出口がふさがれ、亡霊たちの軍勢の中に残ってから十数分。
 状況だけなら、かなりつらくなっていた。
 連戦がたたって、もはや気力だけで戦っている状態だし、生傷ももはや数え切れないほど。
 満身創痍、と称しても過言ではないように、もユエルも共にボロボロになっていた。
 しかしその分、敵の数が減りだしている。

 ・・・仲間たちが最後の戦いを始めたのだ。
 ディエルゴもそちらにばかり気が行ってしまい、2人の方がおろそかになりだしているのだろう、なんて、勝手に推測してみたりする。

「ユエル・・・大丈夫か・・・?」
「イタイ、クルシイ、ツカレタ・・・早く終わらないかなぁ」

 正直しんどい。
 早く終わらないかな、なんて思うのも仕方ないほど、ユエルは舌を出しつつしんどそうに呼吸を荒げている。
 無論、それはだって同じことだ。
 それでも、自分は彼と対等だからと、本音を口にしたわけだ。

「そうだなぁ・・・しんどいよな、確かに」

 身体中が軋み、痛みに悲鳴を上げている。
 それでも、亡霊たちは彼らが休むことを許すことはなく、武器を掲げて襲い掛かってくる。
 ・・・止まるわけには、いかない。

 約束した。必ず追いつくと。
 自分を信じてくれた仲間たちのその思いに、報いるためにも。
 ここで、膝をつくわけには・・・いかないのだ。

「もう少しふんばろう。もうすぐ、みんながディエルゴを倒してくれるはずだから」

 彼らが自分を信じてくれているように、俺も彼らを信じぬく。
 それが、今を精一杯生きている彼らに対する最大の礼儀だと思うから。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第74話  奇跡





 アティは焦っている。
 核識の間まで走り抜けているこの回廊もほぼ全速力だったし、たどり着いてからもしきりに周囲を見渡していたのだから。
 誰が見ても、そう考えてしまうだろう。

「アティ、少し落ち着くのじゃ」
「ミスミさま・・・」

 そんな彼女に注意を促したのは、ミスミだった。
 動きづらそうな衣装でここまで走り抜いてきたこともそうだが、アティを貫くその視線が激情を秘めていて。
 アティは瞠目せざるをえなかった。

が心配なのは、わらわとて同じじゃ。だからこそ、ここで焦ってしまっては元も子もなくなってしまう」
「・・・っ」

 咎めている、というわけではないのだ。
 どちらかと言えば・・・そう。

「少しばかり、わらわは怒っておる」

 彼女は、怒っているのだ。
 表情には見せていないものの、その様子を窺い知るのはそれはもう簡単で。

「自己犠牲など、ただ阿呆でしかないのだ。誰も喜ぶことはない」

 対象はもちろん、あの場所に残った彼で。

「すべてが終わった後、きつーい仕置きをせねば気がすまぬ」
「ひ・・・」

 仕置き、という言葉に震え上がったのは、彼女の息子であるスバルだった。
 冷や汗を滝のように流し、カタカタと震えはじめる。
 そんな光景に、

「・・・なぁ、スバル。お前の母ちゃんて、実はすごーく怖くないか?」
「そっ、そそそのようなことはアリマセンヨ?」

 必死に取り繕おうとしているのが丸わかりだった。
 もちろん、尋ねたナップは彼の様子に、

「き、聞いちゃマズかったかな・・・」

 苦笑したのだった。





「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 かなり、数が減ってきた。
 矢を番えた亡霊を貫き、周囲から飛び掛ってくる亡霊たちをさらになぎ払う。
 できる限り腕力にものを言わせて、横一線に回転斬り。
 その場に崩れ落ちていく亡霊を見下ろして、スペースができたことを確認しつつ大きく息を吐き出した。
 刀の切っ先を床に突き立てて、寄りかかるようにうつむいて。

 だって人間なのだ。
 名もなき世界から召喚されてきた、というだけで、生活自体はこの世界の一般人とほとんど変わりはない。
 ・・・だからだろう。人並み以上に体力があることがじつはひそかな自慢だったのだが、ここに来てその体力が限界に達したのだ。
 疲れない人間がいれば、それは人間じゃなくてただの機械。
 ・・・彼は人間なのだ。

 あごから垂れる汗を手で拭い、今までを振り返ってみる。
 つい先日、初めての実戦を経験したはずなのに、今、敵の大群を前に・・・なんとか生き長らえている。
 強くなる。
 あの時――彼の母親が彼の前からいなくなったときから、そう在ろうと決めた。
 だから、今のこの状況・・・願ってもないはずだった。

「皮肉、だよなぁ・・・」

 強くなれたことが嬉しくもあり、どこか複雑だった。
 自分の力でなく、ただ運の巡りだけでここまで来てしまったことに。

「オオオォォォォッ!!」
「・・・っ!!」

 の目の前に躍り出て、剣を振りかざす亡霊の身体を分かつ。
 相手が『人』じゃないからこんなことができるなんて、正直嫌で仕方ない。
 でも、そこを割り切ってしまうのが人間というものなのだ。
 自分とは違うから、斬れる。斬れてしまう。
 そんな考えに行き着いたことを嫌悪し、大きく首を振り乱した。

 ・・・もっと、前向きに考えよう。

 そうしなければきっと、この世界では生きていけないと思うから。

、ボケっとしてないで手伝ってーっ!!」
「悪い、今行く!!」

 倒すべき敵は、残り少ない。





「ここが・・・核識の間か・・・」
「そうみたいですね・・・」

 長い長い回廊を抜けて、目の前に広がり異彩を放つその空間を眺めて、レックスの声にアティは答えた。

「なんか、近づきがたい雰囲気が漂いまくりなカンジかも・・・」

 そんなことをつぶやいたソノラは自分で自分の肩を抱き、ブルリと身体を震わせた。
 全身から拒否したくなるような異様な粘ついた空気と、召喚師ならば肌で感じることができるほどの強く禍々しい魔力。
 自分たちの相手がどれほど強大な存在なのかを、改めて実感できるだろう。

「のんきに見とれてる場合じゃねえぜ!」

 ヤッファの言うとおり、呆けている暇はない。
 今もまだ、仲間が必死になって戦っているのだから。

「中央にある台座がこの遺跡の中枢部よ。それさえ封印できれば復活は止められるわ」
『さあ、急いで!』

 アルディラとファリエルに促され、レックスとアティ、そしてイスラの3人が進み出た。
 目の前には遺跡のすべてを管理している巨大な機械が鎮座している。
 これさえ封印すれば、すべてが終わるのだ。


 ――封印など・・・・ッ!


 しかし、それが許されることはなかった。
 床が揺れ、怒声が響き渡る。
 発しているのではなく、脳に直接叩きつけているように。
 ・・・ディエルゴの声だ。


 ――させるものかあああああアアアアアァァァあぁぁぁぁッ!!!!


 次の瞬間、その機械を守るように亡霊たちが湧き出ていた。
 数はそれほど多くなく、自分たちの頭数を少し上回る程度・・・・・・それだけならば、苦もなく退けられるはずだった。

『グルルオオォォッ!!』

 もはや、声にならない声で猛り、咆哮を上げた。
 ・・・今までのそれとは比にならない。誰もが、心のそこから『怖い』と感じるほどの雄叫びが、一同に襲い掛かっていた。

「こ、こわいですよう・・・」
「ま、マルルゥ! そんなこと言うなよ!」
「ヤンチャさんは・・・怖くないです?」
「・・・っ」

 怖くないわけがなかった。
 でも、退くわけにはいかないのだ。

「みんな、気を確かに持ってください!」

 だから、アティは声を張り上げた。
 みんなが、自分たちの帰りを待っているから。そのためにも、立ち止まっている場合ではない。
 それに。


「オオオヲヲヲ・・・ッ、ウオオオォォォッ!!」
「泣いてる・・・あんなにもつらそうに苦しんで・・・」

 黒い身体でかすかに見て取れる目から、亡霊たちは涙を流していた。
 転生の輪から溢れて、この地にとどまる以外に道のなかった亡霊たちが。

 ――そうさせたのは・・・お前たちだ。

「・・・え?」

 声が聞こえた。
 静かでありながらも、憤りの見え隠れしているような、そんな声が。

 ――くだらない欲望に突き動かされて、争い、傷つけあった結果が・・・あの者たちだ。

 欲望のままに戦い、傷つけあった結果。
 今までの自分たちの所業が、彼らを生み出したのだと声は言った。

「つまり、泣いているのは・・・俺たちの、せい・・・?」
「・・・いや」

 レックスの呟きを否定したのは、イスラだった。

「彼らをあんなにしてしまったのは、きっと僕だ・・・僕が紅の暴君を使って、彼らを『使った』からだ」

 自分が死ぬためだけに、剣の力を解放した結果。
 それが今のこの状況だと、彼は言う。

「だから、彼らのことは僕が・・・責任を取らなきゃいけない」

 頭上へ手をかざす。

「それが僕に与えられた・・・贖罪だと思うから」

 赤い光が、彼を包み込む。
 手の平で輪郭が出来上がり、剣の形を作っていく。

「死ぬことを、恐れなかった僕だから・・・・・・でも!」

 全身の色素が消えていく。
 黒だった瞳が赤に染まっていく。

「今は、そうじゃない・・・!!」

 紅が、炎の如き朱へと変化していく。

「イスラ!!」

 大好きな姉の声が、イスラの耳に届く。
 大切な人が、僕の名前を呼んでいる。

「僕は・・・生きると決めた! 今までのすべてを背負って、最後まで生き抜くと決めた! だから・・・」

 ――我らの苦しみを・・・っ!

 イスラとディエルゴの声が重なる。
 しっかと地に足をつけた亡霊たちが、ゆっくりとイスラへと近づいていく。
 間合いに入るまで、あと数歩。
 剣を振り上げ、握る手に力を込めて、彼らはまっすぐイスラの元へと向かっていく。
 アティとレックスが剣を喚び出そうと手を掲げる。
 しかし、

「やめてくれっ!!」
「「っ!?」」

 イスラによって、止められていた。
 軽く振り返り、告げる。大丈夫だから、と。
 きっとすべてがうまくいくから、と。

「イスラ・・・」

 心配そうに自分を見つめる姉を視界に納めて、薄く笑う。

 心配してくれる人がいる。
 それがこんなに嬉しいことだったなんて、今まで気がつきもしなかった。
 そうされることを、自分自身が拒否していたから。
 何もできない、迷惑ばかりかけるだけの自分がいたから。
 そんな自分が、誰よりも大嫌いだったから。

「姉さん、心配しないで」

 ――嘆きを、怒りを・・・っ!!

 ・・・僕は今、本当にこの世界で生きたいって・・・思っているんだよ?

「だから・・・っ!」

 レックスとアティが願う、夢の世界で・・・姉さんと一緒に、ね?

「僕は逃げない! 何もかも放って、目の前のすべてから、目を背けたりもしない!!」

 ――思い知れえええエエエエぇぇェェェッ!!

 朱に変わったその赤は、確かな質量を彼の手に伝える。
 そして感じる、炎のように熱い力。

「グルアアァアァアアァッ!!」

 亡霊たちが、咆哮を上げてイスラに襲い掛かる。
 彼はそれを見つめながら、剣の柄を握り締めた。

「受け入れるんだ・・・すべてを!!」

 声と同時に輝く、朱の閃光。
 全員の視界を多い尽くした極光は次第にその姿を炎へと変えて、亡霊たちをかき消していく。
 今、彼の命が・・・燃え尽きることのない炎となって、すべてを包み込んでいた。





「ねえ! 亡霊たちが出なくなったよ!!」
「よしッ、もう少しだっ!!」

 急に、残っていた亡霊たちがその動きを止めていた。
 もちろん、それを見逃すほど馬鹿ではないし、むしろこの時を心待ちにしていたりもするわけで。
 1体1体、確実に仕留めて・・・ようやく。

「だっは〜・・・!!」
「つ、疲れたよぉ・・・」

 すべての亡霊たちを撃破したのだった。
 消えていく最後の亡霊を見下ろして、頬を伝う血液を拭い、そのせいで頬が赤く汚れてしまったのを気にすることなく。

「こんなことしかできなくて・・・ゴメンな」

 ゆっくりと、まぶたを閉じたのだった。

 ・・・

「で、問題はこれか」
「どうするの?これ・・・」
「むー・・・」

 瓦礫の前で、2人して首を傾ける。
 押してみる・・・ダメ。
 引いてみる・・・取っ手ないし。
 ・・・当たり前と言えば当たり前だが。
 そこで思いついたのが、

「壊してみるか」

 瓦礫を破壊することだった。
 たった一振りの刀と斬り裂くことを本懐とする鋼鉄製の爪では、とてもじゃないが破壊なんて不可能だ。
 できるとするならば、それは。

「居合い、かな」

 召喚術は使えない。
 今のにできるのは、『斬る』ことだけだから。
 よし、とうなずくと、鞘に納まった刀の柄に手をかけた。

「・・・無理だと思うよぉ?」
「やってみなきゃ、わからないだろ?」

 何事もチャレンジすることが大事なのだ
 ・・・と、そういうことにしておいた。
 強い存在感を発している大きな瓦礫を前に、は腰を落とし、細く長く息を吐き出す。

 ・・・大事なのはイメージだ。
 己の斬撃が、見事に瓦礫を両断する光景を思い浮かべる。
 身体の中を巡るなにかを、右手に集中させるイメージ。

「・・・ふっ!!」

 気合一発、鞘走らせた刀を振りぬく。
 微風が舞い、小さな塵が舞い上がる。
 しかし。

「・・・やっぱり無理か」

 瓦礫に変化はなかった。
 手ごたえはあったような気がしなくもなかったのだが、できなかったものは仕方ない。
 結局、この場所で仲間を待つ以外に、選択肢はないらしい。

「約束は、守れそうにないな・・・」
「ね、ねえ・・・?」

 残念残念、と手を横に開いて、苦笑して見せたのだが。
 どこかユエルの表情がおかしい。
 驚きに目を丸めている、というところだろうか。
 を見ず、それどころか彼の背後を凝視して動かない。

「どうした?」

 そう、尋ねたときだった。


 ずっ・・・


 何かがこすれあうような音。
 地鳴りのようなその音は、の背後から。


 ずずずっ・・・


 音がどんどん大きくなっていく。
 同時に、何かが崩れ落ちるような音すら耳に入ってくる。
 ・・・聞こえ間違いではなさそうだ。
 弾かれるように振り向くと同時に。


 ずしぃん・・・!!!


 強い存在感を誇っていた瓦礫が切れ目を擦りながら斜めにずれ、床に落下したのだ。
 砂煙が舞い上がり、2人は思わず視界を覆う。
 密室だったこともあり晴れるまでに時間がかかったが、その奥から漏れ出す強い光に、思わず目を見開いた。
 数瞬の間その場で固まり、目の前の光景に目をしぱたかせ、さらに擦ってみる。
 ・・・夢じゃなさそうだ。


「・・・行くか」
「うん」


 そんな奇跡の所業を踏み越えて、2人は核識の間へと歩を進めたのだった。

 ・・・交わした約束を、果たすために。







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