「行くぞ、イスラ!!」

 深緑の身の丈ほどもある片刃の大剣を振りかざし、レックスは地を蹴り出す。
 彼が右手に携えているその剣は、主の思いに応えんと光を強め、深緑の影を残す。
 その力はまさに、封印の剣そのもの。
 イスラはキルスレスの発する警告に顔を歪めつつ、迎撃せんとその刀身をレックスへと向けなおした。

「・・・っ!!」

 大上段から縦に一閃。
 すれちがいざまに互いの瞳が交錯し、その深い緑が自分とは真の意味で逆なのだとイスラは理解する。
 自分は、自分の思うままに。たった一つの願いのために。
 彼は、守るために。大切な家族を、友達を、仲間を。訪れつつある絶望から救い上げるために、剣を振るう。
 その思いは一撃ごとに強くなり、力の限界を跳ね上げた。

「イスラあぁァぁ―――ッ!!

 剣同士の衝突は、その火花が散るごとに大地全体に鳴動を起こす。
 地鳴りは止まらず、しかもその震度は増すばかり。
 レックスはイスラがアティにしていたように、自分の持つ力のすべてを剣に込め、振り下ろす。

 押されているのはイスラだというのに。


 レックスは、険しい表情をそのままに額にびっしりと汗をかいていた。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第48話  心





「・・・だいぶお疲れみたいだねえ?」

 大剣を受け止めながらイスラは笑みを浮かべた。
 元々、ゼロに近い状態からからこの深緑の剣を生み出したのだ。
 本来できるはずのないことをレックスはやってのけ、その剣を手にイスラと戦っているのだから、疲労があってもおかしくはない。
 逆に、イスラのもつキルスレスは既存のもの。
 剣自身が彼に力をもたらしているのだから、疲労などあってないようなものだった。

「く・・・っ」

 レックスの表情が歪む。
 彼の手にある長大な剣は、彼自身の身体に大きな影響をもたらしていることは事実だった。



「ヤード。あれは・・・シャルトスやキルスレスと同じ、封印の剣なのか?」

 カイルは、目の前で展開されている光景を眺め、口を開いていた。
 もっとも剣同士のぶつかり合いにより立っていることすらままならず、身を伏せている状態だったのだが。
 話を振られたヤードは、そんな問いに対して首を動かすこともなく、

「わかりません・・・」

 そんな答えを返していた。
 元々、彼が無色の派閥から盗み出してきたのは『碧の賢帝と、『紅の暴君だけのはずだった。
 あんな剣など知らないし、派閥内の書物にだって存在しない。
 彼にだって、わかるわけがないのだ。

「ですが・・・」

 推測はできる。
 ヤードの答えに続くように、キュウマが言葉を放つ。

「レックス殿も元はシャルトスの持ち主です。もしかしたら、シャルトスの力の欠片がレックス殿に残っていて・・・その力を引き出したのかも・・・」

 元々は彼が所持していたシャルトスは、イスラが帝国軍の人間だということが露見したときにアティが強引に引き寄せたようなものだったから。
 レックスの元に戻るはずだったそれが彼の手にではなく、流れる血を同じくするアティの手に納まってしまった結果、レックスの中には剣を剥がされた際に生じた残りかすのようなものが残った。
 それが今回の一件で彼の思いに感応し、創られたのかもしれない。
 キュウマだけではなく、護人たちの誰もが同じことを思っていた。
 無論それに確証があるわけではなく、所詮は推測。

「・・・一つだけ、わかることがある」

 は腰を地面に落としあぐらをかき、一度視界をシャットアウトする。
 レックスの持つアレがなんであれ、それは。

「俺たちがこの窮地を脱する・・・」

 揺れる大地の中、刀を杖代わりにして立ち上がると、アティにちらりと目を向ける。
 カイルに縋るように背負われていた彼女は自分の視線に気付くと目を背け、見られたくない、といわんばかりに顔を隠した。

唯一の手段だってことだけだ・・・!

 駆け出した。
 イスラの元へ。
 レックスだけに、大変な思いをさせてなるものかと。

 アティは仲間だ。
 その仲間をあんな状態にされて、黙ってもいられない。



「レックス!!」

 は互いの刃を交えて力比べしていたレックスに向けて声を張り上げた。
 刀を鞘から抜き放ち、いつでも戦える状態を作り出す。
 加勢にきたぞ、という声は彼だけではなく、生徒たちや護人たち・・・仲間たち全員がそれぞれの武器を手に臨戦態勢を取っていた。

「分が悪いか・・・」

 多勢に無勢。
 頭数だけならたった一人の自分を圧倒的に上回り、個々の強さも訓練された帝国軍人の上をいく。
 キルスレスがあれば大したことはないのだが、その彼らの中心になっている目の前の青年が、自分と同じ力を持っている。
 分が悪い、と評価してしまうのも無理はないというものだった。
 力をこめてレックスの剣を弾くと、彼に背を向けた。
 その行為は逃げるわけじゃなく、自信の現れ。

「今回は逃がしてあげるよ。君たちなんて、いつでも消せるからね」

 だからこそ、彼らの顔を見ずにそう告げた。

「だいたいそんなんじゃ、まともに戦えないじゃないか。もっと強くなってからかかってきなよ」

 それは、彼が手加減をしていたということを物語っていた。
 確かにレックスが剣を召喚したときには驚いたものの、いざ刃を交えてみればその力は大して強くないことがわかったから。
 だから、あえてこの場は逃がすと決めた。

「じゃあね」

 彼の視線の先には、森があった。
 抜剣状態のままその中に足を踏み入れようとして、

「待て、イスラ!」

 かけられた声に足を止めた。

「なんとも・・・思わないのか? ビジュは、お前の味方だったんじゃなかったのか!?」

 声の主は、ギャレオだった。
 目を閉じ、命の灯火を消した・・・否、消された一人の男の前で。
 それは、ビジュだった。自分を、そしてアズリアを裏切り、イスラと道を同じくした彼を、イスラは。

「別に・・・」

 なんとも思っていなかった。
 必要だったから手駒にした。
 最初から、特別な感情など、存在しなかった。
 だから、彼が死のうが生きようが、関係ない。
 口にはしなかったものの、イスラの態度がそれを物語っていて。

「・・・っ!?」

 笑いながらイスラはそのまま森の中へ消えていったのだった。



 俺たちのいるこの場所は、まるで最初から何もなかったかのように閑散としていた。
 草一本すら見当たらず、あるのは剥き出しになった地面と、頭上から照らされる夕日だけだった。

「・・・戻ろう」

 アティのことも、心配だし。

 レックスは疲れをそのままに、提案した。
 こんな場所にいつまでいたって、仕方がないから。
 今は戻って、身体を休めることが先決。
 彼は今、極度の疲労に苛まれているのだから。

「そうだな・・・」

 そんなレックスの声に答えたのは、カイルだった。
 彼以外は表情に翳りを落とし、うかない表情のまま帰路についたのだった。



 ・・・・・・


 ・・・


 ・



「どうだった?」

 朝。カイルの声にソノラは首を横に振った。
 彼女は剣が壊れてから表情も変えないアティに食事を届けに行っていた。
 しかし、結果としてその食事にまったく手をつけておらず、戦いの傷の手当てすらしないまま部屋に閉じこもってしまっていた。

「傷の手当てだって満足にしてないのに。このままじゃ、先生死んじゃうよ!?」
「こうなったら、せめて力ずくでメシだけでも食わせて・・・」

 心配なのは、皆同じ。
 特にそれが顕著なのは、彼女の弟であるレックスや生徒たち。
 レックスに至っては昨日の疲れが抜け切っていないのか、気丈に振舞っているようにも見えた。
 もちろん、も彼女が心配であることには変わりはない。
 しかし。

「放っておけよ」

 あえて、そう口にした。
 今のアティは、抜け殻だった。
 剣を壊されることは心が壊されるのと同義で、今の彼女は心が壊れてしまっている状態。
 だからこそ、そこから抜け出るには彼女自身が立ち上がらなきゃダメなんだということは、間違いではないだろう。

「けどよ!?」
「生きる意志を無くした相手を、無理矢理に生かしたって、なんの意味もないわ」

 薄情にも見えるスカーレルの一言。
 それはカイルやソノラの思いを吹き飛ばすような一言だった。

、スカーレル・・・っ。ひどいよ・・・っ」
「そうだよぉ・・・」

 ソノラとユエルの表情に、は顔を歪めた。
 確かにひどいと思う。今の彼女には、誰かがいなければダメなのだとも思う。
 でも。

「仕方ないだろ・・・俺だって不本意なんだ。でも・・・アティが、それを望んでる」

 彼女自身が、そのすべてを拒否していた。
 部屋に・・・自分の殻に閉じこもって、ただ一人、一日を無駄に過ごしている。
 食事をする気力もなく、痛みを感じる感覚もなく、あるのは大きな喪失感のみ。
 そしてなにより、彼女が不干渉を望んでいた。

「まったくもってそのとおりだな」

 の言葉を待っていたかのように、ヤッファが森から現れた。
 普段の気だるさはなく、険しい表情の彼が、そこにはいた。

「なによぉ!? 誰のせいで、先生がこうなっちゃったかわかってるの!?」
「わかってるさ・・・オレたちのせいさ」

 彼の答えに、食ってかかったソノラは黙り込んでしまった。
 アティの笑顔は、周りに安心感すら与えていた。
 大丈夫、なんとかなる。そんな思いを芽生えさせるような、不思議な力を持っていた。
 そして、自分たちは知らずにそれに甘えていたと。
 ヤッファはそう口にした。

「そうですね・・・私たちは、知らぬ間に全てを背負わせてしまっていたのかもしれない・・・」

 ヤードも、視線を地面に落とした。
 島の平和を守るため。そんなお題目の元、彼女は一人で圧し掛かるプレッシャーと戦っていたのだ。
 仲間を安心させるような笑顔を振り撒いて。

「なにもかも、同じさ。あの時とな・・・」
「同じじゃないだろ?」

 俺の言葉に、全員が視線を向けた。
 そう、同じではない。
 あの時は、それ以外に方法がなかった。その道しか、すでに残されていなかった。
 でも、今回は違う。

「覚えてないのか? レックスが抜剣したこと」

 まだ、希望はある。

「そういや、そうだったな・・・」
「あれは、結局なんだったんでしょう?」

 シャルトスとは違う輝きを放つ、深緑の大剣。
 レックスはその大きな剣を軽々と振り回していた。

「シャルトスとは、違うんだろ? あれは」
「だろうな・・・」

 彼の剣については何もわかっていない。
 シャルトス、キルスレスと同じ力をもち、同等以上に渡り合うことのできる新たな剣。
 それはは、あれが封印の剣とは同じようで違った剣であることを如実に物語っていた。

「なんにせよ、オレは信じてえんだよ」

 ヤッファは目を閉じて、自分の思いを口にした。
 アティが、答えを見つけられることを。彼や、彼の主が見つけることのできなかった答えを見つけてくれると。
 彼女自身の。そして、島全体の希望となる答えを。
 それは、レックスも同様だった。
 新たに得たその力を、どう使っていくか。救いにも破滅にも繋がるその力は、まさに使用者の意思次第だから。
 力を振るうための答えを、見つけて欲しいとヤッファは願っていた。
 だから。

「そうだね・・・」

 先ほどまで彼に詰め寄っていたソノラは軽く自嘲じみていたヤッファの言葉に同意していたのだった。


「俺たちは、今できることをする・・・あいつが戻ってきた時のためになにができるのかを考えようや」

 ヤッファの提案にその場にいた全員が、互いにうなずきあった。
 それが、今の自分たちにおける最善だと思うから。

「ところで・・・さっきから気になっていたんですが、生徒たちはどこにいるんですか?」

 唐突なヤードの問い。
 気付かなかったのは彼だけではなく、一同全員が目を丸めたのだった。


 ・・・


 ・

「ったく、今やるべき最善がガキどもの捜索とはなぁ」
「そんなコト言っちゃダメよ、カイル。あのコたちだって、仲間なんだから」

 カイルとスカーレルとヤードは集落へ。

「メイメイのところ行くよ!」
「ユエルはソノラについていってやってくれ」
「うん、わかった!」

 ソノラとユエルはメイメイの店へ。

「あ゛〜、めんどくせえ。でも、仕方ねえな」

 ヤッファは他の護人に伝えに向かった。
 昨日の戦場だった場所へ行くのは危険だということで、除外された。
 そしては。

「・・・ちょっといいか?」

 アティの部屋へ来ていた。
 生徒たちがみんなでいるのではないかと思い、訪ねてみたのだが。
 返事がないのはわかりきっていることなので、勝手に扉をあけると、暗い室内に、アティはベッドの上に無表情のまま座っていた。
 もちろん、生徒たちはおらず、彼女は一人微動だにしていない。
 いつも笑顔を絶やさなかった彼女が、ここまで変わるとは。
 心の大切さというものが、実感できるような光景だった。

「カイルたちに口止めされてたんだけど・・・生徒たちここに来てないよな?」
「・・・・・・」
「いるわけないな・・・」

 なにも答えないアティを見て、ため息をつく。
 生徒たちがいなかったからじゃない。
 自分のアテが外れたからじゃない。
 教師という、生徒の模範となるべき立場の人間が、自分の殻に閉じこもっていることに。
 みなが信頼する彼女がこのような状態であることを、認めたくなかったから。

「剣が壊れて、君の心が壊れて・・・」

 は小さく、言い聞かせるように言葉を放つ。
 心が壊れてしまったから、考えることすらできなくなっているのかもしれない。
 でも、はそうは思わない。
 ただ、少しばかり考える意思が足りないだけなのだ。
 だから、彼はアティの背中を押す。
 考えることを放棄した彼女の、後押しをする。

「もう自分にはどうすることもできない、か?」
「・・・・・・」

 そんな問いかけに、答えが返ってくることはない。
 彼自身、心が壊れるということに陥ったことがないから、知ったような口を出せない立場にいる。
 でも、言わずにはいられない。

「・・・」

 一度、息をつく。
 つかつかとわざと音を立てて彼女の前にしゃがみこむと、その半開きの目を見つめた。
 輝きのない、虚ろな蒼い瞳を。

「今の君を見ているのは、正直苦痛なんだよ・・・今までが今までだけに」

 つらいときも、悲しいときも。
 どんなときでも、いつも笑顔を絶やさなかった。
 同じ事を思い浮かべたのか、アティは表情を少し、崩した。



 ・・・・・・


 ・・・


 ・



「あ、ここにもあったぞ!」
「むー、届かない・・・」
「うーん・・・」
「だいぶ集まりましたわね」

 昨日、戦場であった場所でレックスを含めた5人が必死に、あるものを探していた。
 ベルフラウの目の前にあるものは、淡い碧の光を放つシャルトスのかけら。
 これを集めたら、きっとシャルトスは直る。アティも元通りになる。
 レックスに、そんなことを言いながら生徒たちが頼み込んで行っていたことだった。
 太陽はすでに中天まで上り、探し始めてからかなりの時間が経過している。
 捜索作業は、極めて順調だった。
 ウィルは草むらをかきわけるようにその奥の碧に手を伸ばし、ベルフラウは戦場となっていた場所の中心で目を皿のようにして小さな欠片を探す。
 アリーゼは集まった欠片の山が風で飛んで行かないように守りながら、その周囲に目を向ける。
 そして。

「あ、あそこにも・・・」

 崖の中腹で欠片を発見したナップが必死に手を伸ばしていた。
 切り立った崖で、彼は必死に手を伸ばすが、あと少し届かない。
 身を乗り出し、手を伸ばし、それでもなお届かない。

「くっそ・・・!」

 自身の背丈の低さを恨みながら、さらに身を乗り出した、そのときだった。

「うわぁ・・・っ!?」

 重心が崖の下へ傾き、彼の身体は重力に従い落下していく。

「ナップ!?」
「ナップ兄さま!?」

 しかし、彼はとっさに崖からとび出ていた木の根につかまり、落下を防いだ。
 運がいいのか悪いのか。彼の命を支える一本の木に大感謝である。

「待ってて。すぐに先生を呼んでくるから!」

 レックスは丁度その場を離れていていなかった。
 アリーゼがレックスを探しに森へ入っていった。
 急がなければナップが崖から落ちてしまう。
 だからこそ、アリーゼは森の中を駆け回る。
 これ以上、何かを失いたくはないから。



 ・


 ・・・


 ・・・・・・



「今まで、君が誰も犠牲を出すまいと必死になっていたのはわかってる。俺も、同じだったからな」

 は苦笑して、頭を掻いた。
 彼は、元々平和な世界の住人だった。
 朝起きて、学校行って勉強して、友達と遊んで。
 戦いそのものが、ほとんどない世界。
 そんな世界で、彼は一つ、大事なものを失った。
 だから、犠牲という単語が嫌いで、犠牲を出さないように自分なりに頑張ってきたつもりだった。

「でも、結局さ。犠牲っていうのは出ちゃうんだよ」

 は正義の味方ではない。
 人間であるからこそ、犠牲を出さねば大事な人は救えない。
 それは、この世界に来てわかったことだった。

「でも、それでも守りきれないこと。この世界に来て何度もあった」

 帝国軍の兵士たち、島の住人たち。
 無色の派閥の暗殺者たちが虐殺を行ってている間、まったく動けずにいた自分を思い出し、つい唇をかむ。

「精神を破壊された君の今の気持ちはわからない。でも・・・」
「・・・・・・」

 虚ろな瞳は虚空をかき、自分はきっと彼女の目には映っていないのだろう。
 それでも、彼女を奮い立たせるために自分にできることは、ただ言葉を投げかけることだけだった。
 返事のない一方的な会話のキャッチボールでも、答えを出すための助けとなるなら、と。

「気持ちだけでも、前向きでいてほしい」

 その言葉に反応したのか、アティは顔をの方へ向ける。
 その瞳の色に、は驚愕した。
 彼女の目に光はなく、澄み切った青い色だった瞳は、黒く見えたから。
 ・・・否。黒ではなく、闇とも言えるだろう。深い深い、深淵の闇の色。
 それは、理想を追い求めて壊れてしまった自分に絶望しているのか、あるいは世界そのものに絶望してしまったか。
 彼女は立ち直るには、精神的に強い衝撃を与えなければ、ダメだ。
 そう思わせずにはいられなかった。

「今は、レックスがいます

 アティは、つぶやくように口にした。
 それは自分なんか必要ないという、自分自身を否定する発言。
 ここまで、変わってしまうのかと。
 初めて心の強さを力にする封印の剣を、そしてその剣を壊したイスラを憎らしく思う。

「昨日、レックスが抜剣するのを見てました。イスラと対等に戦っているのも」
「・・・」
「彼がいますから、もう・・・」
「私なんて必要ないですよ、とでも言うつもりか?」

 その言葉にアティは息を呑んだ。
 図星だったようで、返ってくる言葉もなく顔は床へと向いてしまう。
 まるで、の視線から逃れるように。

「そんなこと言うなって。君を慕ってる連中が悲しむから」
「・・・・・・」
「レックスが、どんな気持ちで抜剣したか・・・考えてみろよ」

 本来ならレックスが抜剣するはずはない。
 できないものを、やってのけたのは。

「あきらかに、君を守るために抜剣したんだ」

 家族を守るため。
 の目には、そう見えた。
 キルスレスを持ったイスラを退けるために一人、前に出たレックス。
 度重なる戦闘で、魔力も残り少ないはずなのに、それでも彼は弱音を吐かずに仲間を、自分の家族を守ろうと奮闘していた。
 その気持ちに、きっと偽りはないだろう。
 彼は・・・アティも含めたこの姉弟にとっては、大事なものなのだろう。
 仲間、家族。そんな存在が。

「君は、まだ動ける」
「・・・っ」
「絶望するにはまだ早い」

 ふるふるふる、とアティは首を横に振る。
 言わないで、聞かさないで。そんな思いが表情からにじみ出る。
 耳を塞ぎ、長い髪を振り乱し、彼女は言葉を否定する。
 目にはかすかに涙がたまっていた。

「でも・・・っ」
「でも?」
「でも、私はそんなに強くない。今まで生きてこられたのも剣の・・・シャルトスのおかげだったんです!!」

 立ち上がり、涙を流しながら俺の肩をゆすり続ける。
 まるで、縋るように。
 肩に乗せられた手には力がこもり、アティの思いが伝わってくるようだった。

「私が迷ったせいで、剣は砕けて消えちゃった・・・私のせいでこんな取り返しのつかないことになったのよ!!」

 嗚咽をこぼしながら叫びつづけた。
 それは、剣を失ってから今までに至った答えだった。
 取り返しのつかないこと。確かに、そうかもしれない。でもそれは、悪いことじゃないはずだ。
 だから。

「アズリアあたりなら、今の言葉を聞いたら君を殴るぞ、きっと」
「うう・・・」
「逃げたいなら逃げるがいい、って突き放すと思う」

 島の住人の信頼を一身に受け止め、今まで剣を振るってきた。
 それは彼女の意思であり、島全体の希望だった。
 目の前にいる女性は、今それらすべてを失って涙を流している。

「迷いは、誰にだって存在する」

 人間は、迷い、間違えていくことで、成功を治めていく。
 失敗は成功の元、なんてよくいったものだけど。
 今回の失敗は、島にとっても彼女自身にとっても確かに大きいけれど。
 それはきっと、間違っているものじゃない。

「迷わない人間は、人間じゃないよ。アティ」

 ウィゼルが言っていた。
 封印の剣は、いわば精神の剣。
 その剣が折れれば、心が壊れたことと同じだと。
 でも、それは違うと思う。

「君の心はきっと壊れていない」
「え・・・」

 そう。きっと、心は壊れていない。
 そもそも、壊れるようなものじゃない。
 なぜなら。

「今、こんなに涙を流してるじゃないか」

 それを聞いて、彼女は自分の頬を手で撫でる。
 指先に透明な液体がついていた。
 それが何であるか、わからない彼女ではない。

「なんで・・・」
「まだ、仲間を想う気持ちが残ってるからだよ、きっと」

 彼女の肩に、手を置く。
 微笑と共に。

「さ、生徒たちを探しに行こう。きっと彼らも君を待ってる」
「・・・はいっ」

 バタン、という音と共にアティは部屋から出て行った。
 表情はあまり代わり映えしなかったが、目には光が戻っていた。

 ・・・

 通り過ぎていく静寂。
 一人、部屋に取り残されたは、大きく息をついた。
 頭を抱えて、激しく自己嫌悪する。

「まさか、年上に説教することになるとは・・・」

 まさか、あんなことを言わされるハメにはるとは。
 っていうか、なんで恥ずかしげもなくあんなこと言えるんだよ、自分。
 みるみる顔に熱がこもる。

「・・・行くか」

 いつまでも自己嫌悪していたところで、意味はないから。
 もう一度、今度は深く息を吸って、吐き出した。






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