遺跡内部を駆け抜ける。
 あれだけいた亡霊たちは、今は見る影もなく、必死になって戦った場所を何の苦もなく素通りすることができた。
 地面のゆれは納まる気配すらも見せず、遺跡唯一の出入り口を目指す彼らの行く手を阻む。
 はつい先刻までの無理がたたっているのか、左右にふらりふらりと危なっかしい。
 それを見かねて、カイルは彼を担ぎ上げて走っていた。

 それが直接のだろうか。

「うぷ」

 ・・・酔っていた。

「か、カイル・・・」
「なんだ、なにかあったのか!?」
「き、気持ち悪い・・・」

 不規則なゆれと地面のゆれが見事にマッチし、絶妙なハ〜モニィ〜を奏で、の身体になんともいえぬ嘔吐感を叩きつける。
 口元を両手で押さえ、青い顔で後方に目をやり、カイルの背後を走っていたヤッファの顔色すらも青くさせていた。
 徐々にこみ上げてくる嘔吐感。
 ・・・もはや、耐え切る自信は皆無だった。

「・・・吐く」
「あ゛ァッ!?」
「げ・・・ッ」

カイルはその苦しげな声に目を丸めて速度を落とすが、むしろそれがマズかった。

「よ、よせって・・・冗談だろ? な? な?」

 冗談なわけがあろうか、いやない。
 ・・・反語。

「もう、だめぇ・・・」
「ぎゃ・・・!!」




 ――――しばらくお待ちください――――






     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第79話  約束





 騒動もそこそこに、一同はすべてが崩れる前に自分たちが入ってきた入り口へとたどり着いていた。
 入り口はこの場所へ来る際に抜けてきた森を見下ろせるほどの高台にあったこともあり、亡霊たちがひしめいていた戦場だった場所を見渡すことができていた。
 すぐに出て行けばいいのに、誰もがその足を止めた。
 再びカイルに担がれていたは、吐き出したばかりの癖に再び軽い嘔吐感に駆られ、目を白黒させていたのだが。

「みんな、どうしたんだ?」

 ゆれが納まったことに疑問を感じて、身を起こしてみた。
 カイルの背中側に顔があったため、振り返ってみれば。

「ぼ、亡霊・・・」

 なんで、とばかりに目をしぱたかせる。
 ディエルゴは倒した。彼らに注がれる魔力は途切れて、消えているはずなのだ。
 しかし、彼らは未だにここにいる。
 原因はわからない。
 わからなくても、1つだけしなければならないことがある。

「とにかく、早くこの場を脱出しましょう」

 そうしないと危険ですから。

 キュウマの一声で、一同は歩き出した。
 ようやく体力が戻ったは下ろしてもらい、彼らと共に歩き出す。
 それを見逃すほど、亡霊たちは腑抜けてはいない。
 視界に納めたが最後、武器を掲げて雄叫びを上げて、襲い掛かっていた。

「ちっ、やはり襲ってきたか!」

 舌打ったのはアズリアだった。
 傷だらけの身体で、もう走ることしかできないから。
 そして、圧倒的なまでの頭数の差。
 来たときにそのほとんどを無視して突入したことが、ここで仇になっていた。

『せえぇぇいっ! ・・・って、ほへ?』

 召喚術よりも肉弾戦の得意なファリエルが、鎧姿・・・ファルゼンの姿をとって、大剣を振り下ろす。
 しかし、彼らはそれを紙のように躱すと、彼女の横を素通りしていた。
 複数でカイルに奇襲をかけた亡霊たちもまた、防御の体勢をとった彼の横を何もなかったかのように通り過ぎていく。
 銃弾を何発放っても倒れない亡霊たちに涙目になりつつあったソノラの隣を駆け抜けて、上空から射撃するために飛び上がったマルルゥを見向きもせず。
 どういうことだ、という疑問が頭に浮かんだところで。

「ま、マジかよ・・・ッ!!」

 甲高い剣音。
 浮かんだ疑問に対する答えが、突きつけられた。
 答えは単純明快。
 彼らの攻撃対象が、たった1人だけだったのだから。

 背後からの奇襲に冷や汗を流し、受け止めていた剣を弾き飛ばす。
 同時に地面を蹴り、低く屈んだ状態で刀を振り回す。
 リアルな斬撃音と共に、その一撃で剣を弾かれたたらを踏んだ亡霊が消えていく。

「ヤード、アルディラ、アリーゼ・・・誰でもいい! 召喚術を一発撃って、ここを離れるんだ!」

 敵の目的はである以上、彼を守って戦うのが普通だと考える。
 しかし、彼はそれを拒んでいた。
 ディエルゴとの決戦で、もはや彼らは疲れきっていたから。
 本当なら、戦う力なんかこれっぽっちも残っていないのだから。
 大丈夫だ、と強がる彼らの本心を、は聞かずともわかっていた。
 だからこそ、「ここを離れろ」と口にした。
 危険であることはわかっている。でも、自分が逃げれば亡霊たちは追いかけてくる。
 ・・・それは、困る。

「で、でもっ!」
「早く!!」

 もはや、あれこれ言ってはいられないのだ。
 必死の形相に言葉を飲み込んだアリーゼは、無言でサモナイト石へ魔力を注いだ。
 汗を浮かべて、これが最後の召喚術だと言わんばかりになけなしの魔力を石へと流す。
 彼女を守るようにナップとウィルが剣を構え、ベルフラウが矢で牽制する。
 ・・・見事な連携だ。
 彼ら個々の戦闘能力はもちろんのこと。兄弟姉妹ならではの息の合った連携に少しばかり見惚れながらも、は自身にのみ襲い掛かってくる亡霊たちを退ける。

「力を貸して・・・ッ!」

 そして、召喚術が発動した。
 彼女の全身全霊をかけた、最後の一撃。
 具現した召喚獣はの周りの亡霊たちをなぎ払い、消えていった。
 砂煙の晴れないうちに、

「ありがとう!」

 声を張り上げた。
 アリーゼは膝をついて、息を荒げている。周りを囲んでいた3人が彼女を抱えて、森へと向かっていく。
 そう・・・それでいい。
 の1人戦う姿を悔しげに見つめながら、その4人を筆頭にして森へと消えていく。

「必ず、わらわたちの元へと帰ってくるのじゃぞ!!」

 そんなミスミの去り際の一言が、の中にすとんと納まった。

「さぁ、いくぞ」

 仕切りなおしだ。
 武器は己の身体と刀のみ。
 疲労困憊、満身創痍。
 傷だらけの彼の身体が、今までの戦いの苛烈さを物語る。
 それでも、最後まで戦い抜くのだ。

 居心地のいいこの場所をなくしたくない。
 気のいい仲間たちを、守りたい。
 そして。

「約束は・・・必ず、果たしてみせるから・・・」

 まだ島に召喚されて間もない頃。
 交わされた約束を、守るために。


 ●


 亡霊たちは、あっさりと消えていった。
 ディエルゴという供給元を失って、枯渇しつつある魔力を求めて徘徊していただけなのだから。
 まともに戦ってみれば、統制も取れていないし頭も悪い。
 背後を取られないよう、かつ1人ずつを相手にすることで、大きなケガもなく事なきを得ていた。

「これで・・・最後・・・ッ!」

 斬り下ろす。
 肩口からわき腹にかけて大きな裂傷を走らせて、最後の亡霊が消えていった。
 それと同時に、耳障りだと思うくらいに耳から入ってきた地鳴りが止む。
 3人が、すべてに決着をつけてくれたのだろう。
 刀を納めて、柄尻に手を添えると、青く晴れ渡った空を見上げた。

 ・・・目を閉じる。
 柔らかな風が頬を撫でる。
 全部、終わった。彼らは、夢を叶えたのだ。自身の力で。
 同時に、嬉しくもあった。
 自分がその輪の中に入っているということが。



 眼前に、光が集まる。
 光は徐々に人の形を取り、穏やかな笑みを浮かべた男性の姿へと変わっていった。
 それは、もよく知る人物だった。

「久しぶりだな、ハイネル」
『ありがとう、。適格者と共に島を救ってくれて・・・』

 約束を、守ってくれて。

 彼は笑っていた。
 心の底から嬉しいと、感じ取れるくらいに。
 しかし、光の寄せ集めによって構成されている彼の身体はとても希薄だった。
 いますぐにも消えてしまいそうな印象すら受ける。

「別にいいさ。俺がやりたかっただけだから」

 身体の自由を奪われたときには、どうしたものかとも思った。
 でも、仲間たちの必死の呼びかけのおかげで自分は今、ここにいる。
 苦労になんか思っていない。
 むしろ、自分の身を案じてくれるかけがえのない仲間たちを与えてくれたことに感謝したいくらいだった。

『僕は、これでやっと逝くことができるよ』
「また、会えるのか?」

 そんな問いに、ハイネルは首を横に振った。
 この島に、未練がなくなったのだ。
 島の意思に心そのものを破壊された彼は、その影響でこうして霊体のまま彷徨うしかなかった。そうせざるを得なかった。
 小さなわだかまりが、この島にはいくつもあったから。
 だから、身体は朽ち果てても、魂が朽ちることはなかった。
 そのわだかまりを、全部取っ払うことができたから、彼は今、この場にいるのだ。
 は苦笑して頭を掻くと、

「そっか・・・」

 残念そうに呟き、手を差し出した。
 ハイネルはその手との顔を見比べて、困った顔をする。

、僕は・・・』
「いいんだよ。形だけで」

 は笑った。
 彼と自分は、例え住む世界が違おうが、大事な友達なのだから。
 自身がそうしたいだけなのだ。
 ハイネルは苦笑すると、彼の手に自身の手を重ねた。
 軽く握る。もちろん握手をしているんだという感覚などあるわけがない。
 それでも、まるで同じ人間と握手をしているかのように、手を動かした。
 追いかけるようにハイネルの手も同じように動く。

「色々ありがとう、ハイネル」
『・・・こちらこそ』

 手を戻して、互いに笑いあった。
 音もなくハイネルはから距離を取り、背中を向ける。
 それと同時に、彼の身体が光を帯び始めていく。

「せっかく、友達になれたのにな」
『仕方ないさ』

 帯びた光は粒となって空を舞う。
 風に乗り、遠くへ遠くへ飛んでいく。

「・・・喚んでくれて、ありがとう」

 はそんな一言を口にすると、ハイネルは軽く首をひねり、

『それじゃ』

 笑って、消えていったのだった。


 ●


「あ、――ッ!!」
「なんでこんなところにいるんですかぁ!?」

 舞い消えていった光を眺めその余韻に浸っていたは、2つの声に呼ばれてその視線を外していた。
 ハイネルはもうこの世界にはいない。
 ・・・否、最初からいなかったのだ。

 今まで見ていたのは、世界が見せた奇跡なのだろう。

 そんなロマンチックな結論に至って、恥ずかしげに首を振ると、遺跡から顔を出した勇者たちに手を振った。







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