「ほら、腕が落ちてきてるぞ!!」
「く・・・っ!」
僕、ウィル・マルティーニは、彼の強さを再認識していた。
もう何合打ち合ったかもわからないけど、どれだけ剣を打ち込んでも彼には当たらない。
それどころか、剣をあわせるごとにまるで僕の攻撃がわかっているかのように腕を動かしている。
・・・暑い。早く終わらせてお風呂に入りたい。
でも、それは無理だった。
自分自身の弱さを、再認識してしまったから。
「・・・いや、君は強くなったよ」
まるで僕の思考を呼んでいるかのように、彼から言葉がかかる。
確かにサバイバル生活の『さ』の字すら知らなかった僕が、ここまで戦えるようになったことは自分でもすごいと思う。
でも、上には上がいるもの。
稽古と称して何度か打ち合ってはいたものの、あの時は手加減されていた。
こっちは必死だったというのに、だ。
「・・・っ」
汗が砂浜に滴り落ちる。
流れ落ちた汗は黒い斑点になって、肌色の砂を色づけた。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第59話 試験 −ウィル編−
「はあぁぁ・・・っ!」
「ミャミャーッ!」
ウィルとテコは左右からの挟撃を敢行した。
まるで打ち合わせを事前にしているかのように、左右対称に砂を蹴りだしへと迫る。
しかし、彼は自身の置かれた状況をしっかりと認識していた。
自分は背後に下がってはいけない。
そして、敵は左右から挟み、同時攻撃を仕掛けようとしている。
だったら、取るべき行動はたった一つ。
「っ!」
頭上へと跳躍することだった。
召喚されてからこっち、は戦いの中でも、そして普段の生活の中でも身体を鍛え続けていたのだ。
戦いだけでなくても、実戦は技術や能力を大きく昇華させてくれる。
度重なる戦いによって鍛え上げられ手に入れたたその身体能力は、必然ともいえるだろう。
「はっ・・・!?」
「ミャ!?」
視界から消えたに驚き、目を見開いた。
とっさにブレーキをかけると、テコの背後に着地した彼を見て剣を突き出す。
しかし、勢いのない刺突撃はあっさり受けながらされてしまう。
はそのまま引いた線に平行に距離を取る。
盛り上がった巨大な岩を背にして、ウィルの追い討ちを受け止めた。
さらにテコが自らの手を振るう。
小さな身体にはありえないような腕力が、に襲い掛かった。
「んっ・・・!」
両手でウィルの剣を受け止めたまま、テコの攻撃を躱すため。
は背後の岩を利用することにした。
両足を浮かせて、足の裏を岩へ。そのまま頭上を越えて、彼らの背後へと回り込むのだ。
ぶっつけ本番にしては、結構すんなりできたのではないだろうか。
腕力に物を言わせて剣を弾き飛ばし、岩を足場に跳躍。
見事に背後へ回り込むことに成功した。
しかし、ウィルはそれに動じることなく懐からサモナイト石を取り出す。
魔力を流し込み、召喚術を発動させた。
「召喚っ、ナックルキティ!!」
「・・・っ!?」
現れたのは、両手にボクシンググローブをつけた召喚獣。
ボクサーさながらのステップを踏みながら、グローブをつけた手を突き出す。
ワンツー、左フック、右アッパー。
さまざまな角度から拳打が飛んでくる。
しかし。
「負、け・・・るか・・・」
度重なる戦いで培ってきた身体や目をフルに活用して避ける、躱す、受け流す。
雨のような攻撃が終わると、ナックルキティはその姿を消し、背後のウィルが驚愕していた。
危なかった、と流れた冷や汗を拭い去る。
「そ、そんな・・・」
「今のところで召喚術は、悪くない選択だった。でも・・・残念」
着地の隙を狙ったのだから、むしろ当たる確率のほうが高かった。
しかし、彼からすればお手の物。
なにせ、島に喚ばれたばかりのころにシルターンの鬼神の剣を受け止めたこともあるくらいだし。
「くそぉ・・・っ」
「ミャア・・・」
必死になって攻撃しているのに、その攻撃は全部受け止められたり受け流されたり。
不意を突く隙もないし、あったところで得物は刀。
小回りが利く分、比較的重量のある長剣な上に腕力で勝っているに分がある。
「ウィル、君は最初に比べると考えられないほど強くなってる。でも・・・」
再び汗がしたたり落ちる。
季節的には汗をかくほどの気候じゃないはずなんだけど、ひどく暑い。
ウィルはかぶっていた帽子を取り払い、さらに深緑の上着を脱ぎ捨てた。
露出した腕で汗を拭う。
腕も汗をかいていたから、あまり意味がない。
「あと一歩、ってとこだな」
強さとは、小手先の技術でもなければ、純粋な腕力じゃない。
少なくともはそう思っていた。
『強い意志は、時に最強の武器になる』
そんな父親の言葉があったから。
技術に乏しくても、非力でも、こうと決めたら最後まで貫けるその意思こそ最高の武器なのではないか。
実際、アティは自身の思いを曲げて、迷ったまま碧の賢帝を振るったから、心を壊された。
父親の言葉が真実なんだと気づいたのは、その一件のおかげでもあった。
立ち直ったアティからすれば、あまり持ち出されたくない話だろうけど。
だからこそ、は問う。
「君は、確固たる強い意思を持っているか?」
自身における最強の武器を、持っているかと。
答えを聞くでもなく、にこりと笑う。
「大丈夫だよ。君ならきっと、勝てるって」
そう告げた。
うつむいていたウィルは顔を上げて、剣を構える。
まっすぐにを見つめた。その表情に、迷いなど微塵も存在しない。
・・・太陽も、すでに赤く染まりつつある。
も同様に、ゆっくりと刀の切っ先をウィルへと向けた。
「はあぁぁぁっ!!」
「!!」
砂浜を蹴りだした。
身動きの取り辛いその場所で、ウィルは剣を握る手に力を込める。
刃が交わり、離れること数合。
「行くよ、テコ!」
「ミャミャアッ!!」
突然距離を取ったウィルはパートナーに声をかけ、再びサモナイト石を取り出した。
目を閉じて、世界に働きかける。
緑の石は、急激に光を強めた。
「さっきまでの僕に足りなかったものは・・・」
握り締めた指の間から光が漏れる。
半ばあきらめていた。
この人は強い。自分なんかよりも、圧倒的に。
だから、勝ち目なんてないんだって決め付けてた。
敵うわけないんだってあきらめてた。
でも、それじゃいくらがんばっても前に進めない。
「負けてたまるかっていう、強い意志だったんだぁぁぁっ!!!」
必要なのは、決めたら最後まで貫けるような、強い意志だったんだ・・・!!
緑色の光がはじける。
視界を覆いつくした緑の光は、テコを中心に発されていた。
テコは声を上げ、光の中でその姿を変化させていく。
「っ!?」
山吹色の身体に緑の大きな目。
身体こそ大きくなっているものの、目の前にいる召喚獣はテコであることに間違いはなかった。
光が消えたからこそわかる。
目の前の召喚獣が、強い力を秘めていることを。
「ミャミャーッ!!!」
大きな本を脇に抱えてテコが手を掲げ、一気に振り下ろす。
すると手から青い、キラキラしたなにかがを襲った。
抱えている本は、魔法書の類だろうか。
振り下ろされた手から出たものは。
「さ、寒いっ!冷気かっ!?」
周囲を一面を銀世界に変えてしまいそうな、低温の塊だった。
を中心に一気に広がり、手足の感覚が麻痺するのに時間はかからなかった。
・・・ここまで、か。
遠くまで退避しなければいけないこの状況。
どうひっくり返っても、自分にはこの場所で耐え切るのは不可能。
顔を伏せると後ろへとび、召喚術を回避した。
・・・
テコがもとの大きさに戻ると、トコトコとウィルの元へかけていく。
しかし当のウィルは、魔力を使い果たしていた。
周囲を凍らせるほどの冷気を放ったのだから、無理もない。
実際、砂浜だったこの場所は、今では見事に全部凍りついている。
砂浜はもちろんのこと、森の入り口や波打ち際も。
「え・・・ちょっ・・・」
はウィルを背負う。
試験は終わった。彼が持ち場を離れたことで。
「合格だよ」
どうせ動けやしないんだから、俺におぶられてなさい。
はそう諭してウィルをおぶりなおした。
「でも、こんな倒れるほどの召喚術、多用は禁物だぞ」
「・・・はい」
一言、ウィルは返事をすると、寝息を立て始めた。
よほど魔力を使ったのだろう。
本当に空になるまで行使しなければ、きっと寝てしまうまでにはならないだろうから。
「あー、寒い。カゼ引く前に、森に退避だな」
「ミャミャアッ!」
森に戻ると、暖かさが戻ってきた。
途中でレックスとアティ、そしてユエルに合流できただったが、もちろん「この先には行かない方がいい」と念を押す。
二人の背中にはナップやベルフラウ、アリーゼの姿もあり、ウィルと同様に魔力を使い果たしたのだろうと思う。
「さ、帰ろうか!」
いつまでもここにいても仕方ない。
レックスが疲れた身体を休ませよう、と音頭を取ったのだった。
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