『「さて・・・早いトコ奴らを始末して・・・」』

 は刀を構え、ニイ、と笑う。
 ・・・否。正確にはではなく、彼の身体を支配したディエルゴなのだが。
 感情こそあまり乱すこともないものの、パーティの中でも存在感が高い彼が。

『「滅びゆく世界を・・・止めなければ・・・」』

 今、仲間たちの前に、敵として立ちはだかっていた。
 真紅に染まった瞳には躊躇はない。
 仲間たちを見つめるその視線そのものが、「殺してやる」と語っているようなものだった。

「・・・!! しっかりするんだ!!」

 力の限り、レックスは声を張り上げた。
 説得対象であるは、彼の声を聞いても微動だにしない。
 むしろ、自分たちを射殺さんというばかりに鋭い視線を向けて、口の端を吊り上げる。

「レックス! 今のアイツはじゃねえ!! ディエルゴだ!!」
「気を抜いたら・・・殺されるわよ!!」

 割り切れ、とヤッファとアルディラは言う。
 しかしながら、そう簡単に割り切れるものじゃない。
 一緒に戦ってきた仲間なのだから。
 身体を乗っ取られたとはいえ、なのだから。

「やめてください!? ちゃんと話せば・・・きっと・・・!!」
「そいつは、無理ってもんだぜ。アティ」

 アティが声を荒げる。
 しかし、――ディエルゴはすでに床を蹴りだしていた。
 一足飛びでその距離を詰め、気がつけば彼はキュウマの懐へ。
 前方にかがみ、腰を落とした状態から、

『「ヒュッ!」』

 頭上へ向けて刀を一閃した。
 無論、キュウマも反応していないわけはない。
 篭手につけられている鎧で刀を受け流して、バックステップで距離を取った。

 大事な仲間とは戦えない。彼らにはただ、黙って説得するために、と刃を交じるしか活路は存在しなかった。

 彼の中にまだ『の意思』が消えていないことを信じて。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第78話  終焉





『「俺を倒すんじゃなかったのか・・・!?」』

 ディエルゴは再び地面を蹴る。爆発するように地面の土が巻き上がり、深い足跡だけが残る。
 2,3歩ステップを踏んで、刀を振りかぶる。
 5つの石を埋め込まれた刀はディエルゴの魔力を帯びて真紅の焔を残し、その凶刃が。

「カイル!」

 カイルの胴を薙ぎ払った。
 もちろんそれに反応していないはずはない。装備していたナックルを軌道上へ移動し、クロスして防御体勢を取る。
 ぶつかり合った衝撃が火花を散らし、カイルを身体ごと吹き飛ばす。
 ディエルゴは笑みを貼り付けたまま、無防備な彼を追いかけてさらに地面を蹴りだす。
 柄を両手で握り締めて。
 カイルの目に、その鋼色が映る。
 歯を立てて、その身の危険を感じ取っていた。

「カイルさん!」

 声と共に2人の間に割り込んだのは、再び抜剣したアティだった。
 蒼く染まった瞳をまっすぐディエルゴへ向けて、赤の焔を纏った刀身と蒼の剣が衝突する。
 ディエルゴは笑みを、アティは悔しげな表情を宿して。

『「流石だな・・・蒼の守護者殿」』
の顔で・・・っ、そんな笑い方しないでください・・・ッ!!」

 彼女は、その笑みこそが怖いと思えたのだ。
 吊上がった目でディエルゴを・・・の顔を凝視して。

は、そんな顔で笑いません・・・!」

 まだ出会ってそれほど時間は経ってない。
 一緒に背中を預けて戦い始めてだって、まだ短い。
 それでも、時間以上に長い間・・・ずっと昔から一緒だったかのような感覚だってあった。
 だからこそ、彼のそんな笑みを見てしまうのが、たまらなく嫌で・・・悔しかった。

「アティ!」

 仲間なのだ。
 共に戦場を駆け、背中を預け、笑いあった仲間なのだから。
 ・・・敵になんかしたくない。

「私の声を聞いてください・・・!」

 だから、声を張り上げた。
 ディエルゴに押し潰された『彼』に聞こえるように。
 聞こえているものと、信じて。

 交わった刃を弾き飛ばし、叫ぶ。
 呼びかける。

『「ふん、貴様の声などヤツには届かない・・・もう、存在していないのだから」』

 笑う。哂う。ワラウ。
 仲間の顔で、『彼』は・・・奴は笑った。
 同時に、ディエルゴは再び地面を蹴る。
 低く、真っ直ぐ。
 その目に自身の『敵』を映して、跳んだ。

「まずは・・・満足に動けない貴様からだ」

 つい先刻までの戦いで魔力を使い果たしたアルディラ。
 立っているだけでも必死だというのに、彼女は杖を構えた。
 ・・・ここまで来て、死ぬわけにはいかない。
 魔力は使い果たしても、自分はまだ戦えると。

「下がれ、アルディラ!!」

 しかし、肉薄するディエルゴをさえぎったのは、両の手に爪を装備したヤッファだった。
 三又の銀爪をクロスさせて、自身の身体をただ前へと押しやる。
 衝撃が走りぬけ、ディエルゴは強引に刀を振り切った。
 さらに、腰を落とす。
 その刀の軌道をただ凝視して、ヤッファは少し欠けた爪を動かした。

『「・・・ふっ!!」』
「こ、の・・・っ!」

 第二撃。
 ディエルゴの凶刃は、ヤッファのその胴を裂こうと、その目が映した軌道を追いかける。
 しかし、ヤッファの爪がそれを阻む。
 その後数撃。
 右、左、上、打突。
 その速い剣速に、もって生まれた獣の本能が対応する。

『「ハッハーっ!!」』

 ディエルゴは楽しそうな笑みを浮かべた。
 その笑みに、ヤッファは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、迷いなく振るわれる斬撃を受け止める。
 しかし、ついに。

「ちぃ・・・っ」

 彼の爪が、ディエルゴの刀に遅れを取った。
 鈍い輝きを称えながら、その鋭い先が宙を舞う。
 その光景に、の顔が笑みを深めた。
 その笑みがヤッファにはまるで・・・

「やっべぇ・・・!」

 自身を死へ誘う、死神のように見えた。

「やめてーッ!!」

 ユエルの声が聞こえる。しかし、――ディエルゴは止まらない。
 もちろん、ターゲットを見失うほど愚かではない。
 刃は立てられ、切っ先はその胴へと向かう。
 ヤッファは自身の身の危険を免れるために、無防備になった身体を動かす。
 ディエルゴの目を見て、斬撃の軌道を見極め、行動に移す。
 ただ本能で、それだけのことを彼は。

『「っち・・・」』

 やってのけた。
 空振ってから、その瞳が背後へ移動していくヤッファを映す。
 軽く舌打ち、前に移せば。

「せぇぇいっ!!」

 ミスミが槍を薙ごうと、構えていた。
 腰の回転と同時に、力の限り腕を振る。
 薙ぐときのために、槍に備え付けられている刃をディエルゴへと向けて、握りしめる手に力を込める。
 その表情に、彼は再び笑って見せた。

「やっとやる気になったかよ」
の身体より出てゆけ! そこは貴様のいてよい場所ではない!!」

 自身の秘める魔力を解放する。
 発生するのは風。
 普段は優しいその風が、彼を襲う刃と化す。

 彼女は、覚悟を決めたのだ。
 たとえ身体を傷つけようとも、ディエルゴをの身体から追い出してみせると。
 そのためには、弱らせる必要があるのだと。
 だから。

「わらわは迷わぬ! を助ける。我が息子も同然なのだから・・・!」

 取り戻すためなら、なんでもする。
 そのために、風を再び発生させた。

「いいぜ、来いよ・・・全員まとめて、相手になってやる!!」

 そんな声に、彼の視界に1つの影が飛び込んできた。
 ヤッファ同様、鋼の爪を掲げて、攻撃を仕掛けようとしている。
 それを間近で眺めて、ディエルゴは嬉しそうに口の端を吊り上げた。
 記憶の中にある1人の少女が、必死そうな表情で自分に攻撃を加えようとしている。

『「お前も、来るのか・・・ユエル?」』
「ユエルの名前を呼ぶなぁっ!」

 認めない。
 大好きなの声で、顔で。

「そんな顔を・・・見せるなァ!!」

 表情に、殺気すら浮かびだした。
 装備した爪がディエルゴを襲う。
 それを刀で受け止めると、刃を摩擦させながら空いた左手に拳を握り、突き出す。
 しかし。

『「・・・っ!?」』
「え?」

 ユエルの腹部の寸前で、止まっていた。
 まるで、何者かがそうはさせまいと言わんばかりに、拳の動きをストップさせていたのだ。
 彼の表情には、どこか苦しげな色が浮かんでいた。





「・・・ここは・・・」

 気が付くと、そこは道だった。
 天気は雨。厚い雲に覆われて、陽の光はまったく見えない。
 そもそも、時間帯的にはおそらく夕方から夜にかけてだろう。
 そして自分は歩道にいて、ガードレールの壁をはさんだ隣の車道には自動車がたくさん走っていた。

 ―― ここは、お前の記憶の世界。
 ―― お前のもっとも深く、暗い記憶をかたどった世界だ・・・


 頭の中に、声が響いた。
 トーンの低い男性の声。
 しかし、からすれば強く印象に残っている声。

「ディエルゴか・・・!」

 声は、答えない。
 この場には、車が道を走り抜ける音と雨音だけが響いていた。

 ―― お前の役目は終わった・・・
 ―― 安心して眠るがいい・・・


 返事ではなく、一方的な提案ばかりを突きつけてくる。
 こちらの返事は一切お構いなし。
 むしろただ、答えだけを求めているようにも感じられた。
 だからこそ今までが今までだけに、当たり前だが退く気はない。

「眠る、ねぇ・・・」

 今まで、ただ強くなろうと考えて生きてきた。
 そのために剣を習った。
 腕っ節の強さもそうだが、剣術の稽古を通して、己の内側をも鍛えられてきた。
 父であり師であるリクトは、むしろそこを重点的においていた。
 だから、精神修養を第一として、剣の技術は後付け。
 心の強さは、たとえ相手が誰であろうと、負けはしない。

「・・・勝手に、人の人生を滅茶苦茶にしてくれるなよ――!」

 ――!?

 ディエルゴは驚きに声を漏らした。
 曇天を見上げ、雨に打たれながらも声を上げる。
 ただでさえ、自分の人生滅茶苦茶なのだ。
 でも、今まではまだよかった。楽しんで生活できたし、信頼できる仲間ができたから。

「俺は約束をなに1つ果たしてないし、こんなところで寝てる場合じゃない」

 しかし。
 今の状態が続く上に、万一その仲間たちに危害が及ぶのなら・・・黙っていられない。
 それに、こんな場所で悠長に寝ているつもりなんて、毛の先ほどもない。

「俺を解放しろ・・・!」

 こんな場所、長くいたくない。
 ここは彼の記憶の中に鮮明に残っている場所なのだから。

 ―― ならば、お前の記憶を掘り起こし・・・お前の魂をも侵食してくれる!!

 向こうも、もはや四の五の言っている暇はないのだろう。

「!?」

 周囲の空気が変わる。
 ぱらぱらと降り続いていた雨が、強さを増す。
 リアルに色づき、車の色すらも鮮明に目に映る。

 何をする気だ、と思うのも当然。
 その裏で、何が起こるかを感じ取っていても当然。
 空を見上げたまま、瞠目。

「まさか・・・!?」

 ・・・やめろ。

 記憶の奥底を抉り取られるような感覚。
 ・・・初めて見る場所ではない。色が付いて、初めて理解できた。
 この場所は。そして、曲がり角から現れた2つの人影は。

「母さん・・・っ」

 ・・・ヤメロ。

 右手に買い物袋を持ち、左手は隣の子供の手を握って。
 2人とも、楽しそうに笑っていた。

「隣は・・・俺・・・っ!」

 ・・・やめろ・・・!

 これは、『あの時』の光景だ。
 彼の母親が、その短い命を終えたときの。

「おかあさん、ほら見て!」
「お、ホタルだ・・・綺麗だねぇ」

 尻を光らせて、ホタルが宙を舞う。
 その動きはゆっくりで、子供でも目で追える速度だ。
 それ以前に、子供は目の前を飛ぶモノを目で追いかける。
 ただ無邪気なのだ。
 その無邪気さが、このときは。

「……!? っ!!」

 彼女の命を奪うことになるとは、思わない。

「やめろぉっ!!」

 だからこそ、声を荒げた。
 あまり思い出したくない光景だったから。
 見たくないものを見せられるのは、嫌だから。

 同時にタイヤが路面をこする音と、なにかがぶつかる音。
 瞠目した。

「お、かあ・・・さん?」

 路肩にはじき出された少年は、きょとんとした顔で彼女に近づく。
 その顔も、次第に泣き顔に変わっていく。
 持っていた傘は歩道の端に転がっており、裏まで雨水に濡れてしまっている。

「おかあさぁ――・・・ん!!!!」

 幼い自分は、声を上げて泣いていた。


 ―― どうだ・・・ 封印していた過去を見せられた感想は?

「だまれ・・・」

 できる限り低い声で、はつぶやくように口にした。

 ―― 悲しいだろう、苦しいだろう?

「黙れ・・・」

 ―― 辛いだろう・・・?

「だまれェェェェ!!!」

 声を荒げた。
 見たい光景ではなかった。見せられてもあまり嬉しいとは思えない。
 でも。

「・・・ありがとう」

 自分の目標を再確認できて。
 強くなろう、強く在ろうと決めたきっかけを見ることができて。
 母親の死に際を見ることを悲しいと思わないわけではないが。
 だからこそ、お礼の言葉を口にした・・・皮肉を込めて。

 あまり思い出したくない光景だった。
 見たくないものを見せられるのは、嫌だった。
 でも。

「この場所は、俺が誓いを・・・目標を立てた場所だ」

 辛いし、悲しい。
 しかし、それだけではない。
 今の彼が在る、きっかけとなった場所だから。

「俺は・・・“俺”を譲る気はまったくない」

 路面を伝う血液を眺めながら、その光景を悔しげに歯を立てながら。
 雲のかかった空へをにらみつけて。

「俺の信念は、誰にも・・・っ、曲げることはできないんだ!! お前なんかが、俺の身体を使う権利はない!!」

 そう。
 人の心を弄ぶような存在に負けてしまうほど、“人”は弱くない。

「俺の・・・身体から・・・出て行けぇぇェェっ!!!!」

 声を張り上げた。
 同時に、外から声が聞こえる。
 ふわり、と浮かび上がるような感覚の後、



「あ・・・」

 自分がユエルに向けて、拳を向けている光景が目に飛び込んできていた。
 ・・・まだディエルゴの抵抗が続いている。でも、動かせないほどじゃない。
 左に握った拳を、刀を取り落として空いたた右手で覆って、自身の元へと引っ張り込む。
 ゆっくり、ゆっくり。
 ふるえる身体を、そのままに。

「くっ・・・そ!」
!?」

 アティの声は驚きすら混じっている。
 ディエルゴの意識が途切れたことに驚いているのだろう。
 駆け寄ってくるのを止めて、1人壁へ向かって後退していく。
 ・・・足りなかった。自分だけでは、自分の中で自分を巣食う“奴”を追い払えなかった。
 苦しげに、拳を押さえて。

、ちょっと・・・! 返事しなさい!」

 怒気を孕んだソノラの声。
 苦痛に歪んだ表情には冷や汗が止め処なく流れている。
 あまり、保ちそうになかった。

「お、れを・・・!」

 まともに話すことすらできない自分に、少なからず無力感。
 それでも、伝えることは伝えねばならないだろう。
 だからこそ、今できるだけの力を振り絞って声を張り上げる。

「ディエ、ルゴは・・・抑えてるから・・・ッ、早く!」
「早くってお前・・・」

 カイルの声に、そりゃそうだとか思ってみる。

「俺、を・・・ッ、殺してくれ・・・!!」
『!?』

 仲間たちは、目を丸めた。

「そ、そんな・・・っ!」

 もちろん、反応せざるを得ないだろう。
 そして、反論したくもなるだろう。
 大切な仲間が、『殺してくれ』なんて頼みごとをしてきているのだから。

「ば、バカなこと言わないでよ!!」

 なんて、アルディラの言うことももっともだと思う。
 でもきっと、これ以外にディエルゴを倒す方法はない。
 肉体を失って、意識だけの状態でに乗り移って、その身体を我が物顔で行使しているのだ。
 他に方法があれば、すでに自身がやっている。
 ・・・もちろん、自殺願望などあるわけがないし、むしろ生きていたいって思う。
 でも。

「他に・・・っ、方法がないんだッ!!」

 仕方ないのだ。
 今、ディエルゴはの中にいる。
 だから、彼が死ねばそれで事件は終わりなのだ。

「でも・・・そんなのっ!」
「なら、他に方法あるのか!?」

 アティの声をさえぎって、は叫ぶ。
 ひどいとは思うし、仲間たちにとっては酷なことかもしれない。
 でも、今となってあどうしようもないのだ。
 意識も消えかけて、身体を動かせているのだって一時のものに過ぎない。
 そう遠くないうちに・・・否。今すぐにでも、身体の自由を奪われて、再び仲間たちへと襲い掛かるだろう。
 だから。

「俺が、“俺”であるうちに・・・ッ!」

 アティは首を振る。
 いくら呼びかけても、いくら叫んでも。
 誰もが、首を縦に振ることはなくて。

「みんな、ばか・・・だ・・・!」

 でも、嬉しかった。
 みんなが・・・『俺』の仲間たちが、そういう人たちで。
 そんな安堵をしている間も、意識は希薄になっていく。
 そんなとき。

「バカはお兄様ですわ・・・!」
「殺してくれ、なんて・・・勝手なこと・・・言わないでくださいッ!!」
「みんなで約束したじゃないですか! ・・・生きて帰るって!」

 声が聞こえた。
 ナップ、ベルフラウ、アリーゼ、ウィル。
 兄と慕ってくれた彼らが、に向けて声を荒げていた。
 その声色には怒気すら孕み、涙の溜まった目は真っ直ぐ彼へと向かっている。
 彼らのまなざしを、言葉を受けて、は目を見開いた。

 『最後に、1つだけ』

 レックスの声がリフレインする。
 出発前に彼が言っていた言葉だ。

 『みんなで、生きて帰ってこよう』

 そんな一言だ。
 今から危険な場所に向かうのだから、実際約束はできない一言だったが、その場にいた全員、帰ってこれると信じていた。
 だからこそ、みんなで一緒にうなずいた。
 ・・・情けない話だが、今の今まで、忘れていた。

「みんなで・・・っ、一緒に! 帰るんだッ!!」

 張り上げられたナップの声が、身体全体に響き渡るようだった。

 ・・・そうだった。
 約束した。みんなで帰ると。
 意識はすでに希薄。少しでも気を抜けば、あっという間に飲み込まれる。

「っ!!」

 歯を立てた。
 自分で痛いと感じるほどに。

 ・・・その痛みがあるうちは、“俺”でいられるから。

 唇の端から、一筋の赤い滴が伝い落ちる。

 ・・・俺は、まだ死ねない。

 自分を抱きしめるように腕を回して、指先に力を込める。

 ・・・約束を、守るんだ。

 爪が食い込み、皮膚が切れる。
 それでもなお、力は緩まない。

 ―― よく抵抗に耐えているが、限界が近いのだろう? ・・・早く、楽になってしまえ。


 そんな声が頭に響く。
 の意識を刈り取ろうと、もたらされる快楽に流されまいと、つけた傷の痛みを認識する。
 この痛みを手放せば、今までのすべてが無駄に終わってしまうかもしれない。
 だから・・・

「アあアAァァぁァァaぁ・・・ッッッ!!!」

 これは、俺の身体だ。他の誰のものでもない。
 どんな力があろうが、外から干渉をかけられようが、それだけは変わらない事実。
 ファンタジーだろうがなんだろうが、他人に自分の身体を簡単に与えてしまうほど・・・

「俺の身体から・・・」

 この身体は安くない――!

「・・・出て行けェェェェェッッ!!!」

 声を荒げると同時に。

「あ・・・」

 の身体から、赤くて黒い何かが・・・出て行ったように見えた。


 ●


 中腰で、荒くなった呼吸を整える。
 口元の血すら流れる汗に取られて消え、地面を濡らす。

 違和感・・・否、身体を動かそうとしていた意思が完全に消えた。
 脳内に語りかけてくる声も消えた。
 動かすことにまだ違和感を覚えるが、自分の意思で動かせることを確認する。

・・・?」

 ゆっくりとの元へ近づいたのはユエルだった。
 うつむいたを上目遣いで覗き込むように身体を傾げる。
 大きな目で彼の顔を凝視。
 多少のおびえすら見え隠れしているのがなんだか愉快で。

「心配かけて、すまなかった」

 苦しげに、でも嬉しそうに笑みを浮かべ、彼女の青い髪を撫でた。

「・・・っ!!」

 ユエルの表情に笑みが浮かび、地面を蹴ってに飛びつく。
 その勢いに耐え切るほど彼の体力は戻っておらず、そのまま地面へとひっくり返っていた。

 彼女の声を・・・彼女を撫でる彼を見て、その仲間たちは一斉に笑みを作って。
 そのほぼ全員が、の元へ駆け、飛びついたのだった。


 ●


 ・・・みんなに、こっぴどく叱られた。

 内容は総じて言えば、

『自身の命を粗末にするな』

 というものだった。
 そう言われてしまうのも仕方ないのだが、みんなして一度にジト目やら怒り目やら同じ事をバラバラに言ったりしなくてもいいと思う。
 解放されるのに小一時間かかったことは内緒だ。
 ・・・誰にかは知らないけど。

 ともあれ、解放されてからずっと、よくもまぁ保っていたというものだ。
 この遺跡。
 先刻から小規模な地震が頻発している中で説教をやめない仲間たちの胆力に内心で乾杯を送って、終わったとほぼ同時に総崩れを始める。
 天井も、壁も、床もは土がむき出しになっているため、崩れる速度は速い。

「急いで脱出するんだ!!」

 そんなレックスの声にしたがって、出口が崩れる前に脱出せんと駆け出すが。

「アティ、レックス?」
「イスラ・・・」

 3人の抜剣者は、その場から動く気配を見せなかった。
 仲間たちを先導するだけ。
 蒼、緑、朱の剣をそれぞれ携えたまま、色素の抜けた髪と皮膚で、唯一色づいためを穏やかに細めた。

「俺たちは・・・後から行くよ」

 ディエルゴはいなくなった。
 そのために離れてしまった共界線をつなぎとめなければならないのだ。
 離れてしまった共界線を放っておけば、何が起こるかわからないから。

「止めないぜ」
「ただし、ちゃんと無事に帰ってくること。それが条件だかんね」

 カイルとソノラが笑って、そう告げた。
 3人に言い聞かせるように、ソノラに至っては人差し指を立てて、まるで教師・・・普段のアティのように振舞ってみせる。
 そんな彼女に苦笑しながらも、アティを含めた3人は仲間たちに背を向けた。

「さ、行ってください」
「俺たちは、あとから必ず追いかけるから」
「生きて帰るって、約束だからね」

 首だけを向けて、アティ、レックス、イスラが薄く笑った。
 大丈夫だ。信じてくれ。
 そんな言葉が、その笑みから伝わってくるようで。
 どこか安心できた。きっと彼らなら、この島を平和にしてくれる、と。

 だからこそ仲間たちは彼らを信じて、一目散に出口へと向かった。
 振り返ることなく。


 ●


「ねえ」

 道中、ソノラはに声をかけていた。
 走る速度を遅めることなく、むしろ速度を上げている。
 先頭を走るカイルに追いつき、横に並んでいた。
 は首だけを彼女に向けて、返事をする。
 ソノラは言うべきかを迷った末に、

「あのね、・・・瞳が、微妙に赤くなってる」

 その事実を告げた。

「・・・は?」

 もちろん、最初はその意味を掴み取れなかった。
 記憶にある自分の瞳は黒・・・典型的日本人の瞳の色だ。
 それを、彼女は『赤い』という。
 自分で見てみるまで信じる気にはならなかったのだが、周りの仲間たちにも聞いてみれば、皆が皆首を縦に振ったから、信じる気になれた。
 黒い髪に黒い瞳。親から譲り受けた、結構好きな色だったのだが・・・

「まぁ、別にいいや」

 仕方ない、と割り切るしかなかった。


 ●


 場所は変わって、崩れて見る影もない核識の間。
 蒼色、緑色、朱色の勇者たちはその手に剣を携えて、互いの顔を見合わせていた。
 薄く笑みを浮かべて、正面にそびえる遺跡を見上げる。

「さて、やろうか」
「ええ」

 緑色が音頭を取り、蒼色はそれにうなずいたのだが。

「僕は、何かあったときのサポートに回るよ・・・ここは、君たち2人がやるべきだ」

 朱色はそんな一言を口にして、一歩後ろへと後退した。
 今はなき真紅の剣を振るって、暴虐の限りを尽くしたから。
 きっと、自分にはこの場に立つ資格がないのだと。
 そう考えていたから。

「・・・なにを言っているんですか?」
「え?」

 しかし、蒼色と緑色はゆっくりと首を横に振った。

「君は俺たちの仲間で、同じ適格者なんだから・・・」
「あ・・・」

 表情に驚きが満ちた。
 炎のような朱色の柄を握り締め、力を込める。
 小さくうつむいて、

「ありがとう」

 朱色は2人と同じ場所に立った。







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