「使い手が死ねばもう、この剣の力におびえなくてもいい。違いますか!?」

 雨音の聞こえる中で、イスラの声だけが耳に響く。
 彼の隣で『死』という言葉をさらっと言ってのけた弟にアズリアは驚きつつも、どこか悲しい目で彼を見つめていた。

「ヒヒヒッ、隊長殿。まさか、イヤだとかぬかしたりしないでしょうねェ?」
「みんなのために犠牲になれるんだ」

 表情を歪めたアズリアはビジュの嘲笑には怒りに駆られつつ歯を噛み締める。
 イスラはうつむくレックスをあざ笑うかのように言い放った。

「レックス。いかにも、君にふさわしい結末だと僕は思うけど?それとも、やっぱり自分の身のほうがかわいいかな?」
「・・・わかった」
「おい、レックスっ!?」



 レックスは究極のお人よしだ。自分の命よりも他人の命を優先するような、普通の人間とはまったく違う思考の持ち主であるとはは思った。

 だが今の状況では、彼が犠牲になっても人質が開放されることは無いだろう。イスラの言う『正当なの代価』として剣を渡す事と自分の命を差し出す事の2つによって最低でも2人は開放されるだろうが、それでも人質は残る。それでは自己犠牲どころか犬死にだ。彼の死に意味は無くなってしまう。



「自分の言ってることの意味、本当にわかってんのかよ!?」

 カイルが名を呼び、叫ぶ。
 は居ても立ってもいられず、茂みから身体を出してその場に飛び出した。





     サモンナイト 〜紡がれし未来へ〜


     第21話  風





「ふふふっ、本当に君は、僕の期待したとおりに動いてくれる」

 イスラはあたかも予想していたかのように笑った。自分の剣を鞘から抜き放った。

「ありがとう・・・そして・・・」

 剣を振り上げ、

「さよなら!!」

 レックスへと振り下ろした。






「させるかっ!!」






 は2人の間に割り込み、剣を受けとめた。


「・・・?」

 気配でわかっていたのか、スカーレルとヤードだけは表情を変えてはいなかったが、突然の彼の登場はその場に居る全員が目を丸める結果となった。
 イスラの剣を受け止めようと身体を動かしたアズリアも同様である。

 レックスが呆けたような声で名前を呼ぶが、それを無視してイスラへと視線を移動させ、にらみつける。
 彼も一瞬ひるんだが負けじとをにらみつけた。


「イスラ・・・俺、君にいったよな・・・?」
「と、突然出てきて何を言っているんだい?」
「言ったよな・・・?島の住人に手を出したら・・・許さないって」
「・・・そんなこと僕にとってはどうでもいいんだよ!」

 イスラはそう叫んで剣に力を込めた。

「・・・・・・!!」

 ひた、とイスラの剣の刀身に手を添えると、ねじるように力を込める。
 ガラスが割れたような音が響き、剣は真っ二つに折れ、使い物にならなくなってしまった。

「はっ・・・っ!?」

 普通の人間に剣を折るなどという行為ができるはずがない。その光景には誰もが目を疑っていることだろう。
 刀を持たない空いた手に拳を握り、彼の顔面へと突き出す。

「イスラっ!!」

 アズリアの声が聞こえる。
 はそのままイスラを殴りつけ、たたらを踏んだイスラを斬りつけようと刀を振った。

 しかし、その切っ先が彼に届くことはなかった。

 甲高い音と共にアズリアがの剣を受け止めていたのだ。
 振り下ろされたの刀を両手で受け止めていたアズリアは剣を押し出そうと力を込めるが、男と女の違いか、それともの力が強すぎるのか。徐々に押されはじめていた。

「イスラ・・・もう、やめて・・・いくら任務のためでもこれ以上、私は・・・」

 剣に力を込めながら苦しげに話す。

「お前のそんな姿を見ていることなんてできはしない!」

 空が光り、雷音が鳴り響く。雨もいささか強くなってきていた。

 冷やされる身体にムチを打ち、アズリアは力を剣に込めて弾き飛ばした。


「「アズリア・・・」」


 彼女と知り合いであるレックスとアティが名前をつぶやく。
 さらに風が吹き荒れ、つぶやいた名前が聞き取られることはなかった。
 風は、人質を拘束している兵士たちの周囲に吹き荒れ、まとわりつく。

「な、なんだッ?この風・・・ッ!?まとわりついて・・・」
「これは・・・」
「母上の『風』だ!」

 帝国兵のみにまとわりつくその風は、まわりを巻き込みつかまっていた人々を強引に開放させた。

 はミスミさまの結界が完成したんだ、と確信したとたんに力が抜け、地面に座り込んでしまった。



っ!?」


「よう、辛抱してくれた。レックス」
「ミスミさま・・・」

 元々がいた場所からミスミがユエルと一緒に姿をあらわした。
 ミスミはレックスに感謝の意を述べると、くるりとを正面にした。

、そなたは先走りすぎじゃ。感情的になってはいかん」
「う・・・」

 は先刻の行動を思い返そうと思案するが、なぜか思い出せなかった。
 怒りに身を任せすぎていたのが理解でき、恥ずかしそうに頭を掻いた。
 まだまだ修行が足りぬな、とミスミは微笑んだ。



「・・・まあよい。レックスよ、そなたが時を稼いでくれたおかげで、結界をはる用意ができたのじゃ・・・見るがよい!!」

 そう言って手を振ると、無数の竜巻が村の住人を守るように発生した。
 竜巻の渦中にいた兵士は、ことごとく吹き飛ばされ、地面へと激突、悶絶している。

「竜巻、だと!?」
「これで、もう貴様らは郷の者には、指一本も触れられはせぬ・・・」
「この女・・・よけいな真似を・・・ッ」
「重ね重ねの非道の数々。もはや、このまま見捨ててはおけぬわ。白南風の鬼姫ミスミ。これより、参戦つかまつる・・・」

 ミスミさまは目をつぶってつぶやくき、頭上で自らの武器である槍をくるくると振り回すと、

「覚悟しやれや!外道ども!!」

 そう叫んで槍を下段に構えた。


「人質がいなくたってなにも問題はないさ。あいつらは、もう剣の力を頼ることはできないんだからね。さあ、返り討ちにしてやるんだ!!」

 イスラは兵士たちに命令を下した。







「・・・悪い、みんな。よくわからんが俺、腰抜けちゃって立てそうに無いわ」

 が座ったまま声をかけると、

「な〜に言ってんだよ」
は、そのまま腰抜かしててよ」
「そうですよ。君は、無理をしすぎです」
「あとはアタシらに任せて、へたりこんでてちょうだいな」

 戦闘中だといいのにカイル一家はが動けないのをいいことに笑って見せ、

「そうだよッ!」
「私たちをもっと頼ってくださらないと!」
「兄さんは、1人で戦っているわけじゃ、ないんですよ?」
「兄さまはそこでゆっくり見学しててくださいね」

 生徒たちはそう言うと、戦場へ飛び込んでいった。


「まいったな・・・」

「ホントよね」
「アルディラ!?」
「島の者たちを守ってくれるのはありがたいですけどね」
「お前は一人で何もかも抱え込みすぎなんだよ」

 ヤッファは俺の頭をガシガシとかき回した。
 本人は撫でているつもりなのだろう。

「ワレラハ・・・ナカマ、ナノダロウ?」

 はうつむき、

「あぁ、すまない」

 笑みを見せた。すると、護人たちは満足そうに笑みを見せると、に背を向けた。

「マスターは、ユエルが守るからねっ!!」
「ユエル・・・」

 隣に立つユエルはを見ると笑って見せた。





・・・助けてくれて、ありがとう」
「?」
「君がこないと、俺・・・今ここにいなかったかもしれないから」

 レックスはそう言うと苦笑いをしてみせた。

「レックス!」

 アティの声がかかる。
 今行くから、と返事をしたレックスは立ち上がって、

「それじゃ!」

 そういって走っていった。

「アティ、レックス。気をつけろよ!」
は、そこで休んでいてくださいね!!」

 アティは離れた場所からそう叫んだ。















「はぁ、はぁ・・・っ」

 アティは肩で息をしている。

「剣が使えないくせに意外と、がんばってくれるじゃないか・・・そんな君たちに敬意を表して、ご褒美だよ」

 イスラはにんまりと笑みを見せて指を鳴らす。
 すると、打ち合わせたかのように周りの召喚師が持つサモナイト石が、いっせいに光り始めた。
 しかもこころなしかの方を向いている。

「召喚術の一斉射撃!?」
「なんだって!?」
「あはははっ!わかったところで手遅れさ!まずはそこで動けない、。君からだ!!」


 大量のサモナイト石が光りを強め、召喚術が今にも発動しようとしている。
 には不思議と恐怖感はなく、無数の光に照らされながら、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。




「大切な人を奪われて悲しむのは・・・」
「死ねエェェェェッ!!」

 アティとビジュの声が重なる。
 ビジュもサモナイト石を構えた一人だった。憎かった人間を殺すことができるからか、彼は本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ちょっと・・・や、やばいかな・・・」
「マスタぁ・・・」


 ユエルが慌ててこちらを見る。



「イヤあぁぁぁぁっ!!」

 アティは碧の光に包まれていった。



 彼女から発される膨大な光に、召喚師たちは詠唱を取りやめ、腕で顔を覆った。
 何が起こったのかわからないのはもユエルも同様で。周囲の状況すらも感知できずにいたのだが、


「そ、そんな・・・バカな・・・」


 光が収まると、ヤードは目の前の光景を見て驚愕していた。
 彼の視線の先にはシャルトスを右手に携え、レックスと同じように変化をしていたアティの姿があった。彼女の目には、これでもか、というくらいに涙がたまっているのだが、仲間たちには背を向けているためかそれを悟られることはなかった。

「目の前で誰かが死んでしまうのはもう、イヤ・・・っ!」

 叫びと共に碧の光がほとばしり、力が放たれた。
 強大な魔力の波動は帝国軍に直接叩きつけられ、その大半が後方へと吹き飛んでいく。

 魔力の放出が納まると、彼女はシャルトスを送還してふらりと地面に倒れかかっていた。



「う・・・っ」


 それを、近くにいたキュウマが支える事で大事にならずにすんだのだが、

「みんな・・・怪我は、ない・・・?」
「ええ・・・貴方が、守ったんですよ」

 キュウマの声にアティは笑みをこぼし、気を失ってしまった。

 彼女も、同じか・・・

 はキュウマの腕の中で気を失っているアティを見て、つぶやいた。

「「「「せ、先生っ!!」」」」
「ご心配なく・・・気を失っただけです」

 キュウマの言葉に生徒たちは顔をほころばせた。











 今日はどっと疲れた・・・

 カイルにおぶられて船に戻ってきたは力尽きるかのようにベッドに倒れこんだ。
 戦闘前の記憶がさっぱり抜けている。

 戦闘が終わったときの記憶はあるのだが・・・



 記憶の抜け落ちているところを尋ねれば。

 カイルは、

「お前、ものっすごい形相で怒ってたんだぞ」

 ソノラは、

「そうそう、コワかったよね〜」

 スカーレルは、

「アナタいいカオしてるんだから、あんまり怒っちゃダメよ」

といって全員笑っていた。






、起きてるかい?」
「レックス・・・アティ・・・」
「大丈夫ですか?」

 あぁ、とうなずきつつ、は2人に笑みを向けた。

























 ここは、とある船の中。
 その中のひときわ豪華な部屋に
 小さな黒メガネをかけた髪の毛の長い男が座っていた。

 目の前の机には召喚術の理論や、施設の構造といった図面や文字が所狭しと書き綴られている古ぼけた紙が広げられている。




「・・・あなた」

 数回のノックの後、扉を開けたのは白い服を着た女性だった。
 その女性は男に向けて一礼すると、表情を変えずに口を開いた。

「・・・もうすぐ目的地に到着しますわ」
「うむ。到着後、同志との合流次第、すぐに掃除を始める。準備を怠るな」
「わかりました」

 女性はそう言って再び一礼の後、踵を返して男の部屋から出て行った。

 1人になった部屋で、男は唇を吊り上げ、笑みを浮かべる。




「もうすぐ・・・もうすぐだ・・・!」





 くつくつと噴出す息をこらえると、

「もうすぐ・・・あの島を我が手中に収めることができる・・・」

 最後に一言つぶやき、男は豪快に笑った。







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