「どうして・・・っ、適格者がお前たちみたいな偽善者なんだよッ!?」

 イスラの悲痛な叫びが耳に届く。
 犠牲者を出さず、みんなが笑っていられるように。
 それだけを願って、今まで戦ってきた。

「イス、ラ・・・ッ」
「ムカツクんだよ・・・その偽善ぶった態度がッ!」

 袖先であふれる涙を拭う。
 しかし、なんど拭っても涙は留まるところを知らない。
 ただよかれと思って行動しているだけ。その行動が、イスラには苦痛で仕方なかった。

「お前たちが適格者じゃなかったら僕は・・・ボクは・・・ッ!!」

 ここまで自分を追い込むこともなく、臆すことなく事を進められたはずだった。
 たった1人の姉に苦しい思いをさせずに、自身の願いをまっとうできるはずだったのだ。

「こんな苦しみを味わうことはなかったのに・・・ッ!!」





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第67話  表裏





 涙でぐしゃぐしゃの顔をそのままに、剣を振り上げて亡霊たちに命令を下す。
 地面からは際限なく亡霊が現れ、仲間たちにその武器を振るっている。
 そんな中、アティの顔はなにか吹っ切れたように晴れやかだった。

「アティ、なにかあったのか?」
「あ・・・ええ。いいことかどうかは、さておいて」

 アティと背中合わせに刀を振るう。
 迫り来る亡霊たちを前にたずねてみれば。

「この戦いの活路が、見えました」

 そんな答えが返ってきた。
 戦いは、楽しくない。楽しいと思えるようになってしまったら人としてはダメだから。
 早く終われば、と強く思う。
 だから、彼女の発言は自分の思いをわかっているかのようで。

「よっしゃ、俄然やる気が出てきたっ!!」

 横に刀を薙ぎ、亡霊たちを吹き飛ばす。
 さらに居合い斬り。具現した気の刃を放ち、敵の数を減らす。
 一瞬、顔を見合わせて。

「・・・っ」

 互いに笑みを作った。

 ・・・

 行くぞぉっ!と意気込み亡霊たちの真ん中へと突貫する。
 刀に氣を集中させ、巻き起こる風と共に襲い掛かる亡霊たちを吹き飛ばした。
 具現するのは、全方位へ及ぶ風の刃。
 その中心で、戦いの終結を知ったが、笑みを浮かべていた。

「ウオオォォォ・・・ッ」
「ガウウウゥゥゥッ!!」

 四方八方から襲い掛かる亡霊たちを、ユエルは1体ずつ確実に倒していく。
 しかし、どれだけ戦ってもその総数は増していくばかりで、減る気配が一向にない。
 圧倒的な数の違いに歯噛み、一筋の汗が流れ落ちた。

「ねぇっ! 数が多すぎるよ!!」
「このままでは、数で押されて我々は負けてしまいます!」
「クソッ」

 ソノラが、ヤードが、カイルが。
 それぞれに悪態をもらしながら、それでいて必死に敵を倒していく。
 とはいえ、このままではいずれこちらに不利になる。
 召喚師は魔力がなくなればそこまでだし、前衛だって体力に限りがあるから。
 しかも敵は増える一方。
 ボヤいてしまうのも仕方ないというものだ。

「ボヤいてるヒマがあったら、身体を動かしなさい!」
『でも、ヤードさんの言うとおりですよ! このままでは・・・』
「なにか、いい手はねえのか!?」

 疲労のたまっている身体にムチ打って、それぞれが武器を振るった。
 こちらが競り負けるのも、時間の問題だった。



「「ハアアァァァ・・・」」

 レックスとアティの両名は、それぞれ虚空に手をかざした。
 眼前に、そして頭上に。その輪郭は淡い緑と蒼でなぞられ、その光は次第に強くなっていく。
 戦場が、蒼と緑に染まる。
 それぞれの手に、片刃の大剣と蒼い長剣が具現し、握られた。

 肌から髪から色素という色素が抜け落ち、澄んだ青色だった双眸が変化する。

「「ああぁぁッ!!」」

 2本の剣の力をもって、レックスとアティは目下の敵を一掃する。
 蒼と緑の斬光が奔る。

「センセたちっ、助かったわ!!」
「うえぇ、まだ出てくるよ。コイツラ!」
「このままではラチがあかん!」

 そんな一言と共に、ミスミは1つの提案を口にした。
 ここは自分たちが食い止めておく。だから2人は、亡霊たちを操るイスラを止めてくる。
 封印の剣同士で、決着をつけることが最善なのだと、彼女なりに理解しているのだろう。

 2人はそれを受け入れて、仲間たちに背を向けた。
 が居合いで作り出した道をひた走り、イスラの元へと向かっていく。
 その走りにためらいはない。
 これもひとえに、仲間たちを信頼しているからこそ。
 振り返ることなく敵の中を走り抜ける2人を見届けて、ミスミは笑みを浮かべた。

「母上ッ!」
「!?」

 スバルの声で背後を振り向く。
 そんな彼女の背後で、亡霊が剣を振り上げていた。
 すでにその剣は振り下ろされようとしており、槍での防御も間に合わない。

「間に合え・・・っ!」

 は地面を蹴りだした。
 2人を見送ったところで振り向けば、ミスミの背後で剣を振り上げようとしていたのだ。
 仲間を危険な目に遭わせたくない。
 全速力で戦場を駆け回り、振り下ろされる剣を受け止めた。

「間に合った・・・!」
「助かったぞ、!!」

 仲間の無事を見て笑みをこぼすと、受けていた剣を弾き蹴り飛ばした。
 たたらを踏んだ亡霊は、背後の亡霊ぶつかり、もつれて倒れる。
 それを追いかけるように、

「らあっ!」

 一閃した。
 2体をまとめて斬り伏せた。

 ・・・

「終わらせてやる・・・僕の願いをかなえるためには、もう・・・」

 イスラはうわごとのように、ぶつぶつとつぶやきつづけた。
 自分の願いは些細なこと。でも、実現するにはつらく困難な道を越えなければならない。
 その困難な道を今、彼は超えようとしているのだ。
 終わりを迎えるための、最後の障害を踏み越えて。

「「イスラっ!!」」
「僕は、僕の願いをかなえるために・・・絶対に・・・」

 いままで虚空を見つめていた目を2人に向け、にらみつけた。
 願いをかなえる。そのために、今までどんなことでもやってきたのだ。
 自身の願いをかなえる唯一のゴールを目の前に、止まる理由はない。
 ・・・いや、止まれない。

「願いをかなえるためには・・・これ以外の方法なんて残されちゃいないんだアアアァァッ!!!!」

 紅の暴君を構え、2本の『剣』と対峙する。
 これで最後。これが、彼の望みなのだから。

「ガアァァッ!!」

 突き出された切っ先をレックスは自身の剣でいなし、そのまま地面に叩き伏せる。
 あまりに簡単に、決着はついた。
 なにをするでもなく、ただ受け止め、いなし、身を拘束しただけ。

「くそぉ・・・ちからが、入らない・・・なんで、僕が・・・適格者である僕が、負けたりなんかしなきゃいけないんだよ・・・っ」

 イスラの声が、苦悶に満ちた。


 ・・・


 亡霊たちが消えていく。それは、イスラの剣の力が消えたからだということを示していて。
 そしてそれは、レックスとアティがイスラに勝利したことを同時に示していた。



「そんな目で見るなッ! 哀れみの目で、僕を見るなあァァァッ!!」

 イスラは、ただただ叫んでいた。
 力の入らない身体に無理やり力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。

「お前たちが悪いんだ・・・お前たちさえいなければ。お前たちさえ、消え去ってしまえば・・・」

 顔に笑みを宿し、紅の暴君の柄を握り締める。

「道化芝居であろうとも僕が生きてきた日々を君たちに否定される筋合いはないんだ・・・」

 ゴールは・・・目の前なのだから。

「消えて・・・ッ!! なくなってしまえええええエエエエエェェェェェェェッ!!!!」

 イスラの剣が光る。
 2人に追いついたは目を細めて、地面を蹴りだした。
 這うように懐に入り込み、足を踏み出し、刀を振るって彼の剣をはたき落とす。
 紅の暴君が彼の手から離れると同時に、イスラの身体に色素が戻っていく。

「イスラあぁぁぁッ!!」
・・・ッ!」

 腕を抑え、イスラはその場にうずくまる。
 悔しげにうめく彼を見下ろしながら、戦うことしかできない自分が歯痒かった。
 2人は、息を大きく吐き出す。
 剣が送還され、肌と髪に色素が戻り、瞳が青に染まる。

「はは、は・・・そっか。紅の暴君をとらないってことは、やっぱり君たちは手加減をしたんだね?」

 情けをかけたんだね?

 イスラの弱々しい声が聞こえる。
 そんな声に、アズリアは歯噛んだ。
 苦しい思いをしているのに、なにも言ってくれなかった弟に。
 そして、弟があんなに苦しんでいるのに、何もできない自分の無力さが悔しくて。
 そんな彼を見ても、アティもレックスも表情を崩すことはない。

「今、ここに私たちの仲間が全員きています。それに、その傷では満足に紅の暴君を振るうことはほとんどできないはずです」

 アティの言うとおり、イスラは満身創痍だった。
 無数の傷跡から血が流れ、その痛みに耐え切れずうずくまっているくらいだ。
 これ以上の戦闘行為は、無謀というもの。

「もう、充分じゃないか。イスラ・・・お前は全力で戦ってきたんだ。意地をはるのは、もう終わりにしよう?」

 アズリアはイスラに歩み寄り、膝をつくと手を差し伸べた。
 その手を目の前に、身体を震わせて目を背けた。

「隊長の気持ちをわかってやってくれ。お前を想う、姉としての気持ちを・・・」

 ギャレオの一言。
 それは今のアズリアの気持ちを代弁しているかのようだった。
 実際には口にしていないものの、家族を失うということはつらい。
 それでもこうしてこの場所へ来た彼女は、それほどにイスラのことを心配しているのだ。

「君の本当の望みを・・・教えてはくれないか?」
「・・・!」

 レックスは当初の目的どおり、イスラにその願いを聞こうと、その一言を告げた。
 イスラはそんな彼の言葉を聞き、口だけで笑う。
 何もかもあきらめたような、そんな弱々しい笑い声。

「遺跡の力を手に入れるなんて、本当は貴方にとって、どうでもいいことなんでしょう?」
「な・・・っ!?」
「おいアティ。なにいってんだよ・・・」
「アティせんせー、どういうことなの?」

 ヤッファは他の護人と共に驚きの表情を顔に浮かばせ、カイルはアティの予想外の一言に頭を掻く。
 ユエルの問に対して、アティは笑みを見せると。

「わかるんですよ・・・なんとなくですけど」

 そんな答えを告げた。
 イスラのことが、彼の気持ちが。
 詳細とまではいわないものの、気持ちの表面部分がおぼろげにわかる程度。
 それでも、確信を持って言えることが、「遺跡の力なんてどうでもいいんじゃないか」という一言だった。

 この一言こそ、彼女の言っていた『この戦いの活路』なのだろうか。

「彼の気持ちがわかるんです。だって・・・」

 目を閉じ、

「私とイスラは、きっと同じ形と輝きをもった魂の、表と裏でしかないんだもの・・・」

 その一言だけで、アティを除く全員が目をまるくしたのだった。








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