突然の轟音。
 視界を覆い尽くす蒼と緑。
 同時に、肌に感じたのは強い圧力だった。
 衝撃にも似たその圧力は、容赦なくやカイルに圧し掛かる。
 それが消え、強く閉じていた瞼を開いた先で。

「あ・・・」

 オルドレイクとウィゼルが自分たちと距離を取っており、とカイルを守るように、二つの人影が認めていた。
 その人影は間違えようもない、赤い髪の二人。
 悠然と、まるで自身の存在を誇示しているように。

「みんな、ゴメン。遅くなったね」

 確かな力をその手に携え、立ち尽くしていた。
 二人は目の前で驚きの表情と共に見上げている二対の視線に、笑って見せた。
 今まで見せてくれていた、周囲を自然と笑顔に変える魔法のような微笑。
 そんなほわわんとした笑顔が、今の状況とは180度違う気がして。

「ば、バカ野郎ッ!!」

 思わずカイルは声を荒げていた。
 それもそのはず、もともと自分たちは目の前の二人を守るために、こうして戦ってきたのだから。
 守っているはずの彼らに助けられては、本末転倒この上ない。

「なんで、こんなトコにしゃしゃり出てくるんだよッ!?」
「あ、ひどい・・・そういう言い方はないんじゃないですか」

 不貞腐れたように、彼女は言う。
 ソノラがぶーぶー言っているときのように唇を軽く尖らせている。

「そんなの聞かなくたってわかってるだろ?」

 さらりと事実を言ってのける二人に、カイルは声をつまらせた。

「ここが、みんなのいるこの場所が・・・俺たちの居場所なんだ」
「なにがあっても失いたくない、本当に大切な場所だから・・・守りたいんです!」

 レックスの、アティの。
 二人の笑顔は、傷ついた仲間たちに再び力を与えるように、輝いて見えた。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第53話  居場所





「く、くくく・・・っ、負け犬が一匹、増えただけで、どうなるというのだ? 忘れたのか!? 貴様は、すでに一度敗北していることを!」

 アティを指さし、眉間にしわをよせたまま、オルドレイクはまくし立てた。
 しかし、彼女の表情は変わらない。
 なぜなら、彼女の気持ちはすでに定まって、今までよりも強固なものになったから。
 だから彼女はもう、なにを言われても揺らぐことはない。
 迷うことはあっても、それをよしとして前へ前へと進んでいくだろう。

「確かに、私は負けました

 彼女は負けた。
 イスラに、碧の賢帝に。そして・・・自分自身に。
 言葉の槍に貫かれ、迷い、苦しんで、その苦しみの中で喘ぎぬいて。
 それでもなお、笑顔を見せてきて。
 結局一度、壊れてしまった。

「負けてしまったのかもしれない。だけど・・・」

 蒼い双眸が、オルドレイクを射抜く。
 私は壊れてなんかいない。心だって、にある。

「今は、もう違います!


 それは、以前の表情とは違っていた。
 迷い、答えが出ないままに戦場に出ているような顔ではない。
 むしろ、そんな表情とはまったく逆の、自信に満ち溢れた顔立ちで、翳りなど一切存在しなかった。
 あんな状況からどうやって立ち直ったのか、浮かぶ疑問にオルドレイクは忌々しげに歯を立てた。
 床に伏していたカイルが、ゆっくりと立ち上がる。

「おら、。いー加減起きやがれ」
「うぐぐ・・・まったく、現金だ・・・なっ!」

 隣でうつぶせになっていたも、足に力をこめて立ち上がった。
 立ち上がることができた。
 本当に現金だなぁ、などとは思う。
 それでも実際、力が湧いてきているような気がするのも事実。
 人が数人増えるだけでここまで力がみなぎる。

「みんな・・・もうひとふんばりだ。気、引き締めていこう」
「う、うんっ! ユエルもまだ、戦える!」

 まるで水を得た魚のよう。
 活力を得たかのように全員がしっかりと地に足をつけ、跪いていた者は立ち上がり、立ち尽くしていた者は武器を構えた。
 彼らの存在がここまで仲間たちを安心させることができる。
 自分たちに背を向けている彼らの力だ。
 そして。

「見せてやれよ、先生!」
「生まれ変わった、新しい剣と・・・」
「守るために自ら作り出した、先生だけの剣を!」
「島を守る、新しい希望を!!」

 島に住まう仲間として、彼らは新たな力を解放する。

「「はああああぁぁぁ・・・」」

 アティとレックスは、互いにうなずき、虚空に手をかざす。
 手の先が、それぞれ淡い蒼と緑に包まれていた。
 そんな声と共に、部屋全体が蒼と緑に包まれる。
 その色は互いに交じり合うことなく、それでいて干渉しあって境界線を隠してしまう。
 キィン、という甲高い音が頭に響く。
 それは、彼らが剣を手にしたときに必ず響く音だった。

「・・・っ」

 光が収まり、目を開くとそこには、同じ姿をした二人の姿。
 それぞれの手には、蒼と、緑の剣を携えて。
 堂々とした姿で立っていた。

「アティの・・・剣が、復活を・・・」
「違うわよ、ヤード。あれは、アタシたちの知ってる剣じゃない」
「2人の剣、きれいです・・・」
「ああ、本当に・・・」

 それはまさに、仲間たちに活力を分けているかのようだった。
 あふれ出す澄んだ蒼と深い深い緑。
 その二つの色は、見る者を魅了するほどに美しく輝いていた。
 髪から肌から色が抜け落ち、抜剣した二人はその二振りの剣を共に軽く振るい、刃を無色の派閥へと向けた。

 それは決意。
 なにがあろうと折れることのなくろがねの心。
 それは決意。
 自らにのしかかるすべてを断ち斬る不屈の精神。

「まったく・・・気を揉ませた挙げ句がこれか・・・」

 アズリアは傷だらけの身体を引きずりながらも、笑みを浮かべていた。
 要らぬ心配をさせて、自分たちの窮地にまるでタイミングを合わせたかのように颯爽と現れて。
 新たな力すら携えて、その大きな背を自分に向けている二人。
 言いたいことは山ほどある。
 しかしそれ以前に、彼女は安堵していた。
 心の剣である碧の賢帝を折られたはずのアティが、いつものアティに戻っていたことに。

「文句は、こいつらを片づけたあとで、たっぷりとつけさせてもらうから・・・な」

 誰にも聞こえないほどに小さな声でそんなことを口にすると、力の入らない身体で剣を握った。



「悲しみも、苦しみも。もう、これ以上繰り返させない・・・」
「島の運命も、暗い感情も、すべて俺たちの剣で断ち切って見せる!」


 島の行く末をかけた最後の戦いの火蓋が今、切って落とされた。











「みんな、気をつけて!!」

 レックスの声が仲間たちの耳を貫いた。

 なぜならこの部屋は、とても危険な構造になっている上に、無色の派閥の構成員が総動員されていたからだった。
 目的であるオルドレイクたちは、何段もある階段を上がった先。
 そこへ行くまでに、迂回できる道ほとんどなく、正面から突っ込む以外方法はなかった。
 迂回できる道があっても、そこにはヘイゼルを中心とした暗殺者たちが待っている。
 だからこそ、高くそびえる階段の頂にいる目的の人物たちを、挟み撃ちにしようという作戦を立てた。

 簡単に言うならば階段をまっすぐ上るチームと、迂回してヘイゼルたちの援護を阻止するチームの二つに分けるというもの。
 戦力は半減するが、それは向こうも同じこと。
 目的地は同じだが、違うルートから階段を上っていくことで彼らを挟み撃ち、状況を有利な方向へと展開していく。
 それが強大すぎる無色の派閥に勝利するための要素であると言っても過言ではないだろう。
 は、ユエルと共に、迂回するルートへまわった。
 階段を上るチームの戦力が、申し分ないものだったから。

 蒼い剣を手にしたアティと、ナップとベルフラウ。遠距離・接近戦共に突出した力を持つカイル一家。
 さらに召喚術要員として、アルディラとミスミ。彼女たちを守る騎士役としてキュウマとスバル。
 実にバランス取れた布陣とも言えるだろう。

 それとは反対に迂回チームはというと、深い緑の大剣を携えたレックスと、とユエル。
 攻め守り召喚術とオールマイティにこなせるウィルと召喚術&遠距離要員であるアリーゼとマルルゥ。
 単体で行動できその能力の高いヤッファとファルゼン。帝国軍唯一の生き残りであり、高い攻撃力を持つアズリアとギャレオ。
 己の力を武器とし攻めに特化した、『紅き手袋』の暗殺者たちを抑えるための超攻撃的布陣。
 敵の中に召喚師が存在しないことを見越した布陣とも言えた。
 そしてもう一つ、には気になることがあった。
 それは。

「・・・っ!」

 顔前でナイフと自らの刀を交差させた、彼女のことだった。
 感情などないのではないかと思わせるほどに無表情で、戦うためだけに・・・人を殺すためだけに生きている人形のような女性。

「マスターッ!!」
「大丈夫だ! ユエルは自分のことを考えろ!」

 ユエルに聞こえるように、声を張り上げた。
 彼女とは襲い掛かってくる暗殺者たちを蹴散らすために、互いに背中を合わせて連携していたのだが、少しユエルが前に出た瞬間を狙われたのだ。
 数いる暗殺者の中でも卓越した力を持つマフラーの女性。
 今の彼女の表情は、短い期間の中で見たこともないくらいに怒りを露にしていた。

「ヘイゼル・・・っ!」

 刀と比べて軽いナイフをもってしても、彼女は刀を使うと対等以上に渡り合っていた。
 が力ならばヘイゼルはスピード。
 本来ならばその速度を武器に、彼女は戦っているはずだった。
 実際に今、一本あるナイフを両手で自在に持ち替えて、それこそ目にも見えないようなスピードで彼に襲い掛かっている。
 その速さは、まごう事なき凶器そのもの。
 初めての実戦を経験してから日の浅い彼にとって、その速さは間違いなく脅威だった。

 しかし、は意外に冷静だった。
 一撃を弾いた瞬間に二撃目が来るような斬撃の嵐の中、今までに鍛えてきたすべてを駆使して、その速度にあわせていたのだから。
 これこそまさに、ついこの間まで稽古をつけてくれた父親に感謝せねばなるまい。
 もっとも、リィンバウム召喚されてからというもの、元いた世界でより実戦に近い形で稽古を積んでいたことを感謝しない日はないわけだったのだけど。

「・・・っ!!!」
「ヘイゼル・・・っ!!!」

 はひたすら呼びかけた。
 話がしたかったから。彼女がいったい何を考え、何を思って行動しているのか。
 その真意が知りたかった。
 昏い昏いその瞳を、見てしまったから。

「アンタたちを見ていると、イライラする!」
「!」

 しかし、返ってきた答えは銀光と共にへと襲い掛かっていた。
 高速で繰り出される刃はそんな怒声を乗せて、鋭利な三日月を描く。
 今までになく高速で繰り出され斬撃
は、ついにの視界から消えていた。
 あまりの速度に、対応が遅れる。

「チッ・・・!!」

 生への本能が一瞬にして湧き上がり、この一撃は危険だとに告げる。
 目を見開き、鳴らされる警鐘のままに身を反らすが・・・間に合わない。
 ナイフの切っ先が目元を掠めて、一筋の赤い線を作り出した。
 真紅のしずくが宙を舞い、振り切られたナイフの残影追いかけ、大地に映る赤い斑点。
 今のに一撃必殺の技はない。
 さらにはその経験の浅さが、彼を追い詰める。

「話だ・・・っ、話をしよう・・・っ!!」

 昏い瞳の彼女が今、何を思って戦っているのか。
 今の自分の是非を。たった一言でいいからこそ、それだけを聞きたかった。
 しかし、彼女は答えない。
 代わりに返ってくるのは、ナイフによる斬光だけだった。

「君は・・・っ、それでいいのか!?」

 は呼びかけた。
 問いかけと共に、彼女の真意を見出したかった。
 わからないから。彼にはヘイゼルの思いを読み取る力など持っていないから。
 だから、話をする。対話をすることで彼女の考えていることを、その願いを理解できるから。

「ヘイゼル!!」

 躱す。避ける。受け止める。弾く。受け流す。避ける。避ける。躱す。避ける。弾き飛ばす。
 反撃のいとますら与えられず、ただただ自分の身を守り抜く。
 それ以外のすべての行動を制限されている状態に陥った。
 それでも、は呼び続けた。
 事の真意を、その耳で聞くまでは。

「お前に・・・」

 ナイフを大きく振りかぶり、大きく踏み込む。

「私の気持ちなんて・・・」

 鋭い眼光がを射抜く。

「わからない・・・ッ!!」

 怒気を孕んだ声と共に、ヘイゼルの渾身の力を込めた上段からの一撃がを見舞った。
 刀の峰に左手を添えたはその衝突に眉をゆがめる。
 ずしりとのしかかる衝撃。
 一瞬の閃光が双方の顔を照らし、赤い火花が飛び散る。
 力と力のぶつかり合い。
 男と女という違いこそあれ、戦う意思の有無が互いの込めた力を拮抗させていた。

「ああそのとおりだ。だから、俺は話をしようと言ってるんだろ!!」
「何も話すことなど・・・・・・ないっ!!」

 鍔迫り合いを展開していた矢先、ヘイゼルはナイフを握った右手に左手を乗せ、力を込める。
 単純計算で約2倍。
 左手を峰から動かすことができず、は徐々に押されていく。
 目の前に迫った鋭利な刃が視界を覆い尽くした、そのとき。

「マスター、避けて!!」

 横から響くトーンの高い声が二人の間に割り込んでいた。
 その声ではじめて気づく。
 ナイフを主に扱っている暗殺者の中に、数人の召喚師が混じっていたという事実を。
 しかも立ち上った薄紫の光から、一体の召喚獣が顕現していた。
 それははじめて見る召喚獣だった。
 召喚されてからこっち、戦いばかりで召喚獣の種類とかはあらかた把握していると彼自身思っていたのだが、実際はまだまだたくさんの種類が実在しているということを認めさせられる。
 見てくれは小悪魔にしか見えない。
 しかし、立ち上る魔力は汎用性の高い下位の召喚術を軽く凌駕している。
 なにせ、魔力が色濃く肉眼で確認できるのだから。

「退けヘイゼル! 巻き込まれるぞ!」

 目の前でせめぎ合う彼女に向けて叫ぶ。
 しかし。

「・・・・・・」

 ヘイゼルは退く気配を微塵にも見せなかった。

「・・・っ! ああぁぁぁぁっ!!!」

 渾身の力を込めてナイフを弾き飛ばす。
 攻撃のみに全力を注いでいたからこそ、ヘイゼルは勢いあまってたたらを踏む。
 彼女に背を向けて全力で駆け出した。

 黒い球体が具現し、走る身体に徐々に重圧がのしかかる。
 ・・・重い。まるで身体中が鉛が埋め込まれたかのように重く、次第に動かなくなっていく。
 しかし、動かさねばならなかった。
 そうしなければ、自分はここで死ぬから。
 死にたくない。だから・・・

「負け、るかあぁぁっ・・・!」

 必死に足を動かして、球体から飛び出た瞬間にヘッドスライディングをかましていた。
 すぐに起き上がり、ヘイゼルの安否を確認せんと振り向く。
 そこには。

「仲間ごと・・・っ!?」
「・・・、わかってんだろ?」

 これが、無色のやり方だった。
 周りの仲間は仮初に過ぎず、必要なくなれば即座に切り捨てる。
 味方すら、ていのいい道具としか見ていない。
 だからこそ、目の前のクレーターの真ん中で、ヘイゼルはボロ雑巾のような姿で倒れていた。

「・・・っ」

 今まで抑えていた感情が渦を巻く。
 許せなかった。
 人の命をまるで消耗品のように扱う彼ら、無色の派閥が。
 平和な世界で日常を過ごしていたから、その危険性を重要視していたのかもしれない。
 世界にはさまざまな人種がいる。
 そんな事実をまざまざと見せ付けられた。

「その怒り、全部まとめてオルドレイクにぶつけてやれ」

 ヤッファの声。
 こんな一言があったから、彼は感情を抑えることができた。
 そう。抱いている黒い感情はすべて、その元凶ともいえる存在にすべてぶつけてしまえばいいのだから。





 迂回チームが頂上にたどりつけば、階段からの正面突破チームはすでにオルドレイクたちと交戦していた。
 敵はオルドレイク、ツェリーヌ、ウィゼルのたった三人。
 ・・・この三人が曲者なのだ。
 優雅にホコリを払うしぐさをしているのがオルドレイクなら、満身創痍なのは剣の加護を受けているアティ以外のメンバー。
 実力差は、まさに圧倒的と言えた。

「みんなっ!!」
「大丈夫かッ!?」

 あわてて駆け寄り声をかけるが、返事は来ない。
 しかし、それぞれの武器だけはしっかりと構えている。
 意識が飛んでしまっていても、戦う意思を失っていない証拠だった。
 容態は芳しくない。

「アリーゼ、みんなの治療を! ファリエルとアズリアも頼む!」
「任せてください、レックス先生!」
『わかりました!』
「効果の程は期待できんが・・・そうだな、わかった」

 だからこそ、レックスは指示を出した。
 近接戦闘に特化したチームだったからこそ攻撃要員としての召喚師ではなく、回復要員としての召喚師が必須だったのだ。
 三人は散り散りになり、手に握った紫のサモナイト石が光を帯びる。

「・・・遅かったではないか。待ちくたびれてしまったぞ」
「オルドレイク・・・っ!!」

 彼を目にしたとたん、抑えていた怒りが一気にボルテージを超えた。
 もちろんその衝動を抑える必要はまったくなく、ただ正面にたたずむ彼をつぶすだけ。
 しかし、それをさせるほど彼の実力は弱くはない。
 殺気のこもった視線を心地よく感じているかのようにうれしそうに笑い、その表情を崩さない。

「無色のやり方は気に入らない。絶対に潰してやるからな!」
「ふん、小僧が。いきがりおって・・・」

 そんな声と嘲笑と共に、オルドレイクのサモナイト石に光が走る。
 もちろん、召喚術など使わせるつもりは毛頭ない。
 だからこそ、は自身の出せる全速力でオルドレイクへと迫った。
 ヘイゼルにつけられた傷から血を滴らせたまま、その痛みすら感じる暇もない。
 しかし、あと数メートル。

「ここから先へは行かせんぞ、小僧」

 その数メートルという距離で、ブレーキをかけざるを得なかった。
 とオルドレイクの間に割り込むように、ウィゼルが刀を抜いていたのだから。
 現実で物事がなかなかうまくいかないのはすでに承知している。
 それでも、こうなってしまったからにはもう、自分はオルドレイクには届かない。

「アティ、レックス、みんな!! ・・・行けっ!!」

 だからこそ、仲間たちに呼びかけた。
 一人で戦っているわけでは、ないのだから。
 必死の治療により意識を取り戻した正面突破メンバーは、力の入らない身体にムチ打って立ち上がる。
 負けない。負けられない。
 そんな思いが渦巻いていたのだから。

「ウィゼル、お前はここで足止めだ」
「上等だ」

 二人の刃が重なる。
 渾身の力をこめて、斬り結んだのだった。












「俺たちが、お前を止めてみせる!!」

 レックスが叫ぶ。
 それこそが今、彼らを突き動かす原動力だった。
 レックスの・・・そしてアティの笑顔を守りたかったから。
 そして、島を・・・みんなの故郷を守り抜きたかったから。
 そう思えるからこそ、力が湧く。

「ふん、所詮は一介の小物である貴様らが集まったところで・・・」

 鼻息を軽く荒げて、オルドレイクは見下すようにしゃべる。
 手にはサモナイト石が握られ、濃い赤の混じった紫色があたりを支配する。
 次第に混じりつつある赤い斑点は、発動しようとしている術が暴走召喚であることを示していた。

「強大な力の前にひれ伏すこととなるのだ!」

 赤い光が紫を支配する。



 ・・・・・・



 すぐ目の前で轟音が鳴り響き、砂塵が舞い踊る。
 みんなが無事か心配だが、目の前にウィゼルがいるため、安否を確かめることはできない。


「俺は・・・見たいだけだ」

 ウィゼルは告げた。
 誰にでもなく、自らがここにいる理由を再確認するかのように。

「・・・見たい、だと・・・?」

 返された言葉に、ウィゼルはを一瞥する。
 それは、恐ろしいほどに巨大な凶気を前にして、新たな力を得た彼らが戦うことができるのか。
 そして、強い意志を糧にそれに勝つことができるのか。
 ウィゼルは、そんな公開を見たかっただけ。
 そのためだけに、アティの剣を修復したのだ。

 彼は刀を納めていた。
 まさに無防備。斬ろうと思えばいつでも斬り伏せることができるだろう。
 しかし、できなかった。
 そうさせる気力を、彼の纏っている雰囲気によって削がれていた。

「潮時だな」

 そう告げた彼の視線の先で、オルドレイクは膝を折っていた。
 彼と距離を取ってたたずむ二人は

「悪いが、退かせてもらうぞ」
「・・・・・・」

 一言話すと、オルドレイクのところへ歩いていった。



 ・・・・・・



 ・・・



 ・



「馬鹿な・・・たった二人だぞ・・・」

 そう。
 ついさっきまで虫の息だった彼らが息を吹き返し、自分たちを圧倒する力を持ったことが。
 それは暗に、彼らの中に存在する二人がそれほどまでに大きくなっていたという証拠だった。

「たった二人の人間が加わっただけで・・・死にかけていた連中がどうして、これほどの反撃をしてのけるというのだ・・・」

 彼は召喚師。
 接近戦に持ち込めば、詠唱が必要な魔法の数々は、必要ない。
 いくらオルドレイクが剣の達人でも、同等以上の力を持つ二人を相手に戦っては、勝ち目などありはしない。
 そんなセオリー通り、オルドレイクは斬り付けられた傷口を押さえ、血を滴らせていた。

「理解、できぬ・・・っ!!」

 噴出す鮮血。
 額に浮かぶ脂汗。
 先日イスラに付けられた傷が開き、さらにその上からレックスとアティに斬り付けられたのだ。
 朦朧とする意識の中で『仲間』の力を見せ付けられたのだから。

「潮時だ、オルドレイク」

 これ以上この場に残るのは得策ではない。
 そう告げたのは、他でもないウィゼルだった。
 アティの持つ蒼い剣を修復できるのは、魔剣鍛冶師である彼以外に存在しない。
 だからこそ、オルドレイクの身を案じていたツェリーヌは殺気すらこもった視線をウィゼルへと向けていた。

 一人先行していたは、仲間と合流していた。
 戦闘を無事生き残ったとはいえ、今いる場所は戦場。何が起こるかわからないから。
 それに、暴走召喚を受けた彼らの安否も気になったというのもあり、ウィゼルが背を向けたと同時に走り出していたのだ。

「みんな、大丈夫か!?」

 そんな声に、彼らは笑ってうなずく。
 志半ばで死んでいった暗殺者たちには悪いが、本当によかったと思う。
 もっとも、立場上では敵だったわけだから、別になにを思うでもないわけだが。
 互いの生存を確認し、激しい戦いを生き抜いたことを称えあう。
 心配させすぎてユエルには抱きつかれてしまっていたが。

「よかったよぉ・・・マスターが無事で・・・」

 の胸元に顔をうずめて、ユエルは腕の力を強める。
 ・・・ごめんな。
 そんな思いと共に、彼女の頭を撫で続けたのだった。



お前の答え。たしかに、見届けたぞ

 あくまで・・・そのまま進むのだな?

 状況は不利、と判断した無色の派閥は、すごすごと戦場だったこの場所を去っていった。
 去り際に「このままではすまさんぞ!」と
オルドレイクは声高に叫んでいたが、今の彼らには恐怖という言葉は存在しない。
 力を手にしたから、というわけではない。
 個人の力が弱くても、誰かを強く思い、守るものがあることで『人』はどんなに巨大な敵でも打ち倒せるのだとわかったから。
 そう思える仲間の存在がいたから・・・これからもずっといるからこそ、“次”が来ても大丈夫だと確信できた。
 そして、アティの剣『ウィスタリアス』を創り出したウィゼルが出口でその歩みを止め、アティに向けて問うたのだ。

「・・・はい」
「そうか・・・それもまた、ひとつの答え、か」

 何があろうと私は『私』。
 だからこそ、今抱いている思いを捨てず曲げず、そこへ到達するために走り抜ける。
 それが『私』の答えだった。
 犠牲が出るかもしれない。
 周りに迷惑がかかるかもしれない。
 そのつらさを全部ひっくるめて進んでいくことが、『思いを貫く』ことだと思うから。

「さらばだ・・・」

 ウィゼルは、アティの言葉を聞くと颯爽とこの場を去っていった。
 レックスとアティは目を閉じて、剣を送還する。
 ボロボロな仲間たちを流し見て、笑って見せた。

「見逃したでしょ? わざと・・・」

 スカーレルの問い。
 二人はそれにうなずいていた。
 守るために戦いたい。誰かを倒す、なんていうお題目を掲げた戦いなんて、したくない。
 見逃したのは、二人の・・・特にアティの願いを具現した姿でもあったのだ。


 そんな大人な事情はいざ知らず、スバルやマルルゥは見逃したことを悔しがっていた。

「あのままやっつけちゃえばよかったのに・・・」

 そんな愚痴すら聞こえる。
 確かに倒してしまえば島の脅威は去っていくことになるから、あながち間違いとはいえない。
 しかし、アティがそれを良しとしなかった。

「いいんじゃない? やっぱ、先生は先生なんだしさ」

 いつもどおりだ、とソノラは笑顔を見せる。
 彼女の言う『いつもどおり』こそが、島の住人の総意ともいえるからこそ、一同は笑った。
 腹の底から、頭のてっぺんまで。

「なんにせよ、まずは帰って、メシだな!」
「お、酒も忘れんなよ?」
「その前に、私としてはシャワーよね」
「では、さっぱりとしてから、ひさびさに宴会といきましょうか」
『いいですね』

 全員が笑みを浮かべ、口々に明るい声が漏れる。

「よっしゃ、今日は俺も酒飲むぞ」
「おい、。お前酒飲めるのか!?」
「失礼だな、ヤッファ。俺は未成年だが、酒は飲めるぞ」
「みせいねんってなんだ?」

 驚いた顔をして話すヤッファをジト目で見る。
 ヤッファは、一歩退いて苦笑い。
 スバルに未成年について問われた。
 それに、「酒を飲んじゃいけない人のことだ」と簡単に伝えると、

「じゃあ兄ちゃん飲んじゃダメじゃん」

 とつっこまれてしまった。

「そうと決まれば大急ぎで、帰っちゃいましょう?」
「「「「おーっ!」」」」

 生徒たちの久々に聞いた元気な声を聞いた。
 さあ、帰ろう。と意気込んで部屋を出ようとした時。


「ピピーッ!?」
「ビービビーッ!?」
「ミャミャッ!?」
「キュピーッ!?」

「う・・・く・・・っ」

 一人の女性の苦しそうな声と、生徒たちの護衛獣4体の声が部屋に響いた。







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