。
右腕を頭の後ろに移動させ、にへらと笑って頭を掻く。
今度はバルレルがジト目でを見ると、彼はやはりにへらと笑っていた。
あきれた顔をすると、
「おいおい」
そうつぶやいて顔を伏せた。
「悪かったな」
「あァ?」
が声をかける。それは、明らかに謝罪の言葉だった。
バルレルが伏せていた顔を上げ、の顔を見る。そこには、唇を吊り上げて歯を見せて笑う彼の顔があった。
「強引に連れてきちゃったみたいで、さ」
「・・・・・・・」
の言うことはもっともだった。元々、漆黒の派閥を倒したら誓約を解いて、バルレルはサプレスに帰るはずだったのだ。それにも関わらず、ファミィの黒い威圧に負けて一緒にいるわけで。
そのときは彼女の笑顔が怖くて自分も近づけなかった、とは告げた。
「ケッ、何をいまさら・・・」
「正直、君が一緒に来てくれて嬉しいんだ。誓約を解いた君の姿を見て、そう思った」
「・・・ンだよ、おだてても何も出ねえぞ!」
なに考えてんだ、てめェは!!
バルレルはから視線をはずし、そっぽを向く。
「礼をいいてェのは俺のほうだぜ・・・クソッ」
「・・・なにか言ったか?」
「なんも言ってねェよ!!」
バルレルはそっぽを向いたまま、どこからか一升瓶をもう1本取り出し、に投げ渡した。
はそれを受け取ると、ふたを開けた。
「「乾杯・・・」」
大きな月に向け、両人ともに瓶を掲げて酒をあおる。
ある程度口に入れたところで瓶を口から離し、岩の脇に置くと、正面をにらんだ。少し顔を上げれば、目的地である山が視界に入ってくるが、2人はそれをせず、一点を見つめつづけた。
「・・・」
「ああ・・・」
足を地面につけて立ち上がる。腰の刀を確認し、一歩を踏み出す。
「酒は大丈夫か?」
「俺を誰だと思ってやがる」
は刀を鞘から抜き放ち、バルレルは槍を構えた。
「ほう、気づいていたか」
「他のヤツらと一緒にすんじゃねェよ」
大きな岩陰から、2つの影があらわれた。
1つはやアッシュと同じくらいの背格好で綺麗な黒髪の男性。もう1つは裾が妙にひらひらしたスカートと上着を着ていて、腰まである長い銀髪の少女。
男性は青い羽織と紺の袴を着用しており、腰には数本の刀。少女の服装は上下ともに黒地に白いひらひらがついた、どこぞの貴族が着るような上等な服だった。
「大人しく寝ておれば、楽に死ねたものを・・・」
「そっちの思惑に、当てはまってやるかって・・・何の用だ?」
男性は刀を抜き放ち両手に1本ずつ携える。少女は首から下げた小さな鞄に手を入れると、赤いサモナイト石を取り出した。
「・・・ここから先には・・・行かせない・・・」
少女はぶつぶつとつぶやくと、手のひらに石を乗せた。
「我が名は疾風(ハヤテ)。シルターンがサムライなり・・・いざ、尋常に・・・」
「己が盟約を示し・・・敵を貫く矛となれ・・・誓約の元・・・シオンが命じる・・・」
ハヤテと名乗った男性は腰をかがめ、両手を横に伸ばして刀を逆手に持ち替えた。シオンという名の少女の手からは赤い光が放たれ始めた。
「マズイな。ここじゃ、みんなが巻き込まれる・・・」
「考えてるヒマあんなら、早いトコここを離れようぜ、!」
これだけ大声で話しているにも関わらず、目を覚ます気配がない仲間たちをちらりと見、はその場から右ヘ、バルレルは左ヘ敵である2人を中心に回るように走り始めた。
戦いの音で目を覚ましてくれるようにと祈りつつ。
「参るっ!!」
「出でよっ!!」