「あ・・・」
ゆっくり、ゆっくり。
まるで映像そのものをスローモーションにしているかのように、碧の光がかけらとなって落ちていく。
崩れ落ちていく自分の家族。
今まで寄り添いあって生きてきた、唯一の肉親を、レックスはただただ凝視していた。
封印の剣は、精神の剣。
使い手の意思がそのまま破壊力へ繋がり、その強さに比例する。
彼女は今、迷ったのだ。
迷って、考えて・・・結局、自分の思いをふいにできなかった。
だから、壊れてしまった。
「あ・・・あぁ・・・っ」
仲間たちも、自分たちを慕ってくれている生徒たちも目を大きく見開き、彼女が負ける様を凝視していた。
ある者は驚愕を見せ、ある者は突きつけられた現実から逃れようと目をそらし、ある者は何が起こったのかすらわからず呆ける。
今まで自分たちの力となっていた『剣』が、今。
「アティ・・・」
剣としての形を保つことが出来ず、粉々に砕け散っていた。
消える。
消えてしまう。
俺の家族が。
唯一の肉親が。
たった一人の姉が。
「アティ・・・アティ・・・っ!!」
目を背けたい。
全部夢だったんだと、思いたかった。
でも、それはただの逃げだ。
突きつけられた現実がいかに悲惨なものであろうとも、俺は。
「アティ―――ッ!!!!」
前を向きたかった。
嫌だ、イヤだ、いやだ。
大事な家族だから、失いたくなかった。
『せんせぇぇぇぇぇ・・・っ!!!』
生徒たちの声が、戦場に響き渡る。
小さなかけらとなって地面に落ちていくのは、今まで彼女によって使われていたもの。
ソレは地面に零れ落ちても、いまだ淡い光を放っていた―――
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第47話 深緑
「アアああぁぁぁっ? うあアァっ!? うああアあアアァぁぁあアあァッ!?!?」
アティは頭を抱え、その場に膝をついた。
激しい頭痛が彼女に襲い掛かっているのか、長い髪を振り乱してただただ叫び声を上げている。
目は見開かれた状態で、その青い瞳からは涙が零れ落ちていた。
『せんせえぇぇぇ!!』
生徒たちが口々に叫ぶ。
ぼろぼろと涙を流して叫ぶ4人を見てイスラは高笑いをあげる。
本当に、楽しそうだった。
他人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものだとは思う。
「お似合いだよ。君は、そうやって赤ん坊みたいに泣いてればいいんだ。でもさ、それじゃあ先生として恥ずかしいでしょ? だから・・・」
キルスレスが大きく振り上げられる。
彼は、一体何を考えて行動しているのだろう。
そんな疑問が頭をよぎった。
端から見れば、彼は殺人快楽者とか戦闘狂といった類の人間に見られるかもしれない。
しかし、彼はどこか違った。
アティが剣を振り上げたときに、抵抗することなく素直に目を閉じたのだ。
「最後の情けで、楽にしてあげるよ!」
彼の容赦ない言葉の弾丸とともに、キルスレスから紅い光が強く発せられる。
アティは悲鳴とも取れる叫び声を上げつづけたまま、その場を動くことはない。
このままでは、彼女は死ぬ。
殺される。
「いかん、早うアティを助けんと、殺されてしまうぞ!!」
「くそぉっ!!」
そんなミスミの焦る声が仲間たちを動かすが、いかんせんアティのいる場所まで距離がある。
間に合わない、とみなが悟った。
諦めたわけじゃない。しかし、彼女を助けるには時間が圧倒的に足りないのは事実だったから。
それでも、諦めない者たちもいた。猛然と2人のところまで駆けていく4つの人影。
それは、島の護人たちだった。
「・・・!?」
イスラは振り下ろした剣がはじかれ、表情を歪める。
『この人を、これ以上貴方なんかに、傷つけさせはしない!!』
「グルオオォォッ!!」
「召鬼・爆炎ッ!!」
ファリエル、ヤッファ、キュウマが口々を叫び、イスラを打倒せんと攻撃のモーションに入った。
ファルゼンの力のこもった斬撃と、ヤッファの持ちうる渾身の一撃。
そして、キュウマの作り出した激しく猛る炎。
そのすべてがイスラに向かって放たれたのだが、彼は軽々と躱して見せた。
ひとえに剣の恩恵。抜剣していなければ、きっと消し炭にされていたことだろう。
イスラは反撃をすべく剣を振り構えたのだが。
「スクリプト・オン!魔障壁・最大出力で全面展開!!」
イスラの攻撃はアルディラが作り出した障壁に阻まれ、彼らに届くことはなかった。
「ち・・・っ、護人どもめ・・・正統な適格者たる僕に牙をむく気か・・・」
直接攻撃をしようと前に出ると、アズリアはそれを阻む。
目にも止まらぬ斬撃を受け止めたのだ。
押されまいと力を込め、汗を流しながらも彼女はイスラを見据える。
「私への恨みごとならばいくらでも、この身に受けもしよう・・・だが!」
充分に苦しんだ。
身体だけでなく、心にも大きな傷を負った。
彼女だけがなぜ、ここまで傷つかねばならないというのだろうか?
ただ剣を手にしただけ。
この島に流れ着いただけ。
ただそれだけのこと。
もう、充分だ。充分のはずだから。
「これ以上! あいつに手を出すのはお前でも許さない!!」
アズリアは告げた。
この場で家族より、仲間を優先した。
イスラの持つ剣は、人の命を軽くしすぎてしまうから。
「・・・邪魔を、するなァッ!!」
「!?」
イスラはその一言を聞いてか一瞬目を見開くと、すぐに眉間にシワを寄せた。
剣に力をこめ、なぎ払う。
紅い閃光が彼女に襲い掛かる。
しかし、それは彼女を切り裂くことはなかった。
「・・・っ!!」
「・・・ッ!!」
はイスラの剣を受け止めていた。
汗を流し、力が抜けないようにと歯を立てて。
それほどに強い衝撃だったのだ。
「正統な適格者が、島の住人を苦しめるようなマネをするものか!」
が叫ぶ。
力任せに振り切ろうと力をこめるイスラの剣を忌々しげに眺め、刀身を傾ける。
受け流そうとしたのだ。
刃同士がせめぎ合い、キルスレスがの真横へ落下する。
それだけで、地面から爆発が起きていた。
「早く、アティをつれて逃げろ!!」
巻き上がる粉塵に包まれながら、誰かに聞こえるようにと声を荒げる。
その声にカイルがあわててアティを抱えた。
「さあ!急いでここから・・・!?」
逃げようと踵を返すと、その先にはオルドレイクと彼の率いる派閥の一団。
表情には笑みすらも宿っておらず、正直な話、何を考えているのかがまったくわからない。
「オルドレイク・・・セルボルト・・・」
「邪魔をするなら誰であろうと切り捨てるのみ!」
ミスミの声で全員が武器を構えた。
オルドレイクはそんな彼らを一瞥すると、
「吠えるな・・・壊れたガラクタにもう、興味などない」
抑揚もない声で淡々とつぶやいた。
言葉の後で視線をアティに向けると軽く鼻を鳴らすと彼らの横を素通り、その視線をイスラへと向ける。
「どういうつもりだ? 同士イスラよ。奪回すべき剣を破壊してしまうとは。今までの功績だけではこの失態、見逃すわけにはいかぬぞ・・・」
彼は怒っていたのだ。
本来は封印の剣が必要で、その奪回が目的だったはずだから。
奪回すべき目標の剣を壊してしまうなど、相当の失態のはずなのだが。
「失態とは心外ですね。全ては、考えあってのことなのですよ。オルドレイクさま」
「なんだと?」
イスラは笑っていた。
失態を失態と考えるのが普通なのか。
それは、そう考える人によって様々だ。
オルドレイクにとっては多大すぎる失態でもイスラにとっては、そうではないのかもしれない。
目の前にある彼の笑みが、どこか別のところにあるような気さえしてしまう。
「そう、すべては考え合ってのこと・・・」
目を閉じ、軽く笑む。
内側に何かを秘めた、決意すら見え隠れするような、そんな笑み。
そんな表情を臨んで、オルドレイクは眉をひそめる。
おかしいのだ。彼をまとう空気が。雰囲気が。
「計画は順調ですよ。あとは・・・」
つかつかとオルドレイクに歩み寄り、目をゆっくりと開く。
「貴方を殺せば、全てが完了するんです!!」
それと同時に、肉を切り裂く音が響いた。
オルドレイクが、イスラに斬られたのだ。
その光景を彼の背後で目の当たりにして、は瞠目する。
斬り口を抑えてうずくまるオルドレイクにいち早く駆け寄ったのは妻であるツェリーヌで。
「本性を現したか!?小僧ッ!!」
険しい表情と殺気のこもった視線を向けたのがウィゼルだった。
しかし、そんな視線すらもイスラはまったく気にする風もなく、「わかんないかなぁ」なんてつぶやくような勢いで小さくため息を吐き出している。
「剣の所有者は僕だよ。わざわざ、君たちに力をわけてあげなくたって・・・独り占めしたほうが利口ってものだろ?」
それが、彼の言っていた『考え』だった。
イスラはオルドレイク率いる無色の派閥すら、自分の計画の駒として利用していたのだ。
使うべき立場の組織の頭目が『使われる』など、どれほどの屈辱だろう。
オルドレイクは怒りの形相を露にし、イスラを裏切り者として殺すよう命じる。
いっせいに彼に襲い掛かる暗殺者たちをイスラは涼しい顔でことごとく斬り伏せる。
キルスレスの力を最大限に活用して。
「ま、待って・・・! 俺はッ! 俺は別に裏切るつも・・・ッ」
ビジュは必死に弁解をしていたが、抵抗できずに召喚術の巻き添えを受ける。
彼は悲鳴とともに地に伏し、動きを止めたのだった。
しかし、召喚術を放ったツェリーヌは煙の晴れた先でその表情を驚愕へ変えていた。
一緒に巻き込んだはずのイスラには傷一つついていなかったのだから。
「シャルトスが砕け散った今、もう僕を止められるものは存在しないんだ!!」
イスラは声を上げて笑っていた。
まるですべてが自分の意のままに進んでいると、嬉しそうに。
「さて、あいつらは逃がしちゃったけど、君たちは逃がさないよ」
無色の派閥はウィゼルの提案のもとに撤収していき、残されたのは島の仲間たちと、イスラのみとなっていた。
狂ったような笑みを浮かべて、キルスレスの光をいっそう強めてゆっくりと歩み寄ってくる。
「・・・俺に、任せて」
そんなとき、レックスが歩み出た。
表情には決意が見え、他者の追求を許さない。
心配そうに見つめる生徒たちに目をやり、安心させるように軽く微笑むと、
「大丈夫、きっと・・・できる」
右腕を目の前に突き出した。
――君にはまだ、力は残っている。
――君は、それに気づいていないだけなんだ。
――大丈夫。
――きっと、君に応えてくれるから。
――その剣は、君の剣。
――まぎれもない、君だけの剣なんだ・・・
今なら・・・わかる。
というか、シャルトスが粉々に砕けたとたんに理解した。
俺の身体から、流れ出る力の正体を。
家族の犠牲を払って理解するなんて、皮肉なことこの上ないけど、そんなことを言っていられる状況ではない。
「力を、貸してくれ・・・」
――仲間たちを、俺の家族を守るために・・・
「こ、これは・・・」
キィン、という甲高い音。
それは、シャルトスが具現したときの状態とよく似ていた。
染まるは緑。シャルトスの碧ではなく、深い森をイメージさせる『深緑』。
耳を貫くその音は、次第に大きくなっていく。
「・・・まさかっ!!」
レックスの突き出した手の平をその色に染め上げ、彼はその手を握りしめる。
あたりを、深い緑が支配した。
肌から、髪から色が抜け落ち、瞳の色は青紫へと染まっていく。
「おいおい、マジかよ・・・」
「こんなこと、ありえない・・・ありえない、はずなのに・・・」
ヤードの呟くとおり、ありえないはずだった。
握られた手から形成されていく、片刃の剣。
輪郭から内側までが同じ色で染まり、それでもなお形を確認できる。
「でも、なんだかあの剣を見てると、心が休まる感じがするよ・・・」
「そうね・・・きれいだわ・・・」
緑という色は、人に安らぎを与える色。
眩しくもなく暗くもなく、心に安息を与えるように誰もが感じるだろう。
発される緑の光を凝視し、その美しさに目を奪われていた。
「レックス・・・」
「「「「先生・・・」」」」
完全に具現したそれは、封印の剣だった。
形こそ違うものの、在り方や材質、溢れんばかりの魔力までがシャルトスやキルスレスのそれと同じ。
全員の視線の先で、抜剣したレックスが仲間を守るように立っていた。
シャルトスでもキルスレスでもない深緑の大剣を携えて。
「・・・行くぞ、イスラ!!」
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