「・・・」

 ラトリクスからの帰り道。
 は一人、肩を縮こませて歩いていた。
 ちなみに左隣にはアティ。右隣にはレックス。いつもと変わらない2人。
 いつもと変わらないはずなのに、は萎縮していた。
 ・・・二人が放つオーラが、そうさせることを余儀なくさせていたのだ。

「二人とも、な・・・なにか用・・・か?」

 枯葉を踏みしめる音だけが響き、そんな沈黙に耐え切れず、声をかける。
 その声にはどこか、二人に対して遠慮すら伺えるものがあった。
 ・・・いや。これは遠慮ではなく、恐れに近い。

 肩を縮こませていた彼を隣にして、アティもレックスも笑み崩さない。
 それがさらに恐怖を助長する。
 ・・・いやホントに。

「・・・わかりませんか?」
「・・・
ひっ

 アティの声に軽く顔がひきつる。
 彼女の声に、ではない。依然変わらぬ笑顔を見せる、彼女自身に。

「い、いったい何の話・・・」
「張り切って行こうか。はははこっちさ!」
「いやだから何のは」
「いーからついてきてください」
「はい」

 有無を言わさず、は再び肩をすくめたのだった。


 俺、いったい何したん?





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第55話  天誅





 あれから。
 三人は青空学校を訪れていた。
 青空の見える教室は閑散としていて、子供たちの姿はない。
 いるとしても、机代わりに使っている切り株の上で、見た事もない鳥が羽休めしているくらいだろうか。
 機敏な動作で三人を眺めたその鳥は、軽く首をかしげて飛び去ってしまった。

「さ、ここに座ってください」
「え、いやこれって机」
「座りなさい」
「はい」

 とても、拒否できる状況ではなかった。

 それから、は青空学校で机代わりにしている切り株の上に正座をしていた。
 なにがなんだか、わけがわからないまま。
 座ることを強要した二人は笑顔のまま、彼の周りを行ったり来たり。
 なんか、端から見れば異様な光景である。

「さて、なんでここに座らされてるかわかりますか?」
「・・・・・・」
「わからないのかい?」

 2人とも、額に血管が浮き出ているよ・・・
 もしかして、怒ってますか・・・
 そんな思いと共に、視線が空を仰ぐ。
 このとき、今すぐこの場を離れて逃げ出したいと思うのは、彼だけではないだろう。
 二人の不気味な笑顔が、より危機感をあおります。

「昨日のことです。帰ったらすぐに宴会が始まってしまいましたから、言えなかったんですけど」

 本当は昨日のうちに話しておきたかったんですよ?

 言葉こそ穏やかなものだ。表情も穏やかそのものなのだが、どこかいつもと違っていた。
 屈託のない笑みではなく、含みのある黒い笑み、といったほうが正しいだろう。
 レックスも同様に。
 切り株の上このばしょに座らされた理由は。

「なんで、昨日あんな危険なことしたんだ?」
「なんで、昨日あんな危険なことしたのですか?」

 と、いったことだった。
 ようするに、目の前の二人に黙って無色の派閥との決着を急いだことに対して怒っているらしい。

「い、いや・・・ほら、その・・・」
「言い訳はいらないよ、?」

 わたわたと両手でジェスチャーしつつどう言い訳しようかと思考していればレックスに静止させられる。
 全部わかってるから、と右手のひらをに向けて。
 そんなレックスを見て、の挙動が止まる。
 そして。

「決着つけに行こうって言い出したの、貴方だったいうじゃありませんか!?」
「ぶっ!?」

 アティの発言に肺にたまっていた空気を思い切り噴出した。
 同時に思う。俺をダシ使ったのは誰だ、と。
 だから、聞いてみた。

「アティ、それ・・・誰から、聞いたんだ?」
「え? 誰って・・・カイルさんですけど」

 彼女は簡単にソースの出所を白状した。
 無論、彼女にはそんなつもりはないのだろうけど。

「悪いけど、言い出しっぺは俺じゃないぞ・・・」
「・・・へ?」

 音頭をとったのはカイルだよ。

 とりあえずそう二人には告げた。
 一瞬きょとんとし、沈黙が流れる。

「って、それはどうでもいいんですよぉ!」

 最初に我に返ったのは、アティだった。
 彼女にとって、決着をつけに行くことを誰が決めたのかなど、どうでもいいこと。
 問題なのは、それに乗った彼なのだから。

「あー、とにかくみんな無事だったんだから、よかったのでは」
「それを言っちゃオシマイじゃないですかぁっ!」

 普段、そこそこに物申す彼が珍しく発した妥協案。
 それはいうところの結果論だ。

「俺たちは、みんなのこととっても心配したんだよ」

 ずんずんと、二人に詰め寄られる。
 必要なのは彼が何を考えて動いたのか。
 戦力を少なからず欠いた状態で、戦いに出たのはなぜか。
 敵は強大。戦ったその先に、未来があるかもわからないのに。

「・・・ご、ごめんなさい」

 冷や汗を流しつつ、謝った。
 それを聞いて、二人は「わかればいいんですよ」といわんばかりに笑顔を見せた。

 とりあえず、精神的に疲れた。
 二人の無言の威圧が、なんとも精神にキたものだ。

「他のみんなにも言ったんだけど、もうこんなことはやめてくれよ」
「心配してくれるのは嬉しいですけど・・・」
「ああ・・・」

 しかし、あの時ばかりは戦わずにはいられなかった。
 目の前の二人の未来を、その笑顔を守りたい。
 そのために、自分たちにできるのは『戦う』ことだけなのだから。

「私たちのために戦おうとしてくれたことは、うれしかったです」

 アティはみんなが笑顔じゃなければ、すぐ側にみんながいなければ、満足できないから。
 レックスは、周りに一緒にいて幸せだと思える仲間がいるから笑えるのだから。

「でもあんなふうに、お互いに心配をかけるようなことは、もう・・・やめにしましょうね?」

 アティはそう言って笑みを見せた。


 ・・・


 ひととおり説教が終わって。
 切り株の上での正座から解放されたのは、いいのだが。

「おおっと・・・」

 しびれた足で立ち上がったため一瞬、よろけてしまう。
 剣の稽古で幾度となく正座をしてきたとはいえ、この世界に来て初めて長時間正座をしたから、かもしれない。
 しかしそれでも、はなんとか踏みとどまり、二人を見る。
 軽く笑みを浮かべて、

「あとは・・・イスラをこらしめて遺跡を封印すれば、長いようで短かった戦いの日々も終わりだな」

 そう口にした。
 無色の派閥を遺跡から追い返し、解けかけている遺跡の再封印。
 そのために、紅の暴君の力を余すことなく活用し我が道を往くイスラを止めなければならない。

「そうだね・・・多分、今度の戦いが今までで一番つらい戦いになると思う」

 言葉にするのは簡単。
 しかし、それはいままでの何よりも困難なこと。

「心も、身体も、全てをかけてぶつかっていかなくちゃ きっと、彼には勝てないと思います」

 ・・・これで、最後なのだ。
 彼を止める。そうすれば、島に再び平穏が訪れる。
 もうひとふんばりなのだ。だからこそ、落ち込む必要なんかないのだ。
 今の二人のように、不安げに視線を落とす必要など、少しもありはしない。

「そんなに落ち込まなくたって大丈夫だよ、2人とも」
「「?」」

 地面に向けていた視線がに向かう。
 彼の表情には、不安などない。
 俺たちならできる。仲間がいる。みんなといれば、できないことなど何もない。
 確信に満ち溢れた笑みを、二人に向けていた。

「アティにはこの間言ったけどさ。君たちの後ろにはカイルたちや、護人のみんなや・・・俺がいる。失敗しても俺たちがフォローできるからさ」

 好きにやってみなよ。
 君たちには、そうできる資格がある。
 そうする必要がある。
 ずっと、苦しんできたのだから。

「・・・うん、そうだね」
「・・・ええ」

 二人は落ち込んでいた顔を消し、笑顔を見せた。


 ・・・・・・


 ・・・


 ・


 船に戻った。

「ふふふ・・・」

 まっすぐ自室へは行かず、目的の人物がいる船長室へ。
 他の道に、すれ違う仲間たちにわき目も振らずに、ただまっすぐ、目的の扉を・・・

 がっしゃぁぁぁんっ!!!

 一思いに蹴り開けた。
 扉は蝶番ごと完膚なきまでに破壊され、のんきに居眠りしていたカイルを襲う。
 もちろん、大きな音と自身に降りかかる衝撃で、目を覚まさないはずがない。

「なっ、なななな何だァ!?」

 あわてて飛び起き、飛来した扉を躱す。
 木造の扉は壁にぶつかり、粉々。壁には穴。
 直すのに、いたく手間がかかりそうだ。

「やぁ、カイル船長」

 そんな部屋に足を踏み入れたのは、他でもない。

、お前何してんだよ!?」
「それはこっちのセリフだよカイル船長殿」

 一息で答える。
 表情には笑み。
 顔は笑っているのに、目は完全に笑っていない。
 それがわからないほど、彼も鈍感ではない。
 背後によくないオーラを発しているを見て、一歩たじろいだ。

「おやおやどうしたのかなカイル船長殿俺はただちょっと話をしに来ただけなんですけどね」
「うっ、うううウソだ! その笑みは『ちょっと話』をしに来たヤツの顔じゃねェ!」

 カイルの顔が引きつる。

「あはは何を恐れているんですかカイル船長大丈夫だよすぐに終わるから」
「は、お前何言って」

 次の瞬間、カイルの背筋を走ったのはただならぬ悪寒だった。
 そして思い出して、理解した。
 さっき来たアティとレックスの話。
 二人から発されるオーラが異常に怖くて思わず彼をダシに使ったことを。

「そ、それは・・・その・・・でっ、出来心で!! っていうか、あああの、その場しのぎでっ」
「その場しのぎ、ねぇ・・・」

 ビクゥッ、っとカイルの肩が震える。
 笑みの中に浮かぶ影がさらに拡大する。

「俺をダシに使ったお仕置き、しないとなぁ・・・」
「ま、まて・・・話せばわかるって! なぁ、おい! 聞けってマジで!!」

 パキパキ、と指を鳴らす。
 カイルはゆっくり近づいてくるを見て、壁を背に冷や汗を流していた。
 いつものカイルらしくない。
 船長の威厳が台無しだ。

「ふふふふふ・・・」

 カイルはの笑い声を聞いて、意を決したように構える。
 今自分は、窮地に瀕している。
 だったら、抗う。背水の陣、というものだ。
 ・・・負けてたまるか。

「天誅ーッ!!」
「ま、負けるかよぉっ!」

 とカイルは船長室で、激突した。


 ・


 ・・・


 ・・・・・・


「ねえ、なんか兄貴の部屋から音、聞こえない?」
「そうですわね・・・」
「なにをしているのかしら?」
「あの、叫び声・・・聞こえますよ?」
「そういうのには、関わりあいにならないほうがいい。行こうぜ」

 しきりに中をのぞきたがるソノラ・ベルフラウ・ウィル・アリーゼの4人をナップがいさめ、その場を離れる。
 中で壮絶な死闘が繰り広げられていることなど知らずに。


 ・・・


「や、やるじゃねえか・・・・・・」
「君だって。でもね・・・」

 ゆっくりと立ち上がる。
 は疲れて座り込むカイルにゆっくりと近づいた。
 口の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

「お、おい・・・・・・?」
「まだ、お仕置き・・・終わってないんだよねぇ・・・」














「う、うわあああぁぁぁぁ・・・っ!?!?」





















 カイルの叫びは、島中に轟いたらしい。
















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