感じ取ったのは、わずかな香りだった。
昔かいだことのある、懐かしい香り。
少し開いた扉の隙間から入ってきた香ばしいにおいに引き寄せられるように、目を覚ました。
「・・・・・・」
ベッドの縁に座って、焦点の定まらない目で部屋の壁を見つめ続け早数分。
彼の意識の覚醒させたのは、勢いよく扉を開いてきた少女の声だった。
「マスター、起きて・・・るね! 早く来ないとなくなっちゃうよっ!!」
「なくなっちゃう・・・?」
まるで風のように出て行ったのは、彼の護衛獣であるオルフルの少女だった。
なくなっちゃう・・・・・・何が?
まったくもって、ワケがわからない。
覚醒したとはいえまどろみ気分が抜けていなかったため状況の理解ができていない。
眠気の抜けぬまま気だるげに頭を掻くと、
「顔・・・洗ってくるか・・・」
のっそりと立ち上がり、まだ寝ていたいという誘惑に駆られながらも、は部屋を抜け出した。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第60話 名誉
「お・・・?」
部屋を出た途端、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
そういえば朝ごはん食べてないな、などと思いつつも甲板から船の縁へ歩を進めると。
目の前では、島の住人たちがとある食べ物を求めてごった返しているようだった。
食べ物だと思ったのは、先ほどから自分を誘惑するこの香りのせいなのだ。
「おっちゃん、おかわりまだぁ!?」
「こっちのお皿も、もう空っぽになっちゃったわよー?」
そんな子供たちや妙に嬉しそうなスカーレルの声を聞きながら、は顔を洗うと船を下りた。
群集に近づいてみれば、その香りは強くなる。
この場において人間の根源的三大欲求のうち、刺激されるのは無論『食欲』。
くぅ・・・。
クゥクゥおなかがすきました。
「もっと気合い入れてひっくり返さんかい! この晴れ舞台のためにワシらは、汗と涙の特訓を越えてきたんじゃろうが!?」
ジャキーニの怒号が飛ぶ。
ここがこの香りの発信源。
そこでは、汗を滴らせながら手に持った金属棒で目の前のそれを、海賊たちが必死になってひっくり返している姿があった。
「あ、おはよう。」
「おはようございます」
「おはよ。で、なに、これ?」
授業の準備をしてきた、というレックスとアティに、目の前の光景を指差しつつ、たずねる。
は人だかりを指さす。
かいだことがあるようで、思い出せないこの香りの正体を。
しかし、二人は何も知らないのか首を横に振るばかり。
「あーっ、マスター遅いよぉーっ!!」
そんな中、先ほどを起こしに来た少女――ユエルの声が聞こえた。
ほくほく顔で頬をほのかに赤く染めて、彼女は嬉しそうに口の中のそれを咀嚼し飲み込む。
「おいしーんだよ、これ!」
マスターも食べよっ!
突き出される『それ』。
即興で作られた葉の皿の中心に、球状のもの。
それは、自分が元の世界にいたときに、よく目にしたものだった。
「熱かったからたくさんは食べられなかったけど、外はカリカリで中はトロトロでおいしかったよ♪」
二人が首をかしげている横で、はワナワナと身体を振るわせる。
震えの止まらない手でその球体にさされている木の枝を摘んだ。
おそらく、爪楊枝代わりなのだろう。
――かつおぶしとソースがないのが至極残念だ・・・!!
とか思いつつも口へと運ぶ。
海賊たちが汗水たらして作り上げた渾身の作。
そのお味は・・・?
「ちょっと、しょっぱい・・・?」
・・・
それは確かに、懐かしい故郷で食べたそのものだった。
・・・ちょっとしょっぱいのはさておいて。
しかし、ずいぶんと懐かしい味にはこみ上げる何かを感じ取っていた。
ホームシック、というわけではないのだが、学校の友達は元気かな、などと考えていたりする。
それもそのはず、今彼が食したそれは、学校帰りにつるんでいた友人とよく買い食いしていたものだから。
「焼きたてを食うのが、一番うまいらしいぜ」
いつの間にか、カイルが会話に加わっていた。
どこか含みのある表情で、首をひねるレックスとアティにそんな一言を告げていた。
「うむ、ワシの世界ではそれが当然じゃな。のう、よ」
「・・・うん、確かに。焼きたてはうまいよ」
そんなカイルの言葉に同意したのがゲンジだった。
彼もとは同じ世界の出身。
だからこそ、その話にはうなずくことができていた。
「ということは・・・もしかして、作ってるのは・・・」
アティの声を掻き消し、オウキーニが追加ができあがったことを知らせる。
それをスカーレルは嬉々としてもらいに立ち上がった。
「カイル、スカーレルはあれの名前、知ってるのか?」
「いや、まだ知らないはずだぜ」
とカイルは、二人して顔を見合わせ、にやりと笑う。
なぜなら、その食べ物には彼女たちがかたくなに拒否し続けた食材が入っているのだから。
「先生、兄ちゃん。ほら」
「私たちが貴方たちの分、貰ってきましたから」
「一緒に食べましょう?」
「はい、これ兄さんの分です」
「おう、サンキュ」
ウィルから皿を受け取る。
そこには、丸い物体が数個。
なにもかかっていない状態で乗っていた。
「ソースがあればなあ・・・」
先ほども思ったことだが、リィンバウムではどうしようもないだろう。
それさえあれば、さらに美味となるはずなのだが。
しかし、つぶやかずにはいられない。
もっとも、ないものはないとあきらめるしかないのだが。
とにかく、久しぶりに元の世界の料理を口にできて嬉しい限りだった。
「うまいっ!!」
「本当に、カリカリでトロトロ・・・」
レックスとアティ。
二人は分けてもらったそれを、美味しそうに頬張っていた。
そんな声に、カイルとは顔を見合わせる。
「そうか、うまいか?」
今までかたくなに拒否してきたそれを、彼らはなんの疑いもなく口にして、『うまい』と言った。
オウキーニの言っていた『誰もが喜んで食べる究極のタコ料理』。
彼と、タコたちの勝利の瞬間だった。
「うん! オレもこんなの初めてだよ♪」
「こんな不思議な料理があったなんて・・・」
「なんだか、いくらでも食べられそう・・・」
『究極』というにはずいぶんと庶民じみているものの、この場にいる誰もがそれを気に留めない。
その料理は、とてもとても美味しいのだから。
「丸く焼いた生地の中にうま味がたっぷりと詰まってて・・・それに、この具! 不思議な歯ごたえが後を引くカンジで」
「そうか、具の歯ごたえが・・・ねえ」
「初めて味わう味覚のはずですものねえ」
・・・で、これなんていう名前なんだい?
レックスはを見る。
確かに、アレは不思議な歯ごたえで、初めての感覚だろう。
一度口にしたことのベルフラウは、を見て笑っている。
名前を聞いた二人の顔を思い描きながら。
「タコヤキ」
「「・・・え?」」
「タコヤキじゃ」
「へえ、これタコヤキって言うんですのね♪」
の答えに耳を疑い、ゲンジさんの発言で固まったのはレックスとアティを筆頭としたいわゆる『食わず嫌い』組だった。
刺さっていた木の枝から湯気の上がるそれがぽろりと皿の上に落下する。
『ええええぇぇぇぇぇっ!?!?』
タコヤキを口に入れたまま、声を上げた。
カイルは彼らの顔を見るや否や腹を抑えて大笑い。
少しかじって中をのぞき見るレックスが目を丸めるのを見て、さらに笑いが助長されそうだ。
「・・・くくくくっ、ああ。お前が言ってた赤くて、ふにゃっとしてるアレのことさ」
「ふふふ、意外とイケるでしょ?」
ベルフラウは笑ってタコヤキをさらに口にほおばった。
「祭りとかには必須の食べ物ですよね」
「そうじゃな・・・」
は、ゲンジさんと2人で物思いに耽る。
縁日や大晦日の神社には必ずと言っていいほどあるたこ焼きの屋台。
友達と一緒にそこで買って食べたことが、鮮明に思い描ける。
「どや? 食うてみたら そんなに悪いもんやあらへんかったやろ?」
「・・・そ、そうですよね・・・食わず嫌いだったってこと、素直に認めます。こうして食べてみておいしかったのは事実ですものね」
注文がひと段落し、一息ついていたオウキーニが自信ありげに声をかけていた。
もごもごと咀嚼したまま、答えを返したアティとは逆に黙り込んだままうなずき続けるレックス。
オウキーニはそんな二人を見て、グッとガッツポーズをしてみせた。
「よっしゃ♪ これでようやくタコの名誉を挽回できましたでぇ!」
「これも、ジイさん あんたのおかげだな?」
「なぁに、ワシも久々に故郷の料理を食わせてもらえたんだからな」
一言、会話をしてカイルとゲンジさんは声を上げて笑い出した。
さっきまで固まっていた5人は、すでに皿の上のタコヤキを腹に入れて満足顔。
は苦笑し、また一つタコヤキを口に入れた。
・・・
「ところで、ゲンジさん」
「なんじゃい?」
「タコヤキ焼くための道具、どこから・・・?」
「それは・・・聞かん約束じゃ」
「はぁ・・・」
約束、してませんよ。ゲンジさん・・・
スカーレルが、今食べている食べ物の名前がタコヤキであると知って卒倒かけたことは言うまでもない。
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