天気は快晴。
 海は穏やか。
 そんなお散歩日和な昼下がり。
 島の砂浜・・・人間たちが嵐によって流れ着いた砂浜に、島の住人たちが集まっていた。
 ロレイラル、シルターン、サプレス、メイトルパ・・・そして、リィンバウム。
 その顔ぶれは多種多様で、認識されている5世界の枠すら2段ジャンプで飛び越えてしまっている。
 なぜ、こんなところに集まっているのかといえば。

「みんな、見送りありがとう」

 彼らは、仲間の旅立ちを見送りに来たのだ。

 旅立つのは季節の一巡り前に起こった、島全体を巻き込んだ大事件の際に戦い抜いた、名もなき世界の人間。
 白い襟付きシャツに、デニム地のズボン。
 腰には小さめの皮製のポーチと黒塗りの鞘に納められた刀が一振り。
 流れるような黒髪は額の真ん中で分けられ、赤黒く染まった瞳が見え隠れしている。
  。それが、旅立つ若者の名。
 そして。

「ユエルもありがとう〜!」

 立場的には彼の護衛獣に当たるメイトルパはオルフルの少女ユエル。
 無邪気な笑みを浮かべた彼女は、持ち前の明るさのおかげで島中に友達がいたりする。
 彼女はにとって、大切な戦友であり、家族だ。
 だからこそ、彼女は召喚主であるを『マスター』とは呼ばないし、もそれを容認している。
 遠慮のいらない間柄、といったところだろうか。
 そんな彼らに声をかけたのが、

「本当に、行くのかい?」

 赤髪の、島唯一の教師の片割れであるレックスだった。
 は彼の問いにうなずき、

「ああ。今まで世話になった」

 軽く苦笑。
 正直、季節一巡り分の時間だけでは、常識そのものを教え切れなかったのだ。
 元々は礼儀も知っているし、ある程度の常識は名もなき世界のそれが通用するため、勉強を始めたばかりの頃は胸を撫で下ろしたものだが。
 それでも、レックスは召喚術の基礎から街の中で行ってはいけない場所まで、頭に叩き込んだつもりでいた。
 ・・・は、その大半を聞き流していたりもするわけだが。
 何のために勉強していたのか、ぶっちゃけよくわからない。

 とユエルの背後には、大きな帆船が一艘。
 海賊カイル一家の船だ。
 修理が終わり、嵐の影響もまったくなく、島の仲間たちの知らぬ間に、島のこの場所を拠点に定めて数回、航海に出ては帰ってきていた。

「止めはしねえさ。お前の人生だからな」
「でも、たまには連絡をするのよ?」
「我々は、家族なのですから」
『道中、気をつけてくださいね』

 順番に言葉を紡いだのは、島の集落を守護する護人たちだった。
 獣界メイトルパの護人、ヤッファ。
 機界ロレイラルの護人、アルディラ。
 鬼妖界シルターンの護人、キュウマ。
 霊界サプレスの護人、ファルゼン改めファリエル。
 4人は旅立つの道中が有意義なものであるようにと、1人ずつメッセージを送ったのだ。

「ありが・・・」
「兄ちゃん、また稽古つけてくれよな!」

 そのときはもっと強くなってるから!

 そんなお礼の言葉を遮るように護人を押しのけたのは、鬼妖界の集落に住む鬼姫ミスミの息子、スバルだった。
 今は名もなき世界にいるの父を父親とした、まだまだ無邪気な少年だ。
 とは腹違いの兄弟に当たるわけだが、母親であるミスミは彼を息子に迎えることを、拒否どころかむしろ「もう1人息子ができた」などと言って嬉しそうに笑っていた。
 もっとも、の中での整理も付かず、結局有耶無耶のままなのだが。

。そなたはわらわの息子も同然なのじゃからな。いつでも帰ってくるといい」
「かわいい子には旅をさせよ、ともいうことじゃしな・・・しっかりやって来い」
「・・・ありがとうございます」

 ミスミと、と同じ世界出身の老人ゲンジ。
 年長者の言葉を胸に刻み、は深く頭を下げる。
 彼ら・・・特にゲンジとは、この一巡りでかなり仲良くなっていた。
 暇があれば一緒にお茶を飲み、暖かな日には屋敷の縁側で将棋や囲碁の対局にいそしむ、そんな間柄。
 ゲンジはしばらく対局相手がいなくなる、と軽くゴネていたのだが、いざこざなどもなくの旅立ちをむしろ祝福していた。

「ガクランさんいなくなって、さびしいのですよう・・・」
「そんな顔するなってマルルゥ。別に今生の別れじゃないんだから」

 ルシャナの花の妖精マルルゥは、メイトルパの召喚獣だ。
 ヤッファの住処に行けば必ず彼女が応対し、昼寝を決め込んでいるヤッファのヒゲを引っ張って起こす。
 そんな仕事が最近は板についてきた感じだった。

お兄さん、今度帰ってきたときには、楽しい話を聞かせてね!」
「・・・話のタネがあれば、な」

 マルルゥ同様、メイトルパはバウナスのパナシェ。
 彼は事件の終息後、スバルやマルルゥたちと遊ぶ傍らで身体を鍛えていた。
 海賊船で亡霊たちと戦っているときに、敵にまったく歯が立たない上に人質にされかけたらしい。
 それが悔しくて、最近では弓の練習なんかを始めていた。

「あなた方の道中に、エルゴの加護のあらんことを・・・」
「ご連絡の際は、こちらの通信機をお使いください」

 サプレスの天使フレイズと、ロレイラルの看護人形クノン。
 共に護人であるファリエルとアルディラの付き人のような立場にいるのだが、最近、彼らの立ち位置には疑問を感じていた。

 なぜなら、フレイズはファリエル・・・元のファルゼンが自由に会話できる状況になって、集落の見回り以外にやることがなくなってしまったからである。
 隣の集落に出かけるから、と嬉しそうに言うファリエルに、「いつ何が起こるかわからないから」と強引についてくるため、困っているのだと以前相談されたことがあった。
 ・・・そのときは『過保護すぎる』なんてもっともらしい理由で納得させたりしたわけだが。

 クノンは最近、元ジャキーニ一家のオウキーニと漫才を始めていた。
 ちなみに、オウキーニはメイトルパの集落――ユクレス村のシアリィと結婚、子供がいたりする。
 メイトルパの亜人の子供は受胎から出産までが早いのだろうかと尋ねたときに、赤面されたのが印象に強い。
 不定期に開催される鍋大会なんかでよくネタを疲労してくれるのだが、ツッコミを入れるクノンのパワーが強すぎてオウキーニが重症を負い、クノン自ら治療を施す、なんてことはざらだ。

「さよならは・・・言わないからね」
「ああ」

 イスラ・レヴィノス。
 彼は軍を退役して、島に永住、苦難の末ようやく手にした自由を謳歌していた。
 長く自由がなかったからか、事件の終息後からは積極的に島を歩き回って、なんと島の地図を作ってしまった、なんて裏話があったりする。
 絵画の才能があったのか、意外に完成度は高く、重宝されている。
 ちなみにイスラの姉アズリアは、イスラを島において軍へと戻った。
 任務を遂行できなかったその責任を取るために、部下のギャレオと共に、聖王国国境の警備に、今も従事しているのだとか。

 そんな彼と、握手を交わす。
 また逢える、笑顔で言葉を交わすことができると信じて。
 無言で・・・その目で約束を交わして。

 そして。

・・・」
「・・・そんな顔するなって、アティ」

 島唯一の教師の片割れであり、レックスの姉であるアティ。
 の前に立つ彼女は、すでに目尻に涙をたっぷりと溜め込んでいた。
 彼女は、初めて受け持った生徒たちをレックスと共に工船都市パスティスへと送り届けた後、軍学校の入学式を見届けて、この島へと帰ってきた。
 それからはレックスと共に、青空の下で授業に勤しんでいる。
 たまに一緒にお茶をしたりすることがあったが、そのたびに本当に、心底嬉しそうに湯飲みを受け取るのが、ある意味不思議だ。
 ・・・もっとも、それはが鈍感すぎるだけなのだが。

「でも・・・私・・・」
「別に今生の別れってわけじゃないんだからさ。ちゃんと連絡だってできるんだから」

 通信機がうまく扱えるかわからないけど、なんておちゃらけて見るが、効果なし。
 困ったな、といわんばかりに頭を掻くと、

「!?」

 頭1つ分背の低いアティの頭に手を乗せた。
 彼女の表情に赤みが増す。
 ぽん、ぽん、ぽん。
 まるで子供をあやすように、頭を撫でては軽く叩く。

「前にも言ったよな、確か」

 アティがうなずいたことを確認して、話を進める。

「俺は、この世界のことを何も知らない。だから、それを知るために旅をするんだ」

 常識だけじゃ、何もできない。
 ましてや元いた世界に還ろうと思うなら、島の中にいるだけではなにも解決しないのだ。
 だから、自分の足で世界を歩いて、自分の目で世界を見渡したい。
 事件を終えた直後の、の願いだった。

「・・・わたし、私もいっしょに・・・!」
「だーめ」

 顔を上げて、涙を溜めた青い瞳がを射抜く。
 しかし、彼女の言葉を遮り、顔を覗きこんだ。
 涙がとめどなく頬を伝い、砂浜に黒い斑点を作り出す。

「それじゃ、意味がないって・・・アティも納得してくれただろ?」

 誰かに先導されての旅など、旅ではない。ただの観光旅行だから。
 風の向くまま気の向くまま。当てのない旅を、は望んでいる。
 それに、教師としての彼女は、この島には欠かせない存在だ。
 最初は7人程度だった青空学校も、今では島中の子供たちを相手に教鞭を執っており、父兄にも大盛況。
 いつまでも屋根ナシではイカン、という校長ゲンジの一声で、近いうちに校舎が建てられることにもなっているため、すでにレックスだけでは対応しきれないのだ。

「それに、あの事件からずっと・・・やりたいことがあるんだ」
「やりたいこと?」

 レックスの声に、は小さくうなずいた。
 それは、剣を巡っての戦いの真っ最中。
 の夢に干渉し、いろいろと励ましてくれた人がいたのだ。
 その人にお礼を言いたい。
 それが、彼の『やりたいこと』だった。
 しかし、その人は今、名もなき世界にいる。かの世界へと渡る、あるいは連絡を取る方法を考えなくてはならないわけだ。

「そっか・・・」

 一通りの話を聞いたレックスは、頑張って、という一言を残すと、仲間たちを連れて森の奥へと消えてしまっていた。
 目の前のアティだけを残して。
 しかも、背後のユエルまですでに海賊船に乗り込んでしまっている始末だ。
 には、なぜそんなことをする必要があるのかすらわからない。
 ともあれ、

「その・・・なんだ」

 泣いている人を放って置けるほど、も薄情ではないからして。

「えっ・・・?」

 アティのその腕の中に、抱きしめていた。
 女性特有の柔らかさにどぎまぎどぎまぎ。顔を真っ赤にしたまま、とにかく思ったことを口にすることにした。
 自分のせいで泣かないで欲しいから。
 ずっと、笑っていて欲しいから。
 昔、小さな頃に父親に聞いたことを思い出しながら、

「・・・泣いた顔は、君には似合わない」

 なんて口にしていた。
 ・・・というか、言葉にしてからこっち、内心で猛烈に後悔していた。
 ひどく恥ずかしい、と。
 しかし、彼女の反応から察するに、恥ずかしがる必要はないのかもしれないということにして、

「約束、するよ」

 話を続けることにした。
 納得させないまま旅立つなんて、納得いかない、なんて思いもあったりするのだが。

「必ず、この島に帰ってくるって」

 どれだけかかるかわからない。
 自分が旅立つだけで、これだけ泣いてくれるがいてくれることがとても嬉しかったし、なにより。

「この島は、俺にとっては第二の故郷・・・だからな」

 抱きしめていた彼女の身体を離して、見上げて来る女性に笑みを見せた。

「おーい、〜! もう出発するよ!!」
「はやく乗らないと、おいてっちゃうわよ〜?」

 船の上から聞こえるカイル一家は乗組員たちの声。
 その声に返事をして、もう一度アティへ向きなおった。
 肩から手を放し、涙に濡れた顔をそのままに。
 一度目を閉じて、

「いってきます」

 そう告げて、縄梯子を上って船へと乗り込んだ。


「・・・いってらっしゃい」


 そんなアティの声が、耳に入ったような気がした。




「よっしゃ。も乗り込んだな? それじゃあ、出航だぁーッ!!」
「「アイアイサー!!」」

 カイルの声に、ありきたりだが海賊風の返事をして、ソノラとスカーレルは船に帆を張った。
 海賊カイル一家、船長のカイル、乗組員にして狙撃手であるソノラ、ご意見番のスカーレル。そして、相変わらず客分やってるヤード。
 数々の冒険を超えてきた彼らは、愛船の帆を張るべくロープを引く。
 白い帆は穏やかな風を受けてゆっくりと動き出す。

「い〜ってきま〜す!!」

 ユエルは、船尾から大きく島に向かって手を振った。
 島の浜辺にはいつのまにか戻ってきたのか、住人全員が再び集結し手を振っている。
 しばらくその光景を見つめ、忘れないようにと目に焼き付けた。



 ●



「それで、カイルたちはどうするの?」

 島が見えなくなって、しばらくしてからの唐突なユエルの質問。
 その中で、カイルが舵を取りながら答えた。

「なに、相変わらずさ」
「嵐を超えて荒波超えて! 行き着く先では大冒け・・・おおっとと!?」

 カイルの答えに、ソノラが大きく口ずさむ。
 舵を手に、カイルは潮風を気持ちよさげに受け止めて、その風に煽られてソノラの被っていたテンガロンハットが飛びかける。
 慌ててつばを掴むと、引き寄せて抱きしめ、大きなため息をついた。

「風の向くまま、気の向くまま。それがアタシらの航海スタイルなのよ♪」
「前に食料が尽きかけて、危うく餓死するところでしたけどね」
「・・・アハハハハ(超棒読み)」

 スカーレルとヤード。
 同じ村で育った彼らは、相変わらず仲がいい。
 スカーレルのナイフ捌きは日を増すごとに洗練されていくし、ヤードは召喚術の力が少しずつ強くなっている。
 容赦のない会話が、仲のいい証拠だ。

 いっしょにどうだ、と誘ってはくれたが、はやんわりと断った。
 海よりもまず、陸の上。
 自分の足で歩いて、旅をしていきたいから。

「・・・ま、お前ならそう言うと思ってたぜ」

 答えを返せば、カイルからこんな一言が返ってきていた。
 もはや、のことはお見通しなのかもしれない。

「それじゃあ、とりあえず港までよろしく頼む!」
「お願いしますッ!」
「「「「アイアイサーッ!!」」」」

 カイル一家の声が、広い海に響き渡った。






 ・・・さぁ、歩き出そう。






 この広い広い世界へ向かって―――






     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     エピローグ







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