「来ましたぜ、隊長殿」
「・・・」

 ヒヒヒヒ、とビジュは笑う。

 彼の指さす先に、赤い髪の男女。
 彼らの周りには海賊、島の護人、数人の子供たちと、異世界から来た人間とその護衛獣。
 終始無言でこちらへ向かってきていた。

 彼らを確認した部下たちは、命令もしていないというのに、
 全員が武器を取り、構えた。





 レックス、アティが帝国軍とある程度距離をおいて止まる。
 彼らの後ろで同じように立ち止まった。

「剣をおさめて・・・アズリア」
「できぬ相談だ」

 帝国軍の長であるアズリアは表情を変えずに応答する。
 彼女の後ろには、たくさんの軍人たち。
 全員が、武器をとって自分たちに向かって構えていた。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第32話  援軍





「アティの持つ剣も、この島も・・・君が考えているように帝国に利益をもたらすものじゃないんだ!」

 話を聞いてくれ、とレックスは叫ぶ。
 それを受けたアズリアは、厳しい顔つきをそのままに言葉を返す。

「もう、そういう次元の問題ではないのだ」

 彼女の答えに、誰もが耳を疑った。 
 そもそも帝国軍全体の目的は、碧の賢帝 ――― シャルトスだからだ。

「貴様たちの語ることがけして、詭弁ではないことは理解している。剣や遺跡を手に入れることが、なにがしかの災いをもたらすことは真実なのだろうな」
「だったら!?」
「だったら、どうだと貴様たちは言うのだ!?」

 アズリアはアティに向かってそう、叫んだ。

「それ以外に、我らがとるべき道を示せるとでもいうのか・・・ここにいる兵の全てに故郷へ帰るための方法を、あきらめろとでも言うのか!?」

 2人は口をつぐんだ。
 任務として言い渡された、2本の剣の奪還。成し遂げなければ、自分たちが故郷へ戻るための手段がないのだ。
 兵士たちにだって、それぞれ家族や、生活がある。
 任務を放棄するということは、それらをすべて捨ててしまえといっているのと同じ意味を持っていた。

「言えるはずがあるまい。言えるはずなど・・・」

 だからこそ。
 アズリアは剣を鞘から抜き、その切っ先をこちらへむけた。
 自らに課せられた任務を全うするために。

「貴様が自分の願いのために戦うのと同じだ。我らは、我らの未来のために戦っている。そして、私はこの者たちを統率し導いていく隊長なのだ。誰よりも先に立って剣を振るい、道を開かねばならぬのだ!」

 彼女の決意は本物だ、と誰もがそう思った。
 軍隊のことなんてにはわからない。
 それ以前に、国への忠義とか隊の長としての責務とか。そういった類の事柄を理解することができなかった。

 ・・・しかしそれも仕方のないこと。

 彼は、日本という民主主義の国から喚ばれたのだから。

「それは貴様たちだって同じなのだろう?レックス、アティよ」

 何も言わない2人にアズリアは真正面に剣を構えた。
 2人以外のメンバーはそんな彼女に対してそれぞれ自らの武器を取る。

「貴様らの想いと我らの想い。どちらが強いものであるのか・・・この一戦をもって証明してみせる!!」

 そう叫ぶと、隣に控えていたギャレオが戦闘準備の命令を下す。
 兵士たちは、自らの武器を前に特攻を開始したのだった。




「どうしても、どちらかひとつを選ばなくちゃダメなのかな・・・どっちも欲しいって欲張ったら、やっぱりダメ、なのかな・・・」

 アティがつぶやく。
 隣のレックスも、表情は彼女と同じだった。
 どうして、どちらかを選ばなくてはならないのだろう。確かに、片方だけを選ばなければならないことは多くある。
 しかし、今回は別。2人が、1つだけを選ばなければならない状況を否定している。どこかに、第3の選択肢があってもいいんじゃないかと、探しつづけている。しかしそれも叶わず、こうして双方がぶつかることになってしまって。

 もう、取り返しがつかないのだろうか?

 そう考えていた彼女の頭にカイルが手を置き、笑顔を作る。

「そんなことねえさ」
「向こうの事情は向こうの事情です。理解するのは大切なことでしょうけど」
「無理にあわせてあげる必要なんてこれっぽっちもないのよ?」 

 そう励ます海賊カイル一家を2人は見上げる。

「君は、君だ。自分の考えを曲げてまで相手にあわせる必要なんてないさ」
「そうそう。の言うとおり!先生たちは、先生たちのやり方でいけばいいんだって!」

 とソノラは2人に笑いかけてから武器を構える。

「・・・そうだな」
「ええ」

 2人は互いにうなずき、立ち上がる。

「いつもと同じようにやるしか、私たちにはできないもの」
「ほかにやれる事なんて今はない。だったら、最後まで自分の気持ちを貫くだけだ!」

 2人は自分に言い聞かせるかのように叫んでそれぞれの武器を構える。

「行こう、みんな!!」
「「「「おおっ!!」」」」

 を含む全員から声があがった。








 剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響く。

「君の相手は、俺だ」
「君なんかに僕の相手がつとまると思っているのかい?」

 はイスラと対峙していた。
 イスラは細身の剣を、は刀をそれぞれ構えている。

「まったく、レックスやアティたちの周りに集まる連中は、みんながみんなこんなにお人よしなのか、なっ!!」
「お人よしだからとか、そう言う理由で俺は君と剣をあわせているわけじゃないさ」

 先に動いたのはイスラ。
 正面から突っ込むように駆け、の目の前で剣を振る。
 それを受け止めると甲高い鋼の音が響きわたった。

「じゃあ、なんなのさ!?なんのために、戦っているんだい!?」

 剣をはじいて距離をおくと、理解できないと言うように両手を上げて首をゆっくり左右に振る。
 一度目を伏せ、改めて見開くと、

「約束・・・」
「・・・は?」
「約束を果たすためだ。そして、この島の住人たちへの恩返しをするためだ!!」

 そう言って、はイスラに向かって一歩を踏み出す。
 身体を深くかがめ、彼がどんな行動をとっても対処できるように、彼だけを視界に納めた。
 突然の行動に判断を鈍らせるが、それでも慌てることなくサモナイト石を掲げた。

「やっぱり、君は彼らと同じ。どうしようもないお人よしだよッ!!」

 そう叫ぶと、イスラの持つ紫のサモナイト石から光が発せられ、大きな布に包まれたサプレスの召喚獣、ブラックラックが具現した。
 唯一布から出ている大きな目が光を帯びる。

 その目は、だけを映して全身に光を宿す。すると、次の瞬間には身体に電撃が走り、を捉えたのだった。

「くそっ!?」

 とっさに横へ移動し雷撃を避けて見せると、腕の裾の部分が黒く焼け焦げた。
 邪魔になってしまう袖の部分を破り捨てると、ちいさく舌打ちをして表情を歪ませる。
 腕から雷が身体中を蹂躙し、軽い麻痺の状態。
 ふらついてしゃがんだところへイスラが冷笑を見せつつ歩み寄ってきていた。

「まだ痺れて動けないはずだよ」
「でも、うごかなきゃならない。君を懲らしめるためにな!!」

 思うように動かない身体にムチ打って立ち上がると、刀を逆手に持ち、前に伸ばす。
 ここで負けてはいけない、負けられない。

「空に轟く雷撃よ・・・」
「じゃあ、今度は一生動けないようにしてあげるよ!!」

 剣を振りかざしてイスラが攻撃を仕掛ける。
 避けられないと踏んでか、上から下へ大ぶりに剣は振り下ろされる。

「その力を我が剣に・・・」
「はぁっ!」

 ぶつぶつと呟きながら、繰り出されたイスラの剣を後ろにかわして避ける。
 そのまま剣は空を切り、イスラの表情に焦りが生まれはじめる。

「これで終わりだッ!!」

 パリパリと音を鳴らす刀の切っ先を地面にこすらせ、左足を踏み出す。
 彼の目の前で刀を切り上げ、斬りこみながら剣を飛ばした。




「ぐ・・・」

 イスラは地面から出てきた雷を受けて、全身を焦がせながら膝をついた。
 その態勢のまま、彼は動かない。

「しばらく動くことはできないだろう。戦闘が終わるまでそこで待ってるんだな」

 それだけ言っては他の仲間を助けるべく、麻痺のひきはじめた身体を動かし走ったのだった。





「剣の力を用いずともこの有様だ・・・最後の最後まで結局、私はお前にはかなわなかったな」

 部下たちはみんな地に伏せて気絶。
 イスラはとの戦いで今だ動くことはかなわない。
 アズリアもギャレオも、共に片膝をついている。

「全てを終わらせてくれ、アティ、レックス。勝者には、それをする役目がある・・・」

 アズリアはそれだけ言うと、諦めたように目をつぶった。
 2人は、なにも言わない。
 それどころか、地面に視線を向けて動こうともしなかった。
 こころなしか、身体が震えているようだ。

「そんな役目なんて私たちは、知りません!」
「俺たちは争いたくなんてなかった。その気持ちを奥へ押しやって、戦った。傷つけたくない相手を傷つけた・・・」

 もう、たくさんだ・・・
 レックスは涙声でそう、つぶやいた。

 アズリアは伏せていた目を開けて彼らの名前を呼んだ。

「生命を奪うことでしかつけられない決着なんて結末、欲しくなんかない!!」
「ならば、どうしろというのだ!?」

 死ぬ、という結末は嫌だという2人にアズリアは食ってかかる。
 そんな彼女を見据えて、他に選択肢がないかと思考をめぐらした。

「慣れぬ孤島の暮らしで、兵の疲労と不安はもう限界まできている。だからこそ、我らはこの決戦に賭けたのだ。最後の望みをつないで死力を尽くしたのだ。なのに、お前はその思いを踏みにじるというのか!?」

 涙こそ流さないものの、その心は涙を流しているかのような。そんな表情でアズリアは2人へと問い掛ける。
 自分も仲間たちも、すでに限界を超えている。これ以上生き長らえたところで、それも意味のないことなのだと。
 アズリアはアティの肩を揺さぶりながら、必死に訴えつづけた。

「剣を取り戻して、帰還することも叶わず軍人らしく、戦いに死ぬこともできない。それでも、お前は我らに生き続けろというのか!?みっともなく生き恥をさらせというのか!?」
「生きようとすることがみっともないなんてあるはずがないです!」

 アズリアの問に、叫ぶようにアティが答えた。

「生き恥なんて言葉、口にすべきじゃない。生きていられることはそれだけで尊いのに。それさえ叶わずに消えていく生命だってあるのに・・・!」



 はこの言葉を聞いて、ふいに昔を思い出していた。

 今このときを楽しんでいるかのように笑う母の顔を。
 時折見せるどこかさびしげな母の顔を。
 泣いてやまない自分を見つめて、困ったような表情をする母の顔を。

 そして、事故がおきたときの光景を。



「もう、やめてください。アズリア・・・剣は渡せないけれど帝国に帰るための手助けなら、私たちできると思う・・・」

 アティはにっこりと微笑む。

「一緒に探しましょう?お互いの望みを叶えるための方法を・・・」

 ね?と微笑みかけるアティにアズリアは自嘲気味に笑う。
 それが、彼女なりに考えて見つけた、第3の選択肢。
 例え敵であろうとも分かり合うことができるという、彼女にとって最善の一。

「そんな都合のいい話。貴様は、本当にあると思っているのか?」
「信じなかったらどんな思いだってかないっこないよね?だから・・・私は、信じます!」

 笑顔からキリッとした表情に変わり、グッと拳を握って。
 アティはつぶやいた。

「かなわんな・・・まったく・・・そう言いきられると、こだわっていた自分がバカらしくなってくる」
「それじゃ・・・」
「勝者からの和平だ。無下にするわけにもいくまい?」

 アズリアの答えにアティはひゃっほうっ!と言わんばかりに飛び上がった。
 あまりの喜びようにみんなはあ然としている。
 レックスも笑みを浮かべていた。





「あはははは!ははっ、あはははっ、あはははははっ!!」





 聞こえる笑い声は、アズリアの背後から。

「なんだかんだ言って姉さんは、結局覚悟ができてなかったってワケだ?」

 そこには、いつのまにか動けるようになっていたイスラが立っていた。
 周りには、気絶した帝国兵。
 彼らを気にとめることなく、イスラはただ笑いつづけていた。

「ま、仕方ないか。姉さんにとってその人は、大切なオトモダチだものね」
「口を慎め、イスラ!」
「うるさいなあ・・・役目も果たせない番犬のくせに、わめくのはやめてくれよ」

 ギャレオはぐっと言葉を詰まらせる。それはアズリアも同じで。
 自らに課された任務すら全うできない、無能な番犬。
 国側からすれば、それが今の彼女らに当てはまる言葉だった。

「敗軍の将の言うことなんて、説得力ないよ。ましてや、敵の情けに甘んじるなんてさ。みっともないったらありゃしない」

 どう思う?
 そう言ってイスラはふ、と首を回して1人の男を目に留める。

「仰るとおりでさァ。イヒヒヒヒ・・・」

 彼の視線の先には、薄笑いを浮かべたビジュが立っていた。

「貴様ら・・・どういうつもりだ!?」
「手前ェらの指揮に従うのは、いい加減うんざりってことだよッ!」

 ビジュがギャレオに向かって言い放つ。その声は、まるで蔑むような声で。

 考えの合わない隊長とそれに心酔している副官。
 ただのはぐれの連中に負けて、和平を成立させてしまうようなヤツの下にはいられない。いたくもない。
 それが、彼の今の考えだった。

「ここからは、僕らのやりたいようにやらせてもらうよ」

 イスラは笑みを浮かべる。

「言葉のやりとりなんか必要のない、力だけで決着をつける、明快なやり方でね!」
「なんだと・・・」

 レックスの声がする。

「馬鹿なことはやめろ、イスラ!」



 アズリアがイスラを説得しようと声をあげる。
 このとき、はなにか妙な感覚にとらわれていた。

 アティが抜剣したときとは違う。
 遺跡に入ったときのものとも違う。

 それはもっと、禍々しいものだ。

 そう感じた。しかも、それはどんどんと俺たちのいるこの場所に近づいてくるかのように、感覚が強くなっていく。



「僕の部隊は、傷一つついちゃいないよ。なにしろ・・・ついさっき、到着したばかりだからねえ」

 イスラは自分の背後を仰ぎ見る。
 どくん、との心臓が高鳴り、心に警鐘を打ち鳴らす。

 俺たちの手におえない黒い、くろい、クロイなにかが、ここに来る。
 身近に感じる死の予感に、両足を震わせていた。



「なにか、来るぞ・・・」
「え?」

 なに、マスター?

 ユエルは首をかしげる。

「なんだかはわからないけど・・・これは明らかに、ヤバい」
「おい、。どういうことだよ」


 足音が聞こえる。


「援軍が・・・?援軍が来たのか!?」
「そんな・・・島の周りには、嵐の結界が・・・」

 ギャレオが笑みを浮かべて上官であるアズリアに話しかける。
 当のアズリアは「信じられない」といった顔をしている。
 アティのつぶやきはイスラの一言によって打ち砕かれた。



「あんなもの、とっくに消えてなくなってるよ」



「「「「!?」」」」
「もう出入りは自由さ。難しく考えなくたって帰ることなら、簡単にできるんだよ」

 イスラがため息をつくかのように話した。

「ならば、今の死闘はなんの意味もなかったと言うのか!?」

 アズリアの叫びにも。
 アティの問いにも。

 彼は含み笑いをするだけだった。


 足音が近づく。
 夕日の向こうにたくさんの黒い影が映し出された。




 勝利か、玉砕か。それとは違う第3の選択肢。
 それは最悪の形、最低の方法で実現されようとしていた。







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