「・・・レックス先生。ちょっとお聞きしてもよろしいですの?」
「ん、なんだい?」

 目的地への移動中。
 ベルフラウの声にレックスは立ち止まり、顔をむけた。
 質問の内容はいたって簡単。
 ナップとウィルはアティとが担当しているのに、自分とアリーゼだけレックスが一人。
 扱いの差に疑問を感じたのだろう。

「どうして、私たちは二人なんですの?」
「ああ、それは俺の独断だけど。2人とも、武器攻撃よりも召喚術が得意だろ?」

 二人はうなずく。
 答えは簡単なものだった。
 ナップやウィルは武器戦闘を重視するだろう。反対に、ベルフラウもアリーゼももっぱら武器よりも召喚術を主体で戦う。
 そこに扱いの差が出たのだ。

 状況の展開や動きの激しい武器戦闘にはアティとを。
 召喚術一辺倒になりかねない術戦闘は魔力的な要素が多い分、抜剣できるということ以外にアティよりも身体能力に優れるレックスが相手をすることになったのだ。
 それはある意味、最適ともいえた。
 武器戦闘はどちらもうまく立ち回れば、長引く。
 召喚術は魔力が尽きればそこまでだから、短期決戦が望ましい。
 そんな部分にも、あてがわれた試験官の数に差があったのだ。

「そんなこと言ってると、足元すくわれますわよ?」
「私たち、絶対に負けませんからね?」
「ああ、気をつけないとな」

 自信まんまんに振舞う二人を見て、レックスは嬉しそうに笑ったのだった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第58話  試験  −ベルフラウ&アリーゼ編−





「さて、と。この辺でいいかな?」

 先ほどと変わらない、森の中の開けた場所でレックスは足を止めた。
 耳を澄ませば、小さく金属音が聞こえてきている。アティとだ。
 響く剣戟は止むことなく、三人の耳を貫いていた。

「盛大にやってますわね」
「・・・私たちもがんばろう、ベル」

 顔を見合わせ、改めて気合をこめてうなずいた。
 レックスはそんな光景を微笑と共に眺めながら、剣先で土に線を引く。

「俺をこれから引く線から少しでも下げることができれば君たちの勝ち、俺は防御しかしないからね」

 これが試験の課題だよ。

 そう言って笑みを見せた。

「二人がかりですの!?」
「いやいや、もちろん一人ずつだよ」
「レックス先生は、それで大丈夫なんですか?」

 二人がかり、という単語にレックスは苦笑し、否定する。
 いくら相手が召喚術主体の人間とはいえ、二人を同時に相手するのは少々無理がある。
 抜剣したってそれはかわらない。
 あくまで一人ずつ。
 一人が終わったら少し休憩して、二人目。
 順序的にはそんな感じを、レックスは想定していた。

「・・・じゃあ、ベルフラウから。アリーゼは離れてみててくれるかい?」

 おねがいします、と一言。
 ベルフラウは自らの武器である弓に鏃を番え、レックスへと向けたのだった。
 そして、彼女のパートナーであるオニビも気合を込めたのか、燃えているように見える頭上の炎が強く揺らめく。

「行きますわっ!」
「来いっ!!」

 そんな言葉の交換と共に、ベルフラウは番えた矢を撃ちだしたのだった。


 ・・・


 ベルフラウは、まず弓を構えて打ち出す。
 彼女の持つそれは弓というより銃に近い。矢を装填し、引き金を引けば発射されるというシンプルなもの――いわゆるボウガンというヤツだ。
 しかし、シンプルさとは裏腹にその威力は高い。
 狙えばまっすぐ飛んでいくし、敵に向ければ深々と突き刺さる。
 まだ子供で女の子なベルフラウには少々重過ぎるのが難点だが、彼女はそれを両手で持つことで解消している。
 それに、彼女の持っているボウガンは大人が使うそれよりも軽く作られている。
 つまり、扱いには困らない。

 高い初速で発射される矢ではあるものの、レックスは涼しい顔を崩さない。
 飛来する矢をすべて剣で堕としているのだ。
 自分に狙われているからこそ、撃ちだされた瞬間を狙えば叩き落すことなど造作もない。
 レックスの足元には、すでに無数の矢がその役目を終えていた。

「弓矢がダメなら・・・っ!!」

 ポケットからサモナイト石を取り出し、魔力を注ぐ。
 彼女はシルターンの召喚術に長けている。だから、使う術はもちろん赤い石。
 こめられる魔力に比例して光を増し、彼女自身を照らしだす。

「いらっしゃいっ!!」

 掛け声と共に召喚術が発動する。
 現れたのは、大きな一つ目を持つ召喚獣、ギョロメだった。
 ちょこちょことレックスに近づき、大きな目で彼を捉える。
 対象は彼のみ。彼をその視界に納めると、大きく見開いた。
 彼を敵と認識したのだ。
 見開かれた瞬間、赤光が彼を襲う。
 高速で放たれたそれは、真紅のレーザーだった。

「っ!!」

 眉間にしわを寄せつつ、レックスはステップを踏む。
 彼女が召喚師だからこそ、自分の動ける範囲を広げたのだ。
 少しでも下がればレックスの負け。そしてギョロメの攻撃は一直線。
 ならば、取れる行動は一つだけ。
 横に移動することだけだった。
 一メートルほど横へ移動すると、そこに狙いをすませたかのようにオニビが突進。
 しかし、先ほどの矢ほど速度は出ていない。
 つまり。

「ビビッ!?」

 わっしとつかみ受け止めると、空に向けて投げ飛ばした。
 ぽーん、とまるでボールのように飛んでいくオニビ。
 彼は空をふわりふわりと舞い、ベルフラウの隣でようやく落ち着いた。

「オニビッ!?」
「ビビビィーッ!」

 オニビは浮遊しているからこそ、投げ飛ばすことがたいしたダメージになっていない。
 レックスだって傷つけるつもりは毛頭なかった。
 ・・・彼女たちが肉弾戦を挑むはずがない。
 そんな確信があったから。


 魔力を温存しつつ与えられた範囲を駆け回りながら攻撃を仕掛けるが、それでもレックスには届かない。

「どうした、もう終わりなのか!?」
「・・・っ!」

 魔力の温存のために、という名目で召喚術を使わないように攻撃を仕掛けていたのだが。
 移動して矢を放ったり、連射したり。矢を叩き落す剣が対応できないように速射してみたり。それでも、彼の展開している剣の防壁は崩れない。
 向こうは、その場で守るだけ。
 こちらは逆に駆けずり回りながら攻撃ばかりを仕掛けていたせいか、息を荒げていた。
 弓矢による攻撃はレックスが相手の場合は意味を成さない。
 今まで攻撃を繰り出して、得た答えがこれだった。

「矢による攻撃は当たらない・・・・・・なら!」

 サモナイト石を取り出す。
 今までに制約してきた召喚獣の中でも、扱いやすい割りに威力の高いものだった。
 幾度か試しに召喚してみれば、その威力は折り紙つき。
 ・・・結局、戦闘では使うことができなかったが。

「いらっしゃい・・・遠異、近異!!」

 召喚されたのはシルターンに住まう兄弟だった。
 額に札を貼り付けた彼らは、ベルフラウの声に従ってレックスを対象に炎と氷の槍を突き刺す。
 互いに相反する炎と氷だが、炎で熱を高めてから急激に冷ますと、鉄でも簡単に砕けてしまう。
 そんな攻撃は、受ける敵にとってもつらいものとなるのだ。

「・・・っ」

 しかし、レックスは自身の隣に突き刺さった炎の槍を眺めつつ、身体を移動させた。
 片側は避ければいい。問題は、もう片側。
 氷というものは、炎と違って実体が存在する。
 レックスはそこに目をつけた。空気を切り裂いて、氷の槍はレックスへと飛来する。

「はあぁぁぁっ!!」

 その切っ先が自身に降ってくる瞬間。
 レックスは剣を持ち上げた。
 剣に小さなヒビが入り、少しずつ貫かれていく。しかし、氷の槍はその勢いを弱めていた。
 ゆっくりではあるものの、レックスの身体めがけて突き進む。
 しかし、レックスも黙ってはいない。

「・・・だっ!!」

 剣を一気にずらして、槍の軌道を変えていた。
 強引に軌道を曲げられた氷槍は、レックスの目の前に突き刺さる。

「・・・惜しかったね」
「くっ」

 剣が真っ二つに折れるのと同時に、レックスはつぶやくように口にした。
 そんな彼を視界に入れつつ、ベルフラウは眉間にしわがよっていることを認識した。
 遠異と近異のおかげで鋼の剣を破壊することができたものの、彼にはこの先に『深淵なる緑』がある。
 同じ手は使えない。

「ビビィ・・・」

 オニビが小さく声を上げる。
 その顔には戦意というものがなかった。
 自分たちに、あの先生を超えることは無理なんだと、確信したのだろう。
 そんなことくらいわかっていた。ちょっとやそっとじゃ、あの壁は越えられないと。
 無理なんじゃないか。
 そんな思いが徐々に募ってくる。
 それでもなおベルフラウは考えをめぐらせた。

「・・・私のパートナーは、少し攻撃が利かないくらいであきらめてしまうような弱い子だったのかしら?」
「ビビっ!?」

 そう。
 攻撃がただ利かないだけ・・・否、通らないだけなのだ。
 通りさえすれば、レックスにダメージだって当てられるはず。
 そんな彼に攻撃を通すには、どうすればいいのか。
 それが今の彼女の頭を占めていた。

「私はあきらめない・・・ここであきらめてしまったら、今までの自分をなくしてしまうから・・・ッ!」

 サモナイト石を構えた。
 レックスから攻撃がないからこそ、魔力を注ぐことに集中できる。
 勝てると信じなければ・・・自分自身を信じなければ、どんなにがんばっても無駄になるから。


 ―――自分を信じなきゃ、どんなにがんばってもその想いはかなわない。


 そんな言葉を思い出したから。

「自分を・・・信じなきゃ、想いは・・・かなわない・・・」

 自分で自分を無駄にはしない。
 そのためには、自分を信じて戦わなければ。
 それが、今の自分にできる最良だから。

「ビビビ――ッ!!」
「ええ・・・そうねオニビ。貴方は強い子・・・きっと、勝てますわ」

 先生に勝つ。
 その気持ちだけを魔力に乗せて、赤い石へと注いでいく。
 遠異・近異を戻し再び手に取った石。
 その石には、とある刻印が刻まれていた。
 それは、オニビをパートナーに誓約した、記念の石。

「中途半端は・・・イヤだもの!!」

 石が光を強めると同時に、オニビに同色の光が宿る。
 彼女の強い想いと共に、新たな力を得ようとしていた。

 レックスを狙った攻撃が通らないなら、彼を狙わなければいい。
 無差別に、あたりいったいを爆撃してしまえば、防ぐことなどできはしない・・・!

 オニビの身体が進化を遂げる。
 神社にいるような狛犬に似た姿で、オニビは大きく雄たけびを上げる。

「・・・っ!!!」

 あまりの魔力の大きさに、レックスは慌てて抜剣する。
 背筋に寒気が走ったのだ。
 自身の身に危険を及ぼす存在の登場。その魔力の大きさが、以前と比べ飛びぬけていた。

「行きなさいっ!!」

 ベルフラウの声がレックスの耳を貫く。
 オニビが二度目の雄たけびを上げると、真紅の光が周囲を走りぬけた。
 次に起こったのは轟音と砂塵。
 レックスは気がつけば、自身が引いた線からかなり後退していることに気づいた。

「わ、わたくしの・・・勝ち、ですわね・・・?」

 ベルフラウのすべてをかけた攻撃が、レックスを後退させたのだ。

「ああ、俺のまけ・・・試験は文句なしの合格だ・・・」

 色素の抜けた髪や肌に色が戻り、剣を送還したレックスはその場にぺたんと座り込んだベルフラウを抱き上げる。
 恥ずかしいのか、軽く暴れる彼女を諫めながら、アリーゼの横へ彼女を下ろす。


「ベルフラウのことも心配だけど、少しやすんだら次はアリーゼの番だからね」
「はい、わかりました・・・ゆっくり休んでね、ベル」

 アリーゼはベルフラウの頭をゆっくりと撫でた。





 ・・・・・・






 しばらく休憩を取った後、ナップを背負ったアティが姿を現した。
 ベルフラウ同様に、ナップはアティの背で寝息を立てている。
 結果を尋ねれば。

「ナップは合格ですよ」

 アティは一言つぶやいた。

「アティ、ベルフラウのことよろしく」
「はい。アリーゼちゃん、がんばってくださいね!」
「はいっ!」
「キュピーッ!」

 大きく返事をして、レックスのあとにつづいた。
 ベルフラウが心配だ。しかし、自分のことも大事。だから、彼女をアティに任せてレックスと距離を取った。
 周囲の大地はボコボコに抉れている。
 ベルフラウの放った力の影響は、レックスだけでなく周囲の地面や木々にも影響を及ぼしていた。
 しかし、アリーゼはそれを気にすることはない。
 もとから、彼女には『武器攻撃』という言葉はなかったのだから。

「じゃあ、始めるよ。アリーゼ」
「はいっ、行きますっ!」

 アリーゼの試験が始まった。
 彼女はその場を動かず、サモナイト石にだけ集中していた。
 目標は無論新たに線を引いた奥にたたずむレックスだ。
 折れてしまった剣の代用としてアティの剣を借り受けて、レックスはアリーゼだけをまっすぐ見つめる。

 今の私にできるのは、召喚術だけ・・・!

 彼女たち兄弟の中で、飛びぬけて魔力が高いのがアリーゼだった。
 その高さに物を言わせて、召喚術のゴリ押し。
 それが彼女の戦法だった。
 しかし、彼女の術は下位を中心としたもの。
 特にその中でもタケシーを召喚し、魔力を少しずつ追加することで雷の雨を作り出したのだ。

「・・・っ!!」

 休む暇を許さない召喚術の連発。
 これにはさすがのレックスも、大きく息を荒げていた。
 自分の行動範囲が横だけというのもその要因になっている。
 しかし、それはアリーゼも同じ。
 連発される下位召喚術の影響で、徐々に魔力が減りつつあるのだ。

「ハァ、ハァ・・・まだまだ、それじゃあ勝てないぞっ!」
「・・・っ」
「キュピィ・・・」

 レックスの声に、アリーゼは整った眉をゆがめていた。
 あれだけ攻撃しているのに、ただの一度もレックスに当たらない。
 正直、召喚術に関しては多少なり自信があったのだけど。
 そんな中、キユピーが小さく声を上げる。
 自分は何をすればいい? どうすれば勝てる?
 そう彼女自身に尋ねているようにも見える。
 そんなキユピーを見て、

「・・・そうだ!」

 アリーゼは一つの案を思いついた。



 そんなアリーゼを眺めていたアティは、その魔力量に驚いていた。
 召喚しているのはタケシー一体。しかし、そのタケシーの力をそのまま借り続けることで、何度も召喚する分の魔力を節約しているのだから。
 その魔力の使い方にすら驚き、

「アリーゼちゃん、あんなに召喚術を使ったのに・・・」

 召喚術を多用しているにもかかわらず、いまだにその場に立ち続けていることに、彼女は瞠目していた。



 思いついた一つの方法。
 それこそ、まさにパートナーとの連携がものを言う方法だった。
 魔力も残り少なく、やろうと思えば一発限り。
 これでダメならあきらめるしかない。

「・・・っ」

 そこまで考えて、アリーゼは首を横に振った。
 ダメだったときのことを考えてはいけないんだと、悪い考えをすべて吹き飛ばすように。
 タケシーを再び召喚したところで、レックスに当たらないことは目に見えている。
 高位の術を使うにしても、魔力が少しばかり足りない。
 それに・・・

「まだ・・・まだ・・・」

 キユピーがいる。
 自分を守ってくれる、頼もしいパートナーが。

「私は・・・こんなところで、負けたくない・・・」
「キュピ、キュピ」

 キユピーがアリーゼの顔を覗き込む。
 自分はいつでもいけるから。
 そう自分に言ってくれているような雰囲気を纏っている。
 小さい身体に、強い心。
 ・・・実に頼もしい。

「この攻撃を最後にしよう。ベルみたいに・・・自分を信じて、力いっぱい・・・」

 キユピーも、手伝ってくれる?

 彼女の質問に、キユピーは彼女の周りを飛び回ることで返事を返す。
 微笑と共に目を閉じると、キユピーとの誓約に用いたサモナイト石をその手につかんだ。

「いこう、キユピー!!」
「キュピー!!」

 残った魔力を、すべてサモナイト石に流す。
 サモナイト石は注がれる魔力に呼応し、光を放つ。

“もっと、僕に力をちょうだい・・・”

 そんな声が聞こえたような気がして、弾かれるように光を放つキユピーを見やる。
 キユピーが天使と酷似した姿に変化していた。
 背からは一対の羽が生え、子供のような顔の上に金に光る輪が見える。

“もっと、もっと・・・そうすれば、僕は君の力になれるから”
「おねがい・・・」

 聞こえる声に従うようにサモナイト石を胸元に抱え込む。
 自身に残るすべての魔力を、石へと注いだ。

 キユピーの周りに、無数の剣が浮かび上がった。
 手を掲げると、剣群はその切っ先すべてをレックスへと向けた。

「・・・っ!?」

 冷や汗が流れる。
 剣を召喚する術として、シャインセイバーとダークブリンガーがある。
 召喚できる剣の数は五本が限界のはず。しかし、目の前に浮かぶ剣群はその数をはるかに超えていた。
 レックスは自身の防御のために、緑に輝く剣を喚び出した。


 ・・・


「お疲れ様。アリーゼ」
「レックス先生は・・・だいじょうぶ、でしたか・・・?」

 魔力切れで倒れこんでも彼を気遣うアリーゼに、側に歩いてきたアティと共にレックスは笑みを浮かべる。
 彼がついさっきまでいた場所には無数の小さな穴が開いている。浮かんでいた剣群の名残だ。
 ベルフラウの無差別爆撃に、アリーゼのあの剣の群れ。
 パートナーであるオニビとキユピーの能力が高いのか、あるいは彼女たち自身の力なのか。
 どちらにせよ。

「アリーゼも・・・合格ですね」

 彼女も、卒業試験は合格。
 魔力切れで眠っている三人を見やり、笑みを浮かべた。
 彼らが自分たちの思っている以上に成長していたことに、そして、成長と同時に心の強さを身に着けていたから。

 まさに教師冥利に尽きる、というものだ。







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