「封印が不十分だったようです。すいませんでした・・・」

 船に帰ってきてすぐに、このアティの発言があった。
 現在のこの場所は、島の中でも唯一安全な場所とも言えた。
 ラトリクスも、風雷の郷も、ユクレス村も、狭間の領域も。島全体が黒く染まったかのように、亡霊たちが咆哮を上げて徘徊していた。
 すべての集落の住人をまとめて船に押し込んでいる状況で、子供たちは恐怖におびえて縮こまっている。
 ・・・早く彼らを笑顔にしてやりたいと、は心から思う。

「レックスもいっしょだったんでしょ? なんで不十分になっちゃうワケ?」
「それが・・・現識の間まで着いたまではよかったんだけど・・・」

 スカーレルの問いに、レックスは苦笑してみせた。
 隣のアティも同様のようで。
 聞けば。

 封印の仕方がわからないまま先行してしまったため、自分が思いついたことをとりあえずやってみた。

 とのことだった。
 思いついたこと、というのが、それぞれの剣に魔力を集中させて、直接叩きつけただけとのこと。

 それを聞いた護人たちの反応は。

「それでよかったんだよ」
「「え?」」
「再封印の方法よ」

 と、特に問題視することもなく、あっけらかんに答えを述べたのだった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第71話  方法





 多少強引ではあったものの、封印の方法として問題はなかった。
 「まあ、強引ではあったみたいだけど」と付け加えてアルディラは笑みを見せる。
 あの状況では、魔力を集中して共界線(クリプス)に直接魔力を叩き込むしか方法がなかったとのことで、もし失敗していたら。

『あの遺跡は、島全体を操れるんです。つまり、島の中にいるどんなものでも・・・』

 自我のあるなしに関わらず、共界線を通じて操れる。
 つまり、島の外に出ない限り島の意思の餌食となるわけだ。
 そんなことを聞いたからこそ、2人には本気で感謝せざるを得ない。

 遺跡が完全に作動すれば、世界の在り方を根底から変えてしまう。
 それを操れる核識という存在はそれほど大きな力を有しているのだと。
 アルディラがそこまで説明をして、大きくため息をついた。

「今までに唯一核識になれた人物が、ハイネルさんなんだね?」

 護人たちは全員ほぼ同時にうなずいた。
 無色の派閥に属していた召喚師にして、ここにいるファリエルの兄。
 自ら島を操り、徐々に精神を壊しながらも、この島を守り抜いた。

「そして、精神支配を逃れることができても、今度は島そのものが襲い掛かってくる」
「島・・・そのもの?」

 キュウマはちらりとユエルを見て、うなずく。

「そうです。動物、植物・・・それどころか、地形そのものが、悪意ある存在に変わるんです」
「島そのものが変幻自在の武器であり、鉄壁の要塞だってことかよ?」
「そう。だからこそ、無色は実験を成功させるのに必死だったのよ」

 実験とは、共界線を支配することでエルゴに成り代わろうという計画。
 しかし、実験そのものは、1人の青年の造反によって失敗に終わっている。
 その青年が、島唯一の核識だったハイネルで。
 ヤッファやアルディラのマスターであり、キュウマの主君だった人間だった。

 そして核識とは、文字どおり、その核となる意識をさし、共界線から流れこんでくる情報休みなしにしっかり理解しながら対応していく。
 島に住まう生き物たち喜怒哀楽。憎悪に悲鳴。物言わぬ木々や地面の叫びまで。
 それこそ島そのものの声が、自分にぶつかってくるのだ。
 ・・・精神が崩壊してしまうのも、無理はないのではないかと思う。
 しかし、それがこなせるだけの強い精神力と魔力を兼ね備えた人物・・・それが核識という存在だった。


 島に来て間もない時にハイネルは

 『君も、僕と同じ核識としての素質を持ってる』

 といっていた。それを考えると、も強い精神力と魔力があるということになる。
 しかし、魔力そのものはほぼ皆無に近いとロギアは言っていた。
 精神力はさておき、魔力がない時点で核識としての資格がないはずだった。
 それこそが最大の疑問で。

「?」

 は1人で首をかしげていた。

「味方だったあの時は頼もしいと思いました。でも・・・今は、違います」
「ああ。だが・・・」

 キュウマとヤッファは、互いにうなずきあう。
 共有する過去の中でも、特に悲惨な場面を思い出して。

「俺たちはこの目で見てるんだよ。ヤツの心が、次第に壊れていく様をな」
「「「「!?」」」」

 ナップ・ベルフラウ・ウィル・アリーゼの4人がそろって表情を変えた。

「島の意識と一体化したことで、あの方は島で起きていたことをすべて知覚していたのです」
「すべて、とは?」

 その言葉に、キュウマは口をにごらせた。
 説明がしづらいのだ。
 すべてというからには、すべて、と答えるしかないのだから。
 人間から始まり、召喚獣や動物たち。そして、物言わぬ木々や大地まで。
 ・・・島そのものの声を、ハイネルは知覚せざるを得なかったのだ。

「核識となって戦うってことは、その全てに耐えていくってことだったんだよ」

 ヤッファもその一言を吐き捨てるように口に出した。

「そんなこと、いくらなんでもできっこ・・・」

 そう。ソノラの言うとおり、できっこなかったのだ。
 その身は一介の人間に過ぎず、さまざまな気持ちに自我すら押しつぶされ、それでもただ『守る』ために戦った彼は。
 結局。

「封印の剣に倒される直前に、あの方の心は砕けてしまったのですよ」
「戦いの狂気に染められて、な」

 耐え切ることができず、感情が消えた。
 やることはただ1つ。無色の派閥の人間たちを、島から追い出すことだけだったのだ。
 感情が消え、字がそのものが消滅し、物言わぬ機械となってその身は朽ち果てた。

「つまり、さっき遺跡で言っていた”ディエルゴ”ってのが・・・」
「そうだ。壊されちまったあいつの精神を核にした、怨念の集合体。今の遺跡に宿った意志の正体なんだろうよ」

 アルディラとファリエルは、ただただその死に様を想像するしかなかったのだ。
 ハイネルの最期を見ることができなかったから。2人の言葉から、どれだけ苦しんで逝ったのかを。

「ディエルゴの『ディ』は、王国時代の言葉で『否定』や『対立』の意味を持ってるのさ。『界の意志(エルゴ)ではない』もしくは『界の意志の敵対者』ってことだな」
「『狂った島の意志』と考えるのが、一番理解しやすいですね。きっと・・・」
「とんでもねえ話だな、そりゃあ・・・」

 ”王国時代”。
 その単語の意味が、にはわからなかった。
 ただわかることは、それがずっと昔であることと、ディエルゴという敵の強大さだ。
 島を操り、自分たちというウイルスを排除する存在。
 そんな存在をどう倒すのか。それを聞くことにした。

「で、それを倒す方法はあるのか?」
「方法は、ただひとつよ」

 アルディラは告げた。
 簡単に言えば、今回のように現識の間で間接的に封印するのではなく、核識の間まで乗り込んで直接封印する。
 剣の魔力を叩き込む。
 それは以前、ハイネルを止めるために無色の派閥の人間がとった行動と同じだった。

 釈然としないのもわかる。
 本当は嫌であることもわかる。
 でも、これ以外にディエルゴを止める方法は存在しない。
 他に方法など存在せず、一番効果的な方法なのだ。

「好き嫌いなんていってられねえ、か」

 はき捨てるように、ヤッファはそんな一言をつぶやいた。

 そして、以前やっていた方法ならば、それを警戒しないほどディエルゴも馬鹿ではない。
 そんなヤードの言葉にアルディラとヤッファはうなずいていた。
 封印されないためにも、目下亡霊たちを多く配置し、侵入者を排除せんと動くだろう。
 まさに無謀ともいえる提案だったのだが、それ以外に方法もなくて。

「それ以外に方法もなく、そこにも簡単にたどり着けるワケはねえってことか・・・」

 カイルが大きく息を吐いた。

「でも・・・」

 数瞬の沈黙の後、アティが口を開く。

「それがこの島を守るための最後の望みなんですよね・・・だったら、やります! やっちゃいましょう!」

 それが、自分たちにできる最善だから。
 すべてに決着がつく唯一の方法だから。
 そして、悪意に閉ざされた島を解放し、自分たちの願いを叶える最後の手段だったのだから。

 その言葉に、レックスはうなずいた。
 思いは、姉であるアティと同じなのだから。迷う必要などないのだと。

 アティとレックスは、自分たちを見つめる仲間たちににっこりと微笑んだ。

「私は守りたいもの。みんなと出会って楽しい日々を過ごしてきた、この場所を」

 ここは、平和でなくてはいけない。
 故郷へ還れなくなった召喚獣たちの拠り所なのだから。

「わずかでも望みがあるっていうのなら、絶対あきらめたくないの」

 人間である自分たちも、一緒にいて楽しかったこの場所だからこそ、守らねばならない。

「・・・もっと、これからもたくさんの思い出を作っていきたいから」

 それが、アティの純粋な願いだった。
 居心地のいいこの場所を、なくすわけにはいかない。
 狂気に染まったこの島を、見たくない。
 それに。

「俺は、ハイネルさんのことも救ってあげたい」
「レックス、おまえ・・・」

 救われた。
 背負った重さに悩み、苦しんだ時も。
 適格者として、アティの人格が書き換えられようとした時も。
 彼は――ハイネルは、いつも自分たちの名前を呼びかけてくれていた。
 その言葉に、幾度となく助けられてきた。
 ・・・だから。

「今度は俺たちが、ハイネルさんを救ってあげる番なんだと思う」

 それに彼は、自分を止めてくれと言っていた。
 もしかしたら、彼を止めるために俺は、今も剣を振るっているのかもしれないと。
 レックスはそう告げた。

 ・・・そう。

 彼の意思はまだ、ここに在るのだ。

「俺も、実はハイネルと話をしたことがある」
「本当なの!?」

 アルディラの声に、はうなずいた。
 島にきたばかりのころに一度。
 自分が適格者としての資格を持っているということを教えてくれた。

「ほら、もああ言ってることですし。ハイネルさんの意識は、まだ完全には消えていません。方法さえ見つかれば、きっと助けられますよ!」
「どっちにしても、この状況を打開しなくちゃいけないし、俺もあきらめたくないから」

 その言葉に、もはや反論するものはいなかった。

「ったく・・・しょうがねえヤツだな。ホント、お前らはよ?」
「僕たちだって、みんな先生と同じ気持ちなんですよ?」
「そうだよっ!!」
「私たちは、先生の意見に賛成ですわ」
「私たちは、仲間・・・ですから・・・」

 ウィルの言葉に、アール・オニビ・テコ・キユピーの4匹も声を上げる。

「ユエルも、ユエルも!」
「そうだな。ユエルも、俺も同じだよ」

 わしわしとユエルの頭をなで、は笑みを浮かべた。

「そうと決まりゃあそれなりの準備もしてかねえとな?」
『早速、他のみなさんに知らせなくっちゃ!』
「集落のみんなにも事情を説明しておく必要があるわね」
「では、準備が整い次第出陣といきましょう!」

 全員の思いが今、1つとなった。

 そんなとき。

 扉が開く音が聞こえた。



「僕にも、手伝わせてくれないか・・・?」
「「!?」」



 全員の視線が、扉の前に集中する。
 そこには、今まで眠っていたはずのイスラが、立っていた。







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