「急ぐぞ、ユエル!!」
「うんっ!!」

 わき道すらない一本道をただひたすら走りつづける。
 前方に見える小さな光を目指して。
 亡霊たちとの戦いで体力の大半を消費しているものの、走るその足は止まらない。
 身体のいたる部分から血がにじみ、痛みが走る。

 しかし、それでも止まるわけにはいかないのだ。
 大事な大事な約束があるから・・・信じてくれた仲間たちの思いに応えるために。

 満身創痍の身体で、何ができるかわからない。
 それでも、はただひたすら続く回廊を走りぬけたのだった。


 ●


「もう、やめるんだ!」

 地面から這い出てくる亡霊たちを倒し、レックスは叫ぶ。
 イスラによってかき消された亡霊たち。それでも、彼の・・・ディエルゴの猛攻は止まらなかった。
 湧き出てきていた大半はイスラの力で一掃されたというのに、だ。
 しかし、新たに現れるそれは、目に見えてその数を減らしていた。

 ・・・なぜ、ここまでするんだろう。
 そんな疑問が湧き上がる。
 この島は今まで、長い間、平和を維持してきた。
 そんなこの場所を、どうして。

「どうしてこの島を支配しようとするんだ!! みんなで支えあって作り上げてきた平和を、どうして壊そうとするんだ!?」

 レックスは抑え切れず、声を張り上げていた。
 亡霊の1人に斬撃を浴びせ、倒れていく様を見ながら。
 きっかけは、彼らの・・・正確にはアティがかつて持っていた剣――碧の賢帝によるものだったかもしれない。
 剣を巡っての争いが、この島で幾度となく繰り返されてきたからかもしれない。
 彼を筆頭とする仲間たちは皆、その平和を守るために戦ってきた。
 それだけなのだ。
 その答えが。

 ―― 信じられないからだ・・・

 今までの自分たちを否定しているかのようなその答えが返ってきたのは、亡霊たちが全滅してからのことだった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第75話  一歩





 頭の中に響くその声に、一同は顔をしかめる。

 あまりに悲痛な声だったからだ。
 痛み、悲しみ、嘆き、怒り、苦しみ。
 それらすべてが混じり合ってぐちゃぐちゃになったような、そんな声だったから。

 ―― 季節の巡りをいくつ重ねたところで、お前たちは、なにも変わらぬ・・・

 そう。
 彼はずっと、自分たちを見続けていたのだ。
 島の中だけではなく、この世界のすべてを。
 そこに住まう人間たちの行いを。

 ――生きるために必要な限度を超えて壊し、汚し、奪いとっていく。
 ―― それが当然のことだと勝手に思いこんで我が物顔で、世界を食い荒らしていく。

 そして、聞いていたのだ。

 ―― 物言わぬものたちがその行為によって、どれだけの苦しみを味わってきたことか・・・

 彼らの行動によって蝕まれていく、世界そのものの嘆きの声を。

 ―― 奪う側に立つ貴様らは今まで、考えたこともなかろうが!?

 ディエルゴの言っていることは、すべて的を射ていた。
 人間は神ではない。
 ・・・万能ではないから。彼の言う『物言わぬものたち』という存在と、コミュニケーションを交わす手段を持っていないのだから。

「そんなの、わかるもんか・・・」
「私たちには、草や木の気持ちを理解することはできませんもの!」

 そんな一言を放つナップやベルフラウの気持ちは、この場にいる誰もが考えていたことだった。
 言葉という意思の伝達手段を、彼らは持っていないのだから。

 しかし、それはただの言い訳に過ぎなかった。
 こうなることをわかっていて、人間たちは色々なものを奪っていったのだから。

 ―― 聞こえぬ叫びならば、それを無視しても・・・踏みにじってもいいというのか!?

 だからこそ、ディエルゴの声は怒気を孕んでいた。
 そう言っているわけじゃない、自分たちにはどうすることもできないんだ。
 ウィルとアリーゼが必死にそんな反論をするも、

 ―― 愚かなお前たちの行為を止めない限り、この世界は腐りきって滅びるだろう・・・
 ―― だから、手遅れになる前に、止めなくてはならないのだッ!!


 ディエルゴは頑なにそれを否定していた。
 それだけ、多くの『声』を聞いてきたのだろう。
 それこそ途方もない数を・・・この世界に住まう人間のすべてをゆうに超えるほどの膨大な数の『声』を。
 嘆きの数が多いほど、意思の力はより肥大する。
 『ディエルゴ』は、その結果だ。

「でも」

 ――!

 そんな主張に反論したのは、イスラだった。
 朱色に輝く剣を携えたまま、同色に染まった瞳が核識の間の天井へと向かい、その表情は険しい。

 ・・・ディエルゴは、ある意味で『かつての自分』と同じなのだ。
 差し伸べてくれた手を払い、話をしようと歩み寄ってくる相手を突き放し、聞く耳すら持たなかった、あの時の自分と。
 だからこそ、言えることがある。

「人間には、言葉がある! ・・・わかり合えるんだ! 世界中の人たちと話し、聞き、協力すればきっと・・・!!」

 今の自分が、そうであるように。

「世界はいい方向に向かっていくはずなんだ・・・僕が、そうであるように」
「イスラ・・」

 アズリアが彼の名を呼ぶ。
 今の彼の本音が聞けたからか、笑みを浮かべてしまっていた。
 ついこの間までの彼を一番知っていたからこそ、今の彼から発された言葉を嬉しく思う。

 召喚呪詛に蝕まれ、死ぬしかないとずっと思っていた頃。
 ただ1人の家族のためにあらゆる手段を用いて、嫌われようとした。
 後戻りもできず、先へ進むのは茨の道。
 苦しい、つらい。
 すべてを乗り越えて、ゴールが目の前まで来たところで・・・彼を殺しうる存在はそれを拒んだ。
 話をしようと、歩み寄ってくれた。
 だから今、彼はここにいる。

「世界を救うために支配する・・・そんなやり方は、間違ってる!!」
「そうね、イスラ」

 イスラに同意したスカーレルも収めていたナイフを抜いた。
 言って止まらないなら、力づくで止めるしかないから。
 その切っ先を台座に向けて、

「アナタのやろうとしていることは、『救い』という名の『独裁』よ・・・?」

 そう告げた。
 人々を支配し、動物植物をもその管理下におく。
 それは、世界全体を支配する・・・いわゆる『神』という存在だ。
 彼らには、ディエルゴが『神』たりうるとは思えないし・・・思わない。
 この世界には、れっきとした界の意思エルゴがいるのだから。

 ―― それでも、全てが無に還ってしまうよりマシなはずだ・・・

 ひとつの意志のもとに秩序がもたらされれば誰かが傷つくことも悲しむこともない。
 彼の言うことは、正論だった。
 そして、

 ―― それは、お前たちが望んだ世界ではないのか? アティ。そして・・・レックスよ


 自分たちのリーダーたる、2人の男女の願った世界そのものだった。



 ●


「はあ・・・はぁ・・・」

 もユエルも、必死だった。
 かなりの時間、走ったような感覚がありながら、目の前にある光にたどり着く気配がまったくないのだ。

「ね、ねぇ・・・なんだかずいぶん長くない?」

 だからこそ、ユエルがそう感じてしまうのも無理はなくて。

「たしかに、ずいぶんと遠い気がするよな・・・」

 示し合わせたでもなくその場に立ち止まり、壁に背を預けて座り込んだ。
 荒くなった呼吸を整えながら、は奥で輝く光を見る。

 ・・・みんなも同じ道を通ったはずなんだ。
 それなのになぜ、その道がこんなにも長い?

 戦っていた亡霊たちを倒し尽くしたのは、仲間たちが先に進んでからせいぜい15分程度のことだ。
 その間に彼らは核識の間へたどり着いたということになるのだが、自分たちは全速力じゃないにしても、もうかれこれ20分以上は走っていると思うわけだけど。

「・・・とりあえず、少し休憩しようか。傷の止血とか」

 考えていても仕方ない、と割り切ることにした。
 未だに痛みの強い左上腕を血の滲んだシャツの上から、押さえつける。
 走り抜けた痛みに顔を歪ませ、指の間から血が吹き出る。
 押さえつけたことで、出血が強まったのだろう。
 マズったな、などと思いながらも、床に滴り落ちる自身の血液に小さく舌打った。


 ●


「違う」
「それは、違うよ」

 ――!?

 2人は、ゆっくりと首を振った。
 支配の中ではあるものの、争いのない世界。
 誰かが傷つくことなく、悲しむこともない。
 しかし、彼らの中にある願いには1つ、存在しない要素があった。

「そんな世界じゃきっと、みんな笑えないよ」

 レックスは言った。
 皆が笑顔でいられる世界。
 それが、彼らの望んだ世界だった。

「たしかに、そうすれば争う理由は消え去って誰一人、傷つかなくてすむかもしれません。だけど、それじゃあ私たちが、違う存在として生まれた意味はどうなるの!?」

 傷つかず、悲しまず。
 争いが消えるなら、それはいいことだ。しかし、そうなれば1人1人が別々である必要はないということになる。
 性格があり、個性があり、感情がある。
 それが人間だ。
 人間だからこそ、争いが起こるのだ。

「それぞれ違う考え方があるから、誰もが持っているお互いのいいところも悪いところも、わかりあおうって努力するし、変わろうって頑張れるんだ! だから・・・」

 みんなが幸せであるために。
 みんなが今を生き抜くために。
 みんなが、いつでも笑い合って生きていくために。

「俺たちは笑顔になれるんだ!!」
「私たちは笑顔になれるんです!!」

 2人は声を張り上げた。
 些細なことであるはずなのに、それを実現するのは難しい。
 でも、それをやり遂げようとしているのだ。この2人は。
 世界中というわけじゃない。ただこの小さな島の中でのことかもしれない。
 それだけでも、凄いことなのだ。

 ―― そう言い続けながらお前たちは、どれだけ無駄な時を費やしてきたというのだ?
 ―― 悔い改めることもなく過ちと争いを繰り返すばかりではないか!?


「無駄じゃない!」

 叫んだのはアズリアだった。
 剣を巡っての戦い、弟の裏切りと部下たちの死。
 そして、弟の願い。

「今まで経験してきたすべては、無駄じゃない・・・無駄にしたくない・・・っ! 無駄にして・・・たまるか!!!

 世界には幸せだけじゃない、苦しみや悲しみも溢れている。
 だからこそ、人間はそれを乗り越えて生きていく。
 そして。

「重ねてきた苦しみや悲しみから・・・私たちは新しい一歩を踏み出すことができるんです!」

 ――信じられるか・・・そのような・・・

「信じなきゃ、信じようとしなきゃ・・・僕たちは先へ進めないんだ!!」

 信じることをせず、ただ道具として扱っていたから。
 信じるということを教えてもらったから。
 だから、戦いの舞台となったこの島を、笑顔で溢れた夢のような場所にする。
 それこそ、今までに自分のしてきたことへの贖罪になればと彼は切に願う。
 今の自分にできることは、そのくらいだと思うから。

 ――寄る辺なきものを信じ、それによって世界が滅びても構わないというのか・・・

「滅びやしないさ・・・絶対に滅ぼさせたりしない!!」

 レックスの叫んだ声が核識の間にこだまし、消えた。
 その瞬間、キルスレスの時とは違う、赤い光が部屋を包み込んだ。


 ――やはり、お前たちもまた思い上がった者でしかなかったということなのか・・・


 声が響くと同時に、大きく地面が揺れた。


 ●


「うわあっ!?」

 急に、地面が大きく揺れてバランスを崩す。
 なんとか、地面とのご対面を防ぐと、かなり大きくなった光をにらみつけた。
 キルスレスのそれとは違う、深い、血のような赤色の光。
 ようやく止まった血の跡をそのままに、傷だらけの肌に感じる

「あ、!! もう少し! あそこだよ、きっと!!」
「よっし、行くぞ!!」

 よろけて倒れかける身体を突っぱねて、その光に向けて、今できる全速力で駆け抜けた。







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