「・・・行きましょう」
全員が集まっているところで、アティはそう口にした。
どこに、とは聞かない。必要がない。
言わずともわかっていることだから。
「・・・いいのか、それで?」
そう尋ねたのはレックスだった。
自分の思いを曲げてまで、彼と戦う必要があるのか。
そうまでして、戦うことに意味があるのか。
思い返せば、彼女の思いとはただ純粋な思いだった。
いがみ合うことなくみんなで笑いあっていたい。
平和を望む彼女が先陣を切って戦いに臨むことが、あっていいことなのかと思ったのだ。
「ええ、いいんです・・・これが、最善なんですよ。きっと」
そう思いたい。
そう思わなければ、きっと私は挫けてしまうから。
そんな言葉に、生徒たちは一瞬身体を震わせた。
本当は望まぬ願い。それを背負わされて、自分の願いを・・・本当に些細な願いを捻じ曲げて。
彼女は今、戦いに赴こうとしているのだから。
そして、その彼女の本音を知っている彼らだからこそ、これから襲うだろう絶望を、もしかしたら感じ取っているのかもしれない。
「レックス先生・・・」
呟くアリーゼを慰めるように撫で付け、レックスは笑みを浮かべた。
大丈夫。きっと大丈夫だから。
彼女も自分も、一人じゃないから。
「アティ、本当に大丈夫なんだな?」
「ええ、心配は無用ですよ。」
彼女の意志とは真逆に進んでいく物語。
それでも前に進まねば、道は拓けないから。
たとえそれが茨の道であろうとも、きっと立ち止まりはしないだろう。
彼女は優しいから。
大好きな皆が笑って生きていける世界を創るためならば、自分の犠牲すらかえりみない女性だから。
だから、仲間たちは共に進むのだろう。
彼女なら。そして、共に歩む家族たちなら。
「・・・そうか」
きっと、目の前の絶壁すら乗り越えていけるから。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第45話 覚悟
無色の派閥と対峙するために一行は終始無言で森を歩きつづける。
大勢の足音だけがその場に響き、木の葉や枯れ枝の乾いた音だけが耳飛び込んできている。
周囲には動物たちの気配すら存在せず、鳥はおろか虫の鳴き声すら聞こえない。
彼らも、この先に待ち受ける絶望という名の風を、感じていたのかもしれない。
「4人とも、顔色悪いけど大丈夫か?」
「・・・だ、大丈夫ですわ。問題ありません!」
声を発さない3人にかわって、ベルフラウが返事をした。
気丈に振舞ってはいるものの、内心は恐怖でいっぱいなのだろう。
小さな身体で軍隊と戦い、自分たちの心を理解してくれた大事な人が、いなくなってしまうかもしれないのだから。
大丈夫だ、と言い張っているものの、その顔はやはりよくはない。
「いや、やっぱりなにか・・・」
「大丈夫だよ、」
の言葉を遮るように、レックスが答えを返していた。
彼の顔色も、決して良好とは言えないもの。
きっと、全部知っているのだろう。目の前で地面を見つめつつ歩いている4人がアティから聞いた、すべてを。
笑顔ではあるものの、その笑顔そのものがまるでの干渉を不要としているかのようだった。
「レックス」
「もし、なにかあったら、俺がなんとかするから」
なにか、考えがあるのだろう。
心の内側で、なにかを覚悟している。
決意のこもった瞳を自分に向けている。
でも・・・
「きっと、なんとかなるから」
もっと、頼って欲しかった。
俺たちは、一緒に戦う仲間なのだから。
もっと、頼れよ・・・
その言葉は、目的地にたどり着いてしまったことで言えずじまい。
苦虫を噛み潰したかのような表情で、は小さく舌打ったのだった。
・・・・・・
「なァ、イスラよ」
ビジュは、隣でやんわり笑みを浮かべているイスラに声をかけていた。
表情には戸惑いが混じり、自分たちがこうして動いていることに対して後ろめたさすら見て取れる。
「オルドレイクさまは剣の奪取よりも、遺跡そのものの確保を優先してんだろ? 勝手に兵を動かしちまってもよかったのか?」
「遺跡の確保を優先しているからこそ、こうして独断で動くんだよ」
必要なのは、遺跡と封印の剣。
2つが揃わなければ意味がないのだから、彼らはこうして独断で動いていた。
どうせ必要なら、先に剣を手にしたって問題はまったくないのだから。
「いいかい? 無色の派閥は、軍隊のように、言われたことだけをしてればいい場所じゃないんだ。無能だと見限られたら即座に切り捨てられる」
納得のいかない表情のビジュに言い聞かせるように、イスラは言葉を並べ立てる。
実際も派閥にいたときに感じたことだ。説得力はあると、イスラは自信すら持って思っていた。
無色の派閥は、他のそれとは違うのだと。
「派閥の中で生き残っていくためには、常に実績を重ねて、己の立場を強くするしかないんだ。だから・・・」
言葉を放ちつつ、その矛先を背後へ向ける。
無表情のまま、マフラーで口元を隠している女性――ヘイゼル。
彼女も、自分と同じ考えで動いているのだろう。イスラはそんな気がしてならなかった。
「貴女もこの計画に乗ってきた。そうでしょう? ヘイゼルさん」
彼女は無言で、彼の問いに返事をするそぶりも見せない。
言葉を返さぬことをいいことに、イスラはさらに言葉を紡いだ。
彼女の神経を逆撫でするような、挑発すらしているような声色で。
「貴方が率いている『赤き手袋』の暗殺者たちは、この島で負けが続いている。貴方の魅力で、盟主のお怒りを鎮めるのももう、限界ってところでしょうしね」
彼女は怒りの表情をあらわにした。
眉間にしわを寄せて、鋭い視線がイスラへと送られる。
その殺気すら孕んだ視線を受け止め、
「おっと・・・こわい、コワイ・・・」
まるで反応を楽しんでいるかのように、まるで子供のように肩をすくめて見せた。
「随分と余裕だな。イスラよ・・・」
「ななッ!? なぜこちらにッ!?」
ウィゼルの登場。
ずいぶんとビジュは驚いているようだが、その疑問をぶつけてみると。
「一部始終を見届けるよう、オルドレイクに頼まれたのでな。それに・・・封印の剣同士の激突。剣士としても、鍛冶師としても、興味深い」
そんな言葉が返ってきた。
オルドレイクは結局全部を知っていたようで、その一部始終を見届けるようにと命を受けてきたのだ。
それ以前に、彼は鍛治師。封印の剣という一つの武器のぶつかり合いに興味があるという。
興味深い、とつぶやく彼は、心なしか嬉しそうな表情をしていた。
「お目付役ですか?ご苦労なことですね」
皮肉を言ってみたものの、ウィゼルは簡単に受け流す。
自分のような小僧など、眼中にない。
イスラを見る視線がどこか見下しているような感じ。
「どちらにせよ、これでお墨付きが出たってことだ・・・彼らも来たみたいだし。せいぜいがんばることだね、ビジュ?」
ビジュはイスラにのみ聞こえるぐらいの声で返事をした。
・・・・・・
「待っていたよ、先生。逃げずに来てくれたおかげで、村を襲う手間が省けたよ」
「来なかったら、村を襲うつもりだったのか!?」
「あたりまえじゃないか」
さも当然、と言わんばかりにイスラは腰に手を当て胸を張る。
出てこないなら、別のところで騒ぎを起こして強引に引きずり出す。
攻略する側からすれば、確かに合理的で都合のいい方法だ。
「いいアイデアだと思わない? ねぇ、?」
イスラは反応を見て楽しげに笑う。
今すぐにでも斬りかかっていきたい気持ちを抑え、拳を強く握った。
「マスター・・・」
ユエルは心配そうに己が主を見上げ、視線を戻す。
その後もちらちらとの顔をのぞいては元に戻すを繰り返す。
握りしめた拳が震えていることにすら心配だという思いが視線に乗っていた。
「イスラ・・・お前は、どこまで汚れきってしまったというのだ・・・昔のお前は、自分より他人のことを案じる子供だったのに!?」
「子供だったから、損をしてるってことがわからなかった。それだけのことだよ」
昔を懐かしむように話すアズリアを見事に一蹴する。
確かに、小さな頃からアズリアはずっとイスラを気にかけてきた。
彼は会うたびに軍学校へ行っている自分の身を案じ、自身の回りで不幸があればその心配をするような、そんな優しい性格の子供だった。
しかし、今はそうじゃない。
今と昔は違うと、彼は言っているのだ。
「・・・っ」
「今の僕は、もう大人だ。望みを自分でかなえる方法を知ってるんだ。姉さんのお節介なんてもう、僕には必要ないことなんだよ!」
その言葉にアズリアは表情を曇らせる。
よほどつらいのだろう。
家族で、姉弟で、ずっと気にかけてきたからこそ。
よかれと思ってやってきたことのすべてを『お節介』と称され突き放されてしまうのは、どうにも辛すぎる。
「それに、もともと僕はこういう人間なのさ」
今まで演じてきたのは、可哀想な弟。なにもできない弟。守ってあげなくちゃいけない、弱い弟。
そのすべての弟は、幻想だ。
貴女のまわりには、そんな弟は存在しないんだと。
彼はきっぱりと告げた。
アズリアの表情には悲しみが宿り、口元を抑えて小さく嗚咽する。
それに追い討ちをかけるように、イスラは今までの彼女のすべてを否定する言葉を吐き捨てる。
「それはみんな・・・貴方が、自分を支えるために作り上げた妄想に過ぎないんだよ」
「っ!!」
ぼろぼろと、流れ落ちる雫たち。
頬を伝い、あごの先から地面へ落ちる。
アズリアは、泣いていた。
自分を否定されて、迷惑なんだと突き放されて。
今まで必死に培ってきた、支えてきたすべてが、根底から崩れ落ちる。
「イスラ・・・っ、貴様あぁァァッ!」
アズリアの表情を見て、ギャレオは額に血管を浮かばせてイスラを睨みつける。
しかし、彼はその視線の先で、声も高らかに笑っていた。
楽しそうに、嬉しそうに。
そして・・・哀しそうに。
「くだらない前口上はもう、たくさんですよ」
そんな言葉に、全員が驚きの表情と共に彼女を見る。
すべての決着のために、ここまで来た。
「私と決着をつけるのが望みなんでしょう!?」
そう。
お互いに『剣』を持つ者・・・適格者同士。
互いに惹かれあい、壊しあい、搾取する。
幾度となくぶつかり合ってきたその決着を、ここでつける。
そのために、自分の意志を曲げてまでここへ来た。
だから。
「アティ・・・!」
レックスの声はもう・・・彼女には届かない。
「へえ・・・どうやら、ここに来てやっと覚悟ができたみたいだね?」
イスラはそんな彼女を観察するように眺めると、満足げにうなずき、笑みを浮かべた。
・・・
「先生・・・震えてる」
ナップがつい、口に出す。
これから彼女がすることを、どうしても認められないから。
例え戦うことになっても犠牲を出すことなく、平和を願った優しい先生が。
「やめ、て・・・先生・・・」
いなくなってしまうから。
アリーゼは目にいっぱいの涙を溜め込んでいた。
ベルフラウも、ウィルも。
口には出さないものの、苦しそうに言葉を紡ぐ彼女の力になれない己の無力さを痛感していた。
自分自身に怒りの情を抱き、罰を課すかのように強く堅く、両手に拳を作って震えていた。
「貴方を倒して、私はその剣を封じてみせる。たとえ、命のやりとりをすることになったとしても・・・」
剣を抜く。
陽光に光るその剣は碧の賢帝ではなく、鞘に納めて腰に提げていた鋼の剣だ。
元から殺し合うつもりだったら、封印の剣を抜いて戦えばいい。
やはり、彼女は優しいのだ。
「貴方に、もうこれ以上誰かを傷つけさせるわけにはいかない!!」
イスラを殺すつもりでも、人を傷つけるという行為の愚かさをわかって欲しいから。
きっと、彼女はイスラを殺さない・・・・・・殺せない。
はそれを悟っていた。
それが、戦いの果てに在る絶望と知らずに。
「はははは・・・いいよ! 最高だよ! それでこそ、戦う意味があるものさ!」
「行きますよ・・・覚悟してください!」
最初に飛び出したのは、アティと抜剣したイスラの両名だった。
その2人の武器がぶつかり合うと同時に、それぞれが武器を手にして戦場へと飛び込んでいく。
は刀を抜き、アティに襲い掛かろうとする暗殺者たちをユエルと共に蹴散らしていく。
「・・・」
「気の済むようにやるといい。ザコは俺たちに任せて、思う存分・・・な?」
「でも、ムリだけはしちゃダメなんだからね!」
驚くように2人を見つめたアティは、笑みを浮かべてうなずいた。
爪を振るい、刀を振るい、襲い掛かる黒の波を中を進む。
イスラの元へたどり着くのに、そう時間は必要としなかった。
「来い! 来いよッ! アティ! その怒りの目で、僕を殺しに来いッ!!」
けして、戦いたいわけじゃない。
かといって、死にたいわけでもない。
相反する彼らの思いを胸に、戦場に甲高い音が響き渡る。
でも、戦わなければ・・・命をかけなければ、きっと彼は倒れない。
ままならないな、とアティは思う。
自分はただ、平和な時を楽しく笑って生きていたいだけなのに。
そこに向かって進んでいるはずなのに、今はどうだ。とてもそんな思いで戦ってはいないだろう。
それでいいのか?
自分へ向けたそんな問いに、自分は応えることが出来なかった。
もし、自分が人を殺す時に至ったら・・・
私はどうするんだろう・・・・・・?
・・・・・・
「・・・・・・」
はアティとイスラの剣がぶつかり合いを見届けて、自分を守るように戦っているユエルの隣へ踊り出た。
彼女に張り付き連撃を加えていた暗殺者の1人を思い切り蹴り飛ばして、その背後から飛びかかる1人を刀を斬り上げて頭上へとかち上げる。
怒号と剣音が響く中で、胸にかかったもやもやを振り払うかのように。
(なんだ・・・?)
嫌な予感がした。
敵を倒す・・・殺すことが、本当に解決に繋がるのかと。
今回、事が事だからなおさらにそう思う。
イスラはアズリアの家族だから。
彼がどれだけアズリアを嫌おうとも、同じ血を引く家族であることに代わりはないのだから。
それに。
「死ネッ!!」
暗殺者がナイフを数本、投じる。
「・・・っ!」
気合を入れて刀を振るう。
野球の打球並みの速度でを襲うナイフ群の内、2本ほどを叩き落すことが出来たものの、それ以外は未だ健在。
力不足を痛感しながらも、頭上から舞い降りた黒ずくめの顔面を思い切り殴り飛ばす。
「死ねるかぁ・・・っ!!!」
人が人をそんな簡単に殺していいものではないと思うから。
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