「あ・・・」 視線を動かしたその先で、へたっていたハサハの狐耳がピンと天を衝いた。 同時に目に溜まっていくのは涙。それも大粒の。 「おにいちゃ・・・っ」 頭に残っている記憶を掘り返す。 空に浮かぶ巨大な影と、それを使役する男の影。そして、彼らを照らす緑の光。 自身を包む光の渦と、召喚獣を突き刺す感触。 周囲を照らす緑の粒子と、自分を見つめるいくつもの視線と。 徐々に感じる痛みの感覚は。 「そか・・・」 助けられたということを大きく痛感させられた。 どうやら、生き長らえたらしい。 全身傷だらけ。傷ついてばかりの俺の旅は、まだまだ続くということか。 しかし。 「よかった、よかったよぉ・・・」 ハサハには、ずいぶんと心配をかけてしまった。 今回だけではない。召喚して、言葉を交わして、一緒に行くと決めたときから。 出来損ないの召喚主にずっと、彼女はついてきてくれていた。 安心して腰が抜けたのか、その場に座り込んで泣きじゃくっている。 手を伸ばして、自分が無事であることをさらに安心させてあげたかったのだが、 「・・・っ、手が」 動かない。 手、腕どころか身体中が。 筋肉が硬直して、ぎしり、ぎしりという音が耳に届く。 強引に動かそうとすれば強い痛みが襲い掛かってくる。 「あー・・・」 こりゃまずいな。 「代償、か」 送還の代償。 それは、全身につけられた傷の再発と、その後遺症としての寝たきり状態。 ずっと戦い続けてきたからこそ、傷口が開くことの弊害として、身体が強制的に休みを取ろうとしているのだろう。 自身、人間やめてるような超人でもなければ、なんでもできるスーパーマンでもない。 ちょっとばかり戦うことが出来る、どこにでもいるただの人間なのだから。 意識していなくとも、人間には休憩が必要なのだ。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第51話 長い旅の反動 「ユエルに聞かれてもわかんないよ」 のことをハサハに任せたユエルは、道場で座り込んでいた。 本音を言えば、彼女自身が彼のそばにいたかった。今回の一件の発端が彼女自身にあり、が目を覚まさないのも彼女を助けたためだ。 しかし、ハサハが彼のそばを離れようとしなかった。 心配しているのは自分も同じ。それでも、自分はこうして、座して待つことしかできなかった。 は強いから。彼の強さを一番、よく知っていたから。 「あんなことできるなんて、ユエルもびっくりしたくらいなんだから」 アメル作のおいもパンをかじりつつ、たずねられた問いにユエルは首を振った。 たずねられたのは、彼が倒れる直前に行った『送還術』に良く似た何かについて。 今後の彼らの行動は定められて、残りの疑念はたった1つ。 彼の周りを渦巻く膨大な魔力と、メイトルパへ送還され霧散していくシルヴァーナ。シルヴァーナの送還と同時に倒れた彼につけられていた傷の数々。下手をすれば死んでしまうのではないかというほどの血だまり。 それは、あまりに『普通でない』現象だったから。 「そういえば」 ユエルの色よい回答を得られず、沈黙の中で声を上げたのは、の過去を少なからず知っているナだった。 そして、告げた。 1年前、とある街で起こった戦いの終結。そのきっかけを作ったのが、他でもない彼で。 その行動が、今回の彼のそれとよく似ていたことを。 「彼は、現れた魔王をサプレスへと還して・・・文字通り、消えました」 彼の行った『送還』は、魔王の憑依を剥がして排除するもの。 今回の『送還』は、剥がすというプロセスを飛ばして、排除・・・つまり、元の世界へと還した。 そして、消える代わりに、彼は倒れたのだとすると。 「エルゴの守護者・・・か」 その力はまさに、つぶやかれた肩書きにふさわしい力だと思えた。力を行使する代償が、あまりにも大きすぎて、ぽんぽん使うことが出来ないのが難点ではあるが。 もっとも、真実は彼のみが知るところなのだが。 「っかし、アイツのお人よしは変わんねェな」 「そういえば、バルレルもの昔を知ってたよね」 「あァ・・・まァな」 バルレルの知る彼は、頼んでもいないのに首輪の呪縛から解放したお人よし。 さほど情も移っていない街のために、身体張って戦うようなお人よし。 トリスの問いにそっけない答えを返しながら、バルレルは少しばかり過去を振り返っていた。 この世界での立場は自分とそう変わらない。そんなことをつぶやき苦笑した。 かつての召喚主に刃を突きつけて、「誓約を解除しろ」と声を荒げた。 約束した酒盛り、飲み負けて悔しい思いをした。 厳しい状況の中、背中を合わせて戦い抜いてきた。 なにより、このリィンバウムという世界で、自分を個として扱った。 この1点だけでも、お人よしと呼んでもまず間違いではないと、バルレルは確信していた。 そんなときだった。 「おにいちゃん、起きたよ」 いつの間に道場に移動していたハサハが、の無事を伝えたのは。 ● 部屋への扉を蹴り開けると、は目を覚ましていた。 身体を起こしてはいない。自身の身体を布団で首まで多い尽くして、赤黒い瞳だけが自分に向かう。 よかった。 生きていてくれて。死なないでくれて。 こうしてまた、自分に笑いかけてくれていて。 「やあ、ユエル」 だから。 「ごめんなさいっ」 巻き込んで、つらい目にあわせて、怪我を負わせてしまったことが、激しく悔しい。 ――さあ、行くのだ。我が僕、ユエルよ・・・ 男の笑みが浮かんでは消え、受けてきた苦痛を思い出す。 それだけで、身体は勝手に震えだす。それほどあの男は怖かったし、何よりも『死』というものが怖くて仕方なかった。 だから、そうなりたくなくて、逃げ出した。 歩いて、歩いて。追っ手を撃退しては逃げて、逃げて、逃げ延びて。 ゼラムの街で、もう会えないと思っていた大事な人と再会してしまった。 あそこで再会しなければきっと、彼はこんな目に遭わなくて良かっただろう。 それを思うと。 「ごめんなさいっ、ごめんなさい! ごめんなさい!!!」 ユエルは謝る他に、かけられる言葉が見つからなかった。 「ごめ・・・」 「ユエル」 涙を流して、ただただ謝って。 ふわり、と大きな手が頭に乗せられた。 「気にすることはないよ。俺がしたくてしたことだし・・・それに、言ったろ?」 ギブミモ邸で再会して、話をして、一緒にいることを決めたあの時の言葉を。 「一緒に帰るんだ。あの島へ」 脂汗を浮かべながら、ぎこちない笑みを浮かべて、はあの時と同じ言葉を口にした。 「これから、どうするんだ?」 泣き止んだユエルをそばに置いて、は問いかけた。 部屋は狭い。全員入ることはできないからこそ、少人数ずつ見舞い、最後に訪れたマグナとトリス、ネスティに向けて。 彼らは実質、このパーティのリーダーだからこその問いかけだった。 「俺たちはこれから、ゼラムに戻ることになるよ」 「ファミィさんからの書状を蒼の派閥の総帥に届けるの」 答えを返した2人の表情は曇っていた。 自分がこんな状態だからか、自身の傷を癒してくれたであろうアメルから何かを聞いたからか。 どちらにせよ、自分の状況を説明しなければならない。 そして、告げなければならない。自分がここでパーティを抜けねばならないことを。 「、君の身体は・・・」 「ああ。ネスティ、君の思ってる通りだよ」 ユエルを安心させるために、無理して腕を動かした。 それだけで、身体中に激痛が走った。そのせいか、脂汗をじっとりとかいている。 相当に、重症だった。 自分自身、自覚はしていなかったがまさか、ここまで身体を酷使していたと夢にも思わなかった。 目まぐるしく変わる自分の立場や周囲の状況。立ち向かわねばならない強大な敵と戦い続けて、すでにどれほど経っただろうか。 そのツケが今、こうしてきているのだと実感せざるを得ない。 「身体、動かないんだ」 「・・・・・・やはり、か」 「マグナ、トリス。2人も・・・悪いけど、さ」 俺は、ここまでだ。 自分自身、残念に思っているのだろう。 気になることもあるし、心配もある。だからこそ、その一言を発することが出来ず。 それでも2人は、意図を察してくれていた。 見ればわかるだろう。 目を覚ましたというのに、一向に身体を動かさなければ。 それほどに怪我が重たいものであるということくらい。 「アメルが言ってた」 が、休息を取ることなく戦い続けてきたことを。 大切なものを守るために、ずっと命と身体を張ってきたことを。 そのツケが今、身体に現れたことを。 「はしばらく、休んでた方がいいって」 「・・・そか」 これも、代償か。 自分の心の根底を見られたことも、『見聞』の旅と称して、しかしその道中は常に殺伐としていたことも。 「マグナ・・・ごめんな、稽古の相手、しばらくできそうにない」 「仕方ないよ」 でも、と彼は言葉を続ける。 「後で、ちゃーんと相手してくれるんだろ?」 「ああ、約束する」 「それならいいさ!」 彼の強さが、彼自身の強さと結びついていれば。 以前かけた問いかけに、彼が・・・彼だけの答えを見つけてくれていれば。 「でもさ。あたしたちがいなくなっちゃったら、誰がと一緒に・・・」 「はいはいっ、ユエルが一緒!」 「ハサハも・・・いっしょ」 トリスの言葉をさえぎって声を上げたのは、当然ながらユエルとハサハの2人だった。 の彼女たちに対する扱いは完全に友人、家族のそれだが、厳密にはが2人の召喚主に当たる。召喚師である3人から言えば、それは当然といえば当然の話なのだが。 「おにいちゃんは・・・むちゃばっかり、するから」 「ちゃんと見張ってないとねっ、そう2人でっ!!」 「・・・信用ないなあ」 この2人も、のことを主とは思っていないように3人には見えた。 彼がユエルとハサハを召喚獣として扱わず、対等な友人として扱っているからこそ、互いに遠慮しないのだろう。 召喚師としてはきわめて異質な関係だが、 (いいなあ・・・) トリスは、そんな関係を羨ましげに眺めていた。 そんなときだった。 「当然です。貴方は・・・昔から変わりませんわね」 「ま、らしいっていえばらしいんだけどねえ」 声とともに、がちゃりと扉が開いた先に、2人の女性が立っていた。 輝かんばかりの綺麗な金髪は、にとっては見慣れたもので。 「不躾とは思いましたが、話はぜーんぶ聞かせていただきました」 「お兄ちゃんのことは、私たちが全力で見張っているので! 安心して、旅を続けてちょうだいな!」 金の派閥の議長と、輝ける金色。 かつて共に戦った戦友が、笑みを浮かべていた。 は、どこか戦慄した。 なにかある。これはきっと、今までになくマズい何かがきっとあると。 「なっ、大丈夫だよ! ユエルたちがいるから大丈夫だよー!!」 「(こくこくこくこくっ)」 ファミィとイリスと、その後ろにイリスの護衛獣クルセルド。 「あらあらユエルちゃんにハサハちゃん。貴女たち、ご飯は作れるのかしら?」 「うぐっ」 「お子様2人だけで、お兄ちゃんのお世話なんて出来るわけないでしょー」 「そんなこと・・・ないもんっ」 ぎゃーすかぎゃーすか。 心配してくれるのはうれしいが、もう少し静かにして欲しいなあ、なんて。 一応、これでも病人なんだけど。 そんなことを思うだったが、当然誰も気に留める気配もない。 「と、とりあえず」 「「「?」」」 視線だけ、マグナとトリス、ネスティに向ける。 「せっかくの豊漁祭だろ? 楽しんできなよ」 「あ、ああ・・・」 「そだね、色々あって忘れてたよ」 「どうやら、今後君の心配をする必要はないだろうしな」 それぞれの答えを聞きながら、は。 「ははは・・・ふぅ」 やっぱり嫌な予感しかしなかった。 |
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