アズリアに頼まれ、島の住人たちとなぜかをレックスとアティは呼び出し、集いの泉に集合させた。
 これまでの戦いに深く関わってきた者。つまりこの場において非戦闘員は存在すらしていない。
 それもそのはず。彼らを呼び出した目的は、イスラの生い立ちと、生まれてから抱えてきたモノの大きさを理解してもらうためだった。
 決して同情を引こうとしているわけじゃない。
 ただ、イスラが何のために戦っているのかを話しておきたいという、この場にいる全員に対しての彼女なりの礼儀・・・けじめというものだろう。
 相手が他ならぬ自分の肉親・・・弟なのだから。

 その話は、からすれば想像を絶していた。
 考えるだけで身震いするほどに。
 拷問なんかより、よっぽどタチが悪い。
 受けたことすらない拷問という単語を思いながら、それを使ってみせた無色の派閥の行いに怒りすら感じた。

 永遠に絶息の苦しみを与えつづける病魔を憑依させる呪い。
 召喚呪詛と呼ばれるものがイスラがかかっていた病気という名の呪いの正体だった。
 生まれた瞬間からいつ死んでもおかしくない身体でありながら、けして死ねない矛盾を抱えた彼の身体。
 つまるところ、彼は不死の状態なのだ。いつ死んでもおかしくないという部分を除けば。
 不死というのは、人間にとっては本来ありえないこと。
 人間だけでなく、世界に生きる者すべてには等しく寿命が訪れる。
 しかし、イスラにはそれがない。
 生けとし生きるものすべてに等しく与えられているはずの『死』というものが、呪いによってなくなってしまったのだ。

 しかもそれは。

「私の父は召喚術による破壊活動を行う者たちを、取り締まる部隊の長だ・・・無色の派閥の計画も幾度となく、阻止してきている」
「だから・・・」
「その恨みが、息子へと向けられたというのか」

 ただのとばっちりだということに、腹が立った。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第65話  願望





「たしかに、連中ならそうした報復を企んで実行しても、おかしくはないわね・・・」
『待ってください!? だとしたら、あの人は自分に呪いをかけた者たちと知りながらずっと、無色の派閥と共闘していたってことじゃないですか!?』
「全て承知で、利用していたんだろうな。だから、ああしてオルドレイクに牙をむいたんじゃねえか」

 集いの泉。仲間たちが会話を進める中で、は壁に寄りかかってその会話を聞いていた。
 関わろうとしていないわけじゃない。
 ただ、自分の中での答えは出てしまっているから。
 仲間たちの出した結論が何であれ、俺は俺の道を進む。出した結論を最後まで曲げない。
 そう決めていた。
 彼のために動くわけじゃない。自分がそうしたいから、動くのだ。
 もっとも、彼らだって結局同じ答えに行き着くのだろうけど。



「私たち護人と同じく剣を継承した者は共界線クリプスから魔力を得て力を振るっている。それがもたらす恩恵は私たち、それぞれがよく知っているはずよ、ファリエル」

 話は戻る。
 アルディラから振られたファリエルは顔をゆがめた。
 彼らは護人は共界線から高度な知識と、さらに不老に等しい命を得ている。
 だから。

「彼がもし、呪いから逃れるためにあえて無色の派閥と接触していたのならば、剣のもたらす恩恵を知って手に入れようと望んだのは・・・」

 当然の結果でしょうね。

 キュウマのそんな一言に、アズリアは眉をゆがめた。
 剣を継承することで、その担い手はリィンバウムを囲む四世界からの召喚術の行使と、不老不死の身体を手に入れる。
 イスラが呪いの力を押さえ込むために無色の派閥と接触し、キルスレスを継承したのなら。
 キュウマの言うとおり、それは当然の結果といえた。

「そういえば・・・風雷の郷で、私の叫びに応えて、碧の賢帝シャルトスが戻ってきた時に剣の意志は言っていました」

 意思が言っていた内容を思い出すように、アティは視線を眼前のテーブルに向けてつぶやく。

「もし、私が死を望んだとしても、適格者になった以上は・・・絶対、死なせたりはしないって・・・」

 せっかく見つけた適格者。寿命程度でそう簡単に手放すつもりはない。
 剣たちの考えていることは、その会話の中からそう察することができた。

 それと同時に、1つの疑問が残る。
 召喚呪詛という永遠の苦痛をなくすために、彼は剣を欲した。そして、キルスレスを手にすることで呪いから解放された。
 それならば、もはや戦う必要はないはずだった。
 しかし、彼はまだ戦っている。
 自分たちと無色の派閥という組織を相手に。

「果たしたからこそ、新しい欲が出てきたのかもしれねえぜ? 誰にだって、そういう経験はあるだろう」
「あるいは、遺跡の意志に操られているのかもしれないわ」

 ヤッファ、アルディラから意見が述べられる。全部推測ではあるものの、1つの形としてありえる話だ。
 しかし実際、彼の考えていることは彼にしかわからない。

「病魔の呪いによってイスラは、自分の力で物事を決める自由を奪われてきた。だからこそ、紅の暴君キルスレスという比類なき力を手に入れた今、その力に酔いしれてあの子は、変わってしまったんだと思う。自分という存在が弱いものではないと誇示することだけにおぼれて・・・」
「本当に、そうなのかな?」

 悲しげに話すアズリアの言葉を止めたのはアティだった。
 同じ資格ある者だからこその考えなのかもしれないが、ある意味でその意見は、には的を射ているような気がした。

「イスラは、大きな力に溺れて人が変わったわけじゃないと思う。だけど、私にはイスラのとった行動はそれだけが理由じゃない気がするんです」

 ・・・そう。
 問題なのは、『彼がなぜ戦っているか』ではないのだ。
 剣を奪取するために記憶喪失のフリをして自分たちに近づいて、剣を手にしたら自分がいた無色の派閥を裏切って。
 今、彼は1人でいる。

 それはまさに、自分の居場所を自分から壊しているような。
 そんな印象を受けさせる。

「剣を手にして不死の存在になって、まるで俺たちに嫌われたいかのように居場所を壊して、裏切って」

 だが結局、行き着く場所はたった1つ。

「結局聞きたいのは、たった1つだと俺は思うわけで」

 それは。



「イスラが何を考えて、自分の立場が悪くなるようなことをしているのか」

 直接聞けば、それでいいじゃないか。



 今まで沈黙を決め込んでいたのそんな一言で、話は落ち着きを見せていた。


 ・・・・・・


「弟のしてきたことはどんな理由であれ許されることではないだろう・・・いや、イスラのことだけではない。お前たちの暮らしてきた場所を、根本から壊してしまいかねない暴虐の数々。本当にすまなかったと思っている・・・」

 アズリアは軍人らしく、たたずまいを正して腰から深く頭を下げた。
 軍人として、姉として。そして1人の人間として、たった2振りの剣のために相対して来たのだ。
 しかしそれは、目的あってのことだった。
 軍の上層部からの命令で、国のためにと彼女は持てる力を尽くしてきただけなのだ。
 でも、それは全部過ぎたこと。
 そして何より。

「ちゃんとこうやって謝ってくれてるし、それに・・・ね?」

 もう、島のみんなは君たちのこと、許してくれてるだろうし。

 アティはにっこりと笑って、そんな答えを口にした。

「え・・・」

 瞠目するアズリアを見かねてか、「ほら」とレックスは護人たちへと目配せする。
 それに反応したかのように、

「顔を上げて、アズリア。貴女の気持ちは、もう充分にわかっているから」
「過ぎたことをいつまでも引きずるほど、オレたちはバカじゃねえさ」
「ええ、そうですとも」

 微笑みかけた。
 正しいと思って行ってきたこと。それをぶち壊しにされたのは、アズリアだって同じだった。
 しかし、部下は殺されて、ギャレオと自分だけになってしまって。さらにイスラが造反して。
 精神的に苦労しているのは、彼女も同じなのだ。
 それに、無色の派閥が島に乗り込んできてからの彼女を見ていれば、その思いも理解できる。

『弟さんのことだって心配しなくたってだいじょうぶです!』
「そうですよね、レックス殿、アティ殿」
「ああ、そうだよ。アズリア!」
「私たちは、イスラを倒すために戦うわけじゃないもの・・・彼のことを救うために戦うんです!」
「・・・ありがとう」

 顔を上げたアズリアは、目に少なからず涙をためていた。















 話し合いが終わって、はレックスと船に戻るため獣道を歩いていた。
 まだ日は高く、護人たちはそれぞれの集落へ、アティは学校へ用事があるらしく急ぎ足で出て行った。
 なんでも、子供たちが学校の再会を望んで集まっているのだとか。
 外に出ていちゃいけないと島中に伝わっているはずなのだけど、彼らなりに事件の落ち着きを感じ取ったのかもしれない。
 あるいは、戦闘に出ていたスバルあたりがそのあたりの話をバラして回ったのかもしれない。
 そんな話を彼女にしたところ、

「教師としては嬉しいですよね」

 なんて言いつつ、本当に嬉しそうに笑っていた。

「今日の話し合い、なんだかずっと静かだったけど・・・どうしたんだい?」

 そんな中で、レックスは唐突にそんな話を振ってきた。
 実際、口を出したのは最後の一言だけ。それ以外はずっとだんまりを決め込んでいたのだから、疑問に思っても仕方ない。
 は苦笑して、

「別に、たいしたことじゃないよ。ただ、なにも言い出せなかっただけだし」

 なんて答えを口にした。
 実際、が島に召喚されてから時間はそれほど経っていない。
 戦い続きな上に濃い1日をすごしているから、かなり長く住んでいるような印象を受けているのだが。
 レックスとアティが流れ着いたことで始まった青空学校のおかげで、この世界のこともようやくわかりはじめてきたくらいだ。
 それほどに、ただ単純なことなのだ。
 それに。

「召喚呪詛とか、共界線とか。途方もないことばっかりで、な」

 自分は争いのない平和な世界から召喚されたから。
 生活に苦痛はなく、朝起きて、学校へ行って勉強して、友達と他愛ない会話をして。
 そんな平々凡々な毎日を、当たり前のように送ってきたから。
 だから、自分が口を挟むことははばかられたわけだし。

「とにかく、俺は自分の周りが平和なら、それでいい。そうするために俺は俺にできることをするつもりだ」

 だいじょうぶだよ、と一言レックスに告げる。
 レックスは「そっか」と小さくうなずくと、口元に手を当てて小さく笑う。

らしいよ。今の発言」
「・・・そうか?」
「・・・ああ、君らしい。とっても」

 おっそろしく自分本位で、それでいて彼なりに守ろうとしている。
 守りたいものを。
 しかし、の発言にはそれを理解させるには少々語彙が足りないのだ。
 それでいてレックスの含み笑いに首をかしげる彼が、なんとも彼らしい。

 そのまま、レックスの笑いは船に戻るまで止まることはなかった。










「みなさ〜ん!」

 船に向かって、飛んでくる緑色。
 血相を変えて飛んできた緑色は、ほかでもないマルルゥで。
 船にたどりつくと、マルルゥは息も続かないままに事を告げた。

「に、ニコニコさんが・・・ニコニコさんが、きちゃったですよう!」

 ついに、来たか。
 そんな言葉が浮かんで消える。
 きっと、これが彼との最後の戦い。

 なぜ、こんなことをするのか。
 何のために、戦っているのか。

 ・・・そのすべてを聞くには、このときが最初で最後。

「アティ先生さんとグンジンさんたちはもう向かってます!」
「お前ら、行くぞ!!」

 カイルの掛け声でいっせいに森へ走り出す。



 ・・・もはや、彼は行き着くところまで行ってしまったのだから。







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