―――もう・・・大丈夫です。



 船に帰ってきたアティの第一声はこんな言葉だった。
 声色だけでなくても、彼女が大丈夫でないことくらい誰が見てもわかるだろう。
 表情には影が落ち、纏っている雰囲気もいつもの彼女とは真逆。
 朝のそれとは明らかに違っていた。
 それでも彼女は気丈に振舞っている・・・無理をしているのは、明らかだった。

 むしろ、一緒に帰ってきた生徒たちの方が暗い顔をしていて、さらにパーティ全体の士気を下げてしまう。
 アティとレックスは、いまやチームの要。
 どちらか一方が沈めば、まるで伝染病のように周囲へと伝染(うつ)っていく。
 だからこそ、

「俺も、全力でアティをサポートするから」

 レックスはそう、アティに続いた。
 彼女を見かねて、と言ったところだろうか。
 ショックなことが多すぎて。思うようにいかなくて。
 それでも、ただみんなで楽しく笑って過ごしていたい。
 彼女の願いは、それこそ些細なことだろう。
 優しいからこそ、人を思いやれる心を持っているからこそ言えるセリフ。
 ・・・それはレックスも同じなのだろう。

 今、彼らはなにを思っているのだろうか・・・?
「無理・・・するなよ?」
「大丈夫ですよ、。・・・私は元気元気! ですから」

 ・・・の目にはとても、彼女が元気であるようには見えなかった。





     
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第43話  救出





「先生ーッ、先生ーッ!!」

 それは、みんなが思い思いの時間を満喫していた時のこと。
 背後にスゴイ砂煙を上げて、全速力で走ってくる人間の姿を確認していた。
 まるで地震でも起きたんじゃなかろうかと言わんばかりに轟音すら立てているようにも聞こえたが、それほどに今の彼は必死だったりする。
 表情どころか気持ちすら焦り気味。

「どうしたんだよ・・・オウキーニ!」

 そんな彼に、カイルが声を張り上げた。

「先生、せんせーッ!!!」

 しかし、オウキーニは彼の声に耳を貸さずに船の中に入っていった。
 カイルの目の前を思いっ切り素通りしたところを見るに、おそらく視界にすら入っていなかったに違いない。
 甲板で日向ぼっこを満喫していたとユエルは、耳障りでしかないような轟音に、身体ごと飛び起きてしまっていた。
 未だに心臓がドックンドックンと早鳴りしている。

「・・・どうしたんだろう?」

「なんだか、必死だったな・・・」

 首をかしげるユエルをよそに、は少し不機嫌そうに眉をひそめると、いつの間にやらお気に入りの場所になっていた甲板のど真ん中に、再び大きく寝そべったのだった。


 ・・・・・・


 待つこと数分。
 オウキーニは、アティとレックスを引き連れて船から出てきていた。
 目的の人物に会えたにも関わらず、まだ焦りが顔に浮かび上がっている。
 ・・・一体、何をそんなに焦っているんだろう?
 いつも兄貴分であるジャキーニのストッパーをしている彼があそこまで取り乱すことは、滅多にないと思っていいだろう。
 よほど、大変なことが起こっているのだろう。
 自分たちの知らないところで。

「みなさん、ちょっと集まってください」

 事の顛末は、アティから説明がなされた。
 彼が焦っている理由は、メイトルパの集落に住んでいるシアリィという女の子が行方不明になってしまったとのこと。
 彼がそんなに焦っているか理由は、彼女は畑で働くジャキーニたちに何度も差し入れをしていてくれていた恩人なのだそうだ。
 ちなみに、この海賊船にも時折姿を見せていたこともある。
 特にオウキーニに対しては過剰に接していた・・・もとい、オウキーニとは特に仲がよかったから、彼が慌てるのも無理はないだろう。

「・・・と、いうわけなんです」

 私たちと一緒にシアリィさんを探してください。



 というわけで、島中を探し回ることになった。



 のだが。

「そんな・・・他の集落も探したけど見つからないなんて」
「一体、どこへ・・・」

 アティとが息を整えながらつぶやく。
 あれから、時間も経った。
 手分けしてそれぞれの集落と集いの泉を回り、シアリィの行方を探したのだが、結局見つからずじまい。
 島じゅう駆け回ったからか、みんながみんな息を乱していたのだが、オウキーニはそんな中でも慌てふためいていたりする。
 よっぽど心配なのだろう。

「オウキーニさん・・・」

 気の毒に思ったのか、アティがオウキーニに声をかけようとした瞬間。


「お前が慌てふためいてどうすんじゃい!」


 そばにいたジャキーニが声を張り上げた。
 普段から「これだから陸はイヤなんじゃぁ・・・」なんてぶつくさ言っている彼とは思えないほどに真剣な面持ちで、視線がオウキーニを射抜いている。
 多少なり威圧感すら感じるその視線はまさに海賊らしい、とでも言うべきだろうか。

「心配するな。今、手下どもに外を探させちょる! 見つかったら、すぐに知らせが入るわい」

 あの娘は、何度もわしらに手料理を差し入れてくれた恩人じゃからな。

 彼はそう言うと、オウキーニに笑みを向けた。
 ジャキーニはジャキーニで、彼女の行為を嬉しく感じていたのだから。

 さすが海賊一家のお頭だ。

 なんて、そんなことを思いつつ笑みを浮かべてしまう。

「あ、あんさん・・・」

 オウキーニは、ジャキーニの言葉に頭が冷えたのか、先ほどまでの慌てふためく表情はなくなっていた。


 ・・・


「船長!!」
「見つかったか!?」

 その後、再びシアリィを探しに散った。
 その中にはもいたため、この場に彼はいない。
 船員たちからの報告を待っているジャキーニと、オウキーニ。担当区域を探し終えて戻ったアティとレックス、他数名。
 それが、現在いる全員だった。
 茂みから現れた慌てた風の船員さんは、自分の知る情報のすべてをジャキーニに報告する。
 ・・・そんな中、聞きたくもない言葉が登場した。



「・・・無色じゃと!?」



 無色、という単語にオウキーニは肩を震わした。
 シアリィは、戦うことができない。
 多少の心得はあっても、相手は無色の派閥の暗殺者。
 自分の身を守ることも、もしかしたらできないかもしれない。
 最悪の展開が脳裏をよぎり、思わず首を左右に振った。
 ・・・考えたくもない、と言わんばかりに。

「今、さんが一人で奴らと対峙しています!!」
が!?」

 なんでも最初に無色の連中を見つけたのは彼だという。
 ここにいる船員さんはに頼まれて、状況を説明しに戻ったという報告を聞くや否や、オウキーニがシアリィを助けまいと走りだした。
 それに続くように全員は顔を見合わせ、走り出した。
 島の住人を、大切な仲間を助けるために。


 ・・・


「・・・・・・」
「その子に触れるな!!」
「シアリィ!!」

 ユエルの腕に装備された爪がシアリィへと近づく黒ずくめを一閃する。
 自分より小さな身体であるにも関わらず、自分を助けてくれたユエルの背中を見て、彼女はよりいっそう涙を流す。
 通せんぼするようにユエルは両腕を広げ、じりじりと近づく敵を威嚇する。
 はシアリィの肩をに手を置くと、

「怪我は・・・ないな。よかった」

 あとから、オウキーニも来るから。大丈夫だから。

 彼女を安心させるように、笑いかけたのだった。

「ユエル。今回は無理して相手を倒す必要はないぞ。みんながもうすぐ来るはずだから」
「うんっ、わかったよ。マスター!!」

 シアリィを木の影に避難させると、はユエルの隣で刀を構える。
 敵の数は多い。
 森の中でも開けた場所で、背後は森。
 木が鬱蒼と生えていて、逃げることはまず無理だと考えた。
 もちろん、まともにぶつかり合って生き残れるとも思えない。
 そのため、とにかく『待ち』に徹することにした。
 一緒にいたジャキーニ一家の彼が、早いうちに報告を済ませていることを願って。

「シャアアアッ!!」

 暗殺者たちがいっせいに四方に散開し、森を利用しつつ取り囲む。
 とユエルは背中を合わせ、襲い掛かってくる敵の嵐のような攻撃をただいなし、受け止め、弾き返した。
 相手は訓練された戦士。
 無傷でいられるはずもなく、軽めの斬り傷をもらってしまうことも多かった。

「うぁ・・・っ!?」

 暗殺者のうちの1人が放った短刀が顔を掠める。
 頬を薄く切り込みを入れられ、刺すような痛みと熱が襲った。
 しかし、垂れる血を拭うことはしない。
 もししてしまえば、きっとそれを好機と見て一斉に襲い掛かってくるはずだから。

「大丈夫!?」
「ああ、問題ない・・・っ!!」

 声だけで安否を尋ねるユエルも、複数の敵を一度に相手しているからか言葉に余裕が感じられない。
 舌打ち、正面の暗殺者を睨みつける。
 敵は・・・笑っているようだった。

 楽しんでいるんだ。
 そう思った。
 自分たちが敵より強く、さらに頭数すら上回っているからと。
 ゆっくりなぶり殺すつもりなのだろう。
 ・・・充分に、楽しんだ後に。

「ち・・・っ!」

 再び舌打ち。
 敵の鬱陶しさにか、自分の無力さか。
 身体全体で感じているのは、間違いなく両方だった。
 もちろん、全力で戦っているわけではないから、無力感を感じることはないのかもしれないが、それほどに大変なのだ。

 なにかを守りながら戦う、という行為は。

 暗殺者たちは音もなく戦場を駆け、2人を翻弄する。
 背後にユエルがいるということだけが、の意識を敵に留めていたのだった。



 ・・・・・・



 ・・・



 ・



「先生、兄様とユエルがあそこに!!」

 アリーゼがいち早く戦闘をしているとユエルを見つけて指さした。
 遠目ではあるものの、敵の数は多い。
 取り囲まれ、弄ばれているかのように一方的に攻撃を受けているように、誰の目にも見えた。

「っ!」

 オウキーニはシアリィが見当たらないことが心配なのか、走るスピードを上げる。
 息が切れていても、走ることはやめない。やめるわけがなかった。
 大事な仲間が、危機に陥っているのだから。
 それから、彼らの元にたどり着くことにそれほど時間はかからなかった。



「うちの大事な大事なシアリィはんになにさらすんじゃい!こん、ボケがァ!」



 オウキーニは辿りついたとたん、背後の気配に気づき振り向いた暗殺者を殴り飛ばした。
 ドゴォ! という音と共にその暗殺者は、背後の木まで一直線に飛んでいき、木に激突して動かなくなった。

「オウキーニ・・・助かった!!」

 が仲間の到着に安心したのか、刀を振るって目の前の暗殺者はじき飛ばす。
 緊張感が解けてしまったのか、そのままたたらを踏みつつ背後の木へ寄りかかっていた。
 それはユエルも同様で、相当つらかったのか肩で息をしていた。

「よくも・・・」

 ジャキーニは武者震いで震える身体をそのままに、剣を突きつける。
 表情には怒りを宿し、爆発寸前といったところだろうか。


「よくも、わしの弟分の嫁さん候補をいじめてくれよったな・・・いくぜ、野郎ども!戦争じゃあぁぁっ!!」


 怒号。
 ジャキーニ一家が、ついに反撃の狼煙を上げた。










←Back
   Home   Next→
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送