話を終え船を出た彼女の顔は、なにかつっかかっていたものが取り除かれたような、とても晴れ晴れとした顔をしていた。
 生きる意思を失い、新たなそれを手に入れた。
 だからこそ見せる、久方ぶりの微笑みだった。
 誰に向けるでもなく、照りつける日差しを気持ちいいと感じることに。
 このところ鬱な気分が続いていたから、彼女には余計にすがすがしく感じていることだろう。

「・・・んっ!」

 背筋を大きく伸ばし、身体にたまった鬱憤を吹き飛ばす。
 船を降りると、

「行きましょうか、レックス」

 そう口にして、微笑んだのだった。
 彼女を囲む仲間たちももう、彼女の心配はしていない。
 完全に立ち直ったのだと、理解していたから。

 自らの弟を引き連れて、一歩一歩確実に前に進む。
 そこに道がなかろうとも、自分の運命を辿るように掻き分けていけばいい。
 艶やかな赤い髪をなびかせ、確固たる意思を持って。


 伝説の魔剣鍛治師と、自分たちの生徒の待つ場所へ。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第52話  蒼





「答え、見つかったみたいね?」
「ええ・・・」
「ならば、最後の仕上げにとりかかるとしよう。その想いをお前自身が新たな剣の命として吹き込むのだ」

 ウィゼルの後に続いてアティが奥へ消えていく。
 彼が行っていたのは、剣を創り出すにあたっての下準備。
 実際には、アティ自身が剣を形にするのだと、ウィゼルは言っていた。
 それこそまさに、剣に命を吹き込む作業。
 彼がそれを行っても、『彼女の』剣は創れないのだ。

「で、レックス先生」

 アティを見送ったメイメイは、次にレックスへと顔を向ける。
 彼がここに来た理由。
 ただの買い物ではないことは、彼女はとうに知っていて。

「アナタはどうしてここへ?」

 そう尋ねていた。

「うん、実は・・・」

 彼がここに来た理由。
 それは、彼が手にした深緑の大剣のことだった。
 まず最初に、抜剣した時の状況をかいつまんで話し、そのときの感覚や気持ちなど。
 そして帝国軍との戦闘で血のように紅い柱を見た時から、自分の中になにか声のようなものが聞こえてきたことを。
 イスラがキルスレスを抜いてから、その声はよりいっそう強くなっていたことを。
 抜剣した際、疲れていたにもかかわらず、イスラと対等に渡り合えていたことを。
 湧き出る力に、身体がついていかなかったことを。

「ふーん・・・」
「なにかわかりませんか?」

 話を聞き、顔を歪める。
 しばらくの沈黙の後で彼女は口を開いた。

「残念ながら、私にはよくわからないわ。でも・・・」
「でも?」
「使えるんだから、使っちゃえばいいんじゃない? うん」

 と、のたまった。
 レックスはその言葉に一瞬呆気に取られ、

「ははは・・・」

 空笑い。
 メイメイは酒を飲んだ時のように頬を赤く染め、にゃははと笑った。
 なんとも楽観的であるものの、使えるものは使うというのは確かに合理的だったりするのが・・・なんとも。

「その剣使って、なにか身体に異常とかなかった?」

 その問いに、レックスは首を振る。
 それを見たメイメイはいつものようににゃはは、と笑った。

「・・・細かいこと考えてもしょうがないか」
「そ。使えるモンは使っちゃいなさいな。あ! せっかくだからその剣の名前・・・このメイメイさんが名付け親になっちゃおう!」

 こちらも楽観的だった。
 そう言うや否や、メイメイさんはうなりながら再び考えるしぐさをする。
 店内に、鉄を鍛つ音が鳴り響いた。
 それは、アティが剣を鍛え始めたことを告げている。
 ひとしきり考えた後で、メイメイは頭上に電球でも浮かんでいるかのようにぱっとその表情を変えた。

「『フォルスティアス』なんてどう?」

 王国時代の言葉で意味は、「深淵なる緑」。
 それは具現して見せた剣の輝きを存分に称え、示している。
 目を閉ざさずとも凝視できる深緑の輝き。
 仲間を癒すその光が、この世界の根底すら照らすように。

「深淵なる緑・・・フォルスティアス・・・うん! いい名前だよ。ありがとう、メイメイさん」
「にゃはは、どういたしまして♪

 あとは、アティ先生を待つだけね。
 メイメイは手の一升瓶をくいとあおり、にんまりと笑って見せたのだった。


 ・・・・・・


「最深部へ向けての探索準備、全て完了いたしました」
「ご苦労でした。追って、指示を待ちなさい」
「は・・・」

 ヘイゼルはコツ、コツと音を立てて自分の持ち場に戻っていく。
 その背中を一瞥すると遺跡の内部を見回し、オルドレイクは表情を曇らせた。
 それが落胆ならばまだしも、その表情には落胆の『ら』の字もありはしなかった。
 表情をゆがめていた理由は、全身に巻かれた包帯によるものだった。
 召喚術による応急処置を済ませて尚、身体中に激痛が駆け巡っているのだ。

「さすがは始祖たちの築きあげた施設だけのことはあるな」

 壁は剥き出しの鋼で覆われ、目の前の装置を忌々しげに見上げる。
 巨大なそれは派閥の召喚師たちに囲まれ、そのうちの一人が浮かび上がったコンソールに手をかざしている。

「構造は複雑で、中枢を掌握するのにも、苦労させられるわ・・・」

 浮かび上がった文字列の解析が進まず、焦りの色を見せる召喚師を押しのけて、オルドレイクは手の先を無数のボタンに走らせた。

「ぐ・・・っ!」

 しかし、彼の身体は本来満足に動くことができないはずだった。
 その彼がこうして自分から現場に立会っているということは、それだけ焦っているということになる。
 封印を解除するための剣はその片方を失い、すでに無用の長物。
 むしろ邪魔な存在へと成り下がっていた。

「だいじょうぶですか!あなた!?」

 近寄るツェリーヌを手をかざして止める。

「やはり、傷がふさがるまで、待ったほうがよろしいのでは?」
「そうもいくまい・・・剣を利用することが不可能となった以上私が、あの小僧よりも先に、直接この手を下すしかないのだ」

 コンソールを前にして、胸元を抑えてうずくまるオルドレイク。
 顔色はすこぶる悪く、それでいて目の輝きは衰えを知らない。
何を言っても無駄なのだろうと悟ったのか、ツェリーヌはオルドレイクを立たせるとあたりを見回した。

「それにしてもこのような時にウィゼル殿はどこへ・・・」

 つぶやくように口にしたその一言に、オルドレイクは鼻を鳴らす。

「所詮、ヤツは客分だ。干渉せぬことを条件に神剣の匠としての技を振るうだけの存在だ」

 最初から、所在など気にしていないのだ。
 彼がどのような行動を取ろうとも、自分には関係ないから。
 彼はただ、自分の狂気に興味を持っただけの鍛治師に過ぎないから。
 だからこそ。

「それに、奴は義理堅い。時が来れば、黙っていても駆けつけようて」
「・・・っ」

 オルドレイクは彼の行動を気に止めていなかった。
 コンソールでの作業を終えて、深く傷ついた胸元を抑えながら、彼は再び歩き出す。
 遺跡のさらに奥へと。

「先に進むぞ・・・無駄な時間をかけるのは、最小限にしたいものだからな」

 そんなことを口にした、そのときだった。


「そう言うなって。おっさん、もうすこしゆっくりしてけや!」


 部屋全体に響き渡る、低い声。
 それは彼らをこの場に引きとめようとする、一人の青年の声だった。
 海賊一家のお頭、カイル。
 その後ろに、赤髪の2人を除いたメンバーが集結し、その全員が、すでに武器を構えて臨戦態勢にを整えていた。

「やはり遺跡の確保を優先にしたわけね」
「それを見抜くだけの知恵は、持ち合わせていたということか」

 スカーレルに言葉を返したのは、奥へ向かう歩みを止めたオルドレイクだった。
 彼らの目的は、先人たちの遺産であるこの遺跡を手中にすること。
 剣が使い物にならなくなってしまった以上、遺跡を標的にすることはわかりきっていることだったから。

「ココカラ、サキニハイカセヌ・・・」
「ここが、貴様らの墓場だ!!」

 唯一、剣を鞘に収めていたファルゼンが剣を抜き放った。
 彼らはこの場での決着を望んでいた。
 封印の剣という支えを失っているはずの彼らが、満場一致で決めたことだった。

「いくら吠えたところで貴方たちの力では、我らの歩みを遅らせることはできません!」
「さあ、それはどうでしょうか?」
「やってみなくちゃ、わからないわよ」

 ヤードとアルディラの言。
 ニ人の表情には笑みが浮かんでいた。
 無色の派閥の巨大さを知ってなお、勝てると信じてやまないのだ。
 そんな彼女の言葉に、まったく動じない彼らにオルドレイクは呆れの表情を見せた。

つくづく、学ばぬ者たちだな・・・

 ふう・・・とため息をひとつ吐く。

「貴様らが敗北を免れてきたのは、ひとえに剣の加護があったればこそであろう? それを欠いて、なお勝てると思うてか!?」
「勝てるさ」

 そんなヤッファの声に、彼らは目を見開いた。

「あいつらがいなくても、オレらだけで充分なんだよ!」
「島の未来のために・・・絶対に、お前たちに負けない! ・・・いや」

 声を張り上げるヤッファ。
 その声に続くように、刀を構えて叫ぶ
 それは、自分自身に課した大きな試練だった。
 巨大な壁に、真っ向から立ち向かうための。
 だから、あえて口にする。

負けちゃいけないんだ!!

 その声は、遺跡内に大きく響いた。

「虚勢と意地だけでやりあうつもりか?」
「それでも、命を張る理由には充分さ」

 短い間の後。
 一言口にしたオルドレイクの言葉を否定するように、カイルが今までにない怒声を張り上げる。
 召喚師という名の目の前の巨大な力を前に、気合すら込めて。
 ・・・もちろん、怖くないわけがない。
 でも、彼らの痛みを思えば、感じる恐怖など些細なものだから。

「やるぞォォッ!!今度は、俺らの手でアティの笑顔と、レックスの想いを守るんだッ!!!」


 ・・・・・・


 響いていた金属音が鳴り止んだ。
 さほど広くない店内で思い思いの場所で時を過ごしていた彼らにとって、それは立ち上がるための合図となっていた。
 無言で待っていたメイメイを含む6人は、ゆっくりと顔を上げる。

「ようやく、完成したみたいだわね?」

 そんなつぶやきに誰も答えることなく、工房からウィゼル、アティの順番で姿を見せる。
 ウィゼルは涼しい顔をしているものの、纏う雰囲気が嬉しさを醸し出していた。
 なぜなら。

「アティ先生!」
「剣、剣は!?」
「ちゃんとできましたの?」
「どうでしたか!?」
「騒がずとも、ここに完成しておる・・・」

 『意思の剣』が。
 『アティの剣』が完成したからだった。

 まくしたてる生徒たちの質問に、ウィゼルは右手を差し出す。
 そこには、果てしなく蒼い淡い光を放つ、シャルトスに似た一振りの剣が握られていた。

「これが、アティ先生の新しい剣・・・」
「刃が・・・水晶みたいに透き通って・・・」
「蒼い光が、部屋中に・・・」
「きれい・・・」

 ただ淡い光のはずだった。
 その蒼光は感嘆の声を上げる彼らの顔を照らし、店内の赤を消し去っていく。

「握って見せてやれ」

 あごひげを撫でながら告げるウィゼルに従い、アティは剣を受け取った。
 ・・・感じる。
 確かな力を。安心感すら伴う、温かな光を。
 アティは、抜剣した。

「・・・・・・」

 シャルトスの時と同じように、色素をなくした髪と皮膚。
 剣は右手に握られている。
 ゆっくりと開かれた瞳は剣と同じく、深い蒼色に染まっていた。

「わかります・・・この剣に宿った新しい生命の息吹が。これなら、きっと!」
「ああ、俺も・・・ここにいる子供たちも、みんなもいる!」
「休むことなくお前が魔力を注ぎ、鎚を振るい続けたたまものだ。久しぶりに満足のいく仕事だった・・・」

 本当に満足したように、ウィゼルは笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」
「礼はいらぬ。俺が好きで、やったことだからな・・・あとは、その力を余すところなく戦場で見せてみろ。それが、手間賃だ」

 そんな言葉に、アティは元気に返事を返したのだった。
 生徒たちがその嬉しさに微笑み、目の前の希望の光を肌で感じている。
 頬をほんのり赤く染めたメイメイが、その光景を肴瓶をあおった。

「なにはともあれ、めでたし、めでたし。めでたいついでに、その剣の名付け親になったげるわ。レックス先生の剣にも、名前、つけたげたし」

 先ほどと同様に、しばらく考えるしぐさ。
 沈黙ののち、なにかにひらめいたように笑みを作った。

「ウィスタリアスってのは、どぉ?」

 王国時代の言葉で『果てしなき蒼』って意味もつ言葉。
 レックスのそれと並び、まさにその剣にふさわしい名前だと誰もが思うことだろう。
 果てなく輝く蒼い光が、彼女を包んでいる限り。

「果てしなき蒼・・・ウィスタリアス・・・」
「いいじゃん、それ!カッコいいよ」

 遺跡の意思をものともしない、彼女だけの剣。
 ウィスタリアスは、まるで付けられた名前を気に入っているかのように、その光を強めたのだった。

「ありがたく使わせてもらいますね。メイメイさん」
「にゃはははははっ。どういたし・・・」

 どういたしまして、とメイメイがお礼を帰そうとしたところで。

「せんせえっ!?」

 ばたーん! と扉を思い切り開けて店に入ってきたのは、血相を変えたパナシェだった。
 ぜえぜえと息を切らし、必死になって走ってきたということが窺える。
 息を整える間も汗を拭う間もなく、パナシェは告げた。

「なんですって!?」

 みんなが、無色の派閥と決着をつけに行った、と。
 本当は彼らには内緒にしておくはずだった。
 しかし、無色の恐ろしさは非戦闘員である彼でさえ知っている。
 だからこそ、彼はアティとレックスの元へと走ったのだ。

「剣の修復のこと、内緒にしてたのが裏目に出たわね」
「ホントは、絶対に先生にはナイショって言われたんだ・・・でも、ボク、ボクっ、心配で・・・っ」
「わかってる。パナシェはなにも悪くなんかない。大丈夫だから。ありがとう、知らせてくれて」

 レックスがパナシェをなだめる。
 決着の場所は、喚起の門の存在する巨大な遺跡。

「・・・行くの?」
「ええ・・・そのために、私はもう一度、この剣を手にしたんですから」
「俺も同じだよ。アティを、みんなを守れる力を望んだから、俺はフォルスティアスを手にしたんだ。ここで使わなければどこで使えばいいかわからないしね」

 アティとレックスの二人は店の出口に立つ。
 この力で、仲間を守りたい。みんなが笑顔でいられる場所を作り上げたい。
 その願いを果たすために、彼らは遺跡へとむかったのだった。

「あなたは、行かなくていいの?」

 隣にいるウィゼルに声をかける。

「決まっている。俺は、彼女らの力を、戦場で見せてもらわねばならないからな」

 ゆっくりと、歩き出す。
 のれんをくぐり、二人を追いかけるように出て行ったのだった。



 ・・・・・・



「これで、終わりか?」
「グムゥゥ・・・ッ」
「ち、くしょお・・・っ」

 余裕を見せるオルドレイクの声に、ファルゼンが、ヤッファが膝をついて悪態をつく。
 まさに、圧倒的だった。
 兵士を倒し、召喚師を倒して、到達した先にいる、数人の男女の力が。
 巨大な魔力にものを言わせて召喚術を乱発し、マフラーの暗殺者が音もなくナイフを振るう。
 致命傷こそ免れているものの、満足に立ち上がれないほどにを含む全員が疲弊していた。

「正面から激突すればこうなることはわかっていたはずでしょうに・・・」
「まして、戦術のひとつすら、用意してないなんて・・・ね」

 そう、戦術など皆無だった。
 真っ向からぶつかり力の限り戦えば、きっと道は開ける。
 剣の加護という後ろ盾がなくても、人は強く在れると信じて。
 しかし、対峙した彼らにはそれが不服だった。
 いくら立ち上がっても、弱いものは弱いのだと。

「そうね・・・でも・・・」
「それでも、勝負に出なくちゃいけない時だって、あるのよ」

 勝負に出なくちゃいけない時、戦わなければならない時。
 それが、今だった。
 無数の傷をそのままに、スカーレルとアルディラは弱々しくも笑みを浮かべる。
 すべては、彼らの笑顔のために。

「わらわたちに悔いる気持ちはない! まして、負けるつもりなど・・・」
「そうですよぅ・・・っ。まだ、おしまいなんかじゃ、ありませんっ!」

 槍を杖代わりに、ミスミは立ち上がった。
 力が入らず膝が笑うが、鋭い眼光には強い光が灯っている。
 マルルゥはふわりと浮かび、弓を構えた。
 その姿は、まさに満身創痍といっても過言ではなかった。

「おいら・・・っ、まだ、戦える・・・っ」
「これしきの痛みなど、あの方に比べればいかほどの・・・」
「ええ、そうですとも!」

 スバルが、キュウマが、ヤードが。
 痛みをこらえ震えながらもゆっくりと武器を構える。
 それは、無色の派閥にとってみれば無駄な努力だった。
 人を道具と考える彼らでは、絶対にやることのない愚かな所業。
 それを今まさにやろうとしている彼らが、滑稽に見えていた。

「まだ、続けるのですか。無駄な努力を・・・」
「勝手にムダって決めつけんなあッ!」

 ツェリーヌの言葉を遮り、ソノラが声を荒げる。
 諦めたら、そこで何もかもが終わってしまうから。
 だからこそ、ナイフで身体を貫かれようとも、召喚術で手足が吹っ飛ぼうとも、立ち上がる。

「あの2人の・・・特にアティの痛みに比べたら、こんなの・・・へでもないんだっ!!」

 が声を上げ、オルドレイクをにらみつけた。
 オルドレイクはわかっていない。
 今まで、自分の力だけでここまでのし上がってきた自分には、勝てないとわかっていても立ち向かってくる考え方を。

「馬鹿正直に、痛みと向き合わなくとも形だけでも、恭順の意志を示せば・・・いくらでも、命を長らえることは可能であろうに?」
「簡単なことだぜ・・・おっさんよ・・・

 カイルは荒い息をそのままに、額に脂汗を浮かべつつも笑みを浮かべた。
 彼らの笑顔を知っているからこそ、ここまで戦えるというものだから。
 とてつもなく大きなものを背負ってなお、笑顔でいる彼らを知っているからこそ、彼らのために戦いたいと思えるのだ。
 確かに、恭順という道もある。
 命を失わずにはすむかもしれない。
 しかし、ここにいる全員がそれを望まない。

「腹の底から笑えなくなるからさ。ここであんたらに下れば・・・すくなくとも・・・あいつらは、笑えねえな」

 そして、俺たちもな。

 オルドレイクは顔を歪めた。
 自ら命を捨てるようなことをするなど、なんて愚かしい。
 巨大な存在を前に、恐怖がないわけではないだろう。
 人間だから。
 人として生きているからこそ、極限の状態になれば自分の命を一番に考える。
 ・・・はずだった。

「彼らの・・・レックスとアティの笑顔は、周りに伝染するんだ」

 は告げる。
 刀を杖代わりに立ち上がる。
 足はガクガクと震えが止まらず、刀に置かれた両手に力が入らない。
 それでも、は真っ直ぐ己が敵を見据え、

「心から笑っているから・・・辛くて逃げ出したくなるような時でも、過去の重さに疲れて喘いでいても」

 長いようで短い今まで、彼らが感じていたことだった。
 帝国軍との戦いの時も、遺跡を復活するしないでもめた時も、無色の派閥との戦いが激化しても。
 彼らはいつも笑っていた。
 「大丈夫、きっとなんとかなる」。
 そんなメッセージを乗せて、笑っていた。

「彼らの笑顔はそれを、全部吹き飛ばしてくれる。だから・・・」

 なけなしの力を込める。
 柄をぎゅ、と握り締めると、地面に刺さっていた切っ先を引き抜いた。
 刃を突きつけて、空気を大きく吸い込んだ。

「絶対に・・・っ、壊させるわけにはいかないんだ・・・っ!!!」

 遺跡全体に響き渡るような、雄叫びにも似た彼の叫びは。

「お前たちなんかに、踏みにじらせるワケにはいかないんだぁッ!!」
「・・・っ」

 仲間たちの気持ちが寄り集まってできあがった巨大な殺気となってぶち当たる。
 それが彼らの心からの叫びであったからこそ、その声が彼らの身体を振るわせた。
 叫びと共に、は隣にいたカイルと共に駆け出した。
 標的はオルドレイク。
 あの男さえ潰せば、先が見えると信じて、ひた走る。
 しかし。

「な・・・っ」

 繰り出した斬撃が止まっていた。
 とオルドレイクの間に介入したのは、一人の剣士だった。

「・・・遅いぞ、ウィゼル」

 カイルの繰り出した拳を軽く躱し、オルドレイクは剣士に告げた。
 鋭い視線を受け、目を見開く。
 そして、次の瞬間。

「・・・むうぅんッ!!」
「ぐうっ!!」

 力任せに刀を弾き、腹部を蹴りつけた。
 とはいえ、相手は手負い。少し押し出すだけで隙ができ、斬る捨てことだってできただろう。
 それをしなかったのは、余裕の現れだろうか。
 はそのまま後ろへ吹き飛び、ドサッという音と共に地面に伏した。
 乱れた着物を直すと、オルドレイクが眉間にしわをよせたのを目にして、

「俺には、俺の都合があるのでな・・・」

 そんな答えを返していた。

「・・・まあ、よかろう。肝心なところに間に合ってくれたのだからな!」

 そう言うと、オルドレイクは側に倒れていたカイルを蹴りつける。
 鈍い音とうめき声が上がり、カイルは衝撃のあった部分を手で抑えた。
 うつぶせに倒れていたからか、蹴りつけられたのは脇腹。
 鳩尾に近いところだった。

「アニキっ!?」
「なるほど・・・つまりは、くだらぬ幻想というわけか。ならば、幻想を抱いたまま、永遠の眠りにつくがいい!!」

 手に持つサモナイト石が光を帯びた。
 紫色の光が強さを増し、その光がカイルに向けて放たれようとしている。
 それを見過ごすわけもなく、は足を震わせながらも、再び立ち上がった。

「幻想・・・だと?」

 表情に怒気が走る。
 彼らの笑顔が。
 自分たちを励ましてくれる微笑が。
 その全部が幻想だなんて・・・

「言わせて、たまるか・・・っ!!」

 だからこそ、は再び地面を蹴り出した。
 オルドレイク以外を眼中に入れることなく、ただ真っ直ぐに。
 刀を振りかざし、飛びかかる。
 しかし。

「すま、ね・・・っ」

 間に合わない。
 あと一歩。あと数メートルなのに。
 その距離が遠く、届かない。
 紫の光が明滅し、召喚獣が具現する。
 カイルだけでなく、自身にも命の危険が迫っていた。


「「させないっ!!」」


 あたりに広がる蒼と緑。
 そして、轟音。
 オルドレイクは放たれた衝撃に耐え切れず、うめき声を上げてサモナイト石を取り落としたのだった。







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