「そら、そら、そらァッ!!」
「・・・・・・」

 イスラの猛攻を受け流す。
 剣を引く隙を見つけてはそこへ攻撃し、確実にダメージを与えていった。
 しかし、彼は今キルスレスを手にしている。

「そんな攻撃なんて、僕には通じないよ?」

 イスラは受けたはずのダメージを端から回復していた。
 剣の力で。剣の恩恵にすべてを任せて。
 視界を染める紅が強さを増す。

「それにさ・・・君はなんで、碧の賢帝を抜かないのかな」

 世界全体が血色に染まったかのように果てなく青い空ですらもその色を失い、その紅と混じり合う。

「僕を倒すんだろ? だったら・・・」

 ふわりとイスラの剣が消え去る。

「抜剣してみせろよ・・・っ!!」

 吸い込まれるような風の奔流と共に、力の篭もったイスラの一撃がアティを襲う。
 咄嗟に受け止めはしたものの、彼女の剣自体がすでに限界。
 なんとか弾き返し距離をとったところで、鋼の剣は粉々に崩れてしまっていた。
 あまりに大きい力の差。
 碧の賢帝を抜けば、きっと対等に戦えるはず。
 できるなら抜かずに勝ちたかった。でも、もう手元に武器はない。あっても、きっとすぐに先ほどの剣の二の舞。
 だったら。

「・・・っ!」

 喚ぶしかない。
 碧の剣を。周囲を染める紅に対抗できる唯一の剣を。
 一瞬、自分が自分でなくなるような感触。

 私は、この感触が嫌いだ。
 髪から肌から色素が抜け落ち、蒼い瞳が碧に染まる。
 手に握られたそれは、私に確かな力を与えてくれる。
 具現した剣を両手で構え、

「ははっ、第二ラウンドの開始だね?」
「・・・さぁ、いきますよ!」

 地面を蹴り出した。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第46話  崩壊






「!!」
「ウウゥゥゥ・・・」

 ユエルと共に、次々に襲い掛かってくる暗殺者たちを倒していく。
 投じられたナイフを落とし、剣を破壊し、銃を斬り捨てる。
 相手は自爆すらも平気で為せる狂った精神の持ち主たちだ。ただ武器を壊しただけでは問題外。

「グ・・・っ」

 気絶させなければ、終わりではない。
 殺すつもりなど毛の先ほどもない。ただ、自分の身を守っていればいいのだから。
 一人の暗殺者を地に落とすと、同時にユエルが敵の身体を斬り裂いていた。
 死ぬような傷ではなく、それでも数ヶ月は治療の期間を要するほどの傷だった。
 特に指示したわけでなく彼女が自分なりに考えて、今こうして戦っている。
 はユエルのその配慮を嬉しく思った。

「大丈夫か?」
「うん、ユエルは大丈夫。それよりみんなは・・・」

 きょろきょろとまわりを見渡す。
 少し首を捻った先で、震えながら危なっかしく武器を持っている生徒たちが、目に飛び込んでいた。
 剣を持つ腕は震え、ショートボウの狙いは定まらず、集中力を欠いて召喚術がろくに発動しない。
 相対する暗殺者はたった2人。普段の彼らなら勝てない相手じゃないはずなのに、今こうして梃子摺っているのは、自身の思いを曲げてまで戦っているアティを案じてのことだろう。

「シャアアァァッ!!」
「アリーゼ!!」
「ひ・・・」

 至近距離で響いた声に驚き、サモナイト石を取り落とすアリーゼ。
 拾おうとその場にしゃがみこむものの、慌ててお手玉する始末。

「マスター!」
「・・・ああっ!」

 ユエルと共に地面を蹴り出す。
 すぐに到着とまでは行かないものの、まわりの敵をカイル一家や護人たちが留めていてくれたのが幸いし、迂回することなくアリーゼの元までたどり着けた。
 彼女の兄弟たちは目の前の敵を倒すのに手一杯。
 助けようにも助けられない状況で、正直自分たちが助けに入れてよかったとは思っていた。
 今の彼らは・・・

「はあぁぁぁっ!!」

 はアリーゼと暗殺者の間に割り込み、暗殺者のナイフを受ける。
 裂帛の気合と共にナイフを弾き飛ばし、背後に移動しながら態勢を整えていた暗殺者の懐へ入り込む。
 そのまま刀を頭上へ向けて振り切った。
 縦一直線に斬撃による裂傷が走り、悲鳴とも取れる声と共に暗殺者はその場に崩れ落ちた。
 ユエルはもう1人の暗殺者を圧倒し、呆けているナップやウィルをそのままにの元へと駆け寄ってきていた。

「兄さ・・・」
「なにやってるんだ」
「え?」

 ベルフラウの言葉を遮り、は怒りを押さえ込むことに必死で、搾り出すような声を出していた。
 今は戦闘中。生徒たちはまだ身体も完成していないくらい幼くて、それでもこんなつらい戦いを強いられて。
 彼らはまだ子供。心許した先生が危地に立っていることに動揺しないはずもないのだが。

「死にたいのか!!」

 どうしても、言わずにはいられなかった。
 まだ幼い彼らには酷なことかもしれない。
 でも、同じ戦場に立つ人間として、同じ考えの元に動いている仲間として、言わねばならない。
 足手まといだと。
 いるだけ邪魔だと。
 オブラートに包むヒマはなく、自然と物言いがストレートになってしまう。

「考え事なんかしてるから、仲間の足を引っ張るんだ! いいか、今は目の前の敵に集中しろ。他の事は後回しにするんだ!!」

 今の彼らは、頭の中がアティのことでいっぱいなのだ。
 アティとレックスに心を許したそのときから、彼らは立派な戦力だからこそ、今の彼らには喝が必要なのだ。

「そうしなきゃ殺される! 助けに入った仲間も殺される! それに・・・」

 相手は訓練された暗殺者たちなのだ。
 普通に生活していればまず縁のない相手なのだが、すでに戦って、さらには勝利すら納めることができるほどに強くなっている。
 だからこそ、一時の気の迷いで戦闘不能になどなって欲しくなかったのだ。
 そして。

「アティのことが心配なのはわかる。でもな、君たちがいなくなったら・・・アティも、レックスも、みんなも!」

 自分が死んだ後のことを考えたことがあるだろうか。
 残された仲間たちは、悲しみ、嘆き、別れを惜しむ。中には死んでしまったことがわからず、突きつけられた事実に発狂すらしてしまう者もいるかもしれない。
 4人ともまだ幼く、輝かしい未来だって待っているのだ。
 それに今こうして深く関わっている仲間たちを残してしまえば、彼らは悲しい思いをする。
 特にレックスとアティ。彼らは優しいからきっと、自分が死ぬまで後悔し続けるかもしれない。

「・・・俺も、悲しい思いをするんだぞ」

 小さいころ、自分の行動が原因で自分の家族を失った悲しみが頭をよぎる。
 あのとき自分が言いつけを守っていれば。あの場所を通っていなければ。そもそも自分がいなければ。
 いろいろと後悔した。泣いて、わめいて、叫んだ。
 それでも失ったものは帰ってこないから、その悲しみを乗り越えなければならない。
 そのために、は一つの誓いを立てた。
 その誓いは、異世界に飛ばされた今でも守っているつもりだ。
 仲間だから、というのもある。しかし、その誓いを守るためにこうして叫んでいるのだと、彼は思う。

「そうですね・・・兄さん、ごめんなさい。心配かけて」

 表情から翳りが消える。

「私たちがいなくなってしまったら、意味がないですものね?」

 先のことを考えていても、自分がいなくなってしまえばそれも意味を為さなくなるから。

「オレたちはオレたちにできることをすればいいんだもんな!」

 今は、目の前の敵を倒すことを・・・自分たちにできることをするだけ。

「もう・・・だいじょうぶです!!」

 普段の彼らに、彼らの表情に戻っていた。




・・・・・・




「これで、最後だッ!!」

 剣を振るう。
 最後の1人は身体から血を流して倒れ気を失った。
 あたりを見回せば、そこは黒の荒野。
 黒ずくめの人間たちが乱雑に寝そべり、動きを見せることはなかった。


 ことの始まりは、帝国軍との戦いで、紅い光の柱をみてから。
 微弱ではあったのだが俺――レックスの身体から、得体の知れない力が出て行くのを感じていた。
 初めは気のせいかと思い、考えないようにしていたのだが、イスラが紅の暴君を抜剣してから、その力は流れていくように放出されていた。
 実際、俺の身体にはなんら影響はないわけだが。
 むしろその力のおかげか、今回の戦闘も普段では考えられないような動きができていたことに自分自身驚いていた。



「なんだよ・・・虫も殺せないような顔して、やれば、こんなにもできるんじゃないか?」

 血を流したイスラが弱々しく笑みを浮かべる。
 キルスレスの自動回復が追いつかず、腹部から流れる血を抑えうずくまっている彼を、碧の切っ先を突きつけたアティは冷ややかな視線を彼に送っていた。

「やっぱり君も僕となにも変わらない。自分の望みのために他人を傷つけられる人間だったってワケだ」

 最後の抵抗とでも言うように、イスラはアティを挑発している。
 しかし、当のアティは表情を変えることはない。
 まったくといっていいほど、挑発は通じていなかった。

「貴方の言うとおり、今の私は目的のためなら手段を選ばないつもりです・・・それがわかったのなら、すぐに剣を捨てて降伏してください」

 普段ならありえないだろう、アティの棘のある言葉を受けてイスラは舌打つ。
 苦し紛れとも言える一撃を彼女に向けて放つ。
 力の篭もっていない、死んだ一撃。
 それでも人1人を粉砕するには充分で、力と力の衝突によって轟音があたりに響き、煙が視界を覆う。
 しかし。

「今のは、手加減しました・・・次は、本気ですよ」
「・・・っ」

 次第に晴れていくと、血を流して元の姿に戻るイスラの姿があった。


・・・


「この勝負、どうやら先は見えたな・・・」

 仲間のピンチだと言うのに、ウィゼルは冷静だった。
 表情が『残念だ』などと語っているようで、どちらかというと焦りや諦めよりも呆れが前に出ているようだった。
 本来なら助けに行くべき場面ではあるものの、目の前の男性は動く気配すらない。

「へえ? だったら助けに行ったほうがいいんじゃない?」
「もっとも、それを許すほど、わらわたちは甘くないがな・・・」
「アティたちのところへは・・・行かせない」

 スカーレルがナイフを、ミスミが槍を。そしてが刀の切っ先をウィゼルの喉元に当てる。
 しかし、それにすら顔色も変えずにその場に立ちつくしていた。
 逆に、全部を見透かされそうな視線を向けられ、背筋に悪寒が走り抜ける。

「その必要はない」
「「えっ!?」」

 ウィゼルの発言に、ソノラとユエルは声を上げた。
 無色の派閥は、役に立たない者はいともたやすく切り捨てる。
 彼はそれを実行しているだけのように見えるが、

「まさか、このまま見殺しにしちゃうつもりかよ!?」

 そんな問いに対しても答えを返すことなく沈黙していた。

「やはり、貴方でも・・・『役に立たない者は切り捨てる』という無色の流儀に従うのですね、ウィゼルさま」
「さあ・・・その答えは、俺よりもそこの子供らに聞くべきではないのか?」

 ヤードの質問に曖昧に答え、生徒たちを見やる。
 同様に生徒たちを見やれば、そこには放心している子供が4人存在していた。
 今までの話をまったく聞いていない感じだった。
 額には珠のような汗が浮かび、それらが垂れていることにすら気付く気配はない。

「おい、4人とも・・・?」
「ど、どうしたですか?委員長さん・・・」

 とマルルゥで声をかける。
 しかし、その声は届いていない。聞こえていない。
 戦闘中に考えていたことだろうか。あるいは、子供だからこそ感じる何かがあるのかもしれない。
 カイルは顔色を変えて声を荒げる。

「4人とも、しっかりするんだ!?」
「ダメです・・・」

 カイルの声に反応したのか、アリーゼが声を出した。
 しかし、それは彼の声に呼応したわけじゃなく、まるでうわごとにようにただ言葉にしているようにも聞こえる。
 アリーゼだけでなく、他の3人も口々にダメだダメだったと口にする。
 それは、あのときに言えばよかったという後悔。
 そして、それじゃいけなかったと否定すべきだったという後悔。
 その2つの後悔が後を絶たず、4人の思考をを侵していく。

「「「「ダメ・・・!!」」」」

 否定を示す小さな声が、響き渡った。





「・・・認めるよ。勝ったのは、君だ。だけど、君には僕からこの剣を取り上げることは絶対にできない」

 アティはシャルトスを握り、黙っている。
 イスラの言葉を耳にしてなお、顔色すら変えず切っ先のみを突きつける。

「知ってるはずだよ?継承した者を殺さない限り、この剣の活動は停止しない・・・そして、僕を殺せるのは、同じ力を持つ君だけってことも」

 ふるふる、と彼女の腕が震える。
 ついに、あのときの考えが現実になるときが来てしまった。
 人を殺すか、殺さないか。
 本来の彼女なら殺せない。でも、覚悟を決めた今ならできる。
 そう、思いたかった。

「みんなの笑顔を、守るんだろ? なら、僕を殺してこの剣を奪いなよ」

 目をつぶり、雑念を振り払うかのようにシャルトスを振り上げる。
 中天に掲げた剣先がカタカタと震え、収まる様子すら見せない。
 そんな彼女を見上げて、イスラは笑みを浮かべていた。

「うあああああアアアアアアぁぁぁぁァァァァァァッ!!」

 イスラは、ふっと目を閉じる。
 自分が殺される時を・・・剣が振り下ろされる時今か今かとを待っている。
 悲鳴とも取れる声と共に振り上げられた剣は。

「ムリ、ですよ・・・」

 振り下ろされることなく、切っ先だけが地面に落ちた。
 力なく下ろされた両手にはもはや戦う意思はなく、ただ彼女の瞳に涙を溜め込む。

「やっぱり、私には貴方を殺せない・・・力ずくで、終わらせるなんて、私はやっぱり認めたくない・・・」

 裏切ることは、できなかった。
 自分の思いを、この場にはない当たり前の願いを。
 楽しい毎日を。みんなが笑い合える世界を。
 戦士としては甘すぎるその思いを、彼女は消し去ることができなかった。

「君は・・・君という人は・・・」

 あきれ返ったかのように、イスラはキルスレスを握り締める。
 目の前が紅く光り、彼は再び抜剣した。
 髪、肌から色素が抜け落ち、瞳を真紅に染め上げる。
 剣から発された光は、まるで閃光のようだった。
 彼以外すべての人間の目をくらませるほどに強く、そして紅く染まる光は。



「ウオオォォォッ!!」



 アティに向かって思い切り振り下ろされた。
 ゆっくりと振り上げられ、まるで頭上から真っ直ぐ降ってくるような。
 力なんか十二分にこもった、そんな一撃だった。
 速い斬撃に目を見開きつつも、アティはかろうじてそれを受け止めることに成功するが、それだけでは終わらなかった。




「形勢・・・逆転だね」




 両刃の剣に亀裂が走る。
 その亀裂はまるでクモの巣のように張り巡らされ、端から破片となって零れ落ちていく。
 ぱらぱらぱら、という音。
 地面に落ちたそれは弱々しい碧の光を放っていた。

 封印の剣は心の剣。
 アティの『心』そのものが今、ここで。




「アアああぁぁぁっ? うあアァっ!? うああアあアアァぁぁあアあァッ!?!?」




 砕けたのだった。







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