目の前の戦士が、槍を構えをとった。
右手に槍を持って切っ先を自分の前へ。そのままの状態で左手を刃の部分にかざす。
足幅を大きくとり、軽く曲げた状態で彼は僕を見据えていた。
「さあ、行くぞ青年。ボヤボヤしてると、一瞬で終わってしまうぞ!」
客席からの声がよりいっそう強まる。
彼の声をほとんど聞き取ることができないほど。
舞い上がった気持ちを少しでも落ち着けようと何度も深呼吸するが、効果はなかった。
「う〜ん、困った・・・」
・・・・・・どくん、どくん。
まわりからは割れるような歓声が聞こえているのに、心臓の音がなぜか大きく聞こえた。
サモンナイト 〜時空を越えた遭遇〜
第13話 彼の苦悩
「心拍数、イマダ高イ数値ヲシメシテイマス」
「しかし、あそこまで緊張するのも異常ではないか?」
依然闘技場の真ん中に立ち尽くしている青年を見続けている機械兵士に、
ソウシは彼を心配するように言葉を紡いだ。
彼を知る者全員が、彼の心配をしていた。
「さんは、どう思われますか?」
彼と戦った者として。
そう言ってメリルが俺を見上げる。
は、彼を見ながら表情をゆがめた。
「俺とやったときは、他の出場者たちはみんな気絶してたから・・・彼の強さは保証済みだよ。数人を1人で相手にして、ほとんど無傷で勝っちゃったんだから」
予選のとき、自分に向かってきた戦士たちをあらかた倒し終った頃。
彼のまわりの人間は蹴散らされてきたかのように散乱した状態で気を失い、
立っているのは彼のみを言う状況がすでに出来上がっていたのを思い出す。
あの強さなら、本戦でも十分戦っていけるだろうと思っていた。
しかし、現実は厳しいようで。
彼は今、最大の弱点を闘技場にいる全員に晒していた。
「大丈夫だと、思いたい・・・かな?」
「はぁ・・・」
メリルに向かって曖昧に答えた。
改めて彼を見ると、相変わらず緊張しまくっているようで。
もうだめかも・・・などと脳裏をよぎった。
「・・・せいっ!!」
ブンッ、という風切り音が目の前を通り抜ける。
彼が自分の間合いに僕を強引に引きずり込んで速攻をかけてきた。
僕は、震える身体にムチ打って背後に飛びのく。すると彼の槍は空をきった。
相手の得物は槍。僕の武器はナックルに包まれたこの拳。
槍の間合いは剣や刀に比べたらとても広い。しかし、刃の部分は柄に比べたら
小さいもので、僕が彼の懐に入れれば斬撃は当たらないだろう。
「なんだ、緊張している割に動けるじゃないか・・・」
皮肉めいた口調で、彼は僕に向けて言葉を紡いだ。
心なしか、唇が片方につりあがっている。
「思ったように身体が動いてくれませんよ」
僕の返答に、彼は声をあげて笑っている。
少しムッとなり、彼をにらみつけた。
「早く、ちゃんと戦えるようになってくれよ・・・っ!!」
彼は再び構えを取り、切っ先を僕に向けて駆け出した。
そこで、僕は気がついた。
観客席の人間たちを最初からいないものとして、考えることを。
僕は、ゆっくりと戦闘態勢に入った。
今、この場には彼を僕しかいない。
僕は、彼に勝たなければならない。
そう思い込むことによって、まわりの人間たちを思考から排除したのだった。
大丈夫。これで、僕は戦える・・・
「はあぁぁぁっ!!」
彼は思い切り、槍を突き出してきた。
その速度は、かなりのもの。おそらく、ヘタな岩や木なら簡単に貫通してしまうだろう。
僕は目を見開き、横移動をすることで攻撃を回避したうえで、無防備になった彼のわき腹を思い切り蹴りつけた。
「ぐおぉっ!?」
彼は槍を持ったままで背後に吹き飛ぶが、受身を取ってすぐに態勢を立て直した。
さすが、本戦だけあって予選とはレベルが違うようだ。
「勝たせてもらいますよ、ロッシさん・・・」
そうつぶやくと、彼に向かって走り出した。
彼は慌てて槍を構えなおしている。
しかし、時はすでに遅し。
彼の懐に飛び込んだ僕は、腕を振り上げて彼の首元にねらいをつけた。
「アッシュの動きが変わった!!」
「うむ、素晴らしい動きだな!!」
まわりは歓声を上げる街の人々。
その声の大きさのせいか、話をするだけでも重労働になっていた。
「対戦相手のオジさんだけを見ていてー!まわりは見えてないみたいだねーっ!!!」
「アッシュさん、スゴイですー!!!」
「・・・・・・」
ユエル、メリルの順で歓声を上げる。
その隣にいたクルセルドは、予想を上回る動きに四苦八苦していた。
なにかをつぶやいたようだが、まわりの声にかき消されて聞きとることはできなかった。
「・・・くっ!?」
連続して放たれる彼の拳をなんとか見極めて、正確に槍で防御していく。
しかし、彼の槍は容赦なくその強度を弱めていた。
ぴし、という音。
目の前で彼はその音を聞くと、勝ち目がないことを悟った。
連打をなんとか裁いて背後へ飛びのく。
「行きますよっ!?」
「ちょい待ちっ!!!」
彼の言葉に、僕は突進する身体をとめた。
砂埃を上げて、速度を弱めていった。
「・・・なんですか?」
「まいった、俺の負けだ。もう、槍がもたない」
彼は、そう言って自らの槍をくるくるとその場で回した。
すると、パキン、という音と共に、彼の槍は真っ二つに折れてしまった。
それを見て、僕は構えていた拳を下ろした。
勝利の勧告を受けて、会場を後にする。
「待ってくれ!」
振り向くと、先ほどまで戦っていたロッシさんの姿。
「1つだけ、言いたいことがあるんだ」
「な・・・なんですか?」
緊張感の戻ってしまった顔を彼に向ける。
すると、彼は大きくため息をついた。
「お前さんは、はやいトコそのアガリ性を治すべきだ」
「・・・へ?」
「毎回、試合のたびにアガってちゃあ、おそらくこの先では勝てないぞ」
たしかに。
2回戦以降は、ソウシさんやを始めとした僕よりも腕の立つ人たちと戦うことになる。
今の試合のように緊張しまくっていたら、あっという間に負けてしまうのは必然。
「ええ、なんとかしたいですね」
「一応、忠告したからな。負けるんじゃないぞ!」
お前さんは、この俺に勝ったんだからな!
彼は、そう叫んで僕に背を向けた。
靴音が通路に響き、やがて聞こえなくなった。
「・・・まさか、あんなにアガリ性だったなんて・・・」
僕はその場で頭を抱えこんだ。
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