は狭間の領域を出た後、アティとレックスと別れてラトリクスのクノンをたずねた。
 ・・・一つ、気になったことがあったからだ。
 無色の派閥に所属していた女性、ヘイゼル。
 つれて帰った責任と、自分に課した誓いのために。
 そんな名目こそあれ、実際はただ放っておけなかっただけだった。

 戦場で大怪我をすればそのまま切り捨てられる・・・そんな暗い世界を生きてきた彼女。
 人並みの幸せすら、きっと感じたことはないのだろう。
 平和な世界を生きてきたからこそ、の感性かもしれないが。
 どうしても、には苦しむ彼女を見てみぬふりはできなかったのだ。

 ・・・

「患者は、すでに歩けるほどに回復しています」

 彼女のことを聞いた最初の答え。
 それだけでも、純粋によかったと思えた。

 常人ならば激しい痛みで狂っていたかもしれない。
 ただただ泣き叫び、助けを求めるだけの存在になっていたかもしれない。

 そんな人を、何があっても見たくはなかったから。

「まだ、杖は必要ですが常人よりも、ずっと回復は進んでいます」

 暗殺者としての過酷な日々をすごしてきたたまものですね。

 そう言ってのけるクノンには苦笑した。

 さて。
 そんな単語を発して、クノンから必要な情報を聞き出す。
 今の彼女の詳しい状態や、回復の進行具合。そして、彼女の抱いている思いの丈。
 もちろん、最後のものをクノンが知る権利はないし、知る必要もない。
 知れば知ったで話は進むが、それは自身が話の中で聞き出せばいいだけのことだ。
 とりあえず今一番必要な情報は。

「で、ヘイゼルは今どこに?」
「おそらく、いつもの場所に出かけていると思いますが・・・」
「・・・いつもの場所?」

 彼女の現在位置だった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第63話  説得





 いつもの場所、とはラトリクスのはずれにある廃材置き場のことだった。
 錆びた瓦礫やジャンクの山。
 そんな中に松葉杖をついて立ち尽くす、彼女の姿があった。

「・・・なにやってるんだ?」
「これを・・・見てたの」

 そう言って杖を持っていないほうの手を差し出す。
 その上には、ひとかけらの廃材。
 金属でできたそれはすでに錆びついて茶色に変色し、とてもじゃないが再利用はできそうにない。

「役に立たなくなって うち捨てられたまま雨ざらしになって朽ちていく・・・今の私と、同じね」
「・・・・・・」
「怪我が治ったところで 今さら、組織に戻ることはできない。裏切り者の烙印を押されて、処分されるだけでしょうね」

 それだけ言って、彼女の瞳はどこかもわからない虚空を見つめた。
 この言葉だけで、今の彼女の考えていることが理解できた。
 ケガが治っても、今更組織には戻れない。それでも戻れば、敵に捕縛された愚か者かつ組織を抜けた裏切り者として『処分』される。
 『処分』という言葉から考えられることは一つだけ。
 必要ないから抹消――つまり殺されるということだ。

 朽ちた廃材と自分。
 共に『不要』のものだと。不要だから、このままその生を終えてもかまわない。
 そう思っているのだ、彼女は。

「・・・なぜ、そこまで組織にこだわる?」

 虚空を見ていた瞳が、たずねたを捕らえると。

「それしか、世界をしらないから」

 そんな答えを返して、うつむいた。



「物心ついた時にはナイフを持って、人の殺し方を教わってた」

 一抹の沈黙の後、彼女が話し始めたのは自分自身の過去だった。
 今の自分がどれだけ不要なものなのかを、に悟らせようとしているかのように。

「標的に見立てた人形の急所にうまく突き刺せたら、ほめてもらえて・・・その時だけ、もらえる甘いキャンディが楽しみだったわ」
「・・・・・・」

 はただその話に耳を傾ける。
 聞けば聞くほど自分とは正反対で、もし自分がそんな世界にいたらどうなっていたか、などと想像してみたりする。

「心より先に、身体が大人になって・・・気づいた時には、もう組織の部品になってた」

 しかし、そんなことはまったくと言っていいほどにわからなかった。
 彼はおろか、自分の周りは平和な場所だったから。諍いといえば、意見の違いによる口論や取っ組み合いのケンカ程度。
 そんな世界にいた自分に、彼女の世界を理解することはできないのだと。
 そんな答えを導き出さざるを得なかった。

「ヘイゼル、という名前も本当のものじゃない。素性が割れないように組織が与えたものよ」

 最後にそんな言葉を述べると、ヘイゼルは表情をゆがめた。
 口にしてみれば、それは自分のすべてがハリボテだったんだと再認識させられてしまったから。

「だから、私には選択肢なんて無いの。今までも、そしてこれからも・・・」

 沈黙。
 向かい合ったまま、蒸気の音やラトリクスで作業をするロボットたちの電子音のみが、耳から耳へと抜けていく。
 時間だけが、無情にも過ぎていく。
 しかし。

「死に急ぐだけが、君に与えられた道じゃない」

 は沈黙を破る。
 言いたいことは、まず自分が甘い人間だということ。
 彼女からすれば想像もできないような、明るい世界を生きてきたこと。
 そしてなにより、死のうとすることを是としないことを。

「俺は、この世界に誓約なしで召喚されてきた。はぐれ召喚獣だ」

 ヘイゼルは表情に驚きを宿す。
 それもそのはず、服装も戦闘力も、この世界では必要不可欠なものだから。
 そのすべてを持っているを、リィンバウムの人間だと思っていたのだろう。

「俺のいた世界は・・・争いのない平和な世界だったよ」

 それは、自分の過去。
 彼女が話してくれたのだから、自分も話さねばならないと。
 そう思ったから。

「肉親に目の前で死なれた。それから俺は、自分の目が黒いうちは目の前で誰も死なせないと決めた。だから・・・」

 それは、自分の近いの範疇。
 目の前に生きる意志を失った人間がいるのに、それを見過ごす彼じゃない。
 だからはヘイゼルをまっすぐ見据えて。

「だから、君をむざむざ死なせるつもりは毛頭ない」

 この一言を告げた。
 ヘイゼルからすれば、それは甘言に聞こえるかもしれない。
 でも、からすればそれがすべてだった。

「俺は、君と話がしたかった。だから、必死になって呼びかけた」

 それは、彼女の目が普通の人とまるで違っていたからだった。
 興味を持ったのも、そのせいだったりするのだが。
 結局最後まで聞き入れられることはなく、なるまで話せなかった。
 それでいいのか、今の自分に満足しているのか。
 そして、何を望んでいるのか。

「俺は、君にこの先も生きて欲しい・・・君が今までに殺してきた人たちのためにも」
「!?」

 それは、彼女に与えられた償いの形。
 組織の道具として動いてきたから、なんて理由は、もう使えないから。
 自分のことは自分で責任を取る。
 それが、明るい世界での生き方だから。

「外の世界を知らないなら、これから知っていけばいい」

 檻から出た鳥だって、最初はエサの取り方だってわからない。
 今までずっと、人間からの施しを受けて生きてきたのだから。
 彼女は檻を出る前の鳥と同じなのだ。
 だから、知っていけばいいのだ。この世界の常識を。

「君はただの道具じゃない、れっきとした人間なんだから・・・それができるはずだ」

 端から見ればおせっかいにしか見えないの行動。
 それらはひとえに、ヘイゼルを思ってのことなのだ。

 しかし、まったくの他人である彼がそこまで肩入れしていても。
 『人』はそう簡単には変われるものではない。
 それでも。

「今、君は自分の人生の岐路に立ってる」

 彼女は今、人生で最初の大きな選択を迫られていた。

「戻る必要もない派閥に戻って、裏切り者としての死を選ぶか・・・それとも、派閥という大きな檻から抜け出して、得られた自由を謳歌するか」

 二つに一つ。
 死を選べば安息が。生を願えば、その先には想像もできないような苦難が待っているだろう。
 それでも、は生を選んで欲しかった。
 何もわからないからこそしたたかに、それでいて大胆に生きていけるはずだから。
 ・・・もっとも、遠慮を覚えてしまえば、そんな生き方はできないと思うが。

「私は・・・ッ、『毒蛇』のようにしたたかにはなれない!」

 ヘイゼルは声を荒げた。
 道具でよかった。居場所があればよかった。
 檻の中でも、生きていければそれで満足していたから。
 しかし、今の彼女にはその選択肢はないはずだ。

 彼女は、あの時の戦いで重症を負ったため組織から切り捨てられたから。

 だから、「組織に戻る」という選択肢は存在しないのだ。
 それをしてしまえば、たちまちのうちに彼女の人生は幕を閉じてしまう。

「俺の人生の岐路は、この島に召喚されたときだった。戦いに怯えて傍観者でいることもできたと思う。でも、今の俺がいるのは戦いのなかでできた、かけがえのない仲間たちのおかげなんだ」

 俺は運がよかったんだよ、と最後にそう付け加えた。
 実際、何もわからないまま召喚されて、右も左もわからなかった。
 そんな自分を救ってくれたのが、この島の住人たちだった。
 家族とはまた違う温かさを持っていた。

「ああいった存在を、『本当の友達』っていうんだろな。言ってて恥ずかしいけど」

 うわべだけじゃない、本当の仲間。
 一緒にいて遠慮する必要のない、心許せる存在がいてくれたこと。
 それには感謝していた。

「君も運がいいんだぞ」

 そう。
 それは彼女だって同じなのだ。

「・・・こうやって気にかけてくれる人間がいるんだからな」
「!」

 うつむいていた顔を上げ、ヘイゼルはの顔を視界に納める。
 その先には彼の笑みがあって。

「俺みたいなお人よしの人間には、甘えるのがいいんだぞ?」

 な。

 は笑みを崩さないまま、呆然と自分を見つめるヘイゼルの肩を軽く叩いたのだった。
 彼女に、自分の持つ生きたいという意思を送っているかのように。

「・・・さて」

 あらかたの話が終わって。
 はヘイゼルの答えを待たぬまま、話を次のステップへと移していた。
 もちろん、生きるという答えを前提に。

「君は檻の中に帰ることはできないが・・・君はどうしたい?」
「どうしたい、って・・・言われても、私は・・・他に生き方を知らないから・・・」

 俺は、笑顔を見せた。

「さっきも言ったけど、知らないなら知ればいいだけのこと。それに常識なんて、たいしたことするわけじゃないんだぞ?」
「無責任なこと・・・言わないで・・・」

 覚えなければならないのは彼女自身。
 それこそ難しいことはないというのに、彼は『たいしたことない』の一言で終わらせてしまう。
 確かに、無責任なことこの上ないと思う。

「・・・でも。君は今、一人じゃない」

 覚えるべきことがとても難しいことでも、周りにはそれを当たり前にこなしている人たちがいる。
 だから、わからなければ聞けばいい。この島の住人なら誰でもいいから、尋ねればいいのだ。
 ラトリクスのアルディラでもクノンでもいいし、風雷の郷のミスミやキュウマでもいい。
 少し離れていても良いなら、過去に彼女と同じ立場を経験しているスカーレルを含んだカイル一家や先生ズ、だっているのだから。

「今の君を助けてくれる人は、この島にはたくさんいるんだ。だから・・・死のうとなんて冗談でも思わないで欲しいと思う」

 必要なのは、ほんのわずかなの『勇気』だよ。

 それだけを告げると、は踵を返した。
 伝えるべきことは全部伝えた。あとはヘイゼル自身が考えるべきことだから。
 彼女の人生だ。結論は彼女が出さなければ意味がない。
 それが、『自立』する第一歩なのだから。





「・・・貴方の言ったとおりだったわね・・・本当に、私たちとは正反対よ・・・ まぶしすぎるくらいに」

 ヘイゼルのつぶやきは、誰にも聞かれることなく虚空に消えた。







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