「いくぞおぉぉっ!」
「かかってきなさい!」
気合のこもった雄たけびと共に、ナップは土を蹴りだした。
その目には強い光を宿し、大剣を握る手には力が入る。
まっすぐ、視界にアティを納めて。
アティは丁度人一人入れるくらいの大きさの円の中で彼の剣が振り下ろされるのを、自分の剣を構えて待っていた。
アティがナップに出した合格の条件は、『自分のいる円の中から、一歩でも外に出すこと』。
いくら相手が自分の生徒といっても、これは試験であるからこそ容赦はしない。
自分と彼が行う最初で最後の、実戦に限りなく近い戦闘訓練なのだから。
「だあぁぁっ!!」
「っ!!」
ナップの渾身の一撃を受け止め、弾き返す。
年端もいかぬ子供の攻撃とはいえ、大剣の重量と上から降ってくる斬撃でその威力は倍加する。
本来ならまだ、こんな無骨な剣を振るえることはなかったはずだった。
島の事件に巻き込んだからこそ、大剣を難なく振るうことができるようになった。
皮肉なことこの上ないと言うものだ。
「ピッピピー・・・ッ!!」
ナップの後に飛び掛ったアールもは身体が小さいためか、アティにとってはある意味受け止めやすかった。
・・・アティだけではない。
体当たりするその姿が、さながらバスケットボールのようで。
リィンバウムにバスケットボールという競技があるかはさておき、大人が受け止めるにはちょうどいい大きさだった。
だからこそアティは突っ込んでくるアールを受け止め、ナップに向けて投げつける。
「アール! くそおっ!」
ナップは立ち上がり、アールを受け止める。
強い意志の篭った視線を向けられて、アティは思う。
・・・本当に強くなってくれたと。そして、どこか足りない自分によくついてきてくれたと。
剣を横に薙ぐ。
アティはそれを自身のそれで受け止め、弾いた。
「どうしました? まだ試験は始まったばかりですよ!?」
「ま、まだまだぁ!」
「ピピーッ!」
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第57話 試験 −ナップ編−
森の中に、剣がぶつかり合う音と気合を込めた声だけが木霊する。
木々の間から漏れる光に二人と一匹は照らされていた。
二人の間に言葉はない。
あるのは荒々しい息遣いと、衝突する剣音だけだった。
「はあ、はあ・・・」
「ピピィ・・・!」
今までになく運動量が多いんじゃないか、とナップは思う。
大きく空気を吸い込み、吐き出すことで荒げた呼吸を整えた。
・・・手に力が入らない。流れる汗が止まらない。
そんな自分とは反対に、円の中でたたずむ女性はまるで疲れた様子を見せていなかった。
圧倒的なまでの実力の差。
無色の派閥の暗殺者すら圧倒するナップとアールのコンビは、アティ一人にまったく歯が立っていなかった。
「くそっ!アール、挟み撃ちだっ!」
「ピーピピーッ!!」
「!」
二人は左右に散り、アティを真ん中にして飛び掛った。
相手は一人。今のように同時に攻撃すれば、捌き切れない・・・!
しかし、そんな考えは浅はかだとすぐに思い知らされた。
「みぎゃ・・・っ!?」
「びぎ!?」
アティは右から飛び掛ってくるナップの剣を躱し、左から突進を敢行したアールの身体を自らの身体を受け流す。
両者の先には、互いの身体。
余りに急なことでブレーキすらかける暇もなく、二人は思い切り頭を強打した。
「あ、アールぅ・・・」
「ぴ、ぴぴーぃ・・・」
共に頭を抱え、痛みがひくまでその場でうずくまる。
そんな無防備な姿を晒して、アティが放っておくわけもない。
ナップに剣先を向けると、
「うずくまっている時間はないですよ」
戦場ではそれが命取り。
身体でわかっているはずが、今が実戦ではないからか油断していた。
これで、貴方は死亡です。
アティは告げる。残酷かもしれないが、それも戦場で生きていくからには絶対に必要になることだ。
「これは実戦なんですよ。ナップ君」
たった一つ油断すれば、それは自身の死に直結する。
それが戦場。そして、実戦の残酷さだ。
ナップもアールも、それに気づくのが遅かった。
「もっと、緊張感を・・・生きようという意志を持ちなさい!」
「「っ!?」」
ただの試験だからと高をくくっている場合ではないのだ。
ナップは剣を手に取ると、あわてて背後へ後退した。
突きつけられた剣からは明確な敵意が見え隠れしたから。
本来なら、あの場で俺は殺されていたんだ。
そう思えば思うほど、前進に怖気が走る。
「そうだった・・・忘れてた」
これが試験だと言う以前に、実戦で・・・戦闘だということを。
死はいつでも隣にあることを。
些細なミスが戦況を覆すような状況にあることを。
「ごめん、先生。オレ、ただの試験だって高くくってた」
その言葉に、一瞬アティの表情が和らぐ。
目を閉じて大きく深呼吸をする。
・・・これからが本領だ。
アティをまっすぐ射抜く。
子供らしくない鋭い眼光。それは、洗練された戦士の光だ。
「ふーっ!!」
大きく息を吐き出す。
大剣を構え、自身にできる最高を模索する。
腰をひねる。足の向きをそのままにアティ背を向けた。
今までのような乱戦とは違い、一対一の決闘。
試験という名の決闘だ。
だから、相手は一人。それを最大限に生かす。
それが、自分にできる最高の一撃をもたらすのだ。
「どうしたんです? まさか、これでもうおしまいなんですか?」
アティは告げる。
今までに教わってきたことや、否応なしに巻き込まれた実戦の中で学んだことを反芻する。
そして。
「終わりなワケ・・・ないじゃんか」
薄く笑う。
「終わって、たまるかーっ!!!」
「ピピーっ!!」
再び地面を蹴りだした。
大剣を背後にナップは走る。
一歩一歩を踏みしめながら、十メートルに満たないこの距離を全速力で走りぬける。
そして。
「だあぁぁぁぁっ!!!」
示し合わせたかのように、アールが大剣の腹に乗る。
あと数歩でアティに届く、というところで、ナップは一度大きく踏み込んだ。
ひねった腰を勢いをつけつつ戻す。
その力を利用して、アールをアティに向けて飛ばした。
「ピーーーィーーーー!!!」
隙を最小限に抑えるように、大剣を振るった反動で一回転。
再び正面に向き直ると、両手で柄を握り走り出す。
アールはすでに、アティの目の前に到達していた。
「っ!?」
目を見開く。
先ほどとは打って変わって、彼はアールと連携していた。
先刻の攻撃も連携だったかもしれないが、先のない死んだ攻撃だった。
しかし、今度は違った。
「いくぞぉ――――っ!!!」
第一波はアール。
彼の小さな身体でアティの視界を遮り、防御の隙を与えないように自分が近づく。
そして、第二波。
彼女の視界が回復しないうちに目の前へと迫り、剣を振るう。
相手が身内じゃなければできない戦法だ。
そうでなければ、第一波でアールが切り裂かれておしまい。
元々勝ち目のない戦いだ。だったら、できることを全部やってから負けるんだ。
アティの目の前に左足を踏み出し、ひねっていた腰を解放する。
腕力に遠心力が加わり、薙いだ力は強く篭る。
上段からの振り下ろしまでとは行かぬものの、それでも並みの召喚獣を斬り飛ばすことなどできるほどの力だ。
「これで・・・どうだぁ―――っ!!」
大振りも大振り。それでも、この一撃は今までの中でも疾く、そして鋭かった。
しかし。
「っ!!」
彼女には届かなかった。
甲高い音が響き、真紅の火花が散る。
ナップの斬撃は、アティの持つ細身の剣に阻まれていた。
「・・・今のは、いい攻撃でした・・・・・・しかし」
アティの剣に小さなヒビが入る。
鋼鉄仕立ての武器にヒビを入れるほど、この一撃は強かったのだ。
でも、彼女には届いていない。
額からは小さな汗を伝わせて、それでも表情は崩さない。
「あと一歩、でしたね」
剣を押し出す。
渾身の一撃をとめられた彼にはその力に抗うだけの時間はなく、
「ぐあ・・・っ!?」
ナップは押し戻された。
「ピピピーッ!!」
アールがナップを心配げに見つめる。
それに苦笑しつつ彼の頭を撫で付けると、ゆっくりと立ち上がった。
なにをやっても、先生には通じない。
あんな狭い円の中から一歩たりとも出すことができないなんて。
たった一歩。
その一歩がとてつもなく巨大すぎた。
「ピピピー・・・」
「ああ、大丈夫だよアール。オレはまだ・・・」
できることがある。
懐から無造作に取り出したのは黒い石だった。
刻印つきのそれは、アールと契約を交わした石。
「俺は・・・俺たちは、勝つんだ・・・!」
「ピピピピィ―――ッ!!!」
悔し涙もそこそこに、ナップは魔力を注ぎ込む。
「オレはもう・・・今までのオレじゃない」
できることがある限り、敵に勝てる要素はある。
それが何であれ、その一撃一撃に・・・すべての力を注ぎ込む。
「・・・・・・」
必死に魔力を注ぐナップを見て、アティは嬉しそうに笑みを浮かべた。
助言するまでもなく、自分で気づけたのだから。
勝てないと思ってはいけないということを。勝てると信じていなければ、勝てる戦いも勝てないということを。
戦場を生き抜くために一番、大切なことを。
合格、ですかね。
自分を円の外に出さずとも。
元々、戦いの技術を見たかったわけではなかった。ただ、戦いの中に身を置く者としての心構えを見たかった。
そして、ナップのそれにおいてはもはや叶った。
きっとこの一撃で、自分は円の外に出ざるを得ない。
それほどに、魔力が膨れ上がっているから。
「今のオレで勝てないのなら、より強いオレになればいい・・・大切なのは・・・」
サモナイト石が強く光る。
「負けてたまるかって必死になれる気持ちなんだぁーっ!!!!」
アールの姿が変化していく。
より巨大に、より強大に。
「ピピピィーッ!!!!」
「っ!?」
あまりのまぶしさに手をかざす。
光の中に見えたのは、大人一人がすっぽり入りそうな大きな筒だった。
身体全体が、警報を発する。
この攻撃は危険だと告げる。
心臓が高鳴る。光が収まった先には、宙に浮かぶ一台の砲台があった。
「光学兵器・・・!?」
「ピピピピィ――――!!!」
雄たけびを上げながら、アールはその砲身を向ける。
周囲の光をかき集め、生じたエネルギーを破壊力に変換し、放射する。
それは、一直線に走る光の塊だった。
抜剣したところで、この攻撃は止められそうにない。
それを悟ったアティは、
「いけェ―――っ!!」
発射の合図と共に、その身体を後退させたのだった。
・・・
「はは、は・・・っ」
笑いながら、地面へと倒れこむ。
アティは、すぐに彼の側へ行き、受け止めた。
円のあった場所を見れば、そこは元の円を大きく超えるクレーターが作られていて、その威力の巨大さが伺える。
「せん、せ・・・」
ナップは息も絶え絶えに、それでいて嬉しそうに笑っていた。
自分の力を出し切ることができたから。
それでもなお無傷でいる自分の先生の強さがうれしくて。
「本当にがんばったね。ナップ・・・文句なしで、試験は合格ですよ・・・」
その笑顔は、この言葉でさらに深まった。
「へへ・・・やったぜ・・・って、あれれ?」
「動かなくていいですよ」
アティはナップを背負い、元いた場所へと歩き出した。
女性に背負われていることに抵抗を感じているのか、軽く身じろぎしているものの、アティの一喝で今はおとなしくなっている。
「でも、今の召喚術は君の身体には、まだ負担が大きすぎるわ。けして、むやみに使ったらダメですよ・・・いいですね?」
「うん・・・」
小さな返事に安堵する。
自分の想像以上に強くなってくれていたから。
身体も、心も。
雇われの身ではあるものの、初めての教え子の成長を嬉しく思う。
気がつけば、ナップは小さな寝息を立てていた。
「さて、他のみんなはどうなったでしょうか・・・」
残りの三人を思い、アティは空を見上げた。
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