「あれが・・・ディエルゴか・・・」

 台座の中心にたたずむ異形の姿。
 それは、ただ見ているだけでもその力の大きさを感じることができた。
 今までになく危険な存在。今まであったぶつかり合いの中でも特に強大な存在。
 固定されていて動けないようだが、攻撃するにも遠すぎる。
 表面は堅い皮膚に覆われて、きっと攻撃したところで無意味に危険になるだけだろう。
 だから。

「ところで、あれ・・・どうやって攻撃するんだ?」

 とりあえず尋ねてみた。
 もちろん、目の前の異形を指差して。
 召喚術を放つには、周りの球体状の敵が邪魔をして攻撃のしようがないわけで。

「・・・とにかく、戦いの中で見つけていくしかないわね」

 杖を構え、アルディラは言う。
 相手は神みたいな存在なのだ。ヘタしたら弱点なんかないかもしれないが。

「歯痒い・・・なっ!!」

 球体を蹴り飛ばす。
 ちょっと大きなサッカーボールのようで、蹴りやすかった、なんて理由もなくはなかったわけだが。
 攻撃は単調で、ただひたすら体当たりをしてくるのみ。
 軌道を先読みして躱すことは、造作もなかった。
 他の球体を巻き込み、ボールのように弾むそれを追いかけて床を蹴り、一閃。
 蹴ったボールが真っ二つになり、消えていった。

「うわっ、また出てきたあっ!?」

 倒したそばから現れる、球体。

「亡霊たち同様、キリないなこりゃ・・・」

 攻撃方法はやはり体当たり。
 埒が明かない今の状況に、は小さく舌打ったのだった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第77話  意識





 ―― ヌゥアアァァァ・・・!!


 ディエルゴが突然、うめき声を上げだした。
 同時に背を合わせ戦っていたユエルが毛を逆立て、うなり声を上げた。

、なにかこわいものがくるよ!」

 そんな声に、は周囲を見渡した。
 ・・・なにかがある気配はない。しかし、彼女が言うのだからあながち間違いとも思えない。
 刀を立てて球体の攻撃を受け止めて、せめぎあう。
 そのときだった。

・・・上っ!!」

 球体を弾き飛ばして、聞こえた声にしたがって顔を上へ向ける。

「げっ!?」

 頭上から、巨大な何かが降ってきていた。
 重力に任せて落下してくるそれは、まるで巨大な分銅のような形をしている。
 眉間にしわを寄せて、マズいとばかりに歯噛む。
 すでに、躱す時間がない。
 巨大分銅は、目の前まで迫っていたのだから。

「ちっ・・・」

 舌打ちと共に、鈍い音。
 はその場から動くこともできず、押しつぶされる。
 しかし、魔力で構成されていたからか、重苦しい質量はない。
 押しつぶされたのはもちろんのことなのだが、持ち上げられないほどではなくて。

「ぐぎぎ・・・っ!?」

 歯軋りしながら、頭上からかかる衝撃に表情をゆがめた。
 ・・・骨が軋んで、みしりみしりと音を出す。
 腕から肩へ、そこから全身へと痛みが走り抜ける。
 正直、抵抗もできずに押しつぶされるとばかり思っていた。
 人間というのは、自身の生命の危機に関わるとそれこそ、その人の秘めたる力を発揮できるものだ。
 ・・・火事場のバカ力そのもの、なのだが。

「ぎが・・・ぁぁぁっ!!!」

 分銅を横に押しのけて、ようやく自身にかかっていた負荷から解放された。
 床にヒビを入れながら落ちてきたそれは、重苦しい音を立てる。
 大きく息を荒げ、軋む身体で取り落としていた刀を拾い上げた。
 ギシギシと身体中が悲鳴を上げる。
 痛い。痛すぎる。
 自然と表情が苦痛の色に染まっていく。

 ダメージは主に腕と足。
 痛みこそあれ、動けないほどではなさそうだと自己完結し、痛みを和らげるために大きく息を吐き出した。

「兄ちゃん!!」

 ナップの声に、顔を上げる。

「大丈夫だ、問題ない!!」

 声を張り上げた。
 しかし、ダメージの大きい身体はやはり機敏には動けない。
 彼を囲むように、球体が円を作っていた。
 すでに彼の目の前まで近づき、

「くっ・・・」

 は目を見開いた。
 彼が見ていたのは、敵である球体群のその奥。

「ソノラ!!」
! しっかり避けなさいよぉっ!!」

 ソノラが両手に銃を構えて、今にもその引き金を引こうとしていた。
 顔色がみるみるうちに青に染まる。

「いいいっ・・・!?」

 普通、銃弾を避けるのは無理だと思うよ――。

 とりあえず、今のには避けるというよりも、伏せることしかできなかった。
 ソノラはニヤリと表情に笑みを浮かべて。

「いっくよ――っ!!」

 躊躇なく引き金を引いた。
 弾丸が底がつくと、彼女はマガジンだけを取り替えて、さらに撃ちまくった。
 とにかく撃ちまくった。
 このときのために、あらかじめ用意しておいたのだろう。
 飛び交う銃弾はの頭上を掠め、刀に当たり、敵に命中する。
 乱射をやめたころにはを囲んでいた敵は殲滅されたのだが、正直、助かったようには思えなかった。
 ある意味、九死に一生だと考えてもいいかもしれない。

「助かったでしょ!?」
「ああ、助かった・・けどな、もう少しソフトに助けて欲しかったよ」
「助けてあげたのに、文句言うわけ!?」
「ありがとうございました」

 いろんな意味で、怖すぎた。



 ここから、の戦い方が変わってきていた。
 身体に負荷をかけないように、受け止めるのではなく受け流す方向へ。
 なるべく最小限の動きで攻撃を躱し、斬り伏せる。
 武器を最大限に活用する戦い方に変わっていた。
 しかし、つらいものはつらいわけで。

くん、治療しますよ」
「ぜひお願いします」

 召喚術の恩恵に、思いっきり縋りついていたりする。


 ソノラは少しばかりイラついていた。
 解明されない敵の弱点と、うようよとまとわりついてくる球体が、

「あーもう、うっざいよちきしょー!!」

 じれったい!!

 再び、ソノラは銃を構えた。
 もはや弾が尽きてしまうまで撃ち続けるつもりでいるのかもしれない、と思えるほどに、表情に鬼気迫っている。
 ・・・っていうか、絶対そうするに決まってる。

「当たりそうになったら避けてね!」

 いや・・・無理ですから!

 球体を斬り伏せたは、再び銃口を仲間にすら向けつつあることを確認し、思わずその場にしゃがみこむ。
 無論、それを好機とみて球体は襲いかかってくる。
 しかしそれを止めたのは、鬼気迫った表情のソノラだった。
 戦いの中で培った技術が見せた、脅威のクイックドロウ。
 じれったいからという理由で放たれた銃弾は、見事にほとんどの敵を殲滅しつつあった。
 そして、その流れ弾が。

「ひぃっ!?」

 ―― グゥウアァァアっ!?

 台座の左右に位置する緑と橙の柱のようなものに命中した瞬間、ディエルゴのうめき声が聞こえて。

「おい、ソノラ!あぶねえじゃねえか!!」

 銃の音に気づいてあわててしゃがみこんだカイルが彼女に向かって怒鳴り散らし、当のソノラは。

「だって、じれったかったんだも〜ん!」

 などと言って身体をくねらせていたのだが、結局彼女は色々と物事を進展させていたりする。
 少しばかり仲間が危険に晒されたものの、ディエルゴを打倒する活路を開いていたのだ。
 もちろん、必死になって探していたアルディラもそれは同じで。

「もしかして・・・カイル、そこの緑の柱!!」
「よっしゃあ・・・っ!!」

 アルディラの指示を受けて、カイルは1人台座に飛び乗る。
 2段目に飛び乗ると、さらにその奥。
 ターゲットは地面よりいきり立った緑の柱。
 その影から突如出現し、突貫してくる球体をがっしと受け止めて。

「オラァッ!!!」

 一思いに投げ飛ばした。
 大リーガー顔負けの剛球が柱へと襲い掛かり、見事命中。
 球体は消え去り、激突した緑はまるでゼリーのようにぶるりと震えて。

 ―― グアアァァァっ!?

 ディエルゴのうめき声が、全員の耳に届いた。
 しめたとばかりに笑みを見せたのは、指示を出したアルディラで。

「やっぱり・・・! あの柱。緑とオレンジの柱が、ディエルゴにダメージを与えるわ!!」

 台座の奥を指差して、全員に聞こえるように声を張り上げた。
 弱点さえわかれば、あとはひたすら叩くのみ。
 レックスとアティがそれぞれ緑と橙に別れ、さらにそれぞれにイスラとカイルが向かっていく。
 もちろん、それを許すほどディエルゴも甘くはない。
 さらに遠距離からの魔力攻撃のできる球体を追加し、迎撃を図る。

 それぞれの目標に向かう仲間を援護するのが、ソノラやベルフラウ、マルルゥといった遠距離から攻撃できるメンバーが援護射撃。
 先制攻撃の後に、攻撃に向かったイスラとカイルが止めを刺していく。
 台座上に到達し、レックス、アティに続いて斬撃を加えていく。

 何度攻撃しただろうか。
 次第に床が光り、

 ―― ガアアァァァァァッッ!!!

 ディエルゴの咆哮が響き渡った。
 膨れ上がる魔力、次第に感じる恐怖感。
 誰もが背筋を走り抜ける怖気を感じ取り、台座から離れる。
 そして。

「早く、台座から離れろ!!!」

 真ん中も真ん中にいる4人へ向けて、叫ばずにはいられなかった。
 しかし、声は届いても行動が伴わない。
 ・・・否、間に合わない。

「うぐああぁぁぁぁ・・・!!!!」

 耳を貫くような、大きな音。
 光輝く台座から、膨れ上がった魔力が大爆発を起こし、衝撃波が噴出していた。

「あれは・・・魔力が噴出しているんですよ!! それもとてつもなく大きな・・・」
「あ、アニキーッ!?」
「レックス、アティ!!」
「イスラああぁぁぁ!!」

 4人は回避が間に合わず、白い焔に包まれた。
 巨大な魔力の塊だ。全身に受ければ瀕死になることはまず間違いないだろう。
 彼らを心配する声が上がる。

 噴出が収まるまでに、さほど時間はかからなかった。
 すでに抜剣済みだった3人は、膝をつきながら呼吸を荒げていた。
 要するに無事だ。
 しかし。

「あ、アニキは・・・?」

 台座の周囲を見渡す。
 カイルは。

「あ、あぶねえ・・・」

 台座の影にでしりもちをついて、滝のような冷や汗を流していた。
 それに一番安心したのは、もちろんソノラで。
 銃を持つ手を下ろして、心から安堵の息を吐き出した。
 
「とりあえず、3人の回復を!」
「こっちは私がやりますから、ヤードさんはイスラをお願いします!」

 アティとヤードは、それぞれサモナイト石に魔力を注ぎ、回復の召喚術を行使した。
 あまりの威力の高さに、抜剣者でも瀕死に近い状況だったのだ。
 回復できたからこそよかったものの、万が一回りに敵がまだ敵が存在していたらと思うと、ぞっとする。
 サプレスの天使が具現し、アティ、レックスを、そしてイスラの傷を癒す。

「みんな、そこを離れて!!」

 腕を振り杖を掲げ、手の平に黒いサモナイト石を乗せて。
 石は極限まで輝き、

「・・・おいで!!」

 召喚術が発動した。
 凛々しい声と同時に、虚空より巨大な召喚獣が具現する。
 全身を機械に包まれた、高速で空を舞うその召喚獣は、背に装備された巨大な砲塔をディエルゴへと向けると、躊躇なく光線を吐き出した。
 いくつもの球体を貫き、巻き込み、消していく。
 黒煙の舞う中を、煙を纏いながらもは駆けた。
 刀を鞘へ、さらに柄を握る手に力を込める。

「っ!!」

 抜刀。
 薄いもやのかかった刀が、複数の敵を斬り飛ばした。
 二つに分断されながらも宙を舞い、同時に光を纏って消えていく。
 それによって、色を失っていた柱にそれぞれ光が点る。
 色が付いていなければ、いくら攻撃したところで無意味だったのだ。
 だからこそ、アティもレックスもイスラもカイルも、渾身の力を出せるよう努めていた。
 そして、レックス、アティ、イスラが剣を振り上げ、カイルが拳を硬く握る。

「ハアァァァッ!!」
「らあぁアッ!!!」
「だあぁっ!!」
「おおおおっ!!!」

 裂ぱくの気合と共に、同時四撃。
 渾身の力を込めた最高の一撃が、ディエルゴを見舞ったのだった。





 ―― グオオォ・・・ッ!? グルルッ、ぐ、グオヲオオオオおおォォぉォ・・・ッ!?!?

 火花を出しながら、ディエルゴが声を張り上げた。
 同時に、地面が大きく揺れ、天井から塵が降ってくる。
 苦痛にしか取れないうめき声。
 台座がその周囲をなぞるようにヒビが入り、ゆっくりと沈んでいた。

「核識の座が、崩壊して沈んでいく・・・」

 元々高いところに浮かんでいたからだろうか。
 対する自分たちが立っている足場も、ゆっくりと落下している。
 まるで四方がロープか何かで結ばれているように。
 充分に低くなったところで、いっせいに飛び降りることで事なきを得た。
 激しい震動で台座は瓦礫となって崩れて、その中心に位置していたディエルゴの強固な身体が崩れ落ちていく。

「・・・勝てたの、か?」
「そうだよっ!? あたしたち、あいつに勝ったんだよっ!?」
「やったああぁぁっ!!」
「ユエルたちの勝ちだぁーッ♪」

 そう、彼らは勝利したのだ。
 島を操っていた存在を。
 守り抜いたのだ。皆の平和を、生活を・・・そして、笑顔を。
 そして、レックスとアティは、内に秘めた願いを、自らの力をもって叶えたのだ。

「郷の者たちもこれでもう、安心して元の暮らしへと戻ることができる・・・」
「そうですね、ミスミさま。本当によかったですよ・・・」

 台座が崩壊する。
 地面に落ちた台座だったものがさらに割れて、もはやどんなものにも使うことのできないただの岩へ変化していく。

「さあ、早くここから・・・」

 ―― ぐ、は・・・ッ! グ、はははは・・・ッ、ぐハハハハハハッ!

 出ましょう、と続けようとしたアティの一言が、ディエルゴの笑い声でさえぎられる。
 まるで、自分の勝利が見えているかのような、余裕めいた笑い声だ。

「なにが、おかしいのよ!?」

 ―― くくくっ、もう勝った気でいるのか・・・?

 そんなディエルゴの声に、カイルが目を丸め声を荒げた。
 すでに力をなくしつつあるヤツが何を言う。
 そんな心境だったのだ。
 だからこそ、ディエルゴの笑い声が余計に気になるのだ。

 ―― たとえ、この身が砕けようとも! 我が意識は消えることはない! ・・・まだ、我は負けてはいないのだ!!

 揺れが鎮まり、崩壊も止まった。
 ディエルゴの一言が気になったものの、戦いの節目に一同は安堵していたわけで。
 もちろん、も。
 愛刀を鞘に収めて・・・

 ―― 身体を・・・いただこうか・・・核識となりうる者よ!!

 身体に感じた違和感に、表情を歪めた。
 自分の身体が自分の意思から離れていく。身体そのものが、外部から侵食されていくようで。
 感覚的には、自身が出した命令を受け付けなる、というものに近い。
 思わず、うめき声があがる。

「ぐ、ぐぅぅ・・・」
「おい、。どうしたんだよ?」

 ヤッファの声。
 それに答えることもできずに、自分の身体に腕を回した。
 ディエルゴの声が、頭に響く。
 体温が、沸騰せんといわんばかりに、燃え盛る炎のように上昇しているのが感じ取れた。
 身体の支配が自分から離れて身動きが取れなくなると、次は意識が朦朧とし始めている。

「ぐうあぁぁぅぁ・・・!!」
『しっかりしてください!』

 声が聞こえるが、誰のものだかもう・・・わからない。
 ・・・意識が、消える。

「うアああぁァァァ・・・・!!!!!」
っ!?!?」

 ただ理解できたのは、自分がいなくなるかもしれないという恐怖感だけだった。


 ●


 から発される赤い光。
 それは、ディエルゴのそれとよく似ていた。
 右手に携えた深緑の大剣が発される魔力に呼応し、振るえる。
 なにか大変なことが起ころうとしているころは、間違いではないだろう。

「レックス・・・」
「うん・・・これは・・・」

 アティとレックスが互いにうなずきあう。
 表情には軽い焦りが浮かび、冷や汗が滝のように流れ出す。

「ははははは・・・ハーッハッハッハッハ!!!」

 うずくまっていたが、声を上げて笑っていた。
 今までに聞いたこともない、彼の高笑い。
 その声には、どこか彼のものとは違う声が聞こえた。

『「このニンゲンの身体・・・たしかにいただいた!!」』

 ディエルゴだ。
 大きく開かれた目は黒ではなく、まるで血のような真紅に染まっていた。
 は、仲間たちに刃をに向けて、今までに見たことのないような深い笑みを浮かべている。
 そこに、本来の彼の意思はない。

『「君たちは・・・仲間に刃を向けることが、できるかな?」』

 ――ディエルゴは、浮かべた笑みをそのままに瓦礫の並ぶ大地を蹴りだしたのだった。







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