草木を掻き分け、地面を蹴って、照りつける日差しの中を私は走りつづける。

 迷惑をかけたみんなのために。

 動かない私に道を示してくれた異世界の青年のために。

 私を守ろうと抜剣して戦った大切な、唯一の家族のために。

 そして、私を慕ってくれている子供たちのために。

 笑顔で、前向きでいよう。

 これが、私の答え。

 自失した私を諭してくれた、彼の言葉の中に見え隠れしていたもの。

 『私らしさ』を象徴する、笑顔という言葉が。


 ―気持ちだけでも、前向きでいてほしい

 絶望するにはまだ早い

 ――こんなにも、涙を流しているじゃないか。


 彼の声が反芻し、私を満たす。

 だから、前を向くんだ。

 笑顔で。

 それが、『アティ』なのだから・・・





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第49話  笑顔





「はあ・・・っ、はあ・・・っ」

 歩きなれた道を走る。
 それでも、食事をしていなかった分だけ視界が揺れる。
 すでに息は上がっているし、全身が悲鳴をあげている。
 それでも、私は走った。
 彼らがどこに行ったのか、それはなんとなくわかっていたから。

「・・・うわわっ!?」

 ユクレス村に差し掛かったところで、急にめまいに襲われていた。
 視界が揺れ、バランスを崩し、重心が傾く。
 地面にぶつかる、ととっさに目をつぶった。

 しかし、いつまでたっても地面にぶつかる気配がない。
 感じる浮遊感と、人の息づかい。
 誰かに支えられているようだった。

「いつまでそんなカッコでおるんじゃ?」
「ジャキーニさん・・・」

 私はジャキーニさんに支えられていた。
 お礼の言葉を笑って受け入れて、なにがあったのかと尋ねてくる。
 特に隠すようなことでもないので、自分が倒れた事情を話したのだが。

「メシも食わずにそんなに走っとったらそりゃ、めまいだって起こすわい!」

 軽く怒鳴りつけるような勢いで、声を荒げた。
 彼は、海賊さんだから。
 広い広い海の上で、色んな意味での兵糧攻めを受けてきたことがあるのかもしれない。
 だから、彼は食事の大切さをよく知っているのだろう。
 ・・・そういえば、始めて会ったときもお腹を空かしていましたっけ?
 そんな疑問すらよぎったりして。

「まあ、ワシの抜群な行動力のおかげでケガせずにすんだわけじゃがのう? がっはっはっは!」

 彼はそんな私の思考など気にもせず、がっはっは、と豪快に笑っていた。
 もちろん悪いのは全部私なので、素直に謝罪を口にする。
 謝る私に張り合いを感じなかったのか、彼はばつが悪そうに表情を戻していた。

「まあ、あれじゃ・・・ワシは無学じゃけえ、むずかしいことはようわからんがなあ。おぬしはよくやった」

 自分にできることを。
 自分にしかできないことを。
 彼はよくやったという。

 実際、私はいつも夢中だったので、よくやっていたのかはわからない。
 でも、こうして口にしてくれることが嬉しいと思う。

「それは、間違いないと思うとるぞ。とりあえず・・・」

 ジャキーニさんは近くの木から、ナウバの実を一つとって放り投げる。
 突然のことに驚きながらも、ゆっくりと放物線を描く実をその手に収まった。

「好物なんじゃろう?」
「あ、はい・・・」
「腹が減っておったら、なにをやってもうまくいかん。オウキーニの口癖じゃ」

 ジャキーニさんは歯を見せつつ笑って、

「たらふく食って、ぐうすか眠って。頭の芯をしゃっきりさせてみりゃあまた、違った波だって見えてくるかもしれん」

 そうじゃろうが?

 そう言ってくれた。
 私が塞ぎ込んで、食事もろくにとらないでこうして島の中を走っていた。
 そして、軽く事情を話しただけで、その上で彼は私に必要であるべき言葉を選んでかけてくれているようにも見えた。
 だから私は、そんな彼の配慮に感謝の言葉を口にした。


 ・・・


 ユクレス村を抜け、戦闘が行われていた崖の所まで来て足を止めた。

「ナップ!!」
「ナップ兄様!」

 知った声を2つ、聞いたから。
 ざくざくと土を踏みしめてその様子を覗くと、崖のふちに座り込むウィルとベルフラウの姿を見つけた。
 さらにそのまわりには匹の護衛獣が飛び交い、些か慌てているようにも見て取れた。

「ウィルくん、ベルフラウちゃん!!」
「!?」

 名前を呼ぶと2人が、弾かれたようにコチラへ振り向く。
 私を視界に収めて安堵したのか、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「先生・・・」
「出てきてくださったんですのね・・・」
「そんなことより、どうしたの!?」

 2人にたずねると、崖の下に視線を向ける。
 その先には、額に汗を浮かべながら木の根につかまっているナップの姿。
 右手で木を掴み、左手には緑に光る何かを握りしめているようで。
 握っている何かを捨てて、両手で掴まればいいのに。
 そんな思いが脳裏をよぎったが、それを必死に守っている彼にとっては大事なものなのだろう。
 ともあれ、今の彼は一歩間違えれば命を落としかねない状況。

「ナップくん!!」

 私は慌てて声を荒げて、彼を崖から引き上げた。


 ・・・・・・


 ・・・

 ・


「先生ーっ!!」
「ん?」

 みんなより少し離れた崖のところで、シャルトスの破片を探していたとき。
 アリーゼが息を切らしてこちらへ駆けてきた。

「アリーゼ、いったいどうしたんだい?」

 額には珠のような汗が浮かび、必死に走ってきたことを物語っている。
 しかし彼女は休むことなく俺の手を掴むと、力の限り引っ張り始めていた。

「ちょ、あ、アリーゼ。一体どうしたんだい?」
「ナップ兄さまが、崖から・・・」

 答えながら、それでも必死に自分を引っ張るアリーゼ。
 返ってきたその答えに、俺は目を見開いていた。
 彼女の行動が、その必死さが、ナップの危険性を物語っていたから。

「・・・わかった。アリーゼ、走れるかい?」
「はいっ!!」

 俺たちは急いで3人のもとへ向かった。


 ・


 ・・・


 ・・・・・・・


「どうして、こんな無茶なことをしたりしたのよ・・・っ!」

 最初はただ、握りしめるそれを手に入れたかっただけだった。
 でも自分の背丈が足りなくて、あと一息届かなくて。
 身を乗り出したのがそもそもの原因だったのだが。

「あんな高い所から落ちて、この程度ですんだのが、奇跡みたいなもので。死んでいたって全然、おかしくないんですよっ!?」

 アティは今、必死になって怒っていた。
 さっきまでずっと塞ぎこんでいた彼女が、こんなにも表情を露にしている。
 怒られているというのに、そのことだけが嬉しくて。

「ナップくん、聞いているんですか!?」

 思わずにやついてしまっていた。

 ・・・

「!?」

 戻ろうと、走っている最中。
 今、船にいるはずの彼女の声が聞こえた。
 慌てて立ち止まると、その声に耳を傾けた。
 その声は、どこか怒りを孕んでいるような気がした。

「アティ、先生・・・」

 アリーゼはナップが助かっていたことと、アティが元気に怒っているところを眺め、感嘆の声を上げていた。
 実際、本当によかったと思う。
 なにせ、今までずっととりつくしまもなかったのだから。

 ・・・

「よかった・・・、出てきて・・・くれたんだ・・・」

 ナップが笑みを浮かべていた。
 アティが出てきてくれたことが、自分に向かって怒ってくれていることが嬉しくて。

「これを・・・探していたんです」

 ウィルの声に振り向くと、そこには弱々しく光る碧の破片。
 ベルフラウも同じというようにうなずいた。
 それは、自分が一番よく知っているものだった。
 封印の剣、シャルトスの破片。

「私たちがレックス先生に頼み込んだのですわ。シャルトスの破片を、探したいって」
「封印の剣は、持ち主の心の剣なんだろう? それが折れたから先生は、あんな風になっちゃって・・・」

 あんなふう。
 それは、ついさっきまでの自分のことだった。
 なにもできない、必要ない。
 そんな思いが前に前に出て、自分の殻に閉じこもって、人の話を聞くこともなくただうずくまっているような。
 今考えれば、何をやっていたんだろう、なんて思う。

「だったらさぁ!? 剣を元通りにできれば、アンタの心だって、治るはずだろ!?」

 元気を取り戻したナップは顔をアティに向けて叫ぶように話す。
 目には、涙がたまっていた。

「レックス先生は、大丈夫だとか言ってたけどさ。オレたち、あんな情けない姿のアンタのこと、ずっと見てるなんてイヤだったんだよっ!!」

 涙を流しながら、懇願するかのようにまくし立てる。
 ウィルもベルフラウも、口にはしないが考えていることは同じのようで。
 ただ、以前のアティに戻って欲しい。
 そんな純粋な思いで、剣の破片を探していたのだ。

「言ってっ、たよな? 昔のことっ、話してくれた時・・・っ」
「・・・・・・」
「想いを、こめた言葉は、打ち負かされたものをより強く、よみがえらせてくれるって!?」

 想い。
 それは、も言っていた。
 私にはまだ、仲間を想う気持ちがある。
 その想いがあれば、まだ自分は動ける、と。
 似たようなことを言われて、目を丸くしてしまった。

「だったら、オレたちがいつまでも、何度でも呼びかけるから・・・だから・・・っ」

 目を強くつぶり、力をためているように見える。
 自身の感情のみを乗せた、魂からの叫び。

「負けるなよ、先生!」

 それは、壊れたはずのアティの心に、強く響いたのだった。




「僕たちも、イヤなんですよ・・・信じていた先生が、あんなふうになって。僕たちの声なんて全然、聞いてくれなくて・・・」
「貴方と、レックス先生は、私たちが雇った・・・使用人なんですからね!? 私たちに、心配・・・ック・・・させないのが普通なんですわよ!?」
「ウィルくん、ベルフラウちゃん・・・」

 ナップに感化されてか、今まで溜め込んでいたものを吐き出すように言葉にしてぶつけてくる。
 私は、この子たちとめぐり合えてよかったと、本当に感じた。

「私は、逃げていただけだったんですよね・・・」

 アティの目から、涙が流れ落ちていた。

「剣が砕け散ったことを言い訳にして、弱い自分がそうなったフリをして逃げていただけ」

 の言うとおり。
 私は・・・私の心は、本当に・・・
 砕けていなかったんですね・・・


「心が砕けていたなら、この子たちのくれた言葉が、こんなにうれしいはずないもの・・・っ」

 3人を集めて、抱きしめる。
 この中に、アリーゼちゃんがいないのが残念で。
 今の私たちを見ていたらきっと同じように泣いているだろう。

「・・・っ!」

 すると、突然。
 背後から、抱きついてくる感覚を覚えて後ろを見る。
 そこにはみんなと同じように涙を流すアリーゼの姿があった。

「私も・・・私も、同じです・・・っ。先生には、笑顔でいて欲しいんです・・・っ!!」
「ありがとう・・・みんな・・・。みんなの言葉、ちゃんと先生に届いたから。だから、先生・・・約束するね。もう、負けないって」
「「「「うんっ!!」」」」

 もう、私は負けない。
 前向きに、笑顔で。『私自身』を貫いていく。

 きっと、もう大丈夫。


 ・・・


「そういえば、レックスは?」
「レックス先生なら・・・」

 ひとしきり泣いた後。
 落ち着いたところで後から来たアリーゼに聞いてみた。

 アリーゼはきょとんとした表情で近くの茂みを指差した。
 その先で、レックスが茂みから姿をあらわした。
 苦笑いを浮かべたままひらひらと手を振っている。

「いや・・・なんだか出て行きにくくなっちゃって・・・」

 これは覗き見ているようなその行動に対しての言い訳。
 もっとも、アティはそんなことどうでもよくて。

「レックス・・・大事な生徒が危険なときに、なんで近くにいなかったんですか!?」
「え・・・い、いやっ・・・そのぉ・・・」

 むしろ生徒たちのことで声を荒げていた。
 確かに、近くにレックスがいればナップも危険な目に遭わずにすんだはずだったのだから。
 アティが近づく。
 レックス離れる。
 つかず離れずのやり取りを数回した後、

「俺はっ・・・そ、そのっ・・・向こうを・・・っ!!」

 声を上げて背を向けようとしたレックスを、アティは見逃さない。

「問答無用ですっ!!」



「うわぁぁぁ・・・っ!!」



 悲鳴が、あたりにこだました。






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