「なんだよ、無色の連中も意外とあっさり負けちゃったし・・・」

 もう少し頑張ってくれてもよかったのになあ・・・

 遺跡の中心部に位置するイスラは、小さく舌打ちをして地面を転がる小石を軽く蹴る。
 そのしぐさはまるで幼い子供のようで。
 しかしその目には、眼前に立ち尽くす2人の姿を捉えていた。

「そうは思わないかい? ねえ・・・レックス、アティ」

 遺跡の中心部へと続く長い階段。
 その途中に彼はいた。
 彼も、きっとこれを最後にするつもりなのだろう。
 浮かんでいる挑戦的な笑みが、それを物語っているようにも見えた。

「あの状況から立ち直った君と、君たちの考える偽善のために封印の剣を作っちゃった君を誉めるべきなのかもしれないけどね」

 みんなが笑って暮らせる場所を作る。
 これ以上、犠牲を出したくない。
 そんな優しい2人の思いを彼は『偽善』と口にした。
 犠牲を厭わない人間から見れば、彼らの願いは偽善かもしれない。
 でも、仲間たちはそれを是としてここにいる。
 だからこそ。

「偽善だと・・・」

 その1人であるは一抹の怒りすら孕んだ声でつぶやいた。

「ま、君たち弱者のあがきも今、この場で終わりさ・・・もう、奇跡なんか起こらない」

 しかし、その怒りを纏った声にイスラは動じない。
 むしろそうなるまでもなく、逆に見下すようにあざ笑って見せた
 今の自分は最高の適格者。
 負ける要素などどこにもない。だから、恐れる必要などないのだと。
 浮かべていた笑みは、どこまでも悪人のようだった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第66話  道





 大多数対1。
 大多数はレックス、アティを筆頭とした島の住人たち。1はイスラ。
 島の住人の1人1人の戦闘力高いからこそ、この状況はイスラがたとえ抜剣しても圧倒的に不利だとわかる。
 しかし、彼らを見るイスラの顔つきは毅然とし、何を考えているのかすらもはやわからない。
 わかっているのは。

「ずいぶんと、余裕があるみたいね?」
「わかるかい? ・・・たしかに、僕1人じゃ分が悪いね。この状況は」

 スカーレルの言うとおり、彼の中ではこの圧倒的状況を見ても負けることはないという、絶対の自信だけだった。

「ザコも群れると、始末に困るって実感させてもらってるよ」
「にゃ・・・っ!?」
「まさしく、数の暴力っていうカンジかなぁ?」

 確かに、端から見れば数の暴力に見えるかもしれない。
 しかしそれは、イスラの強さを脅威に感じているからこその数なのだ。
 イスラは声を出して笑いながら、手を虚空に掲げる。

「さて、それじゃあ掃除をしないとね♪」

 手の輪郭を真紅がなぞる。
 戦う気は満々。止めるものなど皆無・・・だと思いきや。

「待て、イスラ!」

 レックスの声が、彼の行動を止めていた。
 それは停戦を呼びかけるためのもので、告げるアティの整った眉はハの字をかたどっている。
 しかし。

「このまま貴方を負かして言うことを聞かせるなんてこと、できればしたくない・・・」
「だからさ、もう無駄な争いはよそう。俺たちと遺跡を封印してほしいんだ」

 お願いします、と2人は深々と頭を下げたのだが。
 イスラは、頭を下げる以前に彼らの発した言葉に、愉快げに笑い転げていた。
 自分を負かして言うことを聞かせる、というこの一言。
 それはアティが『自分が勝つこと』を宣言したようなものだったからだった。
 一度『負け』た彼女が・・・さらに言えばレックスの持つ剣――シャルトスの残りかすなんかに、負けるわけがないという自信があったからこそ、彼はありえないと声も大きく笑っているのだ。

「それってさあ・・・まるで、自分が勝って当たり前って言ってるみたいじゃないか?」
「・・・勝ちますよ」

 しかし、彼女は本当に宣言した。
 勝つと・・・負けは絶対にないのだと。
 その一言で、イスラの纏っていた雰囲気がガラリと変わる。
 笑顔は消えて、無表情に近い一抹の怒りを含んだ表情へと。

「ナップが、ベルフラウが、ウィルが、アリーゼが・・・そして、が教えてくれました。迷う必要なんてないって」

 自分は、自分の本当の気持ちを最後まで貫けばいいのだと。
 惑わされる必要などないのだと。

「俺はここにいるみんなが諭してくれたんだ」

 すべてを背負って進む必要はないのだと。
 重たい荷物でも何人もの人で分けて運べば軽くなるように、今まで積み重なってきた業や宿命を、仲間たちにも背負わせればいいのだと。
 そして、仲間たちがそれを望んでいるということを。

「だから俺は決めたんだ。みんなで一緒に、かけがえのない仲間たちと共に歩いていくことにしたんだ・・・この先に待つ、未来へ」

 それは、『今』という過程を経た彼らの望む未来の形だった。
 今を越えた先にある未来への道を切り拓くための、強い思いをもって、進んでいくのだと。
 自身を偽る必要もなく、自分の思いを抑え込んで突っ走ることもなく。そして・・・無理に笑顔を作ってごまかすこともない。
 自分の持つ強い思いを剣に込めて、ありのままの自分を剣に乗せて振るう。
 だからこそ、負けはないのだとイスラに告げた。

「俺たちは、こいつらがいたから今まで頑張ってこれた。無色の連中が初めて島に来た時も。この間の戦いもな」

 カイルは言う。
 船ごと島に流れ着いて、住人たちとの交流を通して島そのものを好きになって。
 2人の理想を聞いて。
 その背中が自分のそれよりも大きく、温かかったから。
 だからこそ彼らの理想を信じ、今まで戦い抜いてこれたのだから。

「偽善も、それを通せば真実になる。それが信じられると認めたから、俺たちは・・・」

 仲間としての気持ちを言葉に乗せて、は刀を抜いた。
 話して聞かないなら、力ずくでも話を聞いてもらう。
 倒す、倒さないよりも以前の問題を課して、一行はイスラへ勝負を挑むのだ。

「勝てると心から信じている」

 は、彼らに救われた。
 召喚されて間もないこの場所に、自分の居場所を作ってくれたことで。
 そして、みんなが笑って生きていられるこの場所を守りたいと思った。
 だからこそ今、彼はこの場所に立っているのだ。

 イスラは目を閉じている。
 聞きたくない、聞く必要なんかない。
 耳を塞ぐことなく周りの音を拒否するかのように、次第にその表情には青筋が走っていく。
 そして。

「黙れえええええエエエエエぇぇぇぇぇェェェェェェッ!!!」

 それが爆発するまでに、時間はそうかからなかった。
 突然の怒声にアティもレックスも目を丸め、耳を貫く怒声を受け入れた。

「もう、惑わされたりしない・・・だって? 惑わせてるのはどっちなのか、気づきもしないでさ・・・」

 自嘲めいたつぶやき。
 その声はかなり小さく、仲間たちの中でもよりイスラに近いアティとレックスにだけ聞こえているようだった。
 を含めて、聞こえたのは最初のフレーズだけ。

「ありのままの自分を剣に乗せて振るう・・・だって? なら、僕も最後まで好きにさせてもらおうじゃないかッ!」

 イスラが手を虚空にかざすと、紅い光があふれた。
 抜剣したときに聞こえる、甲高い音が耳を貫く。
 髪から、皮膚から、身体のいたるところから色素が抜け落ち、唯一色が残る瞳は真紅に染まっている。
 武器を構えなおす『敵』を見つつ表情には笑みを浮かべ、狂ったような声を上げて笑いながら真紅の剣を掲げる。
 剣が光ると同時に蒸気が噴出すような音。それを聞き取ることに苦労することはなくて。
 その音の招待にいち早く気づいたフレイズはファリエルと示し合わせて、声を上げる。

「ファリエル様!? これは・・・」
『剣の光に呼応してすごい勢いで、霊気があふれ出してる・・・』

 ずむむ、という音が似合うかのごとく人の形をした黒いモノが地面から出現した。
 それは魔力の類ではなく、この地で命を落とした人間たちの怨念そのもの。
 人の無念を具現化したものなのだ。
 そんな説明もそこそこに、ファリエルとフレイズはそれを喚び出したイスラをにらみつける。

『なんてことを・・・ッ!!』

 しかし、彼が動じることはない。
 嬉しそうに笑みだけを浮かべていた。

「な、なんなんだよ!? なんで、こんなに出てくるんだよ!?」
「まるで、あの者を守るように・・・」

 それらは雄たけびを上げながら、イスラの周りで手の武器を構えた。
 彼を守っているのだと気づくのに時間は必要なくて。
 低いうなり声と共に、口から煙のようなもやを吐き出していた。

「亡霊・・・」
「そう、この島の亡霊たちさ。紅の暴君でちょっとおどかせば簡単に僕の言うことを聞いてくれるんだ。この島は、ステキだねぇ・・・」

 彼は言葉どおり、好きにしただけなのだ。
 もてる力のすべてを注いで、目下の『敵』を倒すだけ。
 もともと見せていた笑みをさらに深くしつつ、含み笑う。

「眠っていた亡霊たちを、力ずくで従えたってことかよ・・・」
「死んだ者たちをコキ使うなんて・・・」
「この、外道めッ!」

 口々に吐き出される言葉の刃を身に受け止めながら、イスラは大きく笑い始めた。
 そう、自分は悪くない。
 悪いことをしているのだけど、悪いとは思わない。
 それが、今の自分が何よりも優先すべきことなのだから。

「僕が望んで選んだ道なのにさあ。失礼じゃないか・・・」

 イスラの指示の元、亡霊たちはいっせいに武器を構えた。


 ・・・


 敵は圧倒的に多かった。
 目で追うだけでも自分を含めた仲間の数を超えていることは明らかで、最前線で戦うカイルやスカーレルは3体を相手に奮闘していた。
 無論、それはも同じで。あとからあとから迫ってくる黒い人影。
 刀を手に、近づいてくる亡霊たちを薙ぎ払うが、キリがないこの状況ではヘバるのも時間の問題だった。

「やめるんだ、イスラ! そうまでして、お前はなにを望んでいるんだ!?」

 亡霊の剣を受け止めながらたずねるのは、姉であるアズリア。
 しかしイスラはその問いを受け流す。
 わかりっこない。わからなくていい。わかってもらえなくてもいい。それだけをつぶやいて。

「・・・最後まで、走ればいい。終着駅は、もう目の前なんだから・・・」
「!?」

 そんな言葉からか、彼がすべてをかけて戦っていることが理解できた。
 たった1つ。その些細な願いだけが、己のすべてをかけて戦っている、その原動力になっている。
 レックスも、アティも。そして、集いの泉で提案したの知りたいこと。
 それが、ついに1つの言葉になる。
 終着駅は、もう目の前。
 そんな一言に。

「だからこそ・・・ッ! アティッ、レックスッ!!なにがあっても、僕はお前たちを認めないッ! 語りかける言葉だって信じたりしないッ!!

 紅の暴君がさらなる光を帯びる。
 最後の・・・いや、渾身の力を注いで放たれる光。
 それが、剣を交わらせるアティの視界を覆いつくす。

「さしのべる手は、全部はねのけてやるッ!」



 最後の一言。

 それが、どこか救いを求める声に聞こえた。









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