「・・・っ」

 は刀を振り上げたまま、動かない。
 オルドレイクはそれをみて含み笑った。

「どうした、その剣を振り下ろさんのか?」
「く・・・っ」

 刀を持つ手が小刻みに震える。

 ・・・身体が、動かない。

 脳裏に浮かび上がる、雨の日の夕闇。
 アスファルトに横たわる、赤い紅い液体を流す彼女。
 自分の顔を見るとやんわりと浮かべた力ない微笑が。

「っ!!」

 の身体を硬直させていた。





「あいつ・・・」
「アニキ、どしたの?」

 カイルが舌打ちをする。
 眉間にしわを寄せる彼を見たソノラはカイルの顔を覗き込む。
 ち、と舌打ちをすると、

「あいつも・・・お前らと同じなんだよ」
「「え?」」

 目の前の光景から目をそむけたのだった。





「ふふふふ・・・はっはっはっは!!」

 オルドレイクは高らかに笑う。

「口では殺すと言えても、肝心の身体がそれを拒絶してしまっているようだな。そのようなことでは、このオルドレイクには到底かなわんぞ!?」

 彼の顔は自信に満ちていた。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第34話  解放





「事情は違えど、どんな輩でも命を奪いたくないと心に決めている、と言うことか!?」

 キュウマの答えにカイルはうなずいた。
 そのとき、スカーレルは前に本人から聞いた話を思い出していた。


 ・・・俺が殺したんだ。


 そう自嘲するかのように話すはとてもつらそうな顔をしていたから。
 それが、なんとも悲しげだったから。

 彼はそのときのことを死に対する恐怖として無意識に身体に植え付けてしまったのだろう。

「やるせないわね・・・」

 スカーレルは顔を手で覆うと、そうつぶやいたのだった。



 オルドレイクは寝そべったまま落としたサモナイト石に手を伸ばす。
 手が届き、しっかと掴むと詠唱を始めた。

「くそぉっ!!」

 は急いで後ろへ飛びのく。
 しかし、周囲は敵だらけ。
 唯一の味方は隣のアズリアだけだった。

「帝国の犬とともに、まとめて消し去ってやろう!!」

 サモナイト石が光る。
 その先には、召喚獣が姿をあらわしていた。

 は隣で立ち尽くしているアズリアを突き飛ばす。
 ドンッという音が妙に大きく聞こえた。
 アズリアは数メートルほど前進してたたらを踏んだ。

「き、貴様なにをしているんだッ!? 死ぬぞ!!」

 術の範囲外に逃れたアズリアは膝を地面につけたまま叫ぶ。
 しかし、召喚獣はすでにの目の前まで迫ってきていた。

 ・・・もう、回避はできないな。

 迫る召喚術を甘んじて受けることを決め、目を閉じたのだった。


「マスター・・・ッ!?!?」


 ユエルが叫ぶ。
 しかし、それよりも大きな、なにかに押しつぶされるような音と、閃光。
 そして、爆音とともに爆風がその場にいた全員に吹き付け、前髪を逆立たせていた。

「なんて・・・魔力なの・・・」
「信じられねえ・・・」

 護人たちは、目を丸くしてその光景を見つめていた。





 光が収まり、あたりを見回すことができるくらいになった。
 術が炸裂した場所には大きな穴ができている。
 その中心に、倒れこんだの姿が見て取れた。

っ!?」
「ますたぁ・・・!?」

 ユエルが駆け寄る。
 身体をゆすって声をかけるが、まったく反応を見せることはない。

「ふっ、ふはははは! どこまでも愚かな奴だ」

 術を行使したオルドレイクは汗一つかかずに笑っている。
 はアズリアが巻き添えを食わないように、自分がすべて受け止めたのだ。
 自分本位の彼からすれば、愚かしいことだろう。

 全員の視線が倒れたまま動かないと、その傍らで必死にその身体を揺さぶるユエルに注がれている。

 そんな中、イスラが未だ片膝をついていたアズリアに向かって歩を進めていた。

「姉さん、少しは僕の立場も考えてくれない?」

 僕の功績が台無しになるじゃない!

 そう叫んで、イスラは実の姉に向かって剣を振るう。
 振るわれた刃は肉を斬り、その刀身を深々とその身体に差し入れられた。
 傷口からは真っ赤な血があふれ、彼女の軍服を同色に染め上げる。

 斬られたアズリアはうめき声をあげた。














 ここは、どこだ・・・?

 白い。どこを見ても白、白、白。
 目がおかしくなったのではと自らの目をごしごしとこする。
 しかし、景色はまったく変わらなかった。

「なんでこんなところに・・・」

 自分の手は見える。
 握って、開いてを数回、繰り返した。
 感覚はあるようだ。

「!?」

 急に、目の前に光が集まる。
 白い光ではなく、青みがかった灰色といった感じだ。

 それは前に見たことのあるような人の形をとり、の前に現れていた。
 その顔つき、身体。それは・・・

「君は・・・俺・・・?」
『主が振るう刀だ。我が主よ』

 ロギアは、軽く笑って見せた。

「ここは、どこなんだ?」
『ここは、主の精神の世界。いわば主の心の世界だ。・・・我が主と同じ姿なのは、我が定まった姿を持っておらぬからだ』

 改めてあたりを見回す。
 俺の心は真っ白だったのか・・・
 意味もなくため息をついた。真っ黒とかではないだけ、まだマシと言うものだが。

 ロギアの元は精霊に近いもの。刀という媒介に宿っている、刀の意思なのだ。
 だから、定まった姿を持っていない。持ち得ない。



『・・・力が、欲しいか?』
「え?」

 突然。
 神妙な顔つきでロギアはを見つめる。
 自分に見つめられるというのはどことなく妙な感じなのだが、とりあえずそれは置いておく。

『目の前の敵を倒すための力が、欲しいか?』

 もう一度、投げかけられる同じ質問。
 は考える間すらないままに目を伏せ、いいや、と首を横に振る。

 俺は無力だ。肝心なところででしゃばって、結局さっきみたいに自滅する。
 力は、欲しい。しかし、ただ滅ぼすだけの力ならそれは必要ない。
 だから・・・

「倒さなくてもいい。ただ、仲間を守るための、今の状況を打破するための力が欲しい」

 ロギアは笑う。

『良い、答えだ。やはり、主と契約して正解だったようだ』
「?」
『今の主なら、我の本来の力を最大限に解き放つことができるであろう』

 耳を疑った。
 てっきり、今まで使っていた力がすべてだと思っていた。
 どうやらそれは間違いだったらしい。

『我を・・・魔剣「ロギア」を、抜け』
「抜く?」
『今の状態では、まだ鞘に入っているのと同じこと。仲間を守るために戦う、と決意した今の主なら、念じればそれに応えられる』

  は、笑みを浮かべて礼の言葉を口にした。
 ロギアは言いづらそうに顔を下方へ落とす。

『しかし、その力を仕えるのは一度きり。使用すれば・・・』

 そこまでいうと、決意したかのように顔をあげた。

『我は、砕け散る』
「!?」
『我の力を限界まで使うのだ。そうなるのはあたりまえだ』
「・・・いいのか?」

 そうたずねると、ロギアは首を縦に振った。

『我が主のためなら、この身が砕け散っても・・・悔いはない』

 さらに笑う。
 なぜ、自分のためにここまでしてくれるのだろう。
 目の前の『俺』は。

 たまたまメイメイから譲ってもらっただけ。
 それなのに、自分を犠牲にすることができるのだろう。

『あと、今まで使っていた大自然の力は、我の能力ではない。主の力だ。我は力を引き出すためのきっかけを作ったに過ぎん。主の鍛錬次第で自由自在に使いこなせるようななるだろう』
「そうだったのか・・・」

 俺は、ははは・・・と笑う。
 ロギアも同じように笑った。

「なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 やはり、聞かずにはいられなくて。
 先ほどの笑みを消して、目の前の自分を見つめた。

『なに、簡単なことだ』

 愉快そうに彼は笑う。
 訝しげな視線を送るとは違い、本当に楽しそうに笑っている。

『純粋に、主に力を貸したかった。主の魂の輝きに魅せられてしまったのだよ』

 まるで、サプレスの召喚獣が言いそうな口ぶりなのだが。
 常に傍らにあったなら、そういったこともできるのだろう。
は「そうか」と真剣な表情を消すと、再び笑顔を彼に向けたのだった。

『では、もう行け』
「ああ。今まで、ありがとな」

 ロギアに背を向ける。

「・・・さよなら」

 最後にそうつぶやくと、白い世界は一瞬にして消え去った。










 剣を交えたような音ではない、甲高い音が聞こえる。
 それは、のもつ刀から発せられていた。



 は、身体の痛みでか意識を取り戻していた。
 痛む身体にムチを打って、ゆっくりと立ち上がる。

「マスターッ!!」
「・・・ユエル。君はみんなのところへ行っていてくれ」

 すぐ、終わるから。
 ユエルはうなずくと、みんなのところへ駆けていった。

 あたりを見回す。
 血を流して、地面に片膝をついているアズリアとその目の前にいるイスラ。

 イスラは立ち上がったを見て、目を丸くしていた。
 アズリアも同様にだが。

 は杖の代わりにしていた刀――ロギアを正眼に構えて、目を閉じた。
 怪我のせいでうまくバランスが取れないが、それも一時のことだろう。きっと、『彼』が力を貸してくれるから。

「仲間を守るために、この島の未来のために」

 息を思い切り吸い込む。

「俺は・・・戦うッ!!」 

 ロギアは叫ばれた願いに同調し、光を増す。
 あたりをその光が包み込んだ。


「わあ・・・」
「きれいですわ・・・」
「すごい・・・」
「きれいな、光だ・・・」

 アリーゼやベルフラウ、ナップにウィルも思わず声を漏らす。

「おい、傷が治っていくぞ!」

 カイルの声に仲間たちは自分の身体を見回した。
 服に血がこびりついているものの、傷自体は完治していた。

「傷が治るどころか、力がみなぎってくるようじゃ・・・」
「すごい・・・」

 ミスミとソノラが声を漏らした。





「おお、心地よい力が吹き付けてくるではないか」
「あの剣は・・・!?」
「なんだ、ウィゼルよ。知っているのか?」
「あれは、神々が作ったとされる魔剣『ロギア』だ・・・まさかこのような島に存在していたとは、な」

 ウィゼルの説明に、オルドレイクはあごに指をあててその姿を見つめる。




 光が収まると、そこには刀身のみ巨大に膨れ上がった刀を持つの姿が映し出された。
 しかし、元の鋼の刀身はどこにも見当たらない。

「どういうことだ・・・」

 ヤードがつぶやく。
 その肩をレックスが叩いた。

「きっと、あれが本来の力なんだよ。きっと」

 そう言うとレックスはヤードに笑いかけた。




「はあああぁぁぁ・・・!!」

 は、癒えた身体で無色の派閥に向かって巨大化した刀身を薙ぐ。放たれた光が残像をつくり、
 剣を受けた暗殺者たちは、血も流さずに、ばたばたと倒れていった。

「魔力を吸い取った。次はお前たちの番だ。さっさとこの島から出て行け」

 オルドレイクたちに剣を突きつける。
 しかし、オルドレイクは動じずに、くっくと笑った。

「まさか、剣のほかにこのような逸材に出会えるとはな・・・素晴らしい・・・素晴らしいぞ!? それでこそ、出向いた価値がある!!」

 オルドレイクはさらなる高笑いを見せたのだが。

「引け、オルドレイク。このままでは、剣そのものを破壊しかねんぞ」
「なに?」

 その発言で訝しげな表情に変えながらウィゼルを見た。

「あの光は、おそらく剣になんらかの害を与えているのだろう。見ろ」

 ウィゼルはイスラを指さす。
 イスラはその場にうずくまっていた。

「うむ・・・では、楽しみは、後日までとっておくとしよう。ヘイゼル、そこで倒れている奴らを回収しておけ」
「はっ・・・」



 オルドレイクの発言に、マフラーの女性・ヘイゼルが全体に撤退を命じた。
 攻撃を受けていない暗殺者たちで、倒れた暗殺者を回収してまわり、森の中に消えていった。

 はそれを見届けて、力を抜いた。
 光が消えると、魔剣「ロギア」は柄ごとパラパラと崩れ、吹き抜ける風に乗って虚空へと消えていった。
 赤く染まった空を眺めて、

「ありがとう、ロギア。おかげで奴らを追い返せた・・・」


 それだけつぶやくと、は意識を手放したのだった。







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