「う、うガ・・・あ・・・」
「イスラあぁぁッ!?」

 おびただしい量の血液が、服を汚す。
 痛みのために胸をかきむしり、苦しみもだえる姿を、ただ見ていることしかできなかった。
 斬ることはできても、癒すことは自分にはできないから。
 彼が苦しむさまを視界に納めて、無事でありますようにと祈るだけ。
 何もできない自分に腹を立て、拳を握りこんだ。

「ど、どいてください!!」

 必死にイスラに声をかけるアズリアを半ば突き飛ばすように引き剥がし、ヤードは回復の召喚術の詠唱を始めた。
 具現したのはサプレスの天使。
 癒しの奇跡の行使によって、本来ならば瞬く間にキズが癒えていくはずなのだが。

「バカなっ!? 召喚術での治癒が追いつかないなんて・・・」

 傷口からは血があふれ出し、止まる気配すら見せない。
 それどころか、悪化しているようにさえ見える。

「どけ、ヤード!!」

 続いてカイルがストラによる自己治癒力の上昇を促してみるが、結果は散々だった。
 まったくもって効果は表れない。

「なんとかなんないの? ・・・ねえっ!?」

 声を震わせながら、ソノラが声を荒げた。
 この世界では絶対的な力である召喚術ですら、彼を癒しきることはできなかった。
 それは事実上、彼の死に行く様を止めることができないという結論に行き当たらせる。

「しっかりしろよ!? イスラあっ!!」

 なにか、方法はないかと必死で考える。
 しかしの持つ知識では何をする以前に、なんでこんなことになっているのかすらわからずじまい。

「っ!」

 まったくの無力だった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第69話  病魔





「ふははははは・・・」
「「!?」」

 突然の笑い声。
 その低い笑い声は、以前聞いたものと同じもの。
 その声は遺跡の入り口から響き、そこには。

「お前が、やったのか・・・オルドレイク!!」

 大きなケガで満足に動けないはずのオルドレイクがさぞ楽しげに笑っていた。
 包帯の巻かれた身体をマントで隠しているが、いまだキズが残っているのか顔色はあまりよくない。
 それでも、彼は笑っていた。

「無駄だ! 無駄だ! あがいたところでそいつの命は、もはや助かりはせんぞ!!」

 そして、足元には。

「お前・・・キルスレスを折ったのか!?」

 無残にも真っ二つに折れた真紅が微弱な光を発していた。
 刀身の中腹あたりに彼の足が置かれ、無数の破片となっている。
 ウィゼルならば直せたのだろうが、いくら頼んでもきっと首を縦には振らないだろう。

「・・・そうしなければ呪いを解いても無駄なことだったのでな」

 一度経験したことのあるアティは顔を歪めた。
 封印の剣は心の剣。それが折れたとき、心も折れる。
 剣を折ったことにより、彼を守る力がなくなるので呪いを解除することができた。

 と、いったところだろう。

「低脳なはぐれ共にもわかるように説明してやろう・・・その小僧は、もともと偉大なる派閥の先師にやって、呪いを受けていたのだ」
「病魔の呪いか!?」

 レックスの声に、オルドレイクはあごに手を当ててほう、と感心したような声を上げた。
 「知っておるのなら、理解するのもたやすかろう?」と、オルドレイクは再び笑む。
 病魔の呪いにかかった者は、どうあがいても死ぬことはできない。それは、今やこの場にいる全員が知る事実だった。
 そして、剣を手にするまでの彼がその呪いに苦しんでいなかったのは、彼の妻であるツェリーヌの働きが大きいものだったのだ。
 その後、剣を手に入れて、彼は無色の派閥を裏切った。今まで忠誠を誓うことで治療を受けていたものを、紅の暴君の力で抑え込んだ。
 つまり、紅の暴君が折れることで呪いを解くことができると同時に、今まで抑え込んできた積み重なる苦痛が、一気に彼に襲い掛かったのだ。

 表情を緩め、なんのつもりか俺たちに向けて彼は一礼。
 礼など言われる筋合いなどないのに、彼は言った。
 「貴様らには感謝せねばなるまい」と。

 彼の弱った身体は、皮肉なことに死ねない呪いによってその命をつなぎとめていた。
 それがとかれたということは。

「が、ガあっ、ああアアぁぁァァァッ!?」

 彼の命を保つ糸が切れてしまったことを示していた。
 かきむしった胸からも血があふれ、イスラのまわりはすでに血だまりのようになっている。
 彼がその命を終えるのも、もはや時間の問題だった。

「ねぇ、。イスラ・・・死んじゃうの?」
「・・・大丈夫だ、ユエル。絶対、死なせはしない」

 心配そうにイスラを見つめるユエルの目にはうっすらと涙が見えている。
 彼女が安心できるように頭を撫でた。
 しかし、彼を助ける方法など、何も知らないにはなにをしていいのかすらわからない。

「反動・・・なのでしょう。今までの・・・」
「どういうことだッ!?」
「ちょっと、ギャレオ。よしなさいって!!」

 そう言い切るヤードに、ギャレオは彼の胸倉をつかみ前後にゆする。
 ソノラの言葉で我に返って、手を離した。
 塵も積もれば山となる。そんなことわざがあるが、それが当てはまってしまうのがなんとも皮肉めいていると思う。

「病魔に蝕まれ続けたというイスラの身体が人並みに丈夫であるわけがない・・・にも関わらず、彼は剣の力へと身を任せて休む間もなく、肉体を酷使し続けてきた。剣がもたらす活力を失った今、彼の身体はその反動で崩壊しようとしているのです」
「そして・・・死ねない呪いが解かれたことで、ぎりぎりで保たれていた彼の命も失われていく・・・」

 もともと、彼はいつも死の一歩手前に立ち尽くしていたのだ。
 どんなに死にたい、早く楽になりたいと思っても、呪いという障害が彼の最後の一歩をどうしても阻んでいた。
 それがなくなった。すると今度は、彼を死に追いやろうと剣の力で抑え込んでいた苦痛が息を吹き返す。
 目の前の死へ向かって、彼は加速を始めたのだ。
 回復術も間に合わない。

「なんてことを・・・」
「オルドレイク、貴様・・・」

 もはや、彼の命のともし火が消えるのは時間の問題だった。

「改めて礼を言おうか。アティ、レックス。そして、といったか。貴様たちが紅の暴君をこちらへ飛ばしてくれたおかげで裏切り者を制裁できたのだからなあ」

 アティとレックスは、イスラから戦意を奪った。
 そして、戦う力――剣を手の届かないところまで飛ばしたのは、誰でもないだったから。
 正直、そんなことで礼を言われても嬉しくない。
 目の前で人が死のうとしているのに、「ありがとう」なんて言って笑ってなどいられない。
 むしろ、その一言が自分たちをあざ笑っているかのようで。

「ちっ・・・!」

 悪態をついて、身体をふるわせた。



「死ぬ、の・・・ッ!? ぼ、僕、ボクは・・・死、死ぬの・・・ッ?」
「死なせるものかっ!! 絶対に、助けてやる! 私が、絶対にお前を殺させやしないっ!!」

 血まみれになって泣きつづけるアズリアを見て、イスラは軽く笑って見せた。
 すでに強い痛みで身体の感覚が麻痺してしまっているのだろう。

「姉さん、泣かないで」

 涙を流す彼女の頬に手を当てて、その涙を拭う。

「姉さんがそんなに泣いていたら、僕まで悲しくなるよ」
「イスラ・・・ッ!!」

 伸ばされた手を強く握り締め、アズリアは声を荒げる。
 両手で強く強く握り、その手を頬へ当てて涙を流す。

「でも・・・僕は」

 痛みを気にすることなく上半身を起こし、ふらりと立ち上がる。
 立ち上がったイスラを見てアズリアは流れる涙をそのままに彼を見上げ、その名前をつぶやく。
 しかし、彼はもうアズリアを見ない。

「こんな結末・・・望んじゃ、あ・・・いない・・・ッ!」

だから、無理やりにでもたどってきた道を修正する・・・!

「お前ごときに・・・ッ、僕の命っ、好き勝手にされ・・・ッ、たまるがあアアぁぁッ!!」


 以前アティが碧の賢帝を取り戻した時のように、無理やり自らの手に紅の暴君を握って抜剣した。
 剣は復活していた。しかし、ところどころに点在する傷が消える気配はない。
 それを気にかけることなく、イスラはオルドレイクへ向かって剣を振りかぶり、駆け出した。

「イスラ、よせぇっ!!」

 レックスの声が響く。
 オルドレイクは、イスラの形相に臆することなく、笑みを浮かべて目を閉じた。

「誰かに力をめぐんでもらわねば生きてはいけぬ分際で、なにをほざくか・・・

 自らの剣を抜き放ち、オルドレイクは構えを取った。
 その表情にあせりはなく、最初から勝ちを見ている、余裕の笑みを宿している。
 剣同士が交わる。
 必死の形相のイスラと、余裕を見せているオルドレイク。
 勝敗は歴然だった。

「貴様の生きられる場所など、世界のどこにも存在せぬわッ!!!!」

 そんな怒号と共に、瞬く間にイスラを撃退、その場に切り伏せていた。
 固い床に叩きつけられ、身動きをとれなくなる。
 イスラの身体はそのまま、元の姿に戻っていった。

「オルド・・・ッ、レイ、クゥ・・・ッ」
「我らが望みし、新たな世界に、貴様のような弱者はいらぬ・・・。消え去れいッ!!」

 倒れ、弱っていてもオルドレイクをにらみつけている。
 動けないイスラを前に、オルドレイクは大きく剣を振りかぶった。

「させるかッ!!」

 レックスがフォルスティアスを携え、イスラをかばうように剣を受け止めた。
 オルドレイクの剣を弾き、そのまま彼を斬りつける。
 オルドレイクはかろうじて避けたものの、レックスの斬撃が掠ったらしく、マントと共に包帯が切れ、はらりと落ちていく。
 押さえを失って、痛みを訴える傷が咆哮をあげる。
 オルドレイクはその強烈な痛みに耐え切れず、肩膝をついた。

「言ったはずだ、オルドレイク。悲しみも、憎しみももう、これ以上は繰り返さないと!」
「ぐ、むぅ・・・っ」

 レックスは叫んだ。
 この島には、悲しみも憎しみももういらない。
 自分たちだけで、それはもう充分なのだから。

「れっくす・・・どうし、て・・・っ」
「決まってるじゃないか」

 レックスは剣を下ろし、イスラに向き直る。
 彼の・・・ひいては彼女の求めた結末には、『イスラが死ぬ』というものは存在しないから。
 大切な人たちが誰一人として悲しんだり、泣いたりする必要のない、誰もが笑顔でいられる世界を。
 そんな願いが、レックスの・・・そして、イスラへと歩み寄ったアティの行動の大半を占めているのだから。

「私たちが望む、優しい世界・・・そこには、貴方だって笑顔でいられる場所が、生きていける場所があるはずです!!」
「あ、あァ・・・っ」

 イスラににっこりと微笑みかけ、再びオルドレイクと向かい合った。
 深緑と蒼の剣先を掲げて。

「みんなが願い続けたささやかで幸せな夢をあくまで、邪魔するというのなら・・・この剣で、お前の野望を払いのけ、道を切り開いて見せる!」
「黙って聞いておればくだらぬ能書きをぺらぺらと・・・ならば、よかろう。貴様らのくだらぬ夢が絵空事でしかないということを・・・」

 オルドレイクはゆっくりと立ち上がり、サモナイト石を取り出した。
 魔力を注ぎ、石から眩いほどの光が発される。
 ・・・あっという間だった。発動するまで、もはや時間の問題で。

「くだらないだと・・・」

 笑みを浮かべるオルドレイクに向けて、そんな言葉を放ち、はいち早く駆け出していた。

 オルドレイクは彼を見て表情をゆがめたが、そのまま石に魔力を注ぎつづける。
 2人の間には距離がある。
 時間差で先手を取れると判断したのだろう。
 だから、は刀を鞘へと納め、腰をひねる。
 自身の走る速度より早くオルドレイクを止めるには、今の時点でこの方法しか思いつかないから。

「届け・・・ッ!」

 気を刃へと変えて、抜刀と共に飛ばした。
 運のいいことに、その刃は一直線にオルドレイクの手の上・・・サモナイト石へと向かっていく。

「来たれ・・・砂棺の・・・ッ!?」

 そして2文字分・・・先にたどり着いた。
 サモナイト石を取り落とし、注ぎ込んでいた魔力が霧散する。
 その光景を見て、オルドレイクは悔しげに歯を立てた。

「ちっ、はぐれ風情が・・・」
「たしかに、お前から見ればくだらない絵空事かもしれないけどな・・・その絵空事が・・・彼らの願いがあったから俺たちは頑張って来れたんだ。お前なんかに、それを否定されてたまるか・・・っ!?」

 それは、まったくの突然だった。
 ここは室内。閉鎖空間でありながら、強烈な風が吹き荒れている。
 ボロボロになった服をばたつかせ、なびく髪をそのままに、は叫ぶ声を止めた。


 ――ぐるるラアァァッ!!


 それは、低いうなり声だった。
 心の底から震え上がるような、恐怖感すら感じる声に、一同は戦慄する。

「な、なに・・・なに・・・?」


 ――うグルぅゥ・・・ッ


「島の意志の・・・っ、封印が、解ける!?」

 アティがそんな声を上げる。
 この声は。
 魂すらも大きく揺るがすその声が、この島に封じられた意思の・・・ハイネルの心を壊した島の意思の声なのだろうか。


 ――グルッ、ウグルラアアああァぁッ!!



「ああ・・・っ、僕の、僕のせい、だ・・・僕が、剣の声に従って好き放題に・・・っ、力、使ったから・・・」

 憎しみと怒りをこめて紅の暴君を振り回した結果。
 その黒い意思を島そのものが受け止めて、黒く染まった。
 その結果が、今の声だとするならば。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ッ!!」


 島の意思は、破壊衝動の塊へと変貌を遂げたのだ。







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