ラトリクスを出てみれば、空はすでに夕闇が訪れつつあった。
 青空は消え、夕焼けの赤も少なくて。
 ・・・久々の平和な時間も、もう終わりか。
 そんなことを考え、夕食の時間も迫っているからという理由で船に戻ることにしたのだが。

「マスター!!」
「・・・ん?」

 ユエルが、走ってくる。しかも、すごい速さで。
 彼女はの前で急ブレーキをかけ、砂煙を上げつつ止まると、荒くなった息を整えるために膝に手をついていた。

「ど、どうしたんだよ。そんなに走って?」
「なんでも・・・ゼェ、ないんだけど・・・」

 ・・・気がつけば、そこにがいなかった。
 だから、島中探し回っていたのかもしれない。
 何もないのに、ユエルが息が上がるまで走る理由なんて、それ以外にないと思ったから。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第64話  家出





「いっつも、気がつくとマスターどっかいっちゃうから・・・」

 ・・・やっぱり。
 ユエルのこの一言で、の考えていたことが確信に変わった。
 自分がいなかったから、彼女は自分を探していたのだ。
 それもひとえに、ユエルなら自分がいなくても何かあったときにうまく立ち回れると思ってのことだったのだが、やはりそういうわけにもいかないらしい。

「このまえだって、せんせーたちの頼みに付き合っちゃうし・・・」
「そんなこと言ったって、仕方なかったんだよ・・・あとでなにがあるかわかったもんじゃないし」

 あの場では、拒否する権利が自分にはなかったのだ。
 仕方ない、と是非とも割り切って欲しいものだ。
 そんな答えを返しても、ユエルの表情に笑みは戻らない。
 ・・・悪いのはこっちだから、反撃できないのだけど。
 ただ、彼女は。

「悪いな、君のことほったらかしにしちゃって」
「・・・え?」
「そういうことだろ?」

 自分と一緒にいたかっただけなのだ。
 だから今は。

「今から帰るとこなんだ・・・一緒に帰ろう?」

 ユエルの望むことをすればいいのだ。

「・・・うんっ!」

 の問いに、ユエルは満面の笑顔を見せた。


 ・・・


「おい、!」

 帰る途中。
 自分の名前を呼ぶ声に、歩みを止めた。
 そこはユクレス村の入り口で。

「い〜トコに通るじゃねえかよ」

 カイルとヤッファが、なぜか酒盛りをしていた。
 声の方を向くと、ユクレス村にカイルとヤッファの姿。
 顔を真っ赤にして肩を組んで、仲もよさげに互いの杯に酒を注いでいた。

「・・・なにか用か?」
「お前も一杯どうだ? ・・・おいしいおいしいお酒だぞぉ〜?」

 二人はすでにできあがっていた。
 先日の宴会で自身が結構・・・いやかなり酒に強いことを知ったからだろうか。
 たまたま通りかかった彼を誘っているようだが・・・すでに酔っ払いな二人だ。何をしでかすかわかったものじゃない。
 だから。

「悪い。今日はやめとく」

 関わり合いになることを放棄した。
 もちろん、それは隣のユエルが寂しげに目を伏せていたことも理由の一つなのだが。
 とにかく今の彼らに関わればどうなるか、それは簡単に理解できたから。
 すっぱりと断った・・・のだが。

「そう言うなって。ほら、来いよ」

 の答えなどお構いなし。
 カイルはの腕を引いてヤッファのところへ引きずり、たどり着くや否や酒瓶を強引に口の中に押し込まれた。
 勢いよく口の中に流れる大量の酒。
 こぼすのがあまりにもったいないので、つい飲んでしまったのがいけなかったのかもしれない。

「今日はお前を絶対酔わせてやるからなぁ・・・」
「おうよ! 行くぜ、カイル!」
「がぼっ!? よせ、よせって! むごご・・・」

 意外に強い酒だったのだろう。
 はあっという間に意識を飛ばしたのだった。



 ・・・



「くっそぉ・・・思いっきり飲ませやがって・・・」
「いやぁ、わりいわりい」

 カラカラとカイルが笑う。
 宴もたけなわ、といったところだろうか。
 ぐでんぐでんのヤッファと別れたとカイルは、二人並んで帰路についていた。
 まだ酔いが残っているため、少しばかりふらつきながら。

「まさか、お前があんなに酒に強いとは思わなくてな。つい調子に乗っちまって・・・」
「おかげでユエルも帰っちゃったし・・・」

 今日は一緒に帰るはずだったのだ。
 飲まされすぎて気を失って、気がつけば一緒にいたユエルはいなくなってるし。
 鈍痛の走る頭で、ユエルを探したが結局見つからずじまい。
 カイルは「どうせ船に戻ったんだろ?」なんて能天気に笑っていたのだが。
 しかし、なにか違和感が残っていた。



 ・・・



っ!!」
「ん・・・ああ、アティ。ただいま」

 船に戻ったにいち早く気づいたアティが駆け寄った。
 表情には焦りと心配は浮かび、のんきに挨拶なんかした彼を怒ってすらいるようで。

「ただいま、じゃないです! ・・・ユエルちゃん、いなくなっちゃったんですよ!!」
「!?」

 その一言で、残っていた酔いは全部吹っ飛んだ。
 居心地悪そうにしているカイルをジト目で眺め、眉間にしわを寄せる。
 早く探してあげなければ。
 彼女は自分を心配して、わざわざラトリクスまで来てくれていたのだから。

「カイル、後でお仕置きだからな・・・」
「ゲェッ・・・!?」
「・・・なにがあったんですか?」

 アティの問いに、はぞくぞくと集まってくる仲間たちに事の顛末を話して聞かせた。
 自分がいないことを心配して来てくれていたのに、それを放って酒盛りをさせられてしまったことを。
 ・・・もっと強く断っておけばよかったと今になって思うわけだが。

が悪い」

 集まった仲間たちは、全員で声をそろえ、冷めた視線を向けた。
 ・・・非常に居心地が悪い。
 さらに悪いのはカイルだ。事情も知らず、断っていた彼の言葉を聞かず強引に事を進めてしまったのだから。

「カイルもヤッファも悪いと思うけど、しっかり断らないも、やっぱり悪いよ」
「レックス・・・」

 レックスだけじゃない。全員がなにも言わずに「お前が悪い」とを見つめる。
 集まる視線が、とても痛い。
 とにかく、探さなければ。
 そんな結論に至ったのは、視線が痛いと感じた直後のことだった。
 踵を返すと、森の中へと駆け出す。

ー、今日中にユエルを見つけてこないと、ご飯抜きなんだからね!」

 そんなソノラの声が背後から聞こえたりして、苦笑したのだった。

 ・・・

 仲間たちは動かない。
 それもそのはず、悪いのは彼女をほっぽったままにしておいた一人にあるのだから。

「さーて、と。それじゃ今度は、カイルのおしおきタイムといきましょうか?」

 がいなくなったことを確認して、スカーレルはそんな一言を言い放った。
 彼はユエルと一緒に帰ろうとしていた。
 それを強引に引き止めて、酒を飲ませてダウンさせたのは他でもない。

「ねぇ、カ・イ・ル?」
「・・・げ」

 居心地悪そうにしていた、金髪船長なのだから。

「そうですね。少しお灸を据えなければ、ユエルちゃんが可哀想すぎますし」
「アティ先生のおっしゃるとおりですわ!」

 アティは笑みを深め、彼女の意見にベルフラウは同調した。
 もちろん、口には出さないもののみんなの意見は満場一致。
 彼の左腕ををアティが、右腕をスカーレルがそれぞれ拘束すると、

「さ、逝きましょうか」

 船の中へと引きずりだした。
 無論、それに驚き戸惑うのはカイルで。

「ちょ、ちょっと待て・・・! アティ、お前なんか今のニュアンスが違ってたぞ!」
「またまたぁ、そんなワケないじゃないのよ。カイルのお茶目さん♪」
「ば、お茶目じゃねぇって!」
「私は先生ですよ? ・・・間違ったことは言いません」
「いやだから、言葉はちゃんと使」

 ・・・ばたん。

 その後、彼の行方を知るものは・・・誰もいなかった。

 もとい、その後の彼の行く末は、彼女たちのみが知っている。


 ・・・


「ユエルーッ!!」

 とりあえず叫ぶ。
 当然、応答が返ってくるわけではなく。
 暗い森の中に響くだけだった。

 手始めに、集落をまわることにした。
 まず、一番近場にある風雷の郷・・・ミスミの屋敷を訪ねる事にした。

「こんばんは・・・」
「おお、ではないか。このような時分に、どうしたのじゃ?」
「ずいぶんお疲れのようですが・・・」

 簡単に内容を説明すると。

「とにかく、よ。そなたはユエルをちゃんと見つけてやることじゃ」

 やっぱりそんな言葉を返された。
 結局屋敷を訪れてはいないらしく、ユエルを必ず見つけるようにと念を押されつつ郷を後にした。
 別の集落へ向かおうとしたりもしたのだが、ラトリクスも狭間の領域も、実際のところユエルが行きそうな場所ではない。
 とりあえず、その二つの集落はひととおり見てまわるだけにとどめて、ユクレス村へ。

「よお、さっきは悪かったな」
「ヤッファ、ユエルを見なかったか?」

 ヤッファの声にうなずきつつ、尋ねてみる。
 「シッポさんですかぁ?」なんてマルルゥは素っ頓狂な声を上げた。
 っていうか、名前を覚えるのが苦手な彼女はユエルを「シッポさん」・・・と呼んでいたことをはじめて知った。

「ここには来てねえぜ」
「そっか、悪いな。邪魔して」
「一体、ガクランさんはなにをそんなに慌ててるんですか?」

 風雷の郷のときと同様に、簡単に内容を説明する。
 同じ事を説明する時間もないので、かいつまんでの説明だった。
 当事者であるヤッファがいるからこそ、なんだけど。

「そりゃあ、ユエルに悪いことしちまったな・・・」
「ダメじゃないですかぁ、シマシマさん・・・ガクランさん、ごめんなさいです」

 ダメなシマシマさんに代わって、マルルゥが謝ります。
 俺はそう言って頭を下げるマルルゥに手を振った。
 『ダメな』という部分にヤッファはツッコんでいたが、マルルゥは一人そう信じて止まないらしい。
 もちろんもそこに触れることなく、

「それはいいって。ごめんな、2人とも。じゃ、また!」

 駆け足でユクレス村を出た。


 ・・・


「どこにいるんだ・・・?」

 集落は探した。
 しかし、ユエルはいなかった。
 遺跡は危険だからという理由でいないと決め付けて・・・というか、ユエルもきっと行かないだろうと考えて除外した。
 そんな中で彼女の行きそうな場所。

「・・・そうだ!」

 一つ、大切な場所を思い出し、走り出した。
 初めて彼女を召喚した場所へ。


 ・・・


「やっと、見つけた・・・」
「・・・マスター・・・」

 ユエルは森の開けた場所で独り、座っていた。
 月明かりが彼女を照らし、まわりの草花が微風にゆれている。
 そんな中で、まるでその草たちに守られるように包まれ、地面に足をぺたんとくっつけて、の顔を確認すると、再びうつむいた。

「さあ、帰ろう。みんな心配してる」

 立ち上がらせようと手を差し出すが、答えは返ってこない。
 まるでその場から離れたくない、といわんばかりに、立ち上がる気配すら見せることはない。
 しばらくの沈黙の後、返ってきたのは。

「いいよ・・・ユエルはここにいるから」

 差し出したの手を拒む答えだった。
 それは俺の考えとは違ったものだった。

「ユエルは、マスターにとって別にいなくてもいい護衛獣なんだよ」
「そんな・・・」
「ほんとうのことだもんっ!!」

 俺の声を遮り、ユエルは立ち上がってこちらを向いた。
 目には、涙を流したあとと、いまだにたまっている涙。
 何のために自分は召喚されたのだろう、自分はここにいる意味があるのだろうか?
 そんなことを考えたら悲しくなって、涙を流したのだろう。
 

「今までだって、さっきだって!マスターはユエルのこと見てくれてない!」
「・・・っ」

 それは事実だった。
 だから彼女と一緒に行動を取る頻度も多くなかったし、それでいいと自身思っていた。
 しかし。

「ユエルは・・・っ、ただ・・・っく、マスターに見ていてほしかっただけなの・・・ッ、少しだけでいいから・・・! ユエルのこと見ていてほしかっただけなの・・・!!」

 それはどうやら、勝手な思い込みだったらしい。
 目じりに溜まった涙がボロボロと流れ落ち、草に当たって弾ける。
 彼女はただ、気にかけて欲しいだけだった。
 気づいたら隣にいなくて、一緒にいたらいたで結局別のものを見ているから。

 ・・・後悔した。
 今までの自分の行いに、そして護衛獣としての彼女の扱い方に。
 さらに彼女の思いを知らず、勝手に決め付けて行動していた自分に少なからず腹を立てた。
 でも。

「だから・・・いいよ。ユエルのことはもう・・・」
「いらないなんて、誰が言ったんだ!」

 自分を否定することだけは、させてはいけないと思った。
 一緒にいることが少なくても、それで寂しい思いをさせていたとしても。
 自分で自分を否定させてしまうことだけは・・・それだけは、絶対に。

「俺は・・・! 君のことを信頼しているから、いつも一人で出掛けたりできるんだっ!!」

 自分で自分を否定すること。
 それは、自分がここにいたという存在だって消してしまいかねないほどにひどい行いだ。
 自分のせいで、ユエルの存在を消すことなんて、させたくない。
 だからこそ、声を荒げるのだ。

「・・・そのせいで君がさびしい思いをしたなら謝る。でも、俺は君と対等でいたいんだ」
「対・・・等・・・?」

 大きくうなずいた。
 は名もなき世界から召喚された召喚獣。
 その彼が召喚したとはいえ、大本の立場自体にかわりはないから。
 だから、同じ召喚中同士として対等でいたかったし、最初からそのつもりだった。
 ・・・もっとも、彼女はそうは思っていなかったようだが。

「でも、ユエルは・・・マスターの護衛獣で・・・」
「俺はね、ユエル。君のことを護衛獣だなんて思ったことはないんだよ」

 最初から、話しておけばよかった。
 自分と彼女の立ち位置を。
 「マスター」なんて呼ばれた時点で、そうしておくべきだったのだ。
 呼ばれ慣れない単語で、元いた世界ではほとんどあり得ない主従関係。
 そんなもの、は望んでいなかった。
 ただ仲間として・・・大切なこの世界での『家族』として、彼女に接して欲しかっただけなのだ。
 だから、この機会がそれを告げるチャンスとして。

「俺は、今まで、君のことを護衛獣とかじゃなくて、対等な、『仲間』として見てきた」

 告げた。

「俺の世界には護衛獣とか、主人とか、そういうのは少なくて・・・俺の周りには家族と、友達だけで、主人とか、そう言うのはいないんだ。だから・・・」

 だから、自分を「マスター」と呼ばないで欲しい。
 最後にそんな一言を付け加えて、口を閉じた。
 ユエルはしゃくりあげながら腕で涙を拭う。

「だから、俺はこれからも君のことを対等な・・・いや、お互いに対等な存在として見ていきたい」

 それをイヤだと言うなら、それはそれで考えなければならないが。
 ユエルは、涙を拭うために目をつぶったままふるふると首を振った。

 よかった。

 そう思う。
 別に護衛獣とその主という関係がダメというわけではないのだ。
 長い付き合いになるなら、そんな関係よりももっと深く付き合っていきたいと、が思ったから。

「じゃあ、これからは対等ってことでまずは俺を名前で呼んでみようか。な?」
「ええっ!?」

 機嫌をなおしたユエルがあたふたと慌てる。
 そんな光景を見て苦笑する。
 今までが今までだったから、急に呼び名を変えるというのは多少の勇気がいる。
 しかも、いきなりそれを呼ばせるのだから、余計に。

「そ、それじゃ・・・え、えーっと・・・」

 気まずいのか、慌てていたユエルは落ち着きを取り戻し、上目遣いにを見やる。
 顔を真っ赤にしたまま、意を決したかのように空気を吸い込むと。

・・・」
「よしっ♪」

 お互いに満面の笑みをこぼし、二人並んで船に戻ったのだった。





 ・・・で。

 みんなして晩ご飯を食べるを問い詰めていたところで。

「みんな、を困らせたらダメだよ?」

 なんて言うものだから。

「ゆ、ユエルちゃんがを名前で呼んでる!!」
〜、アナタやるじゃないの・・・ま、アタシは最初からわかってたけど♪」
「召喚師と護衛獣という姿とは違いますが・・・くんは召喚師ではないですし」

 ユエルがの名前を呼んで全員が歓声を上げはじめたことで、最初から名前で呼ばせておくんだったと後悔しつつ肩を落とした。









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