樹上での戦闘が始まった。
落ちたら最後という状況ではあったものの、みんなうまく立ち回っている。
暗殺者たちはそのフィールドを縦横無尽に駆け巡り、その手のナイフの残像を映す。
訓練されたからこそ、このような足場の少ない高台でも通常以上の力を発揮できるのだ。
しかし、こちらも負けてはいない。
敵の狙いは自分たちなのだから、待っているだけで相手が飛んでくる。
投具なんかで遠距離から攻撃されればひとたまりもないが、こちらにはこの世界の象徴とも言える存在がいた。
「・・・我が声に応え、異界への門を開かん・・・」
カイルに守られながら、ヤードは紫の石を手にぶつぶつと言葉をつぶやく。
敵の中には一人としていない召喚術の使い手。
遠距離、近距離を問わず、対象を刈り取る強大な力の持ち主。
彼に続いて、アルディラやミスミも同様に召喚術のプロセスに入っていた。
「シャアアァァァッ!!」
「ガウゥゥゥッ!!」
ナイフを振るう暗殺者を、ユエルは自らの爪を大きく振るう。
一見稚拙に見えるこの大振りだが、これは相手からの攻撃を誘う布石だった。
生きるために戦場を駆け、そして素早い動きを得意とする彼女だからこそできる芸当。
暗殺者はユエルの爪撃をバックステップでやり過ごすと、背中を向けた彼女に向けてナイフを突き出す。
「アアァァァッ!!!」
しかし、ユエルはそれを見越していた。
身体を大きく捻ってその場で反転すると、ナイフの切っ先は紙一重で空振ってしまう。
勢いをそのままに、遠心力すらも利用して、自分の術中へ飛び込んできた暗殺者の背を斬り裂いたのだった。
「せっかくだ、試してみようかな」
は一人、まず刀を鞘へ納めた。
「えっ!?」
ユエルの目が一瞬丸くなり、すぐに敵へと向かう。
「大丈夫・・・・・・・・・・・・だと思う」
「だと思う、は余計!」
大丈夫だって言ってよ!
剣戟の中、そんな声が響き渡ったのだった。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第44話 居合
「おい、のやつなにやってん・・・だ!?」
カイルが戦いの最中に武器を納めてしまったを見つけ、殴ると同時に声を漏らす。
戦いが終わっていないというのに、さらに敵が目の前にいるというのに、自らの武器を鞘に納めてしまうとは何事か。
彼はそう言ってやりたいところだったのだが、生憎との戦い方は普段のものを含めてこれで問題はないと言えた。
鞘から一瞬にして抜刀し、敵を斬る剣術・・・抜刀術。
今までが今までだけに、そんなことをしていられるヒマがまったくと言っていいほどなかった。
さらに、彼は今までの稽古の中でも抜刀術といえる剣技を会得していないからこそ、今までずっと鞘から出したまま戦っていたのである。
しかし今、抜き身の刀を鞘に納めたということは。
「まさか・・・!」
キュウマが彼の構えを見て理解を示し、同時に目を丸くした。
眉間にしわがよる。
利き腕である右腕と右肩を敵方へ向けて、鍔口を左手で握りしめ、右手を柄にかけ、腰をかがめる。
顔だけは前方を向いていた。
「キュウマさん。がなにをしようとしているのか、知っているんですか・・・っ!?」
「殿、貴方にはまだ無理です!!」
あれからまだ3日とたっていないのですよ!?
暗殺者と剣を交えるレックスの質問を聞かず、キュウマはそう叫ぶ。
鍛錬期間が足りなさ過ぎると。
幾ら内包する力が巨大であっても、一朝一夕でできるような技ではないと。
それは、長い長い精神鍛錬と卓越した技術を持ってこそできる、剣士として到達すべき究極の一。
「なに、なら大丈夫じゃ。今しばらく待っておれ」
本来ならばできるはずがない。
単純に、訓練する時間が足りなさ過ぎる。
そんなキュウマの声を阻んだのは、召喚術を唱えていたミスミだった。
「あやつならば問題はなかろう」
「ミスミさま・・・っ!」
襲い掛かってくる暗殺者をなぎ倒す。
振りかざされるナイフを弾き飛ばし、致命傷となる一撃を見舞った。
「初め・・・良夫が戻ってきたのやもしれぬと思った」
「は・・・?」
それは、「強くなりたい」と彼が自分を・・・ひいてはキュウマを尋ねてきたときのことだった。
修行の一環だと座禅を組ませた結果。
「リクトの姿を・・・の背後に見た気がしたのじゃ」
でも、彼はミスミの良夫だったリクトという鬼人ではない。
どこから召喚されてきたかはわからないが、まごうことなき召喚獣だ。
姿が人を象っていても、それだけは・・・その事実だけは変わらない。
「ならば問題はなかろう。戦場に雑念はいらぬぞキュウマ。わらわたちは自分の仕事をすればよい」
「御意にっ・・・!」
ミスミを守るようにキュウマは刀を構え、飢えた狼のように飛び掛る暗殺者たちと斬り結んだのだった。
・・・・・・
「・・・・・・」
目の前の戦場を目の前の敵を。
目標を見据え、大きく息を吐き出した。
まぶたを落とすと、腕から刀身にかけて力が集まるように、ただ漠然と思い浮かべた。
たった三日。
練習期間はたったの三日だけだったのだが、なぜだかできる気がした。
無色の派閥に属する剣士の放った、見えない斬撃。
剣士としてはるか上に位置する彼に追いつくには、ちょっとやそっとの鍛錬じゃダメなのだ。
ギリギリまで自分を追い込んで、やらねば殺られる状況を作り出す。
相手が自分より実力を持つ相手なら、なおさらだった。
たった一度、見ただけだったが。
「・・・大丈夫。できるさ、俺なら」
内に秘められた力が、刀身に集まっているような気がした。
「シャアァァッ!!」
「危ない!」
誰かの声が、自分に敵が迫ってきていることを告げていた。
気配も感じ取れるし、ご苦労なことに掛け声すら出してくれているため、敵が目の前にいることはわかっていた。
だからこそ、タイミングを見極めるためにその場を動くことはない。
成功か、失敗か。前者なら自分が生き残るが、後者なら自分はよくて致命傷。
自分を死に追いやる災いを振り払うために、はその時を見極める。
「・・・」
自分の目の前に暗殺者が降り立つ。
「・・・」
振り上げていたナイフが振り下ろされる。
「・・・」
空気を斬り裂き、ナイフの刃がを襲う。
「・・・・・・っ!!」
目を見開いて、一気に抜刀する。
ここからは溜め込んだ力を解放するイメージを起こす。
すでに思い描かれたその光景は。
「やった・・・っ!」
暗殺者が斬撃を受けて吹き飛ぶという、その剣技――居合斬りの完成を意味していた。
「だから、言ったであろう・・・問題ない、と」
「・・・」
敵を掃討した直後。
まだ戦闘は続いているというのに、キュウマはぽかんとしていた。
年端もいかない少年が、自分ですらできない居合の技をやってのけたのだから。
・・・・・・
・・・
・
「さ、シアリィはん?おんぶや・・・」
暗殺者たちを退け、一息つくと、オウキーニが木の影に身を隠していたシアリィに背中を向けてしゃががみこんだ。
彼女は、なにも言わずにその背中に身体を預ける。
目の端にはまだ涙の粒が残っており、ついさっきまで泣いていたのだということがわかる。
「今度はウソつかんよう、うちが家まで送ってくさかいな?」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
自分のウソが、彼らを危険な目に遭わせた。
そんな後悔の念が表れているのだろうか。
オウキーニは笑みを浮かべて、自分の背に顔をうずめるシアリィにやさしく言い聞かせたのだった。
「これで、めでたし、めでたし・・・だな」
「そうだね・・・よかったっ!」
は満面の笑みを浮かべるユエルを見つめ、笑みを作った。
「そんなことより・・・、アナタあまりあぶないコトやらかさないでちょうだいよ」
スカーレルが声をかけてくる。
表情にも心なしか安堵と呆れが入り混じっているようで、額の汗を軽く拭っているようにも見えた。
「・・・悪い」
必要なことだったんだ、と眉をハの字に垂らしてつぶやくように口にする。
自分が強くなるために必要なことだったと、は思っていた。
確かに危険なことだったかもしれない。
でも今の自分がこうすることは、きっと損になることはないと思ったから。
「心配かけたけど・・・いいんだ。これで、よかったんだ」
そう、思いたかった。
「ところでさぁ・・・」
ふいに、ソノラが声を上げた。
「あの暗殺者はに斬りつける前に倒れちゃったけど」
「あれはほら、無色にいたあの剣士・・・ウィゼルが使ってた技だよ・・・多分」
「『居合斬り』・・・シルターンのサムライが使う技の一つです」
体内に秘められた力を刀身に帯びさせ、敵を斬り伏せる。
卓越した剣士・・・剣の道を極めた者だけが会得し得る、剣術の究極。
「いあいぎり?」
「そう」
「最初に無色の連中と戦ったときからずっと、使えるように稽古してたんだ」
最初に戦ったとき。
それは、彼の持つ刀『ロギア』が砕け散ってしまったときのことだ、とすぐに理解できただろう。
とは言っても、たった三日。
そんじょそこらの努力では到底届くことのない領域の・・・はずなのだが。
「なんで・・・」
「強く・・・なりたかったんだ」
は小さい頃から、強く在ろうと努力してきた。
父を師事し、強い身体と精神力だけでなく、何よりその心を強く持つことを是としてきた。
召喚された直後でも問題なく順応できたのも、そんな鍛錬の賜物なのだろう。
しかし今回、今ある力だけでは太刀打ちできないと思わされた明確な敵が現れた。
だから、強くなろうと思ったのだ。
「今までずっと、ロギアの力に頼りすぎていたから。俺自身、強くなりたかったんだ」
「・・・そっか」
「お前はお前なりに、考えていたんだな」
『強さ』とは、一概にこれと言えるものが存在しない。
純粋な力のことでもあり、どんな状況に陥っても自分を見失わない心も同じ『強さ』と言えるだろう。
例え戦う力がなかろうとも目の前の巨大な存在に立ち向かう心があれば、それは戦っているといえるから。
なるほどとうなずくカイルとソノラを見つつ、もう一度謝罪したのだった。
「とりあえず、船に戻ろうか」
「そうですね」
レックスの提案に賛同し、一行は船に戻る。
いつもと違う戦闘だったからか、いつもより身体がだるい気がした。
それぞれの集落、船へと向かう中、生徒たち4人はアティを見つめたまま表情を曇らせていた。
口には出さないものの、無理をしている。
そんな雰囲気が彼女からまるで湧き出ているかのようだった。
しかし、生徒たちの表情が彼女のそれに感化されているようには見えなかった。
自分のことでなく敵のことでもなく、アティの考えを受け止めていたからこそ、それでいいのかと、自問自答しているのだ。
もちろん、彼らを見るはその考えの詳細を知らない。
彼らの護衛獣たちも、心なしか落ち込んでいるように見えた。
「・・・」
道中、終始翳りっぱなしの表情を見て、は顔をしかめる。
その表情が。
この後、災厄ともいえるほどに大変なことが起こるであろうと。
物語っていた―――
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