地鳴りが止んだ。
 それと同時に亡霊たちは光の中に消え、住人たちの最後の拠点であった海賊船を守って戦った痕跡だけが残る。
 少し離れたところから立ち上る、眩い光。
 それらのすべての事象が、事件の集結を物語っていて。

「若造たちめ、やりおったらしいな・・・」
「ワシらは勝った・・・大勝利じゃあっ!!」
「へい、船長!」

 島の住人たちが一丸となって戦い、勝利した喜びを分かち合っている。
 決戦に向かったメンバーも合流し、残すはレックスとアティとイスラ。
 そして、亡霊の集団の中に残してきただけ。
 彼らが帰ってきて、初めてここですべてが終わりを迎えるのだ。
 亡霊たちから島の住人たちを守りぬくことができ、喜び合うジャキーニ一家。

 今の今まで囚われていた魂が解放され、自由になった亡霊たちに、ヤードとソノラは静かに黙祷を捧げる。

「ゆっくりと、眠ることができるといいわね。今度こそ・・・」

 そんなスカーレルの問いにうなずかない人間は、この場に存在しなかった。
 長く永い時間を島の結界に囚われていた分、ゆっくりと、安らかに眠って欲しいと誰もが思う。
 亡霊たちは今回、何も知らないまま、利用されただけなのだから。

「・・・」

 そんな中、ユエルは未だに喜ぶことなく、地面に座り込んで目の前の森を凝視していた。
 その隣にはナップとウィル。そしてスバルが座り込み、その背後でベルフラウとアリーゼがまるで祈るように森を見つめていた。

 彼らは、まだ素直に喜べないだけなのだ。
 大事な人たちが、未だに戻ってこないのだから。
 頼れる兄貴分が。尊敬する教師たちが。そして、かけがえのない友達が。

「どうしたんだ、お前ら?」

 ヤッファの声にも振り向くことなく、視線は一点を向く。

「迎えに・・・」
「え?」

 アルディラが耳を傾ける。
 ナップはすっくと立ち上がると、ゆっくりと駆け出していた。

「先生たちを、探しに行かないと!」

 帰ってこない。
 まだこない。
 ・・・いつ帰ってくる?

 それは、彼らだけが知っている。
 もしかしたら、ケガをして動けないかもしれない。
 もしかしたら、瓦礫にふさがれて遺跡から出られなくなっているかもしれない。
 考え始めればキリもなく、それに比例して表情も歪む。

 ただ彼らは、心配なのだ。

「・・・大丈夫だよ」

 しかしそれを止めたのは、ユエルだった。

「ユエル、何で止めるんだよ!」

 まくし立てるナップを見上げて、笑いかける。
 額には珠のような汗が浮かび、貼り付けられている笑みもぎこちない。
 ・・・心配しないわけがないのだ。
 彼女にとって、はこの島の中でも特に心を許せる存在だったから。

「信じてあげようよ」
「ユエルちゃん・・・」

 アリーゼの、彼女を案じる声が聞こえる。
 それでもユエルは立ち上がることはなく、ただ笑みになっていない笑みを浮かべている。
 仲間たちを安心させるように、と。

「信じてあげなきゃ・・・だって、仲間だもん」

 そんな一言に、ナップはすごすごと彼女の隣に再び座り込んだ。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第80話  未来





 草木を掻き分け、森の中を歩く。
 かすかにしか聞こえなかった住人たちの声が、次第にはっきりと聞こえてくる。
 ゴールは目の前。
 でもきっと、障害なんかもうないだろう。
 島は、平和になったのだから。

「もうすぐ船につきそうだね・・・」
「ええ・・・みんなの嬉しそうな声が聞こえます」

 感慨深い2人の教師のつぶやき声。
 それだけで、自分たちはやり遂げたんだという達成感がこみ上げてくる。
 早くあそこへ行って、みんなを安心させてやりたい。
 そんな思いすらも芽生えてくる。

 しかし、それではなんだか味気ない。
 やはり、英雄はカッコよく登場しなければ。
 ・・・なんて無駄なこととか考えていたりして。

「みんな無事でなによりだ」

 うんうん、とうなずいてみせるに、レックスもアティも苦笑した。
 自分たちの気持ちを、代弁してくれているようだったから。
 2人とも、と同じことを考えていたのだ。
 みんなが無事で、笑っていると。
 それがこの上なく嬉しいことなんだということを。

「・・・お疲れ様」
も、ね」

 レックスがの顔を見やり、満面の笑みを浮かべた。
 確かにお疲れ様、だとは思うわけだが、実際のところ、はただ、彼らの理想を信じて突き進んだだけなのだ。
 彼らの理想を是とし、共通の目標として邁進した。
 ただそれだけ。
 つまるところ、ここにいる2人についていっただけなのだ。
 たくさん戦って、たくさん痛い思いをして、たくさん笑って、たくさん怒って、たくさん泣いた。
 まだ島に召喚されてきてから日の浅い彼には、濃すぎるほどの毎日だった。
 でも。

「・・・楽しかったよ」

 心からそう思う。
 悲しいこともたくさんあったけど、貴重な体験も数多くできたから。
 不謹慎かもしれないが、今までを通して抱いた、素直な感想だった。

「俺たちも、楽しかったよ」

 レックスはうなずいた。
 大切な仲間たちに囲まれて、慕ってくれる生徒たちがいて。
 ・・・ここにいるだけで、1年などあっという間に過ぎてしまうのだろうなぁとか、思ってみたりもする。

「でも・・・」

 アティは目を閉じて、胸元に手を当てた。
 胸の中にある暖かいそれを、いつまでも持っていられるようにその手を握り締め、うつむいていた顔を上げる。
 表情には、屈託もない笑みがある。

「その楽しい日々は、これからも続くんですよ」

 ・・・というか、始まったばかりなのだ。
 彼ら人間がこの島に流されてきたときは、自分たちは毛嫌いされていた。
 しかし、生活し共に戦っていくにつれて、自然と仲間意識は芽生え、失いたくないとも思える大切なものになった。
 つながりを大切に、これからも生きていきたいとアティは思うわけで。

「みんなが笑い合える世界が、これからずっとここに在るんですから」

 彼女は本当に嬉しそうに、誰にともなく笑いかけた。

「・・・僕はちょっと不安なんだ」

 と、イスラは少し沈みそうな声を口にした。
 また呪いをかけられたりはしないだろうか。いつか自分を『不要』として切り捨てられるのではないかと。
 彼が夢見た、笑顔の世界で。

「・・・大丈夫ですよ、イスラ?」
「そうそう」

 アティは苦笑しながら、イスラに語りかけた。

「君は、『いらない子』じゃありませんよ」

 身体は健康そのもの。
 戦う力だって人並み以上。
 姉を思う気持ちにも偽りはないし、人一倍他人を気遣える優しさもある。
 なにより、

「この世界に、『いらない子』なんて、いるわけないんですから」

 ただ、自分の足で歩きたかった。照りつける陽の下を、自由に。
 そんな些細な願いごとも叶わず、部屋の中でベッドで寝ている毎日。
 そんな呪いが原因で、両親や親戚に疎まれた。
 しかし、そんな毎日は、もうないのだ。

「ヘイゼルだけじゃない。君だって、自由を得たんだよ」
「自由・・・」

 の言葉の中にある、望んだ単語を反芻する。
 後ろにも、前にも、彼の道には誰も存在しない。
 ・・・いや、彼の本当の仲間たちが、彼の手を引いて、一緒に歩いてくれる。
 だから。

「そっか・・・」

 『当たり前』を手に入れたことが嬉しくて、笑いながら涙を流した。


 ●


「さあ、つい・・・たっと!!」

 イスラが一番乗りでみんなのいる広場に顔を出した。
 茂みの中から、ひょっこりと。
 突然の展開に、待っていた仲間たちは一様に目を丸めるが、

「い、イスラ・・・早く出てくださいよ!?」
「後が・・・つかえてるんだから・・・」

 その目には、少しも間をおくことなく涙がたまっていた。
 レックスも、アティも、イスラも。そして・・・

「えーい、早く出ないか!!」」

 ど〜ん!

「うわっ!?」
「ひゃあっ!?」
「おっと」

 も。
 前の3人を押し出して、自分は普通に登場する。
 あまりに格好悪い3人だったが、仕方ないとばかりにあきらめて服のホコリを払うと、

「ただいま、もどりました」

 笑顔で、そう告げたのだった。

 ・・・生きていた。
 信じていた通り、みんな生きてここへ帰ってきた。
 全部が丸く収まった今、島中が笑顔で満ち溢れている。
 そんな中で。

「ただいま、ユエル」
「遅くなってすいません」
「心配かけてゴメン」
「姉さん、ただいま」

 はユエルへ、レックスとアティは生徒たちへ。
 帰還の挨拶をそれぞれ告げた。



 その隣で。

「か・・・」

 ソノラは目を丸めて、それでもなおその事実を告げようと空気を吸い込んで。

「帰ってきたあぁぁ〜!!」
「「「「先生っ!!」」」」
ーっ!」

 生徒たちとユエルが、それぞれ抱きつく。
 涙を流し崩れ落ちるアズリアを、イスラは慰めるように背中をさすっている。
 で、しがみつくユエルの頭を軽くなでた。

「心配かけて悪かったな・・・ただいま」
「ううん・・・おかえりっ!!」

 ユエルの声に続き、住人たちが「お帰りなさい」と声をそろえて叫び、満面の笑みを浮かべた。
 すべてがこれで終わったのだ。
 もう、懸念することはなにもない。
 パーティのリーダーたる2人の人間の願いが今、ここに実現した。

「さあ、全員そろったところで・・・祝勝会だぁー!!」

 カイルの音頭で、つい先ほどまで戦闘をしていた事実がなかったかのようにはしゃぎまわる。
 そこいら中から歓声が沸きあがり、祝勝会という名の大宴会は今までで一番の盛り上がりを見せた。


 ●


 宴もたけなわ。
 騒ぎ疲れた住人たちが、寝静まった頃。
 は1人、砂浜に寝そべって星を眺めていた。
 ・・・星の光って、実は何万年も前の光なんだよ。
 そんな今となっては無駄になってしまっている知識を思い出したりして、それはこの世界でも当てはまるのかな、なんて考えてみる。
 もちろんそんなの確認しようがないし、なによりする気もない。
 にとっては、この楽しい時間をただ満喫できれば、それでいいのだ。

「・・・なーんて、な」

 中天を向いていた頭を横にひねってみれば。

「アティ」
「こんばんは」

 アティが笑みを浮かべて、立っていた。

「何をしているんですか?」

 彼女の問いに、無駄に知的な雰囲気を出しながら「天体観測」なんて言ってみる。
 そんなを見て苦笑し、アティは彼の隣に腰を下ろした。
 の頭の隣にちょうど彼女の頭が来るように、と同じように寝そべる。
 長い髪が広がり、砂浜を彩った。

「私、嬉しいんです」

 理想が実現して。
 みんなが笑顔になって。
 つらいことや悲しいこともたくさんあった。
 それを乗り越えて、彼女はハッピーエンドを迎えたのだ。

「みんなと一緒にいられて・・・こんな時間を過ごすことができて」

 を覗き込んで、くすりと笑う。

「そうだな。俺も・・・楽しいよ」

 元いた世界ではきっと、こんな体験はできないだろう。
 こんな、心から楽しいと思えることなど。
 それが嬉しくて、は宴会中、終始笑顔のままだった。

「思えば、俺ってまだ召喚されてきてからそれほど時間、経ってないんだよな」
「そういえば、そうですね」

 忘れてました、なんて言ってアティは苦笑する。
 ですら忘れていたくらい、1日1日が濃かったため、彼女の反応も仕方ないと言えば仕方ないわけで。
 顔を見合わせて、苦笑した。

「元の世界に、還りたいですか?」
「そうだなぁ・・・還りたくないといえば嘘になるな」

 返ってきたの答えに、アティは表情を悲しげなものへと変えた。
 そんな彼女のことを気づく気配もなく、は頭の下に両手を置いて枕代わりにする。

「この世界はとても綺麗で・・・美しいと思うよ」
「っ・・・はい」
「でも、俺は何も知らないんだ。この世界のことを」

 召喚術がある。
 武器を持って戦わなければならないときがある。
 喚び、喚ばれ、共に戦ってくれる仲間が得られる。
 でも、それだけなのだ。
 の知っている『リィンバウム』という世界は。

「これから先・・・未来のことなんて、誰にもわからない。でも、自分で道を決めて進まなきゃ、できるものもできなくなる」

 だから、知ろうと思うのだ。この世界を。
 聞くだけでは理解のしづらい部分すらも、自分の目で見て知りたいと思う。
 今すべてが終わって、彼らにも少なからず自由ができた。
 生徒たちは当初の目的通り、工船都市パスティスへと向かう。カイル一家は海賊として、船と仲間と共に冒険するのだろう。
 護人たちはこの島に残り、それぞれの持ち場に戻ることになる。
 相互不干渉だった集落同士の交流も、今では盛んだ。きっと、これから忙しくなることだろう。
 ミスミやスバル、マルルゥは、もちろん集落へ戻って元の生活に戻るだろう。
 イスラとアズリアは・・・どうなるか正直わからないが、きっと彼らなりに進んでいくだろう。

「みんな、前に進もうとしてるんだ。俺だけが、ここで燻っているわけにはいかないだろ?」
「そ、それじゃあ・・・」

 は笑って、うなずいた。

「一般常識とかを勉強した後、この島を出て、旅をしようと思ってるんだ」

 すべては、みんなの前に平等で、みんなの前に敷かれていて、みんなが自分の意思で歩んでいく。
 物語を紡いでいく。


 時間と共に紡がれし、未来へ向かって。







←Back   Home   Next→
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送