「私とイスラは、同じ輝きを持った魂の表と裏でしかないんだもの・・・」


 放たれたこの一言。
 それは、この場にいる者たちにとって耳を疑いたくなるような一言だった。
 言葉を放ったアティはまだしも、それを聞いたイスラでさえ表情をこわばらせていた。

「はは、あはは・・・っ、なにを言い出すかと思ったら・・・」

 イスラは力の入らない身体で、蔑むようにアティを見て、笑う。
 冗談じゃない、と。
 『犠牲者を出さず、皆が幸せな世界を』
 なんてお題目の上で戦っている、そんな偽善者と一緒にされて。

「不愉快だよ! なんで僕が、お前のような偽善者と一緒にされるんだよッ!!」

 そしてそれは、レックスも同様で。
 彼も元々は碧の賢帝の持ち主だったという事実が、その魂の輝きを同じくしているのだ。
 つまり、レックスから碧の賢帝を受け継いだアティも同じだということ。
 姿かたちは違うものの、心の底・・・精神の在り方が同じということだった。

 イスラはそう言い放つアティを見て、笑みを浮かべた。

「本音を隠すために笑いの仮面をかぶっているってことまでそっくり・・・」

 その笑みが、この一言で凍りつく。
 先ほどまで固まっていた生徒たちも、理解ができたようで表情を変えた。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第68話  現実





「貴方の目的が本当に遺跡の力だったのなら碧の賢帝が砕け散ったあの時、一気に目的を果たせたはずです。なのに、貴方はそれをしようとはしなかった。それどころか・・・」

 アティは一度言葉を止めて息を吸い、イスラを見つめた。
 それは、彼の不可解な行動によるものだった。
 彼が目的・・・つまり遺跡の力を手にするためだったのなら、子供のように叫ぶしかなかったあの時に、彼女を殺せばすむはずだったのだから。
 それなのに、彼は自ら無色の派閥すら裏切って孤立した。

「わざと私の前に姿をあらわして、正面から戦うことになるように仕向けてきた。それは、なぜなの?」

 正面から、島の全部を敵に回して、一体何がしたかったのか。
 ・・・知りたいのは、それだけだから。

 イスラは傷だらけの身体で、自嘲気味に笑みを浮かべた。

「そんなに知りたいなら教えてやるよ・・・僕の望みは・・・」

 その一言は、全員に驚愕を走らせた。
 あまりにも残酷な望みで、やろうと思えばできるはずの簡単なこと。
 進んでそれをやろうと思う人間は少ないだろう。
 しかし、彼だけには不可能な望みだった。


「僕が、この世界から消えてなくなってしまえばいいってことだけなんだよッ!」


 涙をこらえ、部屋中に響き渡る声で自らの望みを叫んだ。

「消えて・・・っ!?」

 そんなのつぶやきにイスラは目をこちらに向ける。
 生きていることが当たり前のこの世界で、何を思って自ら死を望むのか。
 それは、彼の肉体に宿る呪いが原因だった。

「そうだよ、。僕の望みは、好き放題に振る舞える力でも、人並みに暮らせる肉体でもない・・・ずっと、ずっと・・・ベッドの中にいた時から、願い続けてきたことは、ひとつだけ」

 僕が、死ぬことだけさ・・・

 イスラは顔を落とし、視線を地面に向けた。

 今まで、彼はとてもつらい人生を送ってきた。
 無色の派閥の連中にかけられた病魔の呪いによって、一日を満足に過ごすことすらできなくて。
 しかも、絶対に死ぬこともできず、成長もしない。
 『赤ん坊以下の存在』と、自分でたとえていた。
 正直、本当にそう思う。
 健康な赤ん坊ならば、今日も明日も、元気に暮らすことができるだろう。
 しかし、彼の身体はいつ、どこで、どうなるのかすらわからない。
 他人につらい思いや、迷惑をかけるだけの自分。1人ではなにもできない出来損ないの自分。

 そんな自分が嫌で、彼はなんども自殺を試みたと言う。
 しかし、それらはまったく無意味だった。
 致死量の血を流しても、大量の毒を飲んでも。

「マジかよ・・・」
「うええ・・・っ」

 想像しがたい。したくない。
 その一言に尽きた。
 は目元を手で覆った。
 その隣で、ユエルは苦しげな表情をして、声を上げていた。
 自身の手首を切った瞬間や、コップいっぱいの毒飲み込んでベッドでのた打ち回る光景を想像してしまったのかもしれない。

「病魔の呪いってのは生殺しが目的なんだよ。だから、死ぬこともできねえ・・・」
「生かさず、殺さず。ただ、苦しみだけを繰り返して・・・」
「そんなのって・・・ひどすぎだよ・・・」

 ヤッファとキュウマの説明に、ソノラは目から涙を流した。

「だから、僕は考えたよ。どうすれば、楽になることができるのか考えて、考え続けて。そんな僕の前へとあの男は、現れたんだ」

 薄闇の中から、にじみ出るように。
 それが、オルドレイクと彼の最初の出会いだった。

 無色の使徒として、帝国軍の機密を探るなら、自分の足で歩く自由を与えてやろう。

 彼からすれば、それは甘言だった。
 他人に迷惑をかけない自分。
 自分の足でこの世界を歩く自由。
 そのすべてが、手に入るから。
 人にとって当たり前のものを、やっと手に入れることができるから。

「でも、君に呪いをかけたのは、彼らの仕業だって・・・」
「知っていたさ! でも・・・」

 イスラはレックスのつぶやきに声を荒げ、涙を流した。

「そう言われて断れる人間が、本当にいると思うのか!? 実際に、あの苦しみを味わったことのないヤツには、わかるはずないんだッ!!」

 悲痛な叫び。
 レックスは彼に圧倒されてか、口をつぐんだ。

「行きたい所に、自分の足で行ける自由・・・食べたいものを食べて、死の発作におびえずぐっすりと眠ることができる自由・・・」

 人としての自由のすべてを手に入れられる。
 今までの苦しい日々から、解放される。
 そのすべてが。

「君たちにしてみれば当たり前であることが、僕にとっては、全部幸せだったんだ!」
「・・・・・・っ」

 は眉をひそめた。
 元の世界で、そういった人たちを見たことがあったから。
 事故や病気で身体が不自由になってしまった人。
 食べ物が喉を通らず、薬や点滴で生を保っている人。
 それは、テレビなどから間接的に見ていたものだったので、実際に見たりできるわけではなかった。
 想像を頼りに、それらを感じることしかできなかった。

「だけど・・・代わりに、失われてしまったものは大きかった・・・無色の手先となった僕は、姉さんたちをずっと、だまし続けていたんだからね」

 そして同時に、怖かった。
 父を、母を。そして、いつも自分を気遣ってくれた優しい姉に、その事実が知れてしまうことが。

「だから、僕はまた死ぬための方法を探そうを思ったんだ。そして・・・」
「封印の剣の力を利用しようとしたわけですね・・・」

 碧の賢帝と、紅の暴君。
 彼は、すさまじい力を持つ2本の魔剣に手を出した。
 すべては、自分が死ぬだけのために。

 剣を手に入れた彼は、嵐を起こした。
 そのときに巻き込まれた船にはちょうどレックスとアティ、生徒たちを乗せたまま沈没、この島へと流れ着いたということになるわけだ。

「でも、皮肉だったのは剣が意志をもっていて使い手の命を守ろうとするって事実さ」

 そんな一言を告げた彼は、再び笑い声を上げた。
 楽しげに、ではなく、苦しげに。そして、悲しげに。
 表情に笑みはない。
 ただ、声だけで笑っているだけだった。

「つまり、僕はますます死ねない身体になってしまったワケさ!」

 その目からは、涙が流れつづけていた。

「必死になって考えたよ。どうすれば、死ねるか。海を漂いながら、何日も・・・」
「それで、島に流れ着いて俺とレックスに助けられたのか・・・」
「そう。流れ着いたこの島で、君たちと出会ったことで、答えは見つかったんだ」
「え・・・」

 イスラはレックスとアティを見つめた。
 彼が見出した自身が死ぬための唯一の方法だった。

「剣と剣との戦いならば適格者の命を奪ってしまうことも、不可能じゃないって紅の暴君は言ったんだ。だから・・・」
「まさか・・・っ!?」

 顔を青ざめさせながら、叫ぶヤードにイスラはうなずいた。
 最初から、このためだけに。
 そのときの・・・自身が死ぬためだけに、敵となり、裏切って。
 自身にできるできる限りのことをしてきたのだ。

「そうだよッ! 僕は、最初から・・・君に殺してもらおうと思ってたんだッ! なのに・・・ッ、なんなんだよ・・・君とは、戦いたくないなんてさあ・・・」

 このために、ここまで来た。
 ゴールまで駆け抜けてきた。
 それなのに、彼女はそれを頑なに拒んで来た。

「戦ってくれなきゃあ! 殺してくれなきゃ! 僕は、死ねないじゃあないかよオォッ!」

 ぼろぼろと涙を流す。
 鉄づくりの床に、涙が流れ落ちていく。
 それだけ、彼はこの方法にかけていたのだ。

「裏切ったり、君たちのこと挑発したり、憎まれるようなことを口にしたのもみんな・・・僕を憎ませるためにやったんだ!」

 今までの行いのすべては、自分のためであり、そして。

「徹底的に嫌われれば姉さんも、僕が死んだって泣かなくてすむじゃないか!」
「な・・・っ!?」

 この場にいる唯一の肉親のためだった。
 アズリアの表情が変わる。
 確かに、嫌われてしまえば迷惑をかけることはない。
 彼はただ、大事な姉に悲しい思いをさせたくなかったのだ。

「なのに・・・っ、どうして、君たちは僕を殺してくれないんだよおオォォォッ!!」

 あふれる涙でぐしゃぐしゃになりながら、イスラは叫んだ。
 それこそ力の限り。

「イヤなんだよ・・・っ。僕のせいで、まわりのみんながつらい目にあうのは・・・っ 姉さんだって・・・僕さえ、まともなら・・・軍人になんて、きっと・・・」

 懇願するように叫ぶ。
 彼はただ、他人に迷惑をかけたくないだけ。
 1人の心優しい少年なだけなのだ。

「お願いします・・・っ、その剣で、僕を殺して。殺して、ください! お願いだから・・・みんな、僕が悪いんだ! 僕は・・・ぼくは・・・っ!!」
「・・・っ!?」

 その言葉を聞き、は目を見開いた。
 彼からすればそれは、ただ自棄になっているようにしか見えないのだ。
 それがケガであれ病気であれ、治療をすれば必ず治る。
 そんな価値観がこの世界で通用することはないのだろうが、それでも。
 歯を立てたまま、イスラへと歩み寄る。

「おい、・・・?」
・・・」

 ヤッファの声が聞こえる。
 となりにいたユエルも、声をかけてくる。
 それを聞くことなく、イスラの前へ歩み寄る。
 彼の口から叫ばれる一言を、一字一句間違いなく、わかっているかのように。
 握り締めた拳を振りかぶって。


「呪われた、いらない子供なんだよッ!!」


 顔に叩きつけた。
 独特の乾いた音が部屋に響き、イスラは背後へ吹き飛び、背中から地面へ叩きつけられる。

「それ以上言ったら、言わなくなるまで殴りつづけてやる・・・」

 低い声でそう告げた。
 上半身を起こしたイスラを見下ろし、自分にできる最高の怒り顔を見せる。
 彼の誓いと在り方が彼をここへ歩ませた。

「ぶ、ぶった・・・っ」
「すぐ、今すぐに・・・ッ! アズリアに謝れっ!!」

 レックスが叫ぶ。
 はその言葉をきっぱり無視。怒りをあらわにしてイスラをにらみつけた。

「俺に殴られた意味も・・・今の言葉の意味もわからないのか?」
「・・・っ」
「呪われた、いらない子供? 誰がそれをお前に言った!?」

 たしかに、そう考えている人もいるかもしれない。
 今もこの世界でそんな立場の人がいるかもしれない。
 でも。

「この世界に、生きてちゃいけない人間なんていないんだ!!」

 声の続く限り叫びつづけた。
 それが自分にできることで、自分自身がしたいと考えたことを。
 自分が思ったことを、ただ言葉にしているだけなのだ。

「自分の子供を・・・っ、弟を、うとましいって思うはず、ないんですよ・・・ッ」

 の隣に立ち、涙を流しながらアティは言葉を紡いだ。
 その隣にも、同じく涙を目尻にためたまま流してうつむくレックスの姿。
 数秒の沈黙の後、レックスは顔を上げた。

「望まれない生命なんか・・・消えていい生命なんか・・・この世に1つもないんだぞ!! 必要とされてなければ、君は、とっくの昔に家族から見放されてるはずなんだ!!」
「!?」
「アズリアを見ろ!あれが、君を見放した人間の顔に見えるか!?」

 レックスの指さす先には、涙を流して顔を手で覆ったアズリアの姿があった。
 うずくまるイスラにアティはゆっくり近づき、身をかがめた。

「ごめんね、イスラ。どんな理由であっても私たちは、貴方を殺してはあげられない・・・ひどいって思うのなら嫌っても憎んでもいい。でも・・・」

 涙を流しながらも、アティは笑顔を浮かべた。

「でもね・・・これだけは、ちゃんとわかってほしいの」

 どれだけ大切な人たちから嫌われようとしても。
 どれだけ酷い行いを重ねてきても。

「君がいなくなったら悲しむ人は、こうしてここにいるってことを・・・」

 どれだけ悪いことをしても、彼の家族はこうして涙を流しているのだ。
 アズリアの目からはとめどなく涙が流れている。
 彼がどんなことを考えて、今まで行動していたのかが手に取るようにわかったから。
 そしてそのすべてが、自分のためだったというのが真実だったから。

「ねえ、さん・・・っ、泣かないで・・・お願いだから・・・」

 イスラはゆっくりと立ち上がり、泣き崩れたアズリアのもとへ歩んでいく。
 アズリアの側で、同じように子供のように泣き出したイスラの肩に、アティが手を置いた。

「今度は、私たちも手伝うから・・・やり直そうよ、ね?」
「アティ・・・」
「君にかけられた呪いをとく方法、一緒に探そう?」
「レックス・・・」

 レックスとアティを交互に見つめて、流れる涙をそのままにイスラはうなずいた。



   バキンッ!!



「ごばアぁッ!?」
「「「!?」」」
「な・・・っ!?」

 何かが折れる音。
 それに連動しているかのようにイスラが突然、大量の血を吐き出した。

「ち・・・血・・・っ!? なん、で・・・??? ぐふっ!! ガっ!? ギ、あ・・・ッ・・・」

 身体中の傷という傷が開き、血が彼の服を汚す。
 過去にできた古傷も、今まで戦ってできた生傷も。
 そのすべてが開き、白を基調とした彼の服を赤く染め上げる。

「ぐぎぃアあアアアァァァァァぁぁッ!?!?」

 今までに感じたことのないほどの激痛。
 それに耐えるために、イスラは声をあげる。

「イスラああぁぁぁぁっ!!!」

 アズリアの叫び声が、戦場だった場所に響き渡ったのだった。







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