「正しい答えなんて、どこにもありませんでした」
ヤッファとキュウマの話を改めて聞きなおしたアティは初めにそう、つぶやいた。
「二人の話を聞いて考えれば、考えるほど余計に迷って・・・」
正直、今ここにいても気持ちは揺れ続けているくらいです。
アティはただ押し黙っている2人を横目に、居たたまれない顔つきのまま言い放った。
今を平和に生きる仲間たちを守ろうとするヤッファと、今は亡きリクトの願いを実現しようとするキュウマ。
2人の意見はどちらも正しく聞こえはするが、答えは1つに決めなければならないわけで。
アティもレックスも、それぞれの言葉を胸に刻み込みながら、どうすればいいのだろうかと苦悩したことだろう。
「当たり前だよな?正しい、正しくないではっきりと割り切れることだったら、最初から、みんなこうやって悩んで苦しんだりしないはずなんだから・・・」
「答えられない、ってことかい?」
ヤッファの問にアティは首を横に振った。
「それですむなら、正直そうしたいけど・・・答えは、ちゃんと決めました」
「まったく正反対のものだから、どちらかを選ばないと、ってアティと決めたんだ」
その場にいる全員が息を呑む。
彼らの発言で自分たちの、ひいては島の命運が決まってしまうのだ。
戦闘時とはまた違った、緊張感が船長室を走り抜けていく。
アティは言いづらそうに表情をゆがめてキュウマを視界に入れると、ゆっくりと目を閉じた。
「・・・・・・」
流れる沈黙。
時間がどのくらい経っているのかがわからなくなってしまうのほどに続く静寂の後、アティは意を決したかのように目を開く。
「封印をしましょう。遺跡を復活させるのはやっぱり・・・危険すぎます」
キュウマの顔が厳しいものに変わっていった。
サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜
第29話 封印
「遺言を果たしたいと願う、貴方の気持ちがわからないわけじゃないんです」
「大切な人の遺言ならなおさらだ、と俺も思うよ。でも・・・」
「・・・・・・」
眉尻を下げて、レックスはキュウマへと言葉を放つ。
アティの言葉を聞いた瞬間に、表情を変えた彼を説得・・・むしろ説明しようと口を開いたのだ。
「みんなを、巻き込むわけにはいかないから。だから私は・・・私たちは、封印することを選びます」
異世界から強引に召喚獣を喚び続ける喚起の門。
それは現在の島において、無意味を通り越して災いをもたらそうとする施設でもあるから。
2人は、『今』を選んだのだ。
「封印はさせぬ・・・例え、裏切り者の名で呼ばれれようとも・・・」
「キュウマ・・・」
眉を吊り上げ、怒りを前面にむき出したキュウマは、ただただ言葉を紡ぎ出す。
すべては、忠義のため。
ただそれだけ。
「シノビにとって主君の命は、唯一無二のもの。そのためなら、自分は外道にもなるッ!!」
キュウマは自分の腰に提げた刀を抜き放つ。
怒りの視線を2人を射抜き、握られた刀身が光を反射しその存在をしらしめていた。
「飼い犬ゆえの、悲しい宿命ってヤツね・・・」
「知ったふうな口を聞くなッ!」
キュウマが叫ぶ。
スカーレルは驚きとともに目を丸め、押し黙った。
「その飼い犬を・・・逃がすために、死地に向かった人だからこそ、それを止めることもできなかった、自分が許せないからこそ!」
キュウマはふるふると肩を震わせて怒鳴る。
その声は部屋中にこだました。
「せめて・・・末期の願いだけには報いなければ・・・自分は、なんのために生き続けているのかわからなくなってしまうんだッ!」
「キュウマ・・・」
キュウマはそこまで叫ぶと、涙を流した。
ヤッファもそんな彼を見て驚きの表情を見せ、頭を掻いた。
キュウマは涙を拭うと、目をつぶる。
「失うものなど、もはやなにひとつない・・・封印を望むならこのキュウマを屍に変える覚悟をもって参られよ!」
彼が叫んだそのときだった。
扉は固くしまっているのに。
今、この部屋は密室のはずなのに。
どこからともなく、風が吹いた。
「いい加減に・・・目を覚まさぬか!この、阿呆がッ!!」
その風は、ミスミの風。
彼女の術により吹き荒れる風だった。
声と共に彼女から発せられる風がキュウマを襲い、刀を取り落とす。
強い衝撃に、小さなうめき声を上げていた。
「ミスミさま・・・スバルも・・・」
レックスがつぶやくがそんなことおかまいなしにミスミはスバルと共にキュウマに近づく。
すでにスバルの目には大粒の涙が溜まっていて。
「わらわたちが、いつ鬼妖界に帰りたいと口にした?ここでの暮らしがつらいと、一言でも口にしたかッ!?」
彼女は、叫ぶと同時に涙をぽろぽろとこぼしていた。
「いやだよぉ・・・っ、キュウマ・・・死んじゃったらいやだよぉ・・・っ」
先日、戦闘に参加することになったスバルも目の涙を搾り出すように発した言葉と共に頬を伝わせたのだった。
「スバルさま・・・」
「その子を、自分と同じ目にあわせるなんていわないですよね?わかってください!?キュウマさん・・・」
アティの言葉に、先ほどの全員を射抜くような殺気はどこへやら。
冷や汗をかいて自分に詰め寄る彼女たちを見つめていた。
「わらわは幸せじゃ。スバルと、そなたが側にいてくれるのならどこででも・・・だから・・・っ、もう、二度と・・・わらわに悲しい思いをさせるでない・・・」
失うのは良人だけでもうたくさん。
心やさしい彼女の叫びは、しっかりとキュウマに届いているのだろうか。
「わかったな!?」
返事のないキュウマを見かね、半ば命令に近い口調でミスミは声を荒げた。
「もうしわけ・・・ございません・・・」
スバルの表情が安堵へと変わっていった。
アティは、レックスと護人たちとともに封印を行いに喚起の門へ向かった。
2人を除いた全員は、一緒に行ったところで役には立たない。
だから、帝国軍の襲撃に備えてと言うのを建前に船で留守番をしていた。
「せんせいたち、ちゃんと封印できるかな?」
「ユエル、その言葉は言うだけヤボってモンよ。センセたちならちゃんとやってくるわよ」
「そうですよ。お互いを信じあってこそ、仲間だというものです」
心配そうに言うユエルをみんなで励ましあう。
その言葉に彼女は笑顔でうなずいた。
改めて仲間っていいモンだ、とはただそう感じた。
そのときだった。
突然、地面がゆれる。
その揺れはなぜだか島の周囲の海域をも揺らしているらしく、身体がバランスを崩すのを防ぐために、慌てて床に伏せた。
「うわっ、じ、地震ッ!?」
「でかいな・・・」
も同様に地面に手をついて身体を安定させる。
ソノラは立ち上がったまま、あわわわ・・・と腕を振り回していた。
「ソノラ、床に伏せろ。突っ立ってるとケガしちまうぞ」
「う、うんっ」
ソノラはカイルの忠告を聞き入れて、振り回していた腕を止めて、床に膝をつけたのだった。
そのまま、数分。
突如襲った地震はなりを潜めたのだった。
「でかかったな・・・みんな、だいじょうぶか?」
「オレらは平気だぜ」
「僕たちも、なんとか」
どうやら特にケガはないようだ。
生徒たちが口々に「あせったー!!」とか「怖かったです・・・」などと騒ぎたてていた。
「今のは、封印が成功したととってもいいのでしょうか?」
おきてから、特になにもありませんし・・・
ヤードは起き上がって早々つぶやく。
「ま、すべては先生たちが戻って来てからだ」
カイルはみんなの不安を吹き飛ばすかのような豪快な声で笑った。
護人4人とアティ、レックスの2人が戻ってきたのは、それから数十分あとのことだった。
2人の表情はどことなく晴れ晴れとしていて。
「全部・・終わりました」
アティは碧の賢帝による封印で疲れているにもかかわらず、にっこりと笑って全員に報告をしたのだった。
「そうか・・・」
「お疲れさん」
「ご苦労様でした」
口々にねぎらいの言葉をかける中、ヤッファとキュウマは浮かない顔をしている。
それをなぜかと問うならば。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
アルディラ、ファルゼン両名の冷たい視線によるものだった。
「詳しい話は、あとでしっかりと聞かせてもらうわよ・・・」
「ダガ、イマハ・・・カラダヲヤスメテオクガ、イイ・・・」
ファルゼンがそう言うと、2人の雰囲気がやわらかいものに変わっていったのだった。
「!」
外に誰かがいる。
どうやらスカーレルもそれを感じ取ったようだ。
生徒たちはこれでギスギスした雰囲気はおわりだ、と笑顔になっている。
「だったら、良かったんだけどねえ・・・」
「ふう・・・」
冷や汗が流れる。
「どういうことよ?」
「外を見てれば、イヤでもわかる」
ソノラの問には船の外を指差す。
「・・・帝国軍!!」
「ヒヒッ、ようやく出てきやがったぜ」
相変わらずビジュの笑い声が聞こえる。
「性懲りもなく来やがって」
カイルは厳しい目つきで帝国軍を見つめる。
「これ以上、時間の浪費を繰り返すのは不本意なのでな。今日こそ、剣を貴様から取り戻す!」
「そんなことをしても、もう無意味だよ」
アズリアの声にレックスが割り込んだ。
「あの剣はアティがもう封印したんだ。島の遺跡ごと・・・な」
レックスの言葉と同時に彼女の顔が険しくなる。
隣に控えるギャレオも厳しい目で彼をにらみつけていた。
「だから、もう争いを続ける理由なんてない。渡せといわれたって・・・剣はもう無いもの」
「デタラメを言うな!」
叫ぶギャレオに、ソノラがやれやれといった感じに手を横に出して首を振った。
「ホントだってば。あんまりしつこいと嫌われるよ、オジさん」
「おじ・・・っ!?」
オジさん、といわれたせいか、ギャレオは口篭もってしまった。
そんな彼を尻目に、険しい表情を変えないアズリアはただ、目の前の2人をにらみ、歯を噛む。
「もしそれが真実であるのなら・・・なおのこと、我らは貴様を許すわけにはいかない!!」
アティの表情がこわばる。
レックスは小さく舌打ちをした。
「そりゃ、そうよねえ。剣を取り戻さない限り、アンタたちは帝国へ帰ることができないんだものね」
スカーレルが笑みを浮かべた。
「どう転んだところで三方がまるく収まるものではない。結局、そういうことだったんですよ。この戦いは・・・」
ヤードが吐き出すように叫んだ。
「封印されたのならばそれを解き放ってでも剣は奪回してみせる。貴様らを叩きのめしその方法を手に入れてみせるッ!!」
「おもしれえ・・・やってもらおうじゃねえかよ!」
カイルはニヤッと笑って拳を合わせ、構えた。
「せっかくアティが頑張って封印したんだ。そんな簡単に解かせるわけにはいかないな」
「ユエルも、マスターと同じッ!!」
も鞘から刀を抜き、構える。
隣でユエルが手を広げて戦闘態勢になった。
「どうあっても、諦めてはくれないんだね・・・」
「私たちは、負けるわけにはいきません。島のみんなのためにも」
旧友に刃を向けるのはやはり辛い。
2人とも悲しげな表情のまま武器を構えた。
「いいのかァ?剣の力にゃあ、もォ頼れねェんだろォ?」
ビジュは嬉しそうに笑みを浮かべる。
まるで自分たちを見下しているかのような、そんな笑み。
「互角の条件での戦いならば、我らが不覚を取ることはない!」
ギャレオはビジュとは逆に、表情を引き締めて両手にはめたクローブを見直し、構えをとった。
「果たして、そうかな?」
「キュウマ・・おまえ・・・」
島の平和を乱す者は絶対に許しはしない。それが、護人の務め。
驚いたような目で見るヤッファをちらっと見たキュウマは自分の役目を確認するかのように声を発していた。
「認めてくれますよね?ヤッファ殿・・・」
ヤッファは、笑みを浮かべてうなずいた。
「まったく・・・二人だけで、勝手に盛り上がらないでよ」
「ワレラモ、モリビトナノダカラナッ!」
アルディラとファルゼンも、それぞれ杖と大剣を構えた。
レックスはそれを見て声を上げる。
「行くぞッ!!」
戦闘が始まった。
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