「「きゃあっ!?」」
「ひっ!?」
「「いぃっ!?」」
「おぉーっ!?」

 多種多様な悲鳴と歓声では目を覚ました。
 気を抜くと落ちてきそうなまぶたを気合で抑えつつ外にでると、以前見たような人だかりができている。

「とれたてピチピチのタコを、鮮度を生かし調理した一品・・・」

 怯える赤髪の女性に皿を突きつけ、オウキーニは不敵な笑みを浮かべる。
 その皿に乗っている、ソレは。


「タコ刺しや!!」


 白い皿の上で楊枝の刺さったタコの切り身がうねうねと動き、普通の人ならばそこで食欲が失せてしまうだろう。
 そして、どことなく痛々しい。

「う、動いてる・・・っ動いてますよぉ!?」

 目の前に突き出された皿の上のタコを見て、アティはあからさまに震えていた。
 ・・・食欲以前の問題である。

「おーい、なにやってんだー!?」 
「あ・・・兄さま・・・っ!」

 どこか以前と似た感覚を感じながら、は地面に足をつける。
 遠まわしに声をかけ人だかりに近づくと、アリーゼがいきなりしがみついてきた。
 眼下の彼女を見ると、心なしか・・・もといかなり震えている。

「アリーゼ・・・?どうしたんだよ・・・」
はん、これですわ」

 オウキーニはニッと笑い、手に持った皿を差し出す。
 うねうね動くソレを視界に入れると、

「タコ・・・か?」
「そう!とれたてピチピチのタコを、鮮度を生かし調理した一品・・・」
、お前も食ってみろよ」

 
タコ刺しや!

 グッと拳を作って先ほどと同じセリフをしゃべるオウキーニを尻目に、カイルが『タコ刺し』に手をのばす。
 楊枝の部分をつまみ、そのままうねうねと動くタコを口にほおばった。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜

     第31話  解決





「食べてる・・・食べてるよぉ・・・」

 レックスやアティがうねうね動くタコを嬉しそうに頬張るカイルをみて冷や汗を流している。
 ひどい怯えようである。戦闘でこのタコを持ち出せば、もしかしたらジャキーニ一家はこの2人に勝てたのではないだろうか?
 そんな中、アリーゼをのぞく3人の生徒たちが皿を覗き込んだ。

「これ、うごいてるじゃんか。」
「活け造りですから当然ですやん」
「それにしては、少し・・・いや、かなり動いてませんか?」
「なに言いますか、新鮮な証拠やないですか」

 最もなウィルの呟きをオウキーニは新鮮の一言で一蹴する。
 相変わらずアリーゼはにしがみついているし、生徒たちの先頭にたたなければならない教師2人はいまだ怯えつづけている。
 情けないことこの上ないのだが・・・

「おっ、こりゃなかなかイケるな。塩加減の中に微妙な甘みが・・・」
「タコ本来の味や。素材の風味を生かすのが、シルターンの料理なんですわ」

 は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 何を言えばいいのか、言葉を選ぶのに時間がかかっていたのだ。

「うーん、さすがにこれは俺も食う気がしないな・・・」
「えぇっ!?」

 オウキーニは目を丸くし、カイルもタコをほおばりながらへ顔を向ける。
 レックスやアティたちは仲間ができたと少し笑顔になっているが、以前も同じような展開があったため、警戒を怠っていない。

「おいおい、好き嫌いはよくねえぞ」
「別に俺だってこれ食おうと思えば食えるよ。でも・・・」
「「でも?」」

 オウキーニとカイルは声をそろえての顔を覗き込む。
 動きすぎなくらいに動くタコを指差して、

「俺の世界にも、さすがにこんな動いた食べ物はめったになかったからな・・・」

 これならまだ、ゆでダコのほうがマシだったな・・・

 そう答えた。
 その答えに、オウキーニは肩を落とすと、ため息を吐いた。
 せっかくなので一つ口に入れると、ほのかな塩味が口の中に広がっていく。

 自分にしがみついているアリーゼがビクッと動くが、離れることはなく。
 彼女を安心させるという意味も含めて、腰ほどのところにある頭に手を置いた。

「うん、ウマい」

 あとは、見た目だな。

 そう言うと、皿をオウキーニに返した。
 受け取る彼の表情はどこか寂しそうではある。落胆の色が多く見え隠れしていた。

「ダメでっか・・・これでも、高級料理のひとつなんやけどなあ」
の言う通り、見た目が問題って言ったことがちっとも解決されていませんよ・・・」
「ぴくぴく動く様子が新鮮な証拠で、食欲をそそると思うたんですけどなあ・・・」

 そう言ってタコ刺しを口に入れるオウキーニに、アティは苦笑い。

「わかった・・・食べ物に対する感覚がズレてるんだ・・・これは、きっと」

 レックスがつぶやくと、生徒たちの護衛獣たちが同調するように一声、鳴いた。

「と、とにかく、ソレを食べるって習慣自体が一般的じゃないんですですから・・・」
「負けまへんで・・・」
「え?」

 オウキーニはムスッした顔でつぶやいた。
 心なしか、彼の目に炎が見える。

「こうなったら意地や!一料理人としての誇りにかけて・・・誰もが喜んで食べる究極のタコ料理を作ってみせますわ!!」

 虐げられ続けてきたタコたちのために!

 ワイはやったるでぇーっ!!

 両手を振り上げ、新たなる誓いを胸にオウキーニは叫び声を上げたのだった。
 ここまで来てしまったら、もう彼は止まらない。最低でもレックスとアティの2人にはなにをしてでもタコを食べさせるだろう。
 
 この場にいるカイルとオウキーニを除く全員は、これから自分たちに降りかかるだろう事件に思いを馳せ、苦笑いをしていたのだった。



















、ちょっといいか?」
「?」

 ヤッファだった。
 彼は、苦笑いを浮かべて立っている。

「珍しいな、俺に用事なんて」

 むしろ初めてなんじゃないか?と口にするとヤッファはばつが悪そうに頭を掻いた。

「レックスたちにもなんだが・・・相談があんだよ」
「俺にか?」

 ヤッファは「ファルゼンとアルディラに今まであったことをすべて、話そうと思っている」とまず口にした。
 2つの意見のぶつかり合い。護人は4人のはずなのに、島の行く末を2人で決めてしまおうとしていたのだ。
 当然と言えば当然のことである。

「キュウマと話し合ってそう決めたのさ」
「うん、いいんじゃないか?」

 あまりの返答の速さにヤッファは一瞬きょとんとした顔をした。
 はニイッと笑う。

「話せば立場は悪くなってしまうかもしれないが・・・君の性格上、黙ったままって言うのは居心地が悪いんじゃないかと思ってさ」
「ったく・・・お前にはかなわねえな・・・」
「ま、俺の意見なんてどうでもいい。あの2人にも相談してみるんだろ?だったらその後でどうするか決めればいいだろ」

 な、と話を振って笑みを見せる。
 のその言葉にヤッファは素直に礼の言葉を口にした。
 どうやら彼の考えはあながち外れていなかったらしい。


「あとで、集いの泉に来てくれねえか。お前にも、見届けてもらわねえとな」
「なんで?俺は名もなき世界の人間だぞ?別にあの剣が使えるわけでもなし」

 ヤッファは話さない。
 彼の様子からしてそのことを話していいのか悪いのか、図りかねているのだろう。
 2人の間に沈黙が流れた。
 そのまま数分、ヤッファの口が再び動き言葉が紡がれた。

「お前は、この島に無関係じゃねえような気がすんだよ」
「なんだよそれ・・・まあ、いいか。わかった」

 これが、ヤッファの考えた『当たり障りのない答え』なのだろう。
 を巻き込まないための方便なのだ。

 じゃあよろしくな、と言ったヤッファはレックス、アティの両名の所へ向かった。
 1人になったは、とりあえずその場に座り込んだ。

「無関係じゃない、ねぇ・・・」

 呟きながら、は青く広がる空を見上げたのだった。






・・


・・・・


・・・・・・・・



「はっ、ヤベっ。寝てた!!」

 は飛び起きると集いの泉に走った。
 草木を掻き分け、全力疾走する。
 ほどなくして、指定された集いの泉にある建物が見えてきていた。

「悪い!遅くなっ・・・た・・・」

 勢いよく扉を開くとそこには、レックスとアティ、それにヤッファとキュウマの姿があった。
 荒い息を整えていると、レックスがの肩に手を置く。

「まだファルゼンもアルディラもきてないから大丈夫だよ」
「そうか・・・よかった」

 そんな会話を交わすと、レックスとアティの2人は、笑みを浮かべていた。








「ナルホド・・・・」
「貴方たちの様子がおかしかったのにはそういう理由があったのね」

 何も知らなくても、今が平和だからそれを守りたい。
 主君への忠義と、死んだリクトの遺言を果たすため、大切な人たちを元いた世界へ還したい。

 ヤッファとキュウマの話にファルゼン、アルディラが納得したようにうなずいた。

「自分のしてきたことが貴方たちに対する裏切りだったことは否定しません。だからこそ、このまま隠しておくわけにはいかなかった・・・」

 これは、自分の貴方たちに対するケジメなのです。

 そう言いきったキュウマの目には一点の曇りもなく純粋にそう考えていることがよくわかった。

「それで、貴方はこれからどうするつもりなの?」

 アルディラの質問にキュウマは口篭もる。
 ファルゼンもそれを聞きたいらしく、微動だにしなかった。
 彼女たちは以前の自分たちを踏まえた上でこれからどうしていくつもりなのかを尋ねているのだ。

「私はここから先の貴方を知りたいのよ」

 そう言ったアルディラの声は、外から侵入してきた人間を拒絶していたときのような、冷たい声だった。

「返答、次第デハ・・・覚悟シテ、モラオウ」

 ファルゼンは、腰の大剣を鞘から抜き放つ。
 ちゃき、という音と共に、その切っ先をキュウマの眼前へと向ける。
 すべては、彼の答え次第。
 普段口数の少ないファルゼンだからこそ、行動でそれを示しているのだ。

「「そんなッ!?」」

 レックスとアティが止めようと駆け出すがは手を横に出してそれをとめる。
 焦ったような表情で、2人はへ顔を向けたのだった。

・・・!?」
「なんで・・・」

 2人は口々にに問い掛ける。しかし彼は黙って、ただ首を振るだけだった。
 それだけで2人はなぜ止めたのかを理解することができなくて。

「「ッ!!」」

 ただ思い切り声を荒げたのだった。

「・・・これはこの島の護人たちの問題だ。島の外の人間が手を出していい問題じゃない」
「なっ・・・」


 の口からそんな言葉が出るとは思えなかった。生き物の死を誰よりも嫌う、彼が。
 キュウマが死ぬかもしれない場面で、それを止めないのだ。


「なに、心配はいらないさ」
「えっ?」
「キュウマは大丈夫。死んだりしないよ」

 おもむろにが口を開き、笑顔を2人に向けた。
 その表情は、キュウマを信じきっている。
 何も言い返すことができず、2人はその場に立ち尽くしたのだった。



「・・・生きます。現実から目を背けず自分のしてきたことも全て、認めたうえで自分は生きます」

 みっともなくても構わない。
 そう言い切ると、キュウマは明確な意思を示すために、ファルゼンを見据えた。
 す、とファルゼンは剣をキュウマから離すと、腰の鞘に納める。

「ナラバ、生キロ・・・」
「今回の件について私たちに、口を出す権利なんて無いわ。異変に気づくことができなかったのは私たちの落ち度だし」

 そんな重大な問題を黙っていたことについては、思いっきり腹立たしいけどね。

 アルディラはこめかみを引きつらせながらそう言った。
 な?とは、2人の方を振り向くと笑顔になっていた。

「イマノ言葉ヲオ前ガ、忘レズニイルナラバ・・・トモニ、戦ウ者トシテ、オ前ヲ信ジヨウ」
「わかりました・・・。自分は、生きます。生きることでお二人の気持ちへと報います・・・っ!」
「ウム・・・」

 キュウマの決意にファルゼンが声だけでうなずいた。
 アルディラは続いてヤッファを見つめると、ヤッファは顔を床へ向けた。

「貴方もよ、ヤッファ?護人になった時点で私たちはみな、過去と向き合っていく決意をしてるの。貴方が思ってるほど私たちは弱くない」

 見くびられては困るわ、と。
 アルディラは真剣な眼差しで彼を見つめる。
 ヤッファはうつむいたまま謝罪をした。

 自分が、アルディラやファルゼンを見くびっていたと言うことに対して。
 謝罪の言葉を聞いたアルディラとファルゼンは互いにうなずいたのだった。

「よし、じゃあこれでこの件は解決ってことでいいんだろ?」
「・・・そうね」
「アア」

 室内の雰囲気が、殺伐としたそれから和やかなものになっていく。
 そんな中で、はニヤッと笑みを浮かべて、つつつ、という効果音が似合うようにヤッファとキュウマに近づいた。
 ささやくように手を裏返して頬の部分に当てる。

「2人とも次にこんなことしたら、きっとアルディラとファルゼン、すごいことになるぞ〜」
「・・・・・・」

 ヤッファとキュウマはぽかんと口を開けている。
 一応場を和ませるために言ったことだということを2人はわかっているだろう。

「ちょっ・・・!貴方、いきなりなにを言い出すのよ!?」
「きっと、サモナイト石持ち出して召喚術のオンパレード・・・」

 お構いなしに一方的な話は続く。

「死んだほうがマシなくらいに酷い生き地獄が・・・」

 そのとき。

 ガガガガガッ!!!

「っ!?」

 と2人の間をロレイラルの召喚獣、ドリトルが通過した。
 慌てて、離れる。気付かなければ、3人一緒に天国行きだったことは間違いない。

「いぃっ!?」
「フフフ・・・次、ヘンなことを言ったらどうなるかしらね・・・」

 そこには、黒いものを背負ったアルディラが笑みを浮かべてサモナイト石を光らせていた。

「失言でした。すいません」

 一抹の恐怖を感じ、素直に謝った。
 さすがに、味方の召喚術の餌食にされるのはゴメンです。

「「の言ってたこと、本当に起こりかねないかも・・・」」

 すっかり取り残されていたレックスとアティは一部始終をみてため息をついた。
















「先生さぁーん!」

 ヤッファとキュウマとルディラがそれぞれ集落に戻っていった後のこと。
 アティとファリエルは集いの泉に残って雑談をしていたときだった。
 特に意味もなくその場に残っただけなのだが、ファルゼンがいきなり少女に変身して、最初はそれはもうビックリものだった。
 聞けば、彼女はハイネルの妹で、無色の派閥に所属していたらしい。
 なんで自分の目の前で変身して見せたのかと問えば、近いうちに他の護人たちにも正体を明かすから、そのときのフォローに回って欲しいと一方的に頼むつもりだったから、らしい。
 そんな話を聞きつつもは部屋のイスにもたれてうとうととしていたのだが。

「たっ、たいへんたいへんたいなのですよ!!」
「どわぁっ!?」

 すると、マルルゥが必死の形相で部屋の扉を開けた。
 あまりの大声に、はイスごと背後に倒れこんでしまった。

「どうしたの、マルルゥ。とりあえず、落ち着いて話して頂戴」

 アティのそんな言葉にマルルゥはうなずくと、2回ほど大きく深呼吸。

「て、帝国軍の人が先生さんに会いに来たですよう!」
「「「!!」」」

 アティとファリエルと、
 3人は互いに顔を見合わせて、うなずいた。
 腰の刀に触れ、鞘を握り締める。

『いよいよ、決戦の時が来たようですね・・・』
「そうだな・・・」

 ファリエルの言葉には同意する。
 マルルゥはファリエルを見て首をかしげていた。

「あや?あやや???そう言うあなたはどなたですか????」
『「あ・・・」』

 ファリエルとの声が重なった。
 アティも忘れてた、と言わんばかりに苦笑いを浮かべている。

「せ、説明は後でね。とにかく、今は・・・急いで戻りましょう!」

 場を取り繕うように言うと、うなずいてカイル一家の海賊船に向かって走ったのだった。





「カイル!」
。先生もおせえぞ」

 そこには、カイル一家とレックス、4人の生徒たち、それにギャレオとイスラがすでに対峙していた。

「待ちかねたぞ」

 到着後の第一声。
 ギャレオのものだった。

「用件だけ伝えてさっさと帰っても良かったんだけどね。彼がどうしても君たちに直接、宣戦布告したいっていうからさ」

 ギャレオはイスラを一瞥すると、レックスとアティの方に向きなおり、ゴホン、と大きく咳払いをした。

「アティ、レックスよ。帝国軍海戦隊第6部隊特使として貴様らに告げる!我が隊は、全軍をもって、貴様らに総力戦を挑むものなり。決戦の場所はこの布告状へと記した。受け取るがいい」

 それだけ言うと、レックスに布告状を手渡す。
 イスラはそれを変なものでも見るかのような目で見つめていた。

「此度の戦いにおいて完全決着のみを我らは望んでいる。相応の覚悟をもって挑まれよ!」
「上等だぜ・・・いい加減、はっきり白黒つけねえとな」

 カイルは「腕がなるぜ」といわんばかりに拳を逆の手に叩きつける。
 パァンッ!と乾いた音があたりに響いた。

「目障りなモノをいつまでも生かしておく必要はないし。そろそろ、まとめて死んでもらわないと」
「「!!」」

 レックス・アティの表情が変わる。
 飛び出していきそうな2人を抑えて、スカーレルが「あらあら」などと言いながら前に進み出た。
 視線の先にはもちろん、イスラの姿が。

「今の発言、そのままアナタの姉さんの意志ってことかしら?」
「そのとおりだ」

 尋ねたのはイスラだったのだが、割り込むように返ってきたギャレオの思わぬ答えに、耳を疑う。
 それはも、同様だった。

「この戦いに、敗北は存在しない。あるのは、勝利か・・・玉砕のみ・・・」
「待って!本当に、アズリアがそんなことを口にしたの!?私は信じられない!彼女が、自分の部下にそんな真似を・・・」
「させたのは貴様らだッ!」

 アティが口をつぐむ。
 レックスも同じことを考えていたのか、顔を地面に向けた。

「貴様らが・・・っ、あの方をそこまで追い込んだのだ!貴様らさえ・・・介入しなかったらこんなことには!」

 感情的になり、目に涙をためつつ叫ぶ。
 とても苦しそうに。
 自分の上司である彼女のことをよほど慕っているのだろう。

「あははは、今さら悔やんだところで後の祭りだよ。仕方ないじゃない。君たちは、大切なものを守ろうとしたんだろう?だったら、最後までそれを貫かなくちゃ」

 イスラはそんなギャレオとアティ、レックスを見て笑う。
 ソノラが拳を固く握り、わなわなとふるえる。

 彼は、この状況を楽しんでいる。
 自分は蚊帳の外。てきとーに動いていればそれでいい。
 確証がないから、指摘するわけにはいかなかった。だから、はそのことをあえて口にはださなかった。

、僕の顔に何かついてるかい?」
「!」

 どうやら俺の視線に気づいたようだ。
 笑顔でこちらを見ている。

「そういえば、君もアティやレックスと同じで犠牲を出したくない、とかいう甘ったれたことを言ってたよね?」
「・・・・・・」

 答えないにイスラは笑う。
 それは、嘲笑に近い。子供たちと遊んでいた彼とは似てもつかない表情だった。

「あはははっ♪ホントのこといわれて、言い返せないのかな?」
「ウウゥゥゥ・・・」

 ユエルが毛を逆立たせ、うなる。
 イスラはそれに動じずにさらに笑みを浮かべる。

「さっきも言ったけど、決めたことは最後まで貫かなくちゃね」
「マスターの悪口を言うなーッ!!」
「ユエルッ!?」

 ユエルは怒りをあらわにしている。
 鬼の形相とは、このことだろう。
 ソノラがユエルを呼び止めるが、本人の耳には入っていないらしく、止まらない。

「お前なんかが、マスターのことを悪く言うすじあいなんてないんだッ!!」

 ユエルはイスラに飛び掛る。
 イスラ本人も、こうなるとは予想していなかったらしく、顔を引きつらせた。
 剣を抜き、迎撃しようと構えるが。





「よせ、ユエルっ!!」

 飛び掛るユエルに制止の声が入る。の声だった。
 ユエルは涙目で彼へと振り返るが、彼の表情に変化はない。

「ほおっておけ、ユエル。彼のことはいいから、戻って来い」
「でも・・・」

 な?と笑顔を見せられ、彼女はすごすごと戻り、の隣りへ。
 しかし怒りは解けないらしく、ただイスラをにらみつけていた。

「は、はははっ、なんだよそれ」
「なんだもなにもないさ。今はこんなことしてる場合じゃないからな」

 よって今は君のことは無視だ。無視無視。

 は無表情でそういった。
 イスラはそれに対して口をつぐんだ。

、いいの?そんなこと言っちゃって」

 後で反感買われちゃうわよ?

 そうたずねるスカーレルにうなずいた。
 彼やユエルが何を言おうが、自分の信念を歪め曲げる必要はないのだから。

「いいんだ。どうせ、後々戦うことになるんだし。それに・・・」

 俺が直々に彼をこらしめたいからね。

 そう言って笑う彼に、スカーレルは苦笑いをした。




「ふ、フン!勝手にほえてるがいいさ。どうせ僕にはかなわないんだからね」

 イスラは不敵な笑みを浮かべた。
 なにか、策があるのだろうかと、は話を聞きつつ思考を巡らせる。
 それに・・・先ほどからなにかイスラからアティと似た感じがしているのも、気になっていた。

「君たちだって一応は軍人だったんだろう。姉さんは君を殺す覚悟をしてる。だから、しっかり覚悟を決めてくれないとね」
「俺には、そんな覚悟はいらない。それに、そんな覚悟をするつもりもない!」

 レックスは叫ぶ。

 今までの自分がウソにならないように。
 ここで覚悟をしてしまったら、いままで自分がしてきたことが全部水の泡になる。
 そうならないように。
 自分の存在を否定しないように。

 彼は叫んだ。

「好きにするがいい。だが、貴様らが自分の信念を貫くように我らは、我らの信念を貫きとおす・・・」

 それだけだッ!!

 そういい残し、ギャレオは森の中へ消えていった。
 イスラも後に続き背中を向けるが。

「どうして、貴方はそんな身体で戦いを続けるんですか、イスラッ!?」

 アティの声でイスラ歩を止め、顔だけこちらに向ける。
 その顔は笑っていた。
 どこか、不適な。別に、知られたところで意味はないとでも言うのだろうか。

「ふぅん・・・気づいちゃったのか」
「なにか、事情があるんじゃないんですか?だったら・・・」
「余計なお世話だよ」

 アティの声に割り込む。その声は冷たく、彼女を拒絶しているようにも見て取れた。
 笑顔だった彼の顔も、今はそうではない。
 思考を読み取られないようにポーカーフェイスを気取り、射抜くようにアティだけを見つめた。

「君たちの仲良しごっこにつきあうなんてまっぴらゴメンだね。それより・・・」
「「・・・・・・」」

 再び表情に嘲笑に近い笑みを貼り付けて、

「それより、どうしたら僕のその弱みを利用できるか、考えてみたらどうだい?僕と、君たちとは敵同士なんだからさ」

 そう告げると森の奥へ消えていったのだった。
 ソノラは「なによ、アイツーッ!!」などと怒りをあらわにして地面を蹴りつけて八つ当たりをしている。

「マスター・・・」
「ユエル。怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、彼の言ったことは本当だ」

 俺はもともと、そういう世界から召喚された存在だからね。

 そう彼女に告げた。
 彼のいた世界では、大規模な争いなど皆無に近い。ただ人に怪我をさせたというだけでニュースが流れるほどの平和さだから。
 犠牲を出したくないというレックスやアティの気持ちはいまこの場にいるメンバーの中でも一番理解しているのだ。

、おまえ・・・」
「カイル、悪いけど彼は俺がこらしめるから、そういうことで」
「あ、ああ・・・」
「なに、大丈夫さ。彼が何をしてこようが俺は負けるつもりはないし、彼にでかい顔させとくつもりもないからな」

 へへへへ・・・

 そんな含んだような笑いに、カイルはあっけにとられていたようだ。
 口を大きく開けたまま、動かなくなってしまっていた。

「一度、船に戻りましょう。準備はしっかりしておかないと、いけませんし」
「そうね、それが無難だわ」

 ということで船に戻り、最後の決戦への準備を整える。
 一部は買い物しに行く、と言って船を出て行ったのだが。
 は自室で、刀を眺めていたのだった。


 ――― なにか、イヤな予感がする。
 ――― このあと、とんでもないことがいるのではないか。
 ――― もしかしたら自分の命にかかわることかもしれない。


 そんなことを考えてしまったからか、入念に準備をしていた。


 決戦は・・・近い。







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