ずずずず・・・
ぽかぽかと暖かい陽気の中、風雷の郷の屋敷内、縁側に、三つの人影が腰掛けていた。
「平和じゃのう・・・」
屋敷の主にして、風雷の郷のまとめ役であるミスミと。
ずずずず・・・
「確かに、いい天気ですし・・・」
異世界から召喚されて日が浅い割に、いつの間にやら島の空気に溶け込んでいる青年――と。
ずずずず・・・
「このように、縁側でのんびりと茶をすするなど、少し前には思いもしませんでした」
ずずずず・・・
風雷の郷の護人、キュウマ。
「ほんにのう・・・」
彼の一言にミスミは同意を返し、再び湯飲みを傾ける。
というわけで、俺こと は風雷の郷はミスミの屋敷で、のんびりとお茶をすすっています。
聞こえてくるのは微風に揺れる木々のざわめきと、優雅に舞う鳥の声。
それらがBGMとして混ざり合い、快適な癒し空間を作り出していた。
今までが今までだったこともあり、平和だと思えることは本当に嬉しいことだとは思う。
しかし、まだすべてが片付いたわけじゃない。
アズリアとギャレオとは和解し、多くの犠牲のもとに無色の派閥を追い返した。
そして、これからやるべきは碧の賢帝の片割れである紅の暴君の奪還。
本来なら早く決着をつけて、この島を本当の平和にすることが必要なはずだった。
――のだが。
「あくせくしても今は仕方がありませんよ。殿」
「「・・・っ!?」」
先頭きって早期決着を望んであるはずだろうキュウマの口から、とんでもない一言が放たれた。
「イスラの出方を待って動くのが、今の我々にとって最良の手段です。それまでは・・・って、お二人ともなぜうつむいているのです?」
・・・思わず噴出しそうになったからだよ。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第61話 暴露
気を取り直し、ミスミとはお茶を口に含む。
口内に広がる渋い味を堪能して気持ちを落ち着かせると、
「いや、そなたの口からそういう言葉が聞けるとは、思いもせなんだから、つい・・・」
「俺も、同じ。今までなら、気を抜くなってしかりつけるはずだし」
そんな答えをキュウマに返していた。
確かに、彼らにしてみればとんでもないことなのだ。
ただ愚直に島の平穏を望んでいる彼が、「あせらず、時を待ちましょう」と口にしていたのだから。
この先、何が起こるのかわからない。
だからこそ、彼は「気を抜かず、鍛錬でもしてなさい!」みたいな感じで諭すとばかり思っていたから。
彼をよく知るミスミですらと同じようにお茶を噴出そうとしていたのだから、その意外さは誰の目から見ても明らかだ。
「そ、そうだったでしょうか・・・?」
今までの自分のことを思い出しながら、それでいて照れているのか頬を軽く赤に染める。
きょろきょろとあたりを居心地悪く見回すと、慌ててお茶をすすった。
そんな彼を見てか、ミスミは安心したかのように笑みを見せる。
「それだけ、そなたにも落ち着きが出てきたということじゃな・・・どうじゃ? 落ち着きついでにそろそろ、身を固めてみる気はないか?」
「ぶ・・・っ!?」
そんな一言に、キュウマがはお茶を噴き出した。
「守るべき家庭を持ってこそ、一人前の男というものじゃ・・・気のある娘の一人くらい、おらぬのか? 仲人ならば、わらわがやってもよいぞ」
「じ、自分には・・・っ。まだ、そういうことはは、早すぎると思われるのですが・・・っ」
どぎまぎどぎまぎ。
顔を真っ赤に染め上げて、キュウマは必死に弁解する。
たまにちらちらとを見ては、援護してください、みたいな視線が投げかけられる。
しかし、実際のところは彼の年齢を知っているわけじゃない。
見てくれだけなら、もう結婚などしていてもいい年頃だからこそ、首を横に振っていた。
「どうじゃ? ほれ、恥ずかしがらずに言うてみよ」
「しっ、しかし・・・」
からの援護射撃をあきらめて、自分で何とかしようと孤軍奮闘するキュウマと、詰め寄るミスミ。
はもはや我関せずを貫くと決め、縁側で一人お茶をすすっていた。
そんなとき。
「こ、こんにちは・・・」
島唯一の教師の片割れ。
封印の剣所持者にして、自分たちパーティのリーダー的存在の片割れが、赤く艶やかな髪をなびかせて尋ねてきていた。
彼女いわく二人のやり取りを見て、尋ねてよいものかと迷ったらしいが、まるで関わっているように見えなかったがいたからと言う理由でこうしてやってきたという。
ミスミとキュウマはアティがきたことに気づいていない。
挨拶を済ませると、は勝手に空いた湯飲みにお茶を注いでアティに手渡した。
「ほら、ゆっくりしていきな」
「あ、ありがとうございます・・・・・・それで、どうしたんですか?」
「落ち着きついでに身を固めてみる気はないか、とミスミさまが」
「なるほど・・・」
の説明にアティは苦笑した。
キュウマの雰囲気が変わってきていたことを知っていたのか、あるいは今のやり取りにか。
どちらとも取れる彼女の苦笑いだが、結局のところ。
「なんだか、アレを見てすっぱり無視するが大物だなぁと・・・私は思いますけど」
まったく違う方面から見た苦笑だったりする。
「やれやれ・・・そっちの方面が苦手なのは、相変わらずのようじゃのう・・・情けない・・・」
ミスミは大慌てのキュウマを見て額に手を当てると、大きくため息をつく。
落ち着きが出てきているとはいえ、根本的な部分はまったく変わっていなかったと。
彼女の一言がそれを語っていた。
しかし、今まで劣勢だったキュウマは、ここで反撃に出る。
「そ、そういうミスミさまの方こそどうなんですかっ!?」
「えふ・・・っ!?」
きゅうま の こうげき!
かいしん の いちげき!
みすみ は 80 のダメージ!
「な、な、な・・・っ! なにを言い出すのじゃ。いきなり・・・」
再び湯飲みを手にとっていた彼女は、キュウマに思わぬ反撃の一撃を食らい、噴出した。
「ほら、アティ。お茶、二杯目は?」
「あ、ありがとうございます・・・いただきますね」
まったく気づいていない二人を放って、アティと縁側に座ってお茶をすすることにする。
すでに茶葉の入った急須にお湯を注ぐと、お茶の成分がお湯と混ざるように急須を軽く動かしながら湯飲みを受け取った。
「貴方は、まだお若い。もう一度、ご自分の幸せを考えて見るべきと、自分は思います。リクトさまもわかってくれるはずです。きっと・・・」
「いや、しかし・・・それよりも、そなたが幸せになるのが・・・」
「いえ、断じて。ミスミさまのほうが先にお幸せに!」
結局、幸せの譲り合いがはじまった。
あとはこのままエンドレス。この二人のことだから、止まるまでにかなりの時間を要するだろう。
せっかくのこの平和なひととき。
隣で言い合っていられては、それこそもったいない。
だから止めるというわけではないが、には一つ、言わねばならないことがあった。
それは、彼らが死んだと思っている轟雷の将のこと。
は、彼のその後をこの場で唯一知っている存在だったのだから。
「ミスミさまが・・・」
「キュウマこそ・・・」
「二人とも、幸せになるのがいいですよ。今は・・・無理ですけど」
言い合いが止まる。
できるなら、それが一番。
みんなが笑って暮らせる場所。それを守るために、自分たちは戦っているのだから。
「殿・・・?」
「轟雷の将・・・・・・もとい、リクトさんは・・・・・・・・・名もなき世界で、幸せになってます」
そんな一言に、アティを含めた三人は目を丸めた。
なぜ、彼にそんなことが言えるのだろう、と。
実際、はリクトの死に様を見ていたわけじゃない。彼の死を認めたのは、他ならぬキュウマだったのだから。
それに、彼が死んだのはが生まれる何年も前の話だったのだから。
「。一体、どういうことじゃ?」
「そのままですよ、ミスミさま。リクトさんは、俺のいた世界で元気にしてます」
もっとも、もう会うことはできませんけど。
そう付け加える。
こちら側から向こう側へ行くことは、本来できないのだから。
だから、
「それは違います! リクトさまは、あの時・・・死に際に、光に包まれて・・・!」
キュウマは否定した。
しかしは目を閉じ、首を横に振る。
「生き物は死ぬと、そこに遺体が残る。キュウマ、彼は・・・光に包まれて消えたんだろ?
「!?」
そう。
本来ならば、死ねばそこには死体が残る。
名もなき世界ならば、人間はその死体を火葬し、供養する。
それは無論、人間だけの話じゃない。
動物でも虫でも、死体が残ることは同じなのだ。
「それに・・・」
伝えたかった。
彼が生きているということを。
ここじゃない場所で、呼吸して、食事をして、眠っているはずなのだと。
「・・・彼の幸せの証が、ここにいますから」
ここに、のところで自分を指さした。
「それじゃあ、そなたは・・・」
「ええ。リクトさんは・・・俺の父です」
ミスミさまは身体を小刻みに震わせ、口元を抑えた。
生きていた。
ここではない別の世界で、生きていた。
彼が生きているというその事実が、彼女の身体を震わせていた。
実際、思い当たるふしはあった。
まだ完全には大人と言い切れない彼が、リクトと同様に精神修養を必要とせず、昔からやってきていたことだったということ。
の剣が、生来のリクトのそれに似ていたこと。
この島に来て我流に近い部分が多くなってしまっていたが、大本は変わっていなかったのだから。
「そうであったのか・・・よかった・・・」
「リクトさんの・・・俺の父の望みは、二人とも幸せになってくれることです」
すべてを話すにはちょうどいい機会だった。
名もなき世界に飛ばされてからのこと。
鬼人の証である角がなくなっていたこと。
不審な大ケガ人を無償で看病してくれた物好きな人がいたこと。
その人と結婚し、幸せになったこと。
本人から直接は聞いていないものの、自分と同じように目の前の二人に幸せになってほしい思っていることは確実だということを。
「わらわたちが、そなたのことに気づかなかったのは・・・」
「多分、俺が母親似だったからだと思います」
顔立ちはリクトとはあまり似ていない。
男の子供は母親に似るというが、その通りだと思う。
だから二人とも気づかなかったし、気づけなかった。
それは驚愕の事実であり、リクトの大切な人たちである目の前の二人はその嬉しさからか、涙を流していた。
それによってあわてるのはの方で。
「・・・な、泣くのはよしてくださいよ。俺は二人の言い合いを止めたかっただけですから」
実は、本人もつい先日知ったばかりだったりする (第40話参照)。
「この一件が終わったら・・・二人とも幸せになってくれれば、リクトさんもきっと喜びます」
「そうじゃな・・・よしっ、キュウマよ。この件は島の問題が片付くまで保留じゃ。いいな!」
「・・・御意」
二人は涙を拭い、笑顔を見せた。
「つまり・・・がリクトさんで、名もなき世界が生きてたってことですか?」
アティは、今までの話をまったく理解できていなかった。
「・・・違うし」
「なんじゃ、アティ。おったのか」
「気づきませんでした・・・」
「え・・・」
そして、状況をまったく理解していなかったのは、アティだけだった。
アティの間違いを正して、改めてお茶を飲みなおす。
その間、ミスミはずっと嬉しそうで、満面の笑顔だった。
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