「ピピーッ!?」
「ビービビーッ!?」
「ミャミャッ!?」
「キュピーッ!?」
護衛獣たちの声に気づいたのは、一番近くにいただった。
彼らのもとに駆け寄ると、視線の先に自分が先ほど戦っていた女性の姿。
身体を震わせて傷の痛みに耐えているようだった。
走る激痛のせいか表情が痛々しくゆがんでいる。
その姿は、誰もが知っているものだった。
「こいつ!暗殺者たちを指揮してた・・・」
ナップが声を上げた。
暗殺者を指揮して和解しかけていた帝国兵たちを虐殺し、自身もその力を存分に発揮して、人々を殺して回った女性。
『紅き手袋』の頭目、ともいえるだろう。
「『茨の君』ヘイゼル。組織じゃ、その名で呼ばれてたコよ」
組織の同輩かときかれたスカーレルは、口を濁した。
二人の関係を知らない自分たちにとっては聞きたいことかもしれない。
しかし彼にとっては話したくない・・・むしろ知られたくないし封印しておきたい過去のできごと。
だからこそ、彼は口を濁して答えを返したのだ。
「アタシも昔は、あんなことばかりやっていたのよ?」
軽蔑する?
それは、いつぞやが語った内容とはまったく逆のものだった。
は自分の前で死んでいく人たちを見たくない。しかしスカーレルは昔、人を殺すことを己の仕事としていた。
だから、そうたずねたのだ。
「軽蔑・・・なんで?」
「なんでって・・・」
返ってきた答えは、その事実をまったくと言っていいほど気にしていなかった。
スカーレルの言う『過去』がいつのことなのか、は知らないし、知る気もない。
それに、過去にやってきたことを、彼は悔いているようだったから。
「深く反省している人を軽蔑するほど、俺の心は狭くないつもりだけど?」
それだけを告げて、は動かないヘイゼルの脇へ歩み寄ると、その傷だらけの身体を背負い上げた。
「いしょっと・・・見た感じだいぶヤバそうだな」
「おい、よ。まさか・・・」
「まさかもなにも、考えてる通りだよ」
わかっていたかのように訊ねるヤッファに、はやんわりと答えていた。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第54話 茨
ラトリクスのリペアセンターまでヘイゼルを運んだ。
移動をしている間、彼女は気絶しているにもかかわらず傷の痛みをしきりに訴え、顔をゆがませていた。
素人目で見ても、彼女の身体に付けられている傷は深く、粗い。
ところどころ裂かれた服の隙間から、傷ついた素肌が外気に晒されて、痛みを助長しているようで。
治療用のベッドに乗せただけで、小さなうめき声すら聞こえてくる。
痛みを訴えている人間の前で、何もできない自分がどうにも情けなく感じられた。
「ねえ、なんでアイツを助けたの?」
「そんなの、助けたいからに決まってるだろ」
船への帰り道。ユエルの質問にさも当たり前であるかのように答えた。
もちろん、自分の誓いを曲げないためでもあったのだが、なにより彼女を助けたかった。
なぜだかはわからない。生きるために必死だったからか、もしくはあの瞳を奥底に秘められた何かを見てしまったからかもしれない。
「でも、アイツは敵なんだよ?」
「それでもだよ。俺が、助けたかったんだ・・・」
船への道を歩きながら、暗くなってしまった空を見上げる。
空には大きな月。
「リィンバウムの月って、こんなに大きかったんだな・・・」
バタバタしてて、月なんて鑑賞しているヒマがなかったから、つい口に出してしまう。
手を伸ばせば、つかんでしまえそうなほど大きい。
手を月へかざし、握って、開いてを繰り返すしてみる。
当たり前だが、月をつかむことはできなかった。
「おぉう、っ。帰ってきたなぁっ!!」
「おめえも飲むんだろぉ!?さっさと座れよって!」
船に戻ると、ヤッファとカイルはすでにデキあがっていた。
彼らを無視して周りを見ると、近くでアティが乾いた笑みを浮かべている。
さらにその奥でもすでにドンチャン騒ぎが始まっていた。
いろんな意味でスゴイ光景だった。
あの真面目なアルディラでさえも、ファルゼンの姿のファリエルと肩を組んでなにやら楽しげに話をしている。
・・・というか、肩を組んでいる時点でかなり酔っ払ってるな。
なんて思える。
「ユエル、君も行って・・・」
きなよ、と言おうと隣を見ると、そこに彼女の姿はなく、すでにドンチャン騒ぎに混じっていた。
「おらっ、おめえも飲めっ!」
「ぐーっとな、ぐ〜っと」
コップを渡され、そこになみなみと酒が注がれた。
すでに顔を真っ赤に染め上げたカイルとヤッファ。
彼らの周りに十本ほどのビンが転がっているところを見るに、お互いに飲ませあっているうちに今の状態になってしまったのだろう。
「おっとと・・・」
あふれてこぼれそうになったオレンジ色の酒を、予備動作もなく一気にあおる。
「おおぅっ、いい飲みっぷりじゃねえかぁ、コノヤロー!!」
なくなったコップには、再び酒が注がれた。
彼らは、どうやら自分を酔わせたいらしい。
宴会は明け方まで続き、は無駄に酒ばかり飲まされていた。
顔色をほんのり赤らめたまま、自室のベッドへダイブする。
少し、頭が痛い。いわゆる二日酔いという奴だろうか。
食べ物をほとんど口にせず酒ばかり飲んでいたから、さらに気持ち悪い。
「ちょっと寝てから・・・ラトリクスに行かないと・・・」
独り言を最後まで言えずに夢の中に入っていった。
・・・・・・
目を覚ますと、太陽は真上に出ていた。
昔教わった理科の授業を思い出し、今の時間帯を推測する。
いわゆる南中と呼ばれる時間帯。
つまり、昼だ。
「あ、。おはよ。すいぶん寝てたね」
「あれだけ酒飲まされれば当たり前だろ」
甲板から降りると、そこにはソノラの姿があった。
特に食事当番というわけでもないのだが、昨夜の宴会で酒を飲んでいなかったから、いつもと同じ時間に目が覚めたらしい。
タルの上にどっかり座ってヒマそうに頬杖をついていた。
「アニキたちもまだ起きてこないんだよ。まったく、戦いがひと段落ついたからって気抜きすぎだと思う」
そう言って口を膨らませる。
「まあ、そういうなって。やっと無色の連中に一泡吹かせてやったんだから、今日くらいは大目に見てやらないと」
「ぶーぶー!」
酒を飲んでいなかったアティとレックス、子供たちは久しぶりに学校で授業。
ユエルも同様に授業に参加しているのだとかている。
「かまってよー!」なんて駄々をこねるソノラをあっさり無視するとラトリクスに行ってくるからと伝え、船を後にした。
「こんちは〜」
「こんにちは、さま」
リペアセンターに入ったと同時にクノンに挨拶。
さま付けが相変わらず抜けておらず、思わず苦笑。
彼女がそういう風に作られていることは以前アルディラに聞いているので、もはや直そうとは思わない。
「それで、ヘイゼルの様子は?」
「外傷についての処理はすべて完了しました。あとは、体力の回復を待つだけです。しかし・・・」
意識が回復して以来、一言も口を聞こうとしないのです。
治療を拒んだり、抵抗したりしているわけではないが、なにを聞いても無反応。
高度な技術で作られ、ヒトのそれに近い思考ルーチンであるにもかかわらず、クノン自身彼女の真意を理解できずにいた。
会話ができないのだからそれも仕方ない、といえるのだけど。
「状況はわかった。で、悪いけど面会の許可を頼むよ」
「かしこまりました」
こちらです、とクノンをに背を向ける。
正面の扉から、その奥へと消えていった。
少し歩いた先で、クノンは立ち止まった。
リペアセンターの中にはあまり入ったことがなかったが、同じような十字路をいくつか通っていて、いつか迷い込みそうだとは思う。
もっとも、今回はクノンがいたから迷わず来れたけれど。
隙間から光が漏れ出ている。
「患者は、この中に」
「ああ、ありがとう・・・そうだ。悪いんだけど、三十分位したら迎えに来てくれないか?」
「かしこまりました」
クノンはの申し出に了承すると、くるりと背を向けて曲がり角へと消えていった。
相変わらず、ロボットっぽいなぁ・・・なんて思って苦笑すらしてしまったのだが。
とりあえず、中に入ることにした。
なにせ、制限時間は三十分しかないのだから。
扉をくぐったその先で。
一人の女性が窓から外を眺めていた。
降り注ぐ太陽の光が彼女を照らし、それでも彼女は動きを見せることはない。
「・・・失礼」
そんなの声に、やっと反応したのだ。
ゆっくりを顔を彼へと向ける。その表情は、まるで抜け殻のようだった。
自分の意思もなにもない、ただの人形。
今までに見たことのない生きる意志を失った『人』の姿。
人は思い一つでここまで違うのか、と改めて実感していた。
「捕虜・・・なんでしょう?」
「・・・は?」
光のない瞳での捉え、告げられた最初の言葉だった。
「私は・・・回りくどいことはキライなの・・・」
拷問でも、クスリでも、好きに使って聞きたいこと聞き出せばいいじゃない。
一方的にそれだけ言うと、再び口を閉ざした。
捕虜、拷問、クスリ。
平和な世界で生きてきた彼には聞きなれない単語だった。
戦争だってなかったし、諍いといってもせいぜい取っ組み合いのケンカがいいところ。
実際、料理をするときなど以外に刃物を所持してはいけない、なんて法律まであるくらいに、戦いとは無縁の世界だったから。
でも、その意味を知らないわけじゃない。
「悪いけど、俺は拷問の仕方も、薬の使い方も・・・むしろそれらの手に入れ方も知らない」
やったこともないし、もともとそんなことやる気もない。
自分は、軍人ではないのだから。
「別に人質にしようとか、そういった考えもあいにく持ち合わせちゃいない」
「・・・・・・」
表情に変化すら見せない彼女にため息をつく。
どうすれば、彼女は話をしてくれるだろう。どうすれば、彼女の真意を聞けるだろう。
そんな考えだけが頭を支配する。
「・・・まぁいいや。とにかく・・・」
これを、最初に言いたかった。
たった一言。
自分は一人じゃないんだということを、知ってもらいたくて。
「元気そうで何よりだ」
「・・・っ」
そんな一言に、彼女の表情に少なからず変化があったような気がした。
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